一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第二百四十四話 ほうれん草のバターソテー

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 ずいぶん日差しが暖かい。外に出るにもコートなんかがいらない日も増えてきた。身軽だ。

「こんなに暖かいと、眠くなるな」

「わふっ」

「お前は元気だなあ、うめず」

 気候が良くなると外にも出たくなるものだ。人通りの少ない道を目的地も定めないまま進む。さて、どうしようかなあ。

 のらりくらりと歩いていたら、西高の近くまで来てしまった。

 うちの学校より年季が入っている建物だが、中庭とかは西高の方が広い。どうやら今日は課外か何かあったのか、校門からはぞろぞろと生徒が出てきている。

「遠回りしようか、うめず」

 着実に西高の方へ進むうめずを何とか別の道に誘導しようとするが、どうしてもうめずは西高の方に進みたいらしい。

「えー……」

「わう」

「そこを何とか」

 根気強く方向転換を促していたら、何とか校門手前のわき道にそれることができた。

 こっちはあまり生徒が少ない。みんなバス停やコンビニに用があるからなあ。こっちには民家と小さな郵便局ぐらいしかない。

 ……と、思われがちだがこっちにはこっちでいい店があるんだ。

 小さな個人経営のパン屋。売られているパンも素朴な手作りのものばかりだ。店主はおばあさんで、店はリフォームされているもののところどころ年季が入っている。 ロールケーキとかうまいんだよなあ。クリームに砂糖が混ざってジャリッとしてて。小さい頃はクリームだけ舐めて親を呆れさせていたっけ。

 手頃な価格だし西高のちょうど裏なので学生が多いかと思いきや、これが案外少ないのだ。

「なんか買って帰るかな」

 久々にこちらに来たので、せっかくだから何か食いたい。でも、うめず待たせとく場所ないんだよなあ。

「お、一条」

 と、店から出てきた人物に声をかけられる。

「お前は……守本か」

「久しぶりー。今日は学校休み?」

「ああ。そっちは?」

「課外。うめずも久しぶりだなあ」

「わううっ」

 守本の手にはいくつものパンが入った袋が握られていた。守本は零れ落ちそうになるパンを袋に詰めながら言った。

「一条も買いに来たのか?」

「いや、久々にこっちの道来たから買おうかなと思ったけど、うめずに待っといてもらう場所がなくて」

「そういうことね」

 そう言うと守本は空いている方の手を差し出して提案した。

「俺、待っといていいぞ」

「いいのか?」

「どうせバス停行ってもしばらく待ってなきゃいけないし。いいよ」

 これはありがたいことだ。

「悪いな。すぐ戻る」

「ゆっくりでいいぞー」

 リードを守本に預け、店内に入る。ガタガタと音を立てる自動ドアにちょっとヒヤッとする。

 さほど広くない店内に並ぶのは、サンドイッチや総菜パン、菓子パンにロールケーキ。

 どれもこれも魅力的だ。売り切れのやつもいくつかある。店の真ん中にはワゴンが置いてあって、そこには安売りのパンが置いてある。小学校の給食のパンとか作ってるらしくて、見たことのあるコッペパンも並んでいる。店の隅には牛乳やアイス、お菓子も売っている。小さい袋に入ったジャム。あれも給食ではおなじみだな。

 でも買い物に来るつもりではなかったからあまりお金を持って来てない。いくら安いとはいえ、食べたいパンを片っ端から買うことはできないが……さて、どうするか。

「んー……ん?」

 三段ある棚の一番上、そこには切り分けられる前の食パンがずらっと置いてあった。そういえばここの食パン、買ったことないなあ。いつも総菜パンか菓子パンしか買ってなかったし。

 値段は……うん、買える買える。でもこれ、トレーにのせらんないよな。

「すみません」

 レジに立つ店主に声をかける。店主はゆったりとこちらにやってきてくれた。

「はいはい。どうした?」

「これ欲しいんですけど……」

 欲しい分だけカットしてもらえるとのことなので、そうしてもらった。

 食パンをつぶさないよう気を付けながら袋を受け取って外に出る。

「悪いな」

「おー。うめず、大人しいのな」

 守本からリードを受け取る。うめずは行儀よくおすわりをしていた。

「いや、猫かぶってるだけだ」

「犬なのに猫かぶり」

「まあな」

 それからちょっとだけ話して、守本とは別れた。

 さて、せっかくだ。今日のお昼にさっそく食うとしよう。



 パンは自分の好きな厚さに切り分ける。

 シンプルにトーストしてバターを塗る……なんだかんだいってこれがうまい。だが、今日はもう一品作る。

 茹でたほうれん草を切り分けて、ベーコンも短冊切りにする。コーンの缶詰も準備しよう。

 これをバター醤油で炒める。食欲を刺激する、いい匂いだ。これをトーストしたパンの上にのせる。完成だ。ほうれん草のバターソテーのせトースト。添えてもいいのだが、今日はのせる。

「いただきます」

 まずはバターを塗った方から。

 カリッと香ばしい耳に次いで、サクもちっとした部分。溶けたバターがジュワッと染み出してきておいしい。

 なんだかほんのり甘い気もするなあ。市販のとはちょっと違う。

 そんじゃもう一つ。ほうれん草の方。

 ぽろぽろとコーンがこぼれるので少々食べづらいが、何とかいっぺんに食べたい。ほうれん草のソテーは、ベーコンやコーンも一緒に食ってこそだ。

 ほんの少しトロッとしたような食感のほうれん草、ベーコンの塩気、コーンの甘さ。そしてそれらを包み込むのはバターのまろやかな香りと醤油の香ばしさだ。

 これが甘めのパンによく合う。

 ほんの少ししっとりしてきたパンもおいしい。ほうれん草の味が染みているし、醤油の味もよく分かる。

 うん、これはうまい。

 こんなことならもっと早く食パン買ってみるんだった。気になってはいたが、なかなか手を出せなかったんだよなあ。

 まあ、今知れてよかった。他にも買ったことのないパンもあるし、またいろいろ買ってみよう。



「ごちそうさまでした」

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