一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第二百三十三話 ポテトチップス

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 面倒だと思うことも、時間が過ぎれば終わってしまう。

 そう言い聞かせて何とか終えたのは研究発表。自分は何もしなくていい、聞くだけでいいという時間で、しいてやることといえば感想文を書くことぐらいだし、寝ないように気を付けるのが一番骨折れたなあ。

「何言ってんのか一個も分かんなかった」

 放課後、図書館で本棚を眺めながら咲良が言った。明日は休みだし、とっとと帰るつもりだったのだが、返却しそびれた本があるという咲良に無理やり連れてこられたのである。

「そもそも聞く気がねえっての」

 借りる本も返す本もないので、テーブルにうなだれて、本を選ぶ咲良の後姿を視線だけで追う。

「それなー。何借りよ」

「早よしろ。俺は帰りたい」

「何か用事でもあるのか」

 そう言うのは漆原先生だ。テーブルに手をつき、俺を見下ろすようにして笑っている。

「なんもないですけど、帰りたいです」

「帰ればいいじゃないか」

「だめー」

 と否定するのは咲良である。

「なんでだよ」

「一人で帰るのさみしいもん」

「もんじゃねえ」

「さて、どれ借りようかなー」

「聞け」

「ああ、井上君。その本はこっちから読んだ方がいい」

 ……面倒だと思うことはまあ、時間が過ぎればいつかは終わる。

 でも、できれば面倒だと思う時間は短い方がいいよなあ。



「んー……」

 休日の昼下がり。予習を終えて居間に向かう。

「あれ、母さんは?」

 居間にはソファに座る父さんと、窓際で日向ぼっこをするうめずがいた。

「部屋で仕事してる」

「ふうん。で、父さんは何見てんの」

「二時間ドラマ」

 テレビに目を向ける。今、どんな場面かよく分からないが、少なくとも被害者が二人目になったようである。この手のドラマは人がよく死ぬ。

「面白い?」

「面白いよ」

 試しに少し見てみようかと父さんの隣に座る。しかし序盤の展開を見ていないので人間関係からよく分からない。主人公らしき人物はよく見る俳優さんであることだけは分かる。

「犯人誰」

「多分この人。ほら、あのー……白い上着の」

「なんで?」

「なんとなく、怪しい」

 へえ、そうなんだ。俺にはどの人も怪しく見えるのだが。

「チャンネル変えてもいいよ?」

「いや、大丈夫」

 なんかもうすぐ終わりっぽいし、最後まで見てしまった方がすっきりするだろ。

 にしても小腹空いたなあ。なんかあったっけ。買い置きしていたお菓子は昨日なくなったんだよなあ。カステラもとうの昔に食べきったし……ザラメたっぷりのやつ、うまかったなあ。

 でも今はしょっぱいのが食べたい。あ、ポップコーン作るか? でも材料ないな。

「うーん」

 何か買いに出ようかと思ったその時だった。

「ポテチが食べたい」

 と、廊下と居間をつなぐ扉を開け、母さんがやってきた。

「仕事終わった?」

「終わった。疲れた」

「でもポテチないよ」

 すっかりくたびれたところに追い打ちをかけるようで申し訳ないが、それが事実だ。母さんは「あれー? 買ってなかったっけー?」と台所の棚に向かった。

「あった気がしたんだけどなあ」

「買ってくるよ」

 ポテチならコンビニにも売ってる。自転車で行けばすぐだ。

「ああ、ちょっと待って」

 早速行こうと立ち上がったとき、父さんが声をかけて来た。

「ん? なんか他に買ってくるものある?」

「いや。こんな寒い中わざわざ行かなくても、父さんが作るよ」

「作る?」

 テレビの画面にはエンドロールが流れている。結局、犯人は父さんの言う通り白い上着の人だったようだ。それを確認すると父さんは立ち上がって微笑んだ。

「ジャガイモあるでしょ。作るよ」

「父さんが?」

「ポテチは得意料理だ」

 そう得意げに笑い、父さんは腕まくりをした。

 ジャガイモを洗い、皮をむく。そうしたらスライサーで薄くスライスしていく。

 フライパンに油を張り、温まったら素揚げをしていく。ジュワジュワパチパチといい音だ。ジュースの準備をしながら、完成を待つ。

「味付け……よし」

 塩以外に何かするつもりだろうか。コンソメはできないぞ。

「はーい、できたぞー。揚げたてポテチだ」

 父さんが持ってきたポテチは二皿。一方は塩だが、もう片方はスパイシーな香りがしている。カレーか。

「いただきます」

 テレビはチャンネルを変えて、よく見る地元のワイドショーにする。

 やっぱ最初は塩かなー。市販のと違って熱々、湯気が立ち上っている。ほんの少し厚めなのがいい。

 パリッとサクッと、いい食感だ。塩味の濃淡があるのもいい。濃いところと薄いところ、交互に食べるとおいしい。コーラともよく合う。ポテチとコーラは最高の組み合わせだよな。ハフハフ言いながらポテチを口に含んで、冷たいコーラを流し込む。いいねえ。ジャガイモのうま味を強く感じる。

 厚さにむらがあるのも手作りならではだ。食感の違いが楽しい。

「カレー味のポテチ……」

「おいしいぞー」

 そりゃそうだよな。カレーにジャガイモ、入れるもんな。

 ピリッとスパイシーな風味が強く、それでいてどこか爽やかでもある。うま味がしっかりとしていて、おいしい。

 冷めてくるとしなっとしたところも出てくる。そこは味がよく染みておいしい。

 それにしても、まさか父さんが作ってくれるとはなあ。いや、何かと昔は作っていたし、意外ではないのだが、最近はめっきりだったし。

「また作ってよ」

「いいよー。今度は違う味も準備してみようか」

 次は何味が食べられるかな。あ、のり塩。今度はのり塩食いたい。

 こういう楽しい時間は、ずっと終わらなくていいんだけどなあ。



「ごちそうさまでした」

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