一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第二百四十三話 ばあちゃん弁当

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 四時間目。この時間を乗り切れば昼休みという頃。

「じゃあ、何かあったら言ってね」

 そう言ってカーテンを閉める保健室の先生。窓際のベッドにはうっすらと光が差し込み、ゆらゆらと穏やかに模様を描いている。

 昨日、なかなか寝付けず、結局、寝たか寝ていないか分からない状態で登校したところ、二時間目途中から体調の雲行きが怪しくなってきた。地面に引っ張られるようなだるさとまぶたの腫れぼったさ。

 普段であれば一日ぐらい眠れなくてもなんとかなるのだが、どうもここ数日は弱っていたようで疲れがどっと来たようだった。

 ちょっと頑張れば何とかなるかと頑張ってはみたのだが、どうも無理っぽい。

 非常に悩んだが、今回は保健室のお世話になることにした。熱はなかった。

「ふーっ……」

 保健室の布団は不思議な感じがする。温かいようでいて、その実、冷たい。さっきまで気を抜けば廊下で立ったまま眠ってしまいそうだったのに、今は何だか頭が冴えてしまっている。

 ふわふわの枕に頭を沈め、掛け布団をのど元まで引き上げる。

 保健室は人の出入りがあまりないようでいて、結構な数の来訪者がいることもある。本棚やテーブルもあり、掃除当番でここを担当していた時はいろいろ探索したものだ。

 病院とはまた違った薬品の匂い、先生が事務作業をする音、遠くで聞こえる授業の声。

 そんな環境の中で、制服のまま布団にもぐりこんでいるから、なんとなく違和感があって落ち着かないのだなあ。

 そんな考えに及ぶか及ばないうちに、すっかり眠りに沈んでいた。



「ん……」

「あら、ごめんね。起こしちゃった?」

 カーテンを開ける音で目を覚ます。ぼんやりとした視界で周囲を探れば、先生が様子を見に来ていたらしかった。

 清潔な白衣を羽織り、首には「羽室恵」と書かれた名札を下げている。ゆったりとしたウェーブのかかった栗色の髪をふわふわした髪飾りで一つ結びにしている。雰囲気もふわふわした先生だ。

「まだ十分ぐらいしかたってないから。もう少し休んでていいのよ」

「はい……」

「寒くない?」

「大丈夫です」

 そう答えると先生はふわっと笑って、

「そう。やっぱり寒いってなったときは言ってね。そこで仕事してるから」

 と言って再びカーテンを閉めた。

 簡易的な個室。なんだか落ち着くようで、カーテンの隙間がほんの少し落ち着かない。

 しかし短時間とはいえ、眠ったらずいぶん回復したようだ。この調子ならもう一度眠ればすっかり元気になるだろう。

 布団の中も随分温まったし、制服のまま寝そべっているのにも慣れた。今度はゆっくり眠れそうだ。



 授業が終わる十分前に目覚める。うん、いい気分だ。

「あら。まだゆっくりしてていいのに」

 布団を片付けてカーテンの向こうに行けば、事務机で作業をしていた先生が顔を上げる。

「元気になりました。ありがとうございます」

「いいのよー。まだ時間あるから、チャイム鳴るまでゆっくりしてて」

 お言葉に甘えて、ソファに座り本棚をぼんやりと眺めた。当然なのかもしれないが、図書館のラインナップとは若干雰囲気が違う。

「読んでいいわよ」

「あ、はい」

「ちょっとぼろぼろになってるのもあるから、気をつけてね」

 確かに。ページが取れかかった本もある。

 なんというか、保健室の本って何となく落ち着かない。嫌な気分になるとかそういうことじゃないけど、緊張する感じ。自分の心にめっちゃ踏み込まれている感じとでもいうべきか。

 何を読もうか悩んでいるうちにチャイムが鳴った。

「じゃあ、帰ります」

「はーい。あ、利用記録だけ書いてくれる?」

「はい」

 保健室を利用したら、利用記録に名前とかを書かなければならない。結構いろんな人が利用してんだなあ、先生とかも来てんだなあ、ばんそうこうもらいに来てるし、などと思いながら書いていたら、そろそろと出入り口の扉が開いた。

「お、いたいた。体調はどうだ、春都」

「咲良」

 移動教室だったらしい咲良はその荷物を持ったまま来ていた。咲良は少し遠慮気味に聞いてきた。

「途中で勇樹に聞いた。大丈夫か?」

「ただの寝不足だ。もう問題ない」

 そう答えると、咲良はやっといつも通り笑った。

「そっかよかったな」

 揃って先生に挨拶をして、咲良と連れ立って教室に戻った。今日は咲良も弁当らしい。座って待ってろと言われたので、大人しく従うことにした。

「お、春都。もう大丈夫なのか」

「ああ、迷惑かけたな」

 前の席に座る勇樹には保健室に行くことを先生に伝えてくれと言っておいたのだ。つくづくこいつと話すようになっていてよかったと思う。

「お待たせー、食おうぜ」

 パイプ椅子を器用に片手と片足で広げ、咲良は座った。

「いただきます」

 今日のおかずは卵焼き以外、全部ばあちゃんが作り置きしてくれていたものだ。これを食うために保健室でしっかり休んだといっても過言ではない。

 牛肉とこんにゃくを甘辛く炊いたのとえび天、アスパラのベーコン巻きに鶏のつくね。ご飯の上にはきんぴらごぼうがのっている。

 まずは牛肉。濃い目の味付けがご飯に合う。ぎゅっとした噛み心地ながらほろほろと崩れる甘辛さ。こんにゃくの食感もいいし、何より味がよく染みている。プリプリした感じ、というよりちょっと軋む感じが歯にこそばゆい。

「わ、えび天じゃん。豪華ー」

 咲良がうらやましそうに見てくる。

「でかいなあ」

「な。ほんと」

 ぷりっぷり、いやぶりっとしたえびだ。食べ応えも噛み応えもある。えびの味がよく分かるえび天。尻尾はないので食べやすい。塩味のシンプルなおいしさがいい。

 アスパラのベーコン巻きはしょっぱい味がいい。アスパラの青さとみずみずしさがおいしい。

 きんぴらと米はかなり合う。

 母さんいわく、小さいころじいちゃんとどこかへサイクリングに行くときはいつも弁当を作ってもらっていたらしく、その弁当には俵型のおにぎりときんぴらが決まって入っていたのだとか。

 シャキシャキ食感に薫り高いごぼうの風味、ニンジンの甘味も程よい。甘く香ばしい味付けはどこかほっとする味だ。確かに、これを外で食えたらもっとうまいだろうなあ。

 卵焼きは安定感。うまい。

「なんか春都、顔色戻ってきたな」

 咲良がそう言って笑うと、勇樹も頷いた。

「休んだとはいえちょっと白かったもんなあ。やっぱ飯ってすげーな」

「なー、特に春都には効果てきめんだよな!」

 なんかそこまで言われるとちょっと落ち着かない。うまい飯を食って元気がなくなるやつはいないと思うんだけどなあ。

 まあ、とにかく。元気になったのは事実である。

 うまい飯あっての俺、元気な俺あってのうまい飯、だよな。



「ごちそうさまでした」

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