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日常
第二百三十四話 麻婆豆腐
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「晩ご飯何にしようか」
朝食をとりながら母さんが言った。今日はかなり火が通ったハムエッグだ。モニモニした感じの食感の黄身がおいしい。
「何がいいかなあ」
と、父さんがつぶやき、みそ汁をすする。
晩ご飯を何にするか、というかその日の飯をどうするかというのはなかなかの問題だ。先延ばしにしたところで時間が解決してくれるわけでもなければ、決まらないから食べないでおくというわけにもいかない。どうあがいても腹は減る。
「何か作ろうか」
「えっ、ほんとに?」
若干食い気味に確認される。それはつまり、作ってくれということか。
「えー、じゃあ、何作ってもらおうかなー」
「何でもは作れないけど」
「うーん……父さんは何がいい?」
母さんが聞けば「そうだなあ」とつぶやいた後、何か思いついたようだった。
「中華が食べたいね」
「中華! いいねえ。餃子とか、回鍋肉とか?」
「そうだね」
餃子に回鍋肉。どっちも材料買ってこなきゃなあ。皮とかひき肉とか、調味料とか。うちにあるので作れそうなのっつったら……
「麻婆豆腐は」
ふとこぼせば、二人はすぐに賛成した。
「いいね。それにしよう」
「久しぶりにいいかもね。豆腐あるし」
「え、そんな簡単に決めていいんだ」
「だって麻婆豆腐食べたいし」
と、母さんはあっけらかんと言って隣で父さんが頷いた。
じゃあ、晩飯はそれに決定、と。
久しぶりに料理作るなあ。
昼過ぎからしとしとと雨が降り始めた。やっぱ買い物行かなくてよかったな。
「今の時季の雨、寒いんだよなー……」
自室の窓辺はひんやりと冷たい。カーテンを閉めてそれを遮断しようとしても若干冷気が伝わってくる。ヒーターがなければいられたものではない。
壁を背もたれに、ベッドに座って漫画を読む。
うちの本棚に並んでいる本は基本的に自分で選んだ本ばかりだ。しかし、この本だけはおすすめされて読み始めたものである。こないだ見たアニメの原作でもある。料理の描写がうまそうなあれだ。山芋揚げ、うまかったなあ。
さて、これがだれにおすすめされたかというと、観月だ。
中学の頃からちまちまとおすすめされてきていたのだが、その中でもどはまりしたのはこのシリーズぐらいか。最近は何も言ってこねえけど。
また新しいの教えてくんねえかなあ。自分の視点じゃ見つけられない良作をおしえてもらえるのはうれしい。しかもあいつ、自分が持ってる本は貸してくれるんだよな。たまにとんでもない本読ませようとしてきてたけど。
しばらく同じ体勢で読んでいたら首が痛くなってきた。ゴロンと横になっていったん本を伏せると、スマホを手に取る。
「お、通知」
マナーモードにしていることの多いスマホ。通知に気付くのには少し遅れがちである。
「しかも観月」
なんとタイミングのいいことか。
『来週の休み暇?』
とのことである。何があったのだろうか。こういう時は変にごまかさず「どうかしたのか」と聞くに限る。返事はすぐに来た。
『春都に読んでほしい漫画見つけたんだ』
「ちょうど考えてたんだよなあ……すげーや」
確か来週は土曜課外があるんだっけ。どうせならそのあとがいいなあ。一度外に出てしまった時の方が腰が軽い。
「ねー、来週の土曜日さ、観月と会おうって思ってんだけど」
居間にいる二人にそう確認したのは昼飯の具合があるからである。
「あら、いいんじゃない?」
母さんは嬉しそうに言った。
「でも課外あるんじゃなかったっけ」
「そのあと。だから昼飯どうしようかなーって」
「二人で食べてくればいいんじゃないか?」
そう提案するのは父さんだ。母さんも「そうね」と頷く。
「久しぶりに会うんだし、せっかくだから」
「あ、そう?」
その旨を観月に送ったところ、すごく楽し気なスタンプとともに『じゃあ、十二時半ごろにアーケード入り口で』と送られてきた。
さて、その日は何を食べようか。
その前に今日の飯を作らなければ。
材料は豚肉、豆腐、レトルト調味料、刻んだネギである。今日は絹ごし豆腐だ。
とりあえず豆腐は切っておいて……とと、絹ごしはちょっと切りにくい。普段は木綿ばっかりだし、崩さないように……
炒めるのは豚肉から。しっかり火が通ったらいったん火を止めて、調味料を入れてなじませ、豆腐を入れて再び火をつける。辛みが強いのとうま味が強いのと、二種類の調味料を使うのはいつもの通りだ。
「おお~、おいしそう」
と、父さんがのぞき込んでくる。
「跳ねるよ」
くらくら、くつくつと穏やかに火が通っているように見えるが、突然飛び跳ねるんだよなあ、これ。それで何度シャツに染みを作ったことか。
最後にねぎを散らしたら完成だ。スパイシーな香辛料の香り、食欲をそそるねえ。
「できたー」
「はーい。ありがとう」
これと白米、最高の組み合わせだ。
「いただきます」
とりあえず麻婆豆腐だけで食う。
まずやってくるピリッとした辛味、ひりひりと侵食してくるしびれに似た辛味、そしてガツンとやってくる辛味。三段構えの辛さは麻婆豆腐のおいしさの一つだ。
プルプルトロッとした豆腐のまろやかさはささやかで、大豆の風味もかすかに、でも確かにある。豚肉のうま味と脂身の甘さもおいしい。
これをご飯にのせるのがいい。
とろっとろのうま味をたっぷりと。ご飯と豆腐、豚肉はバランスよく食べたいものである。
「おいしい~」
「まあ、ほとんど炒めただけだけど」
「それでも十分よ」
父さんと母さんはビールと一緒に食べるのがいいらしい。
俺は当然ご飯だが。白米のうま味と甘みが加われば次々と口に運んでしまう。辛さが幾分かやわらぎ食べやすくなっている、というのもある。
絹ごしの舌触り、ご飯によく合うなあ。かきこむと辛さががっつりのどに突き刺さるときがあるので気を付けないと。
そういや麻婆豆腐久しぶりだったな。作るのも案外、うまくいくもんだ。
またなんか作ろう。
「ごちそうさまでした」
朝食をとりながら母さんが言った。今日はかなり火が通ったハムエッグだ。モニモニした感じの食感の黄身がおいしい。
「何がいいかなあ」
と、父さんがつぶやき、みそ汁をすする。
晩ご飯を何にするか、というかその日の飯をどうするかというのはなかなかの問題だ。先延ばしにしたところで時間が解決してくれるわけでもなければ、決まらないから食べないでおくというわけにもいかない。どうあがいても腹は減る。
「何か作ろうか」
「えっ、ほんとに?」
若干食い気味に確認される。それはつまり、作ってくれということか。
「えー、じゃあ、何作ってもらおうかなー」
「何でもは作れないけど」
「うーん……父さんは何がいい?」
母さんが聞けば「そうだなあ」とつぶやいた後、何か思いついたようだった。
「中華が食べたいね」
「中華! いいねえ。餃子とか、回鍋肉とか?」
「そうだね」
餃子に回鍋肉。どっちも材料買ってこなきゃなあ。皮とかひき肉とか、調味料とか。うちにあるので作れそうなのっつったら……
「麻婆豆腐は」
ふとこぼせば、二人はすぐに賛成した。
「いいね。それにしよう」
「久しぶりにいいかもね。豆腐あるし」
「え、そんな簡単に決めていいんだ」
「だって麻婆豆腐食べたいし」
と、母さんはあっけらかんと言って隣で父さんが頷いた。
じゃあ、晩飯はそれに決定、と。
久しぶりに料理作るなあ。
昼過ぎからしとしとと雨が降り始めた。やっぱ買い物行かなくてよかったな。
「今の時季の雨、寒いんだよなー……」
自室の窓辺はひんやりと冷たい。カーテンを閉めてそれを遮断しようとしても若干冷気が伝わってくる。ヒーターがなければいられたものではない。
壁を背もたれに、ベッドに座って漫画を読む。
うちの本棚に並んでいる本は基本的に自分で選んだ本ばかりだ。しかし、この本だけはおすすめされて読み始めたものである。こないだ見たアニメの原作でもある。料理の描写がうまそうなあれだ。山芋揚げ、うまかったなあ。
さて、これがだれにおすすめされたかというと、観月だ。
中学の頃からちまちまとおすすめされてきていたのだが、その中でもどはまりしたのはこのシリーズぐらいか。最近は何も言ってこねえけど。
また新しいの教えてくんねえかなあ。自分の視点じゃ見つけられない良作をおしえてもらえるのはうれしい。しかもあいつ、自分が持ってる本は貸してくれるんだよな。たまにとんでもない本読ませようとしてきてたけど。
しばらく同じ体勢で読んでいたら首が痛くなってきた。ゴロンと横になっていったん本を伏せると、スマホを手に取る。
「お、通知」
マナーモードにしていることの多いスマホ。通知に気付くのには少し遅れがちである。
「しかも観月」
なんとタイミングのいいことか。
『来週の休み暇?』
とのことである。何があったのだろうか。こういう時は変にごまかさず「どうかしたのか」と聞くに限る。返事はすぐに来た。
『春都に読んでほしい漫画見つけたんだ』
「ちょうど考えてたんだよなあ……すげーや」
確か来週は土曜課外があるんだっけ。どうせならそのあとがいいなあ。一度外に出てしまった時の方が腰が軽い。
「ねー、来週の土曜日さ、観月と会おうって思ってんだけど」
居間にいる二人にそう確認したのは昼飯の具合があるからである。
「あら、いいんじゃない?」
母さんは嬉しそうに言った。
「でも課外あるんじゃなかったっけ」
「そのあと。だから昼飯どうしようかなーって」
「二人で食べてくればいいんじゃないか?」
そう提案するのは父さんだ。母さんも「そうね」と頷く。
「久しぶりに会うんだし、せっかくだから」
「あ、そう?」
その旨を観月に送ったところ、すごく楽し気なスタンプとともに『じゃあ、十二時半ごろにアーケード入り口で』と送られてきた。
さて、その日は何を食べようか。
その前に今日の飯を作らなければ。
材料は豚肉、豆腐、レトルト調味料、刻んだネギである。今日は絹ごし豆腐だ。
とりあえず豆腐は切っておいて……とと、絹ごしはちょっと切りにくい。普段は木綿ばっかりだし、崩さないように……
炒めるのは豚肉から。しっかり火が通ったらいったん火を止めて、調味料を入れてなじませ、豆腐を入れて再び火をつける。辛みが強いのとうま味が強いのと、二種類の調味料を使うのはいつもの通りだ。
「おお~、おいしそう」
と、父さんがのぞき込んでくる。
「跳ねるよ」
くらくら、くつくつと穏やかに火が通っているように見えるが、突然飛び跳ねるんだよなあ、これ。それで何度シャツに染みを作ったことか。
最後にねぎを散らしたら完成だ。スパイシーな香辛料の香り、食欲をそそるねえ。
「できたー」
「はーい。ありがとう」
これと白米、最高の組み合わせだ。
「いただきます」
とりあえず麻婆豆腐だけで食う。
まずやってくるピリッとした辛味、ひりひりと侵食してくるしびれに似た辛味、そしてガツンとやってくる辛味。三段構えの辛さは麻婆豆腐のおいしさの一つだ。
プルプルトロッとした豆腐のまろやかさはささやかで、大豆の風味もかすかに、でも確かにある。豚肉のうま味と脂身の甘さもおいしい。
これをご飯にのせるのがいい。
とろっとろのうま味をたっぷりと。ご飯と豆腐、豚肉はバランスよく食べたいものである。
「おいしい~」
「まあ、ほとんど炒めただけだけど」
「それでも十分よ」
父さんと母さんはビールと一緒に食べるのがいいらしい。
俺は当然ご飯だが。白米のうま味と甘みが加われば次々と口に運んでしまう。辛さが幾分かやわらぎ食べやすくなっている、というのもある。
絹ごしの舌触り、ご飯によく合うなあ。かきこむと辛さががっつりのどに突き刺さるときがあるので気を付けないと。
そういや麻婆豆腐久しぶりだったな。作るのも案外、うまくいくもんだ。
またなんか作ろう。
「ごちそうさまでした」
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