一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

番外編 田中幸輔のつまみ食い①

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 早朝の河川敷に人は少ない。

 夏とはいえまだ暑さが鳴りを潜める時間帯だ。川辺ともなればほのかに涼しささえ感じるほどである。しかし空は晴れ模様。きっと今日も暑くなるのだろう。

 遠くで犬の鳴き声が聞こえ、思わずそちらを振り返る。

 川沿いの道路を歩いていたのは大型犬とその飼い主。時々見る姿だが、俺の知っている一人と一匹ではない。

 つい先日のことだ。いつものように河川敷を走っていたら大型犬が突進してきた。しかもその後ろからは飼い主らしき少年が必死に走ってきていた。これがうめずと、一条春都君との出会いだったわけだ。

 いや、正確にいえば、話したのがはじめてであって、バイト先のスーパーにはよく来ていた一人と一匹だった。

「今日はいないか」

 どうやら毎日散歩をしているわけではないらしい。今日は土曜日、きっとゆっくり休んでいることだろう。

 さて、自分もそろそろ帰ろう。朝飯食って、手のかかるやつを迎えに行かなければならないからな。



「でさあ、結局徹夜したわけ。だから今日、めっちゃねみぃ」

「お前なあ……」

 高校からの腐れ縁、山下晃はずいぶんとお気楽な笑い声をあげた。

 街まで向かうバスの座席は座り心地がいい。乗客は少なく、車内は程よい無機質な喧騒で満ちていた。

「よりにもよってテストの日にどうして」

「えー、なんか眠れなくて。大丈夫。勉強はしてるから」

「あ、そう」

 普段はオンラインで勉強をし、たまにスクーリングやテストで街に出、基本はレポート学習、という大学の通い方をしているので街へ出るのは少しワクワクする。

 それは分かるのだが、さすがに眠れないということはないなあ。

「幸輔は午後からテストある?」

「いや。今回は午前中だけ。レポート間に合わなかった。つーか、出したけど合否出てないから受けらんねえ」

「あー、それはしんどい」

 まあ、いっぺんに終わらせなくてもいいんだけどな。年に四回はテストがあるわけだし。

 テストは土日に分けて行われる。時間ごとに教科が決まっていて、受ける教科が被っていたら土日両方とも出なければならない。

「じゃあ明日は?」

「ない」

 幸いにも今回は一日で終わりそうだ。

「じゃーさ、昼飯は向こうで食おうぜ。うまそうな店見つけたんだ~」

 テストではなく昼飯の心配をする腐れ縁に苦笑する。まあ、こいつはこういうやつだ。今更もう何も言うまいよ。

「どんな店なんだ」

「えっとなー、これこれ」

 晃が示した店はうどん屋で、ずいぶん長いごぼう天のトッピングされたうどんの写真が印象的だった。

「あ? でもこれ、店舗名が違くね?」

「よそにもあるんだよ。また本店は別なんだけど。おいしいんだって」

「へー、どれ頼むつもり?」

「そりゃお前、名物って書いてあるこれだろ」

 俺は肉うどんが食いたいが、ごぼうも気になる。

 うーん、テストよりも難解かもしれないな、これは。



「っは~、終わった……」

 テストを提出して部屋の外に出る。貸会議室の一室でおこなわれているテストだが、他の部屋でもよその学校のテストが行われているらしい。中には怪しげな名前のセミナーもあるし、この空間、ちょっと異様な雰囲気なんだよな。

「あ、お疲れ~」

 一足先に退出していた晃がスマホ片手に近寄る。

「ねえ、見て見て。待ってる間にクリアした~」

 そしてかけてくる言葉がこれである。テストの出来を聞いてくるわけでもなく、どれだけ待ったかということでもなく、スマホゲームの話。まあ、ある意味気が楽だ。

「その面、苦戦してるって言ってなかったか?」

 連れ立ってエレベーターに乗る。

「それがさあ、こないだガチャ回したらSSR来てな。しかもサポートカードが強ぇの来てくれて~、で、勝った。あっけないもんだったぜ」

「よかったな」

「うん、よかった~。これで気がかりが一つ減ったわ」

 達成感に満ちたその表情は、テストから来るものではなくゲームクリアから来るものだとはすぐに分かった。



 結局、肉ごぼう天うどんにし、かしわおにぎりも頼んだ。

「で、犬はどうなった。犬は」

「犬?」

 休み時間にちょっとしたお菓子をつまんではいたが、腹が減って仕方がない。うどんをすすりながら話をする。晃の問いに首を傾げれば、晃は長いごぼうをどうしようか迷いながら言った。

「ほら、なんだっけ。でっかい犬、河川敷で会ったって言ってた。何君だっけ?」

「一条君か。それとうめず」

「そう、それそれ!」

 ついぽろっと話したんだっけ。

「今日は会わなかった」

「そうなの?」

「まあ、そんなもんだろ」

「一回俺も会ってみたいなあ」

 そう言いながら、晃は三本あるごぼう天のうちの一つをかじった。

「それ、すごいな」

「なー、ホントそれ。ボリュームすごいの」

 今度は俺もそれ、頼んでみようかなあ。でも、一本でもかなりの食べ応えだから、ちょっと違う味が欲しくなるかもしれない。

 ま、どうせ何度も来るんだ。その時に食いたいもん食うことにしよう。

「幸輔もゲームやればいいのにー」

「気が向いたらな」

 食べ終わるころになると、混んでいた店内も徐々に閑散としてくる。

 この後どこに行くかなんとなく決めて、あっさりしたうまい出汁を飲み干した。



「ごちそうさまでした」

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