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日常
第二百四十話 からあげ
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父さんと母さんたちは、明日の昼から仕事に出るらしい。
今日の晩飯はちょっと豪華にするから楽しみにしていろと言われたが、いったい何が出てくるのだろう。
図書館でキャスター付きの椅子に座り、頬杖をついて、そこそこ利用者の多い館内を眺めながら思案する。利用者が多いイコール本を借りる人が多いというわけではない。勉強とか調べものとかをするだけの人ばかりということもあるので、利用者が多くても暇なときは暇だ。
豪華、といわれて思いつくのは肉だ。大ぶりの肉、霜降りの肉、あるいは分厚い肉。塩コショウで焼くのもいいけど、甘辛く炊いたのも捨てがたい。焼肉、ステーキもいいがすき焼きもおいしい。
牛肉もいいけど鶏肉や豚肉もいい。からあげ、天ぷら、照り焼き。
あるいは寿司。回転寿司、持ち帰りの寿司、スーパーの寿司。回らない寿司は……まあ、あれか。持ち帰りの寿司にもいろいろグレードがある。高いのにも当然憧れるが、一番安いやつ――といってもなかなかの値段だが――それの食いごたえも捨てがたい。
焼き魚もいいよなあ。分厚い魚を焼いたのはうまい。アジの開きとか。それに白米とみそ汁があれば最高だよな。
豪華という言葉に野菜が真っ先に思いつくことはなかなかないが、レタスとかパプリカとか、いろんな野菜がてんこ盛りのサラダは何気に贅沢だ。ファミレスで出てくるようなサラダ、案外家じゃ再現しない。
「……おい、一条。どうした」
そう声をかけられてふと視線を上げると、本を持った朝比奈が立っていた。
「あー、わり。ぼーっとしてた」
「体調でも悪いのか」
「いや、全然」
朝比奈が持ってきたのは穏やかな色合いのハードカバーの本だった。貸し出し作業をしながら話を続ける。
「今日の晩飯何かなーと」
「一条らしいな」
本を受け取った朝比奈は少し笑うと、横にずれてカウンターに寄りかかった。
「なんか特別なものでも出るのか?」
「や、内容は教えられてねえ。豪華なもんって聞いてる」
ふーん、と朝比奈は言うと少し黙った。
肉か魚か野菜か、はたまたそのどれでもないか。どれでもないってなんだ。飯を食うのは好きだが、料理や食材に詳しいというわけではない。
楽しみだなあ、と思っていたら「ふっ」と声がして朝比奈の方に視線を向ける。
「どした」
朝比奈は肩を震わせて笑っていた。
「いや、なんか春都、分かりやすいなあって」
「あ? どういうことだよ」
「だってさっきからそわそわしてる」
はっきりとしたことを言わないまま笑う朝比奈にムッとしていると、カウンターの隣で作業をしていた漆原先生が加わってきた。
「さっきから小さく鼻歌うたってるじゃないか」
「え」
うそだろ。思わず口元に手をやる。漆原先生の言葉を聞いて朝比奈が続けた。
「足もパタパタしてたし」
「うそだ」
まったくの無意識だった。
「やっぱ飯のことになると楽しそうだなあ」
いたずらっぽく笑う朝比奈と微笑ましくこちらに視線を向ける漆原先生。なんだかきまりが悪くて視線を正面に向けた。すると漆原先生が言ってくる。
「そんなに照れなくてもいいじゃないか。いいと思うぞ、素直な子は」
「照れてないです」
朝比奈もからかうように言ったものだ。
「調子がいいと一条は鼻歌が出るんだな。覚えた」
「覚えんでいい」
食い気味に言えば朝比奈は楽しげに笑った。
「いいじゃんか。楽しいってことは別に悪いことじゃない」
「それはそうだが……」
「お前いつもあんまし表情に出ないし、たまにはいいだろ」
その言葉にはムッとなって、ここは図書館であることを今になって思い出して小声で言い返す。
「そんなこと言うなら朝比奈、お前だって分かりづらい」
「俺はこういうキャラだから」
「なんだそれは」
「無表情、不愛想、不器用キャラ」
それはまさしく初対面時の朝比奈に対するイメージではあるが。
「実際違うだろ」
「そんなことない」
「いや、お前わりとひょうきんなやつだろ」
「……そんなことない」
朝比奈のわざと作ったような、クールな雰囲気とポーズに、一瞬の間をおいて揃って噴き出した。
「お前……そういうとこ……」
「何の話だ」
そう言い返されるが朝比奈本人も笑っているのでどうしても締まらない。
午後の授業もしばらく笑いを引きずった。朝比奈はどうだっただろうか。張本人なんだし、引きずってもらわなきゃ困る。
豪華な食事の正体は、風呂から上がってすぐに分かった。
ジュワジュワとはじける油の音、香ばしい香り、これはおそらく、あれだ。
「からあげ!」
「正解!」
と、母さんは笑った。
テーブルにはサラダと揚げたてのからあげ、ご飯が準備されていた。マヨネーズやレモンの調味料もある。
「今日はももと胸、どっちもあるみたいだぞ」
父さんの言葉に返事をする代わりに腹が鳴った。
「あはは、じゃあ、食べようか」
「いただきます」
なんだかよく分からないけどとりあえずサラダから食う。キャベツにプチトマト、それとヤングコーンだ。みずみずしいキャベツにあっさりドレッシングがよく合う。トマトは程よく酸味があって、ヤングコーンは優しく甘い。
そしてからあげ。なんか箸が震える。とりあえずもも肉から。
カリッカリの皮、香ばしいニンニク醤油の香り、ジュワッとあふれるのは鶏の脂とうま味。ぷりっぷりの身もうまいなあ。おいしいなあ。
これはご飯が必須だ。白米と鶏肉の味、濃いニンニク醤油の香ばしさがたまらない。
胸肉はあっさりした感じだけど、それでもからあげらしい食べ応えはちゃんとある。レモンをかけるとさっぱりしていいなあ。
マヨネーズをつける。マヨネーズの脂感とまったりした舌触り、からあげ自体から染み出す脂。こってりしすぎそうだが、実のところそんなことはなく、よく合うのだ。
「はあ、おいしい」
「約束してたからねえ。よかった」
「すごい勢いだなあ」
こんなにうまいからあげなのだ。そう箸を止められるはずもなかろう。
少し冷めてきたのは、それはそれでうまい。噛みしめてあふれ出す脂が増えるのだ。肉の風味も分かるし、カリサクッとしてうまい。
やっぱからあげ、大好きだ。
「ごちそうさまでした」
今日の晩飯はちょっと豪華にするから楽しみにしていろと言われたが、いったい何が出てくるのだろう。
図書館でキャスター付きの椅子に座り、頬杖をついて、そこそこ利用者の多い館内を眺めながら思案する。利用者が多いイコール本を借りる人が多いというわけではない。勉強とか調べものとかをするだけの人ばかりということもあるので、利用者が多くても暇なときは暇だ。
豪華、といわれて思いつくのは肉だ。大ぶりの肉、霜降りの肉、あるいは分厚い肉。塩コショウで焼くのもいいけど、甘辛く炊いたのも捨てがたい。焼肉、ステーキもいいがすき焼きもおいしい。
牛肉もいいけど鶏肉や豚肉もいい。からあげ、天ぷら、照り焼き。
あるいは寿司。回転寿司、持ち帰りの寿司、スーパーの寿司。回らない寿司は……まあ、あれか。持ち帰りの寿司にもいろいろグレードがある。高いのにも当然憧れるが、一番安いやつ――といってもなかなかの値段だが――それの食いごたえも捨てがたい。
焼き魚もいいよなあ。分厚い魚を焼いたのはうまい。アジの開きとか。それに白米とみそ汁があれば最高だよな。
豪華という言葉に野菜が真っ先に思いつくことはなかなかないが、レタスとかパプリカとか、いろんな野菜がてんこ盛りのサラダは何気に贅沢だ。ファミレスで出てくるようなサラダ、案外家じゃ再現しない。
「……おい、一条。どうした」
そう声をかけられてふと視線を上げると、本を持った朝比奈が立っていた。
「あー、わり。ぼーっとしてた」
「体調でも悪いのか」
「いや、全然」
朝比奈が持ってきたのは穏やかな色合いのハードカバーの本だった。貸し出し作業をしながら話を続ける。
「今日の晩飯何かなーと」
「一条らしいな」
本を受け取った朝比奈は少し笑うと、横にずれてカウンターに寄りかかった。
「なんか特別なものでも出るのか?」
「や、内容は教えられてねえ。豪華なもんって聞いてる」
ふーん、と朝比奈は言うと少し黙った。
肉か魚か野菜か、はたまたそのどれでもないか。どれでもないってなんだ。飯を食うのは好きだが、料理や食材に詳しいというわけではない。
楽しみだなあ、と思っていたら「ふっ」と声がして朝比奈の方に視線を向ける。
「どした」
朝比奈は肩を震わせて笑っていた。
「いや、なんか春都、分かりやすいなあって」
「あ? どういうことだよ」
「だってさっきからそわそわしてる」
はっきりとしたことを言わないまま笑う朝比奈にムッとしていると、カウンターの隣で作業をしていた漆原先生が加わってきた。
「さっきから小さく鼻歌うたってるじゃないか」
「え」
うそだろ。思わず口元に手をやる。漆原先生の言葉を聞いて朝比奈が続けた。
「足もパタパタしてたし」
「うそだ」
まったくの無意識だった。
「やっぱ飯のことになると楽しそうだなあ」
いたずらっぽく笑う朝比奈と微笑ましくこちらに視線を向ける漆原先生。なんだかきまりが悪くて視線を正面に向けた。すると漆原先生が言ってくる。
「そんなに照れなくてもいいじゃないか。いいと思うぞ、素直な子は」
「照れてないです」
朝比奈もからかうように言ったものだ。
「調子がいいと一条は鼻歌が出るんだな。覚えた」
「覚えんでいい」
食い気味に言えば朝比奈は楽しげに笑った。
「いいじゃんか。楽しいってことは別に悪いことじゃない」
「それはそうだが……」
「お前いつもあんまし表情に出ないし、たまにはいいだろ」
その言葉にはムッとなって、ここは図書館であることを今になって思い出して小声で言い返す。
「そんなこと言うなら朝比奈、お前だって分かりづらい」
「俺はこういうキャラだから」
「なんだそれは」
「無表情、不愛想、不器用キャラ」
それはまさしく初対面時の朝比奈に対するイメージではあるが。
「実際違うだろ」
「そんなことない」
「いや、お前わりとひょうきんなやつだろ」
「……そんなことない」
朝比奈のわざと作ったような、クールな雰囲気とポーズに、一瞬の間をおいて揃って噴き出した。
「お前……そういうとこ……」
「何の話だ」
そう言い返されるが朝比奈本人も笑っているのでどうしても締まらない。
午後の授業もしばらく笑いを引きずった。朝比奈はどうだっただろうか。張本人なんだし、引きずってもらわなきゃ困る。
豪華な食事の正体は、風呂から上がってすぐに分かった。
ジュワジュワとはじける油の音、香ばしい香り、これはおそらく、あれだ。
「からあげ!」
「正解!」
と、母さんは笑った。
テーブルにはサラダと揚げたてのからあげ、ご飯が準備されていた。マヨネーズやレモンの調味料もある。
「今日はももと胸、どっちもあるみたいだぞ」
父さんの言葉に返事をする代わりに腹が鳴った。
「あはは、じゃあ、食べようか」
「いただきます」
なんだかよく分からないけどとりあえずサラダから食う。キャベツにプチトマト、それとヤングコーンだ。みずみずしいキャベツにあっさりドレッシングがよく合う。トマトは程よく酸味があって、ヤングコーンは優しく甘い。
そしてからあげ。なんか箸が震える。とりあえずもも肉から。
カリッカリの皮、香ばしいニンニク醤油の香り、ジュワッとあふれるのは鶏の脂とうま味。ぷりっぷりの身もうまいなあ。おいしいなあ。
これはご飯が必須だ。白米と鶏肉の味、濃いニンニク醤油の香ばしさがたまらない。
胸肉はあっさりした感じだけど、それでもからあげらしい食べ応えはちゃんとある。レモンをかけるとさっぱりしていいなあ。
マヨネーズをつける。マヨネーズの脂感とまったりした舌触り、からあげ自体から染み出す脂。こってりしすぎそうだが、実のところそんなことはなく、よく合うのだ。
「はあ、おいしい」
「約束してたからねえ。よかった」
「すごい勢いだなあ」
こんなにうまいからあげなのだ。そう箸を止められるはずもなかろう。
少し冷めてきたのは、それはそれでうまい。噛みしめてあふれ出す脂が増えるのだ。肉の風味も分かるし、カリサクッとしてうまい。
やっぱからあげ、大好きだ。
「ごちそうさまでした」
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