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日常
番外編 百瀬優太のつまみ食い①
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昔から俺は、食べるのが遅い。というか少食だ。
甘いものは底なしに入るのに、ご飯となるとどうしても量が入らない。だから給食は苦痛だった。おいしいんだけど、早く食べなきゃいけない。おなかいっぱいでも割り振られた分は食べきらなきゃいけない。
そのせいか食事という行為は、俺にとってあまり魅力的なものではなかった。
だから、何よりもご飯を食べることが好きだという一条がとても不思議でならなかった。
「高校に入って、昼飯の時間が気楽になった~」
帰り道、貴志と歩きながらそう言えば貴志はこちらを見下ろして呟いた。
「お前いっつも食うのつらそうな顔してたもんな」
貴志は本当に幼いころからの付き合いで、俺が少食であることも甘いものに目がないことも知っている。
「誰かと一緒に食べなきゃいけない、って決まりもないしさ。超~楽」
「ああ……人と食べるのは気ぃ遣うよな」
「ま、気心知れた相手と食うのはいいんだけどさ」
初夏に向かって日が長くなりつつある夕暮れに一つ息を吐く。
「一条からしてみれば、俺は妙に映るのかな」
貴志は少し黙った。そしてしばらくして「いや……」と口を開いた。
「妙だとは思わないんじゃないか」
そういや貴志は一条と委員会の仕事で一緒だったんだっけ。
「いうて付き合いは短いけど、たぶん思わない気がする。まあ、よくそれだけで足りるなとは思ってそうだけど」
「あー、結構食うもんな、一条」
しかも自分で作ってるんだっけか。ほぼ一人暮らしって言ってたし、できなきゃ生きてけないのか。
俺からしてみれば、一人暮らしって大変だけど自分の裁量で何でもできて気楽そうで、正直うらやましいとすら思うけどな。
「ちょっとあんた、からあげいくつ食べる気?」
「うるせー。姉ちゃん、そんなに食ったら太るぞ」
「なによ! えらっそーに。それならあんただって太るじゃない!」
「兄ちゃんと姉ちゃんうるさいー。テレビの音聞こえないじゃん!」
「あんたは関係ないでしょ! 黙ってて!」
「姉ちゃんたちが黙ってよ!」
ほら、うちに帰ればこれだ。
中三の妹・明菜は、小五の妹・夏奈としょっちゅうけんかしている。ああ、でも今けんかしてるのは中一の弟・崚太か。明菜は気が強いし、崚太はのれんに腕押し糠に釘って感じだし、夏奈は気に入らないことがあるとすぐに手が出る。
食事の時間ともなればもう戦争だ。毎日毎日飽きないよなあ。
「ご飯食べるときくらい静かにしろよ」
そう言えば少しおとなしくなるが、やっぱり納得がいかないのか、明菜も夏奈もずっとぶつぶつ言っている。
「からあげ、俺はもういいからお前らで食べろ」
ちょうど三つ残っている俺の分のからあげを差し出せば、三人ともパッと顔を輝かせた。
「ラッキー! やりい~」
「……」
「あたしももう一つ食べたかったんだよね~」
瞬く間にから揚げはなくなり、俺は残ったキャベツを食べる。
昔からそうだ。お兄ちゃんだから、と自分が食べたいものを我慢させられていた。はじめこそ抵抗したものの、なんかもう面倒になって、じゃあもう最初から食べられる量が少なかったら悔しくないじゃん、って思うようになったんだよな。まあ、もとから大食漢ではなかったし、むしろ適量って感じだったから苦労しなかったんだけど。
だったらお菓子も比例してそうなりそうなものだが、どうしても甘いものだけはあきらめきれなかった。だから自分で作れるようになったんだ。
弟妹三人がかりでも食べきれない量のお菓子を作ってしまえばいい。そうすれば「残飯処理」の名目でたくさん食べられる。まあ、必ずしも自分が食べたいものを作れるわけじゃないけどさ。
一条はこういうこと考えなくていいんだろうなあ。やっぱりちょっとだけうらやましいや。
「四人で飯食いに行こうぜ!」
土曜課外の後、井上がそう誘ってきた。四人、とは俺と貴志、井上と一条だという。まあ、そのメンツならいいか、と承諾した。
飯食い、といってもファストフードの店だ。俺はハンバーガー一つとシェイク、アップルパイにホットケーキを頼んだ。
「でさ~、学食で結局カツ丼食えなくて。なんかこう、すっきりしなかったんだよなあ」
井上はそう言いながら次々とポテトを口に運ぶ。
「売り切れの日もあるだろう」
こういう場所に行き慣れていない貴志は楽しそうだ。でっかいハンバーガーを物珍しそうに眺めてほおばった。
「そりゃそうだけどさあ、やっぱ食いたいもんってあるだろ?」
「その愚痴を昼休みからずっと聞かされている俺の気にもなれ」
そう呆れたように言う一条も、でかいハンバーガーからサイドメニューまでしっかりきれいに食べている。
「……ん? どうした?」
あまりの食べっぷりにじっと見ていたら、一条が俺に声をかけてきた。
「あー、いや。気持ちのいい食べっぷりだなーと思って」
「そうか?」
「ほら、俺。小食だし食べるの遅いし?」
ちらっと貴志と井上の方を見るが、そっちはそっちで話し込んでいてこちらに意識を向けていなかった。
きょとんとこちらを見つめる一条にへらっと笑い返す。
「甘いものだけは目一杯食えるけどな! お菓子作るときも、妹とか弟が食べきれないくらい作って、残りは独り占めみたいなもんだし?」
「きょうだい多いと大変そうだよな」
そう言って一条は笑った。
「俺には弟も妹もいないからよく分からんが、食べ物は取り合いってイメージだ」
「そうなんだよ、超大変。お菓子作るにしても自分の好きなもの作れるとも限らないし?」
アップルパイの中身が思ったよりも熱くて、ふうふうと冷ます。
「一条ってさ、やっぱ自分の好きなものを好きなだけ食べられるんだろ? うらやましいな~」
何の気なしにそう言えば、一条は少し黙った。ちらっと見ればジュースのカップを見つめたままじっとしていた。
ありゃ、俺しくじった?
少し焦っていたら、一条は俺に視線を向けて少し笑った。
「まあな」
その言葉が少し寂し気に聞こえたのは気のせいだろうか。
「……一条はさ、甘いもの好きか?」
「ん? 人並みだな」
「そっか」
熱い口を冷ますためにシェイクをすする。バニラのわざとらしい風味がほんの少し、甘ったるく感じた。
「今度さ、シナモン使ったケーキ作ろうと思ってるんだよね。きょうだいたちはあの風味が苦手らしいんだけど、俺は好きでさ。でも、作るとなると結構な量になるんだ」
アップルパイの最後の一口を口に放り込み、飲み込んでから言う。
「おやつに持ってこようと思ってるんだけど、良かったら食べてくれるか?」
すると一条は、今度は嬉しそうに笑った。
「ああ、楽しみにしてる」
「なに二人でおもしろそうなこと話してんだよ~、俺も混ぜろ!」
井上が騒がしくこちらの話に割り込んできて、一条は少し呆れたように苦笑していた。
なんていうか、一人暮らしは気楽さだけじゃない何かもあるんだなとなんとなく思った。俺の毎日が嫌なことばかりではないように、自分の裁量で何でもできるっていうのはいいことばかりじゃないのかもしれない。
ちょっとだけ、家の喧騒が恋しくなった。
「ごちそうさまでした」
甘いものは底なしに入るのに、ご飯となるとどうしても量が入らない。だから給食は苦痛だった。おいしいんだけど、早く食べなきゃいけない。おなかいっぱいでも割り振られた分は食べきらなきゃいけない。
そのせいか食事という行為は、俺にとってあまり魅力的なものではなかった。
だから、何よりもご飯を食べることが好きだという一条がとても不思議でならなかった。
「高校に入って、昼飯の時間が気楽になった~」
帰り道、貴志と歩きながらそう言えば貴志はこちらを見下ろして呟いた。
「お前いっつも食うのつらそうな顔してたもんな」
貴志は本当に幼いころからの付き合いで、俺が少食であることも甘いものに目がないことも知っている。
「誰かと一緒に食べなきゃいけない、って決まりもないしさ。超~楽」
「ああ……人と食べるのは気ぃ遣うよな」
「ま、気心知れた相手と食うのはいいんだけどさ」
初夏に向かって日が長くなりつつある夕暮れに一つ息を吐く。
「一条からしてみれば、俺は妙に映るのかな」
貴志は少し黙った。そしてしばらくして「いや……」と口を開いた。
「妙だとは思わないんじゃないか」
そういや貴志は一条と委員会の仕事で一緒だったんだっけ。
「いうて付き合いは短いけど、たぶん思わない気がする。まあ、よくそれだけで足りるなとは思ってそうだけど」
「あー、結構食うもんな、一条」
しかも自分で作ってるんだっけか。ほぼ一人暮らしって言ってたし、できなきゃ生きてけないのか。
俺からしてみれば、一人暮らしって大変だけど自分の裁量で何でもできて気楽そうで、正直うらやましいとすら思うけどな。
「ちょっとあんた、からあげいくつ食べる気?」
「うるせー。姉ちゃん、そんなに食ったら太るぞ」
「なによ! えらっそーに。それならあんただって太るじゃない!」
「兄ちゃんと姉ちゃんうるさいー。テレビの音聞こえないじゃん!」
「あんたは関係ないでしょ! 黙ってて!」
「姉ちゃんたちが黙ってよ!」
ほら、うちに帰ればこれだ。
中三の妹・明菜は、小五の妹・夏奈としょっちゅうけんかしている。ああ、でも今けんかしてるのは中一の弟・崚太か。明菜は気が強いし、崚太はのれんに腕押し糠に釘って感じだし、夏奈は気に入らないことがあるとすぐに手が出る。
食事の時間ともなればもう戦争だ。毎日毎日飽きないよなあ。
「ご飯食べるときくらい静かにしろよ」
そう言えば少しおとなしくなるが、やっぱり納得がいかないのか、明菜も夏奈もずっとぶつぶつ言っている。
「からあげ、俺はもういいからお前らで食べろ」
ちょうど三つ残っている俺の分のからあげを差し出せば、三人ともパッと顔を輝かせた。
「ラッキー! やりい~」
「……」
「あたしももう一つ食べたかったんだよね~」
瞬く間にから揚げはなくなり、俺は残ったキャベツを食べる。
昔からそうだ。お兄ちゃんだから、と自分が食べたいものを我慢させられていた。はじめこそ抵抗したものの、なんかもう面倒になって、じゃあもう最初から食べられる量が少なかったら悔しくないじゃん、って思うようになったんだよな。まあ、もとから大食漢ではなかったし、むしろ適量って感じだったから苦労しなかったんだけど。
だったらお菓子も比例してそうなりそうなものだが、どうしても甘いものだけはあきらめきれなかった。だから自分で作れるようになったんだ。
弟妹三人がかりでも食べきれない量のお菓子を作ってしまえばいい。そうすれば「残飯処理」の名目でたくさん食べられる。まあ、必ずしも自分が食べたいものを作れるわけじゃないけどさ。
一条はこういうこと考えなくていいんだろうなあ。やっぱりちょっとだけうらやましいや。
「四人で飯食いに行こうぜ!」
土曜課外の後、井上がそう誘ってきた。四人、とは俺と貴志、井上と一条だという。まあ、そのメンツならいいか、と承諾した。
飯食い、といってもファストフードの店だ。俺はハンバーガー一つとシェイク、アップルパイにホットケーキを頼んだ。
「でさ~、学食で結局カツ丼食えなくて。なんかこう、すっきりしなかったんだよなあ」
井上はそう言いながら次々とポテトを口に運ぶ。
「売り切れの日もあるだろう」
こういう場所に行き慣れていない貴志は楽しそうだ。でっかいハンバーガーを物珍しそうに眺めてほおばった。
「そりゃそうだけどさあ、やっぱ食いたいもんってあるだろ?」
「その愚痴を昼休みからずっと聞かされている俺の気にもなれ」
そう呆れたように言う一条も、でかいハンバーガーからサイドメニューまでしっかりきれいに食べている。
「……ん? どうした?」
あまりの食べっぷりにじっと見ていたら、一条が俺に声をかけてきた。
「あー、いや。気持ちのいい食べっぷりだなーと思って」
「そうか?」
「ほら、俺。小食だし食べるの遅いし?」
ちらっと貴志と井上の方を見るが、そっちはそっちで話し込んでいてこちらに意識を向けていなかった。
きょとんとこちらを見つめる一条にへらっと笑い返す。
「甘いものだけは目一杯食えるけどな! お菓子作るときも、妹とか弟が食べきれないくらい作って、残りは独り占めみたいなもんだし?」
「きょうだい多いと大変そうだよな」
そう言って一条は笑った。
「俺には弟も妹もいないからよく分からんが、食べ物は取り合いってイメージだ」
「そうなんだよ、超大変。お菓子作るにしても自分の好きなもの作れるとも限らないし?」
アップルパイの中身が思ったよりも熱くて、ふうふうと冷ます。
「一条ってさ、やっぱ自分の好きなものを好きなだけ食べられるんだろ? うらやましいな~」
何の気なしにそう言えば、一条は少し黙った。ちらっと見ればジュースのカップを見つめたままじっとしていた。
ありゃ、俺しくじった?
少し焦っていたら、一条は俺に視線を向けて少し笑った。
「まあな」
その言葉が少し寂し気に聞こえたのは気のせいだろうか。
「……一条はさ、甘いもの好きか?」
「ん? 人並みだな」
「そっか」
熱い口を冷ますためにシェイクをすする。バニラのわざとらしい風味がほんの少し、甘ったるく感じた。
「今度さ、シナモン使ったケーキ作ろうと思ってるんだよね。きょうだいたちはあの風味が苦手らしいんだけど、俺は好きでさ。でも、作るとなると結構な量になるんだ」
アップルパイの最後の一口を口に放り込み、飲み込んでから言う。
「おやつに持ってこようと思ってるんだけど、良かったら食べてくれるか?」
すると一条は、今度は嬉しそうに笑った。
「ああ、楽しみにしてる」
「なに二人でおもしろそうなこと話してんだよ~、俺も混ぜろ!」
井上が騒がしくこちらの話に割り込んできて、一条は少し呆れたように苦笑していた。
なんていうか、一人暮らしは気楽さだけじゃない何かもあるんだなとなんとなく思った。俺の毎日が嫌なことばかりではないように、自分の裁量で何でもできるっていうのはいいことばかりじゃないのかもしれない。
ちょっとだけ、家の喧騒が恋しくなった。
「ごちそうさまでした」
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