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日常
第二百五十二話 ハムチーズトースト
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観月から借りた漫画が思いのほか面白くてつい遅くまで読んでしまった。
「単行本こっちの本屋にも売ってっかなあ」
「何の話ー?」
独り言のつもりでつぶやいたのだが、思わず返事があってびっくりする。靴箱の向こうから顔をひょっこりと出しているのは百瀬だ。百瀬はひらひらと手を振ると俺のもとにやってきた。
「おはよー」
「ああ、おはよう。聞いてたのか」
「聞いてたっていうか、聞こえたって感じ。何、何の本の話?」
「あー、友人……っつーか観月から借りた本なんだけど」
タイトルとなんとなくのあらすじを話すと、百瀬もいたく興味を示してきた。
「聞いたことないけど、面白そうだなー」
「面白いぞ。続きが気になるところだが、販売時期はずっと先でなあ」
「あるよねー、一年に一冊しか出ない本とか。俺が読んでる本で、毎年今頃にだけ発売されるのがあってさあ」
日があまり当たらない、ひんやりとした階段を上る。最近では室内よりも外の方が暖かくなった。窓際の席は日が当たれば昼寝にもってこいである。むしろ暑いと思う時すらあるくらいだ。
「ずいぶん暖かくなったよなーって思うんだよね、その本買う度に。菜の花すっごい咲いてる」
「ああ。日も長くなった」
「もう春、って感じ。寒いときは寒いけど」
と、もう少しで二階に差し掛かるというところで後ろにくいっと引っ張られる感覚があった。
「おっと、なんだ」
「あ、井上~。おはよー」
やっぱりか。バッグか何かがどこかしらに引っかかったわけでもないのに後ろに引っ張られるとなったら、こいつの仕業意外に考えられない。
咲良はにっこりと笑うと「はよ!」と片手をあげ、俺と百瀬の間に入り込んで来た。
「かさばるなあ、お前」
「開口一番ひどいことを言うなよ」
俺の軽口にも動じず、咲良は自分の話を始めた。
「なー、聞いてよ。今日さあ、朝飯食ってたら……てか、起きた時からなんだけど」
「長くなるやつじゃん、それ」
百瀬が言うと、咲良は少しすねたように口を尖らせた。
「いいだろー別に。朝起きてここに来るまでの話なんだから、そんな長いってこともねーし」
「課外までに終わる?」
「それは……分からん」
「えー、じゃあ教室行く。また今度聞かせて!」
んじゃ! と百瀬は満面の笑みで教室に入ってしまった。
それを見送った、というか呆然と眺めた後、咲良はこちらを振り返って言ったものだ。
「で、だ。朝の話をするとなると、昨日の晩飯からになるわけだが」
「俺が聞くのは確定なのか」
「え、聞いてくれるっしょ? つーか拒否権ないよね」
「そうかよ」
まあ、分かっていたことだ。
結局こいつの話は朝の時間で足りるわけもなく、昼休みまで持ち越しとなったのだった。
「今日は食堂?」
「んー。弁当持って来てねえ」
「俺もー」
たまにはそういう日もある。最近は結構作って来てたから、小休止だ。
食堂に向かう道すがら、咲良は空を見上げて言った。
「にしても今日は暖かいなー」
「ああ、そうだな」
「せっかくだし外で食わねえ?」
咲良はそう言うや否や「そうしようそうしよう」と勝手に一人で決めていた。
「屋上か」
「そう。パンでも買っていこうぜー」
まあ、異論はない。人でごった返す食堂で食うよりよっぽど風通しもいいし、騒がしくないだろう。
「何パンにしよっかなー。カレーあるかな?」
「甘いの買うか、どうしようか……」
パンが売ってある棚の前に人は少ない。この時間はどっちかというと食券買うのがメインだもんな。
「お、なんだこれ?」
咲良が見つけたのはひときわボリュームのあるパンだった。食パンが二枚重なっているが、間にはいったい何が……
「それね、ハムチーズ」
食器返却口の方から、この食堂の料理長ポジションのおじさんが愛想よく声をかけて来た。
「間にハムとチーズが挟んであるだけなんだけど、うまいぞ。新作だ」
「そうなんすね! じゃ、俺これとカレーにしよー。メロンパンも」
「じゃあ、俺も」
それとソーセージがのっかったやつに、食パンにマーガリンと砂糖が塗ってあるやつ。メロンパンよりちょっと安い。
自販機でパックのコーヒー牛乳を買って屋上に行く。咲良はバナナオレを買ったらしい。
「結構でかいよな、このパン」
「そうだな。それに重い」
「味の想像はつくっちゃつくけど、楽しみだな」
屋上には俺たちの他にも何人かいた。考えることは同じというわけか。
今日は風も弱いので本当に心地いい。なんかカップルらしき二人組とか部活の集まりらしきグループを横目に、それらが見えない場所に座った。
「いただきまーす」
やっぱ最初はハムチーズトーストからだろう。
焦げ目がついた食パン。分厚いが、食えるか。端の方から少しずつ口に含む。中身になかなか到達しないなあ、と思っていたら、チーズの気配を感じて一気にかぶりつく。
ハムが二枚も入っているようだ。これは豪華だな。チーズも結構たっぷりでうまい。
パンの香ばしい風味とチーズの塩気、ハムの控えめな肉っぽさが抜群のバランスだ。
「……で、今朝に至るわけ。やっぱ夢見悪いのだめだな!」
「寝る前にそんなもん見るから……ホラーあんま得意じゃねえっつってたろ」
「だって気になるだろー? 妹は煽るように言ってくるし、腹立つし」
「腹が減るとイライラするもんだろ。ほれ、食え食え」
噛み応えのある耳の部分もモチモチでいい。
ソーセージがのったやつはマヨネーズとケチャップがかかっている。程よい酸味と甘みのあるパンのバランスがいい。
塩気のあるパンにも、甘いパンにも、コーヒー牛乳は合うな。
食パンにマーガリンと砂糖がトッピングされてるやつはジャリッと甘い。こっちの食パンは焼いてないんだよな。うちでもたまにやるけど、結構うまい。マーガリンの塩気と砂糖の甘さが合うんだ。
「でな、さっきの授業なんだけど」
「まだ続くのか」
「だって朝は朝までの話でよかったけど、今は授業とか休み時間も経てるわけじゃん? そりゃ話すこと増えるって」
何だその理論は。
「俺、今日図書館当番なんだけど」
「ついてくるって。話しながら行こうぜ」
まあ、こいつがこういうやつだということは重々承知しているから今更腹も立たない。
腹が立ちそうになったら、なんか食えばいいだけの話だ。
「ごちそうさまでした」
「単行本こっちの本屋にも売ってっかなあ」
「何の話ー?」
独り言のつもりでつぶやいたのだが、思わず返事があってびっくりする。靴箱の向こうから顔をひょっこりと出しているのは百瀬だ。百瀬はひらひらと手を振ると俺のもとにやってきた。
「おはよー」
「ああ、おはよう。聞いてたのか」
「聞いてたっていうか、聞こえたって感じ。何、何の本の話?」
「あー、友人……っつーか観月から借りた本なんだけど」
タイトルとなんとなくのあらすじを話すと、百瀬もいたく興味を示してきた。
「聞いたことないけど、面白そうだなー」
「面白いぞ。続きが気になるところだが、販売時期はずっと先でなあ」
「あるよねー、一年に一冊しか出ない本とか。俺が読んでる本で、毎年今頃にだけ発売されるのがあってさあ」
日があまり当たらない、ひんやりとした階段を上る。最近では室内よりも外の方が暖かくなった。窓際の席は日が当たれば昼寝にもってこいである。むしろ暑いと思う時すらあるくらいだ。
「ずいぶん暖かくなったよなーって思うんだよね、その本買う度に。菜の花すっごい咲いてる」
「ああ。日も長くなった」
「もう春、って感じ。寒いときは寒いけど」
と、もう少しで二階に差し掛かるというところで後ろにくいっと引っ張られる感覚があった。
「おっと、なんだ」
「あ、井上~。おはよー」
やっぱりか。バッグか何かがどこかしらに引っかかったわけでもないのに後ろに引っ張られるとなったら、こいつの仕業意外に考えられない。
咲良はにっこりと笑うと「はよ!」と片手をあげ、俺と百瀬の間に入り込んで来た。
「かさばるなあ、お前」
「開口一番ひどいことを言うなよ」
俺の軽口にも動じず、咲良は自分の話を始めた。
「なー、聞いてよ。今日さあ、朝飯食ってたら……てか、起きた時からなんだけど」
「長くなるやつじゃん、それ」
百瀬が言うと、咲良は少しすねたように口を尖らせた。
「いいだろー別に。朝起きてここに来るまでの話なんだから、そんな長いってこともねーし」
「課外までに終わる?」
「それは……分からん」
「えー、じゃあ教室行く。また今度聞かせて!」
んじゃ! と百瀬は満面の笑みで教室に入ってしまった。
それを見送った、というか呆然と眺めた後、咲良はこちらを振り返って言ったものだ。
「で、だ。朝の話をするとなると、昨日の晩飯からになるわけだが」
「俺が聞くのは確定なのか」
「え、聞いてくれるっしょ? つーか拒否権ないよね」
「そうかよ」
まあ、分かっていたことだ。
結局こいつの話は朝の時間で足りるわけもなく、昼休みまで持ち越しとなったのだった。
「今日は食堂?」
「んー。弁当持って来てねえ」
「俺もー」
たまにはそういう日もある。最近は結構作って来てたから、小休止だ。
食堂に向かう道すがら、咲良は空を見上げて言った。
「にしても今日は暖かいなー」
「ああ、そうだな」
「せっかくだし外で食わねえ?」
咲良はそう言うや否や「そうしようそうしよう」と勝手に一人で決めていた。
「屋上か」
「そう。パンでも買っていこうぜー」
まあ、異論はない。人でごった返す食堂で食うよりよっぽど風通しもいいし、騒がしくないだろう。
「何パンにしよっかなー。カレーあるかな?」
「甘いの買うか、どうしようか……」
パンが売ってある棚の前に人は少ない。この時間はどっちかというと食券買うのがメインだもんな。
「お、なんだこれ?」
咲良が見つけたのはひときわボリュームのあるパンだった。食パンが二枚重なっているが、間にはいったい何が……
「それね、ハムチーズ」
食器返却口の方から、この食堂の料理長ポジションのおじさんが愛想よく声をかけて来た。
「間にハムとチーズが挟んであるだけなんだけど、うまいぞ。新作だ」
「そうなんすね! じゃ、俺これとカレーにしよー。メロンパンも」
「じゃあ、俺も」
それとソーセージがのっかったやつに、食パンにマーガリンと砂糖が塗ってあるやつ。メロンパンよりちょっと安い。
自販機でパックのコーヒー牛乳を買って屋上に行く。咲良はバナナオレを買ったらしい。
「結構でかいよな、このパン」
「そうだな。それに重い」
「味の想像はつくっちゃつくけど、楽しみだな」
屋上には俺たちの他にも何人かいた。考えることは同じというわけか。
今日は風も弱いので本当に心地いい。なんかカップルらしき二人組とか部活の集まりらしきグループを横目に、それらが見えない場所に座った。
「いただきまーす」
やっぱ最初はハムチーズトーストからだろう。
焦げ目がついた食パン。分厚いが、食えるか。端の方から少しずつ口に含む。中身になかなか到達しないなあ、と思っていたら、チーズの気配を感じて一気にかぶりつく。
ハムが二枚も入っているようだ。これは豪華だな。チーズも結構たっぷりでうまい。
パンの香ばしい風味とチーズの塩気、ハムの控えめな肉っぽさが抜群のバランスだ。
「……で、今朝に至るわけ。やっぱ夢見悪いのだめだな!」
「寝る前にそんなもん見るから……ホラーあんま得意じゃねえっつってたろ」
「だって気になるだろー? 妹は煽るように言ってくるし、腹立つし」
「腹が減るとイライラするもんだろ。ほれ、食え食え」
噛み応えのある耳の部分もモチモチでいい。
ソーセージがのったやつはマヨネーズとケチャップがかかっている。程よい酸味と甘みのあるパンのバランスがいい。
塩気のあるパンにも、甘いパンにも、コーヒー牛乳は合うな。
食パンにマーガリンと砂糖がトッピングされてるやつはジャリッと甘い。こっちの食パンは焼いてないんだよな。うちでもたまにやるけど、結構うまい。マーガリンの塩気と砂糖の甘さが合うんだ。
「でな、さっきの授業なんだけど」
「まだ続くのか」
「だって朝は朝までの話でよかったけど、今は授業とか休み時間も経てるわけじゃん? そりゃ話すこと増えるって」
何だその理論は。
「俺、今日図書館当番なんだけど」
「ついてくるって。話しながら行こうぜ」
まあ、こいつがこういうやつだということは重々承知しているから今更腹も立たない。
腹が立ちそうになったら、なんか食えばいいだけの話だ。
「ごちそうさまでした」
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