一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
247 / 854
日常

第二百四十二話 焼肉定食

しおりを挟む
 わずかばかりの気だるさと眠気に抗いながら一時間目の授業を受ける。

 というか、授業中に絶好調だったためしはない。どんな時でも睡魔はすぐそこに控えているし、ほんの少しの音で集中力がぷつりと途切れるものだ。

 幸いにも、発表などない、強いていえば教科書の該当箇所を読まされるぐらいの授業なので、せめて板書だけはしっかりする。

「教科書次のページ、図の三を見てください。これは……」

 シャーペンで教科書に薄く線を入れながら話を聞く。こういう図を見ていると余計に眠気が増してくるようだ。

 落書きとも言い難いが必要ではない線を消し、先生が印をつけておけと行ったところにマーカーをひく。蛍光色は目立っていいが、目がちかちかする。色によっては文字がつぶれてしまうので気をつかう。

「……じゃあこの見出しの所から読んでもらおうか。えーっと、本多!」

「はーい」

 あー、こっちに来ちゃったかあ。確実に回ってくるなあ、これ。

 まあ難しい字はないし、読み間違いだけしないように確認しとこ。



 マスクをつけた状態で体操服を着ると、なんか違和感があるのは俺だけだろうか。なんつーか、病人になった気分だ。

 でもここのところ気候もいい感じになってきて、半ズボンでもちょうどいい。洗濯が減って助かる。

「春都、お前なに選択してんだっけ?」

 教室でもぞもぞと着替えをしていたら、勇樹が聞いてきた。勇樹はさすが着替え慣れているというか、素早い。

「卓球」

「あー、結構選ぶやつ多いよな」

 この時期の体育の授業は選択制だ。といっても、卓球選んだやつがバスケしに行ったり、バレーボール選択者が卓球をしに来たりする。先生たちもそれをとやかく言わない。なんというか、やることやってりゃ自由だ。

「バレーしに来ねえの?」

「無理だ」

「いやではないんだ」

「嫌いじゃないけど、できないからな」

 体育館シューズが入った袋を持って卓球場へ向かう。卓球場は体育館の下に、柔道場、剣道場と並んである。だから一度一階に降りて向かうか、体育館に行って階段を下りるかしないといけない。

 ぞろぞろと同じ格好をした列の、一番後ろあたりをのんびりと行く。

 この学校のジャージって派手だよなあ。シャツだけは白で学年の色と胸元に名字が入っているだけだけど、ジャージは学年の色になってんだよ。二年は赤だ。正直、どこぞの芸人かって感じの見た目になる。名前の刺繍もオレンジ色だし。一年は緑で三年は青だっけ。青はまだ紺色っぽくてかっこいいんだけどなあ。緑もなかなか目を引く。

 でも運動部は様になってるんだ。不思議なほどに。

「はぁ、ねむ」

 さすがに何もせずぼーっとしていると何か言われるので、ボール一つとラケットを持って、卓球場の隅に陣取る。

 やることはゲームでも壁打ちでもない。ボールを落とさずにラケットで何回バウンドさせることができるか、みたいなのをやる。

 なんかこれだけは妙にできるんだよなあ。

 ずっとやっているとヨーヨーかけん玉をしている気分になる。カンッコンッと規則正しい音が心地いい。

 百回を超えたあたりからは、いつやめようかと考えるようになる。授業終わるまでは飽きるし、かといって失敗もしていないのにやめるのはなんとなく癪だし。そんなことを考えていればいつしか二百回近くになり、結局、なんかもうそろそろいいか、ってやめる。

 で、やめたところで他にすることもないので、再開するわけだ。

「へい、お兄さん。暇してる?」

 なんだか安っぽいセリフを投げかけてきたのは勇樹だ。

「よかったら俺とゲームしない?」

「あいにく、へたくそなものでね。お前を楽しませる自信がない。他を当たれ」

「そんなこと言わずにさ、俺はお兄さんとゲームしたいんだけど」

 と、勇樹はちょうど打ち上げたボールをつかんだ。ボールに触れるはずだったラケットが空を切る。

「お得意のバレーボールはどうした」

「先生に違う競技もやってみろって言われた」

 勇樹は、自分が持ってきたボールとさっき俺から取り上げたボールを片手に持ってもてあそぶ。

「卓球台、空いてない」

「ありゃ。じゃあ、さっきの競争しねえ?」

「いいぞ。一人遊びには自信がある」

「なんかさみしくないか、それ」

 自分一人で楽しめるって結構悪くないけどなあ。



 とは言いつつも、家に帰って誰かいるのはうれしいものだ。

「今日の晩飯は何でしょうか」

 台所で料理をしているばあちゃんに聞くと、ばあちゃんはこともなげに笑って言ったものだ。

「焼肉定食」

「なんと」

「薄切りの豚肉だけどね」

「十分です」

 父さんと母さんが仕事に言った後のばあちゃんの飯はいつも以上に身に染みる。

 玉ねぎとかと一緒に炒められた豚肉は、ばあちゃん特製の焼き肉のたれでいい色に染まり、添えられたキャベツがみずみずしい。それにご飯とみそ汁ときたもんだ。適当に済ませようと思っていたところだったので、よりうれしい。

「いただきます」

 いわゆる生姜焼きのようでもあるが、味は醤油が強めである。にんにくもきいてるなあ。あ、ゴマもまぶしてある。だから香ばしいのか。

 玉ねぎもシャキシャキと甘く、肉と一緒に食うとうまい。

 豚肉といえど牛肉には負けず劣らずだ。うま味、脂身の甘味、食感。たれが豚肉のうま味を引き立てている。

 これがご飯に合う。白米と一緒にかきこめば口の中が幸せだ。

 みそ汁の具は豆腐とわかめ。同じ味噌だが、かつお節でしっかりと出汁を取っているからうま味がはかりしれない。豆腐のホカホカとした感じとわかめのつるんと食感もうまい。

「おいしい」

「よかった」

 キャベツと一緒に肉を食う。

 濃い味のたれとみずみずしいキャベツがいい塩梅だ。おいしいなあ。

 なんだかうっすらと残って取れなかった気だるさがなくなっていくようである。飯を食うとは生きること、と実感する。

 明日の弁当には、ばあちゃんの作り置きを入れさせてもらうとしよう。

 何とか頑張れそうだ。



「ごちそうさまでした」

しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから

キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。 「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。 何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。 一話完結の読み切りです。 ご都合主義というか中身はありません。 軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。 誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。 小説家になろうさんにも時差投稿します。

「今日でやめます」

悠里
ライト文芸
ウエブデザイン会社勤務。二十七才。 ある日突然届いた、祖母からのメッセージは。 「もうすぐ死ぬみたい」 ――――幼い頃に過ごした田舎に、戻ることを決めた。

サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜

野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」   「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」 この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。 半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。 別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。 そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。 学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー ⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。 ⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。 ※表紙絵、挿絵はAI作成です。 ※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。

処理中です...