一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第二百三十七話 弁当

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 水道が壊れたか何かで、学食がしばらく休みになった。

 よそから入荷しているらしいパンとかは売っているけど、そこまで種類はない。ゆえに咲良は食堂が休みになって二日目にして文句を垂れ始めた。

「おいしいけどさあ、おいしいんだけどさあ……」

 教室でもそもそとイチゴジャム入りコッペパンをかじりながら咲良は弱々しくつぶやく。

「これが一週間近く続くのかなあ、って思ったら味気ないというか」

「まあ、そうだな」

「コンビニ飯も悪くないんだけどさ。やっぱさ、あれじゃん」

「うん」

 言わんとするところは分かる。自炊当初、うまいこと飯を作れなくてコンビニの飯ばっかり食ってた時は、うまいんだけどなんとなく力が出ないなあ、って感じだったし。悪いわけじゃないんだ。ただ、なあ。

「あのさあ、そこでちょっとしたお願いがあるんですよ」

 俺の弁当をじっと見つめながら言ってくるあたり、なんとなく次に続く言葉は予想がつくが、聞いてみる。

「なんだ」

「俺の分の弁当、作ってきてくんねえ? 一日だけ!」

 お礼はするからさあ、と眉を下げて笑う咲良。

「え~……礼って何」

「そうだなあ。荷物持ちからアイスおごり、ゲーセンの景品で取ってほしいもの取るとか、ジュースおごるとか」

「選べんのか」

「おう」

 まあ、対価を示してくるあたり悪い気はしない。それに、弁当を作ること自体は別になんてことないしなあ。

「分かった。作ってきてやる」

「サンキュー! やっぱ春都、いい奴だなー」

 最近は母さんが飯を作ってくれてばかりなので、お茶かジュースかを取り出すぐらいしか見ない冷蔵庫の中身をぼんやりと思い出す。弁当のおかずにできそうなものはあらかたそろっているはずだ。

 いっそのこと父さんと母さんの分の弁当も作るか。

「なんか食いたいもんあるのか」

「え、リクエストオッケーなん? でもそこはお任せします」

 そう言って咲良は深々と頭を下げた。何か無茶振りでもしてくるかと思ったが……

 うーん、おかず何にしよう。とりあえず父さんと母さんのリクエストも聞いてみるか。



「そうだなあ~、何がいいかなあ~」

「何でもいいの?」

「可能な範囲で頼みます」

 家に帰ってかくかくしかじか、父さんと母さんに話してみれば、ずいぶん嬉しそうにおかずの内容を考え始めた。

「私は豚の天ぷらが食べたいなあ」

 最初にリクエストしたのは母さんだった。

「やっぱお弁当といえば、私は豚の天ぷらかな。ばあちゃんがよく作ってくれたの。おいしいのよ」

「分かる」

「じゃあ父さんは……う~ん」

 じっくり考えた結果、父さんがやっとのことで絞り出したのは「ハム巻き」という言葉だった。

「すっごい考えたね」

「いやあ、食べたいものいっぱいあり過ぎて」

「分かった。じゃあその二つ入れる」

 それとあと何品か入れて、ご飯にはふりかけをかけよう。いつも通り、卵のふりかけ。

 四人分かあ……久々にそれだけの数の弁当作るなあ。ちょっと楽しみだ。



 弁当を作る日はちょっと早めに起きる。 炊き立てのご飯は弁当箱によそって冷ましておかないと。

 肉の味付けは前の日のうちにしていたし、ハム巻きから作るか。

 ハムを半分に切って、くるっと巻いてつま楊枝に刺す。一本につき二つがベストだ。いつも思うが、このハムの形、まるでメガホンのようである。

 キュウリは半月切りにする。ハムの中にマヨネーズを絞り入れたらそこにキュウリを添えていく。これで完成。

 次は卵焼きだ。これこそ弁当には外せない一品である。

 ボウルに四つ卵を割り入れ、カラザをとって混ぜたら砂糖を大体大さじ二と、塩をひとつまみ弱入れてしっかり混ぜる。

 油をひいて熱したフライパンに少しずつ流し入れ、丁寧に火を通しながら巻いていく。

 よし、今日はうまくいったぞ。

 あとはキャベツとベーコンを炒めたのと、肉の天ぷらだな。キャベツは千切りにしてベーコンは短冊切り。これを塩コショウで炒めるだけだが、おいしいんだよなあ。

 豚肉の味付けは白だし、醤油、酒、少しのニンニク。片栗粉で衣をつけて揚げる。

 揚げたてはうまそうだ。しかし先に盛り付けである。俺的に、弁当はぎっちりつまっていると嬉しい。ちょっと食べづらいときもあるけど。

 うん、いいんじゃないか? 彩りはともかく、うまそうにできたと思う。

 朝飯は弁当の残りになりそうだな。



「ほい、これ」

 入れ物は使い捨てのものだが一応包みだけはしっかりしてきた弁当を差し出せば、咲良は恭しく受け取った。

「ありがとうございます」

「早く食おうぜ」

 食堂が開いてない分、必然的に教室の人口密度が高くなる。こういう時は窓際の席であることがありがたい。ちょっと開放感がある。

「いただきます」

 とりあえず豚の天ぷらから。

 サクッと、少ししなっとした衣に噛めば噛むほどあふれ出すうま味。豚の味はニンニク醤油で引き立ち、香ばしくておいしい。

「んー、これこれ! これが食いたかった!」

 と、咲良はたいそう嬉しそうだ。

 ハム巻きも、ハムの塩気とマヨネーズのまろやかさキュウリのみずみずしさのバランスがいい。

「この甘い卵焼きは、春都にしか作れない味だよなー」

「そうか?」

「うん。まあ、そもそも俺は卵焼きを作れるかどうかも怪しいからな!」

「胸を張って言うことか、それは」

 ジュワッと染み出す砂糖の甘味、追っかけてくるのは卵の素朴な味。

 弁当に卵焼きが入っていないとちょっと寂しく思うのは俺だけだろうか。

 キャベツとベーコンの炒め物。キャベツにベーコンのうま味が染み出してうまいんだ。塩加減はちょっと難しいが、うまくできたみたいだ。

 卵のふりかけがかかったご飯は安定のおいしさである。

「いやー、うれしいなあ。こんな飯が食えるって」

 咲良は豚の天ぷらをほおばって言った。

「これが食いたかった! って感じ」

「お前、それさっきも言ってたぞ……まあ、そりゃよかった」

 なんだかくすぐったい感じがしたのでそれをごまかすように「礼は弾んでもらうぞ」と付け加えておく。

 父さんと母さんも今頃食ってんのかな。おいしいと思ってくれただろうか。

 自分のために作る料理もうまいし、誰かが自分のために作ってくれる料理もうまい。でもたまには、誰かのために作るのも悪くないなあ。



「ごちそうさまでした」

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