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日常
第二百二十九話 ビーフシチュー
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今日はいつも脱衣所にある石油ストーブが居間にきている。やっぱヒーターより暖かい。むしろ暑いぐらいだ。
しばらくその暖かさを堪能していたら、バチンッと大きな音がしてうめずと一緒に飛び上がる。
「うわっ」
「きゃうっ」
その音の正体は、石油ストーブの温度調整機能だったらしい。ちょっと火の勢いが落ち着いている。
「あはは、息ぴったり」
と、母さんが台所から声をかけて来た。うめずはストーブから離れて、ソファに座る父さんの足元にすり寄る。
「びっくりしたなぁ」
父さんが撫でてやれば、うめずは少し落ち着いたようでフウッと大きくあくびをして息を吐いた。
「心臓に悪い」
「結構大きい音するもんねー」
母さんは台所で何かを焼いているようだ。ものすごくいい香りがする。香ばしく、豊潤な香り。肉が焼ける香りだ。
「いい匂い」
「このまま食べたい?」
「食べたい」
フライパンの上ではゴロゴロとした牛肉が焼かれていた。このまま醤油とかかけて食ってもうまそうだが、今日は違う。
「ビーフシチュー、楽しみにしててよ」
そうだ。今日はビーフシチューだ。何でもかたまり肉が安かったらしい。
「分かった」
「今日はちょっと手間かけるよ~」
母さんが取り出したのは赤ワインだ。
大きめの鍋に肉と水と赤ワインを入れ、その鍋を石油ストーブの上に置く。
「はい、今から一時間半」
「一時間半」
「肉が柔くなったら野菜入れて、野菜が柔くなったらデミグラスソース入れて、煮込むよ」
なんと時間のかかる。でも、楽しみだ。
「あ」
母さんは小さく声を上げると台所に戻る。そうしてしばらくごそごそと何かを探していたが「ありゃ、なかったかあ」と残念そうにつぶやいた。
「どしたー」
「パンがない。ご飯もお昼で無くなるぐらいだし、どうしようかな」
「ああ、じゃあ俺、買ってくるよ」
そう言えば母さんは「そう? ありがとう!」と全く遠慮することなく笑ったのだった。
「えっと、なんだっけ。フォカッチャ? ……これか」
最近CMでよく見るあれだ。長方形のパン。うまそうだったんだよなあ。
「やあ、一条君」
「あ、田中さん。こんにちは」
「雪すごかったなあ。学校、どうだった?」
田中さんは品出しをしながら話をする。
「一日だけ、朝課外と午後からの授業がなかっただけで、あとは通常通りです。遠くから来てるやつらは休んでもいい、みたいな感じでしたけど」
「一条君の家、学校近いもんねえ。家が近いのも考えものだよな。晃も言ってたよ」
「あー」
そうだろうな。山下さん、俺と同じマンションだから。
近いのは楽でいいが、先生が自宅特定しやすかったり何があっても休みづらかったりすんだよ。
「雨とか雪とか、あんま関係ないですね」
一度、お店の方が浸水したことがあって、片付けの手伝いに行ったことがあるのだが「学校の方は何もなかったからなあ」と信じてもらえなかったことがある。まあ、写真とか見せて信じさせたわけだけど。
「まあ、普段の登校が楽なのはいいんですけど」
「一長一短、だな」
それから田中さんとは一言二言話して、他に頼まれていた買い物を済ませて帰った。
雪はすっかり溶けて今日は暖かな日差しが降り注いでいる。吹く風はまだ冷たいが、なんとも心地いい天気だ。
グーッと伸びをして深呼吸をしてみる。
真冬でも春でもない、澄み切ったすがすがしい空気が一気に流れ込んでくる。
「……帰るか」
でもやっぱり、春が待ち遠しいよなあ。
昼過ぎにはもう、ビーフシチューはすっかりできあがり、台所のコンロに鍋は移されていた。あとは温めるだけのようである。
フォカッチャは軽くトーストする。
「さて、お肉は柔らかくなったかな……うん、いい感じ」
風呂から上がって戻ってきた居間には、ビーフシチューのコク深い香りとフォカッチャの香ばしい香りが充満していた。
「いただきます」
やっぱ最初はスープから。肉だけではなく、玉ねぎ、にんじん、ジャガイモも入っている。
「え、おいしっ」
「そう? このレシピはじめてだったから。よかったー」
牛肉のうま味もさることながら、玉ねぎのコクと香ばしさ、ニンジンから染み出す滋味、ジャガイモのとろみ、そして赤ワインの香り。
それぞれに主張があるにもかかわらず、デミグラスソースに溶け込んでうまいことまとまっている。おいしい。
肉も厚さの割にほろほろで、噛むほどにジュワジュワと味が染み出す。まったくかたくない肉の繊維は舌に心地いい。
ニンジンはコクがあり、玉ねぎの香ばしさは計り知れない。ジャガイモはとろけるようだ。スープにうまみを染み出していながら、これ自体もおいしいとは。
フォカッチャをつけて食べてみる。
小麦の香ばしさとデミグラスソースのまろやかさがたまらない。ご飯もいいが、これはパンも合う。
カリ、モチ、ジュワ、と三段階の食感が口の中を支配する。なんとも幸せだな。
もっと煮込んだらもっとうまくなるのかな。明日が楽しみだ。明日はパンじゃなくてご飯で食べてみよう。
「ごちそうさまでした」
しばらくその暖かさを堪能していたら、バチンッと大きな音がしてうめずと一緒に飛び上がる。
「うわっ」
「きゃうっ」
その音の正体は、石油ストーブの温度調整機能だったらしい。ちょっと火の勢いが落ち着いている。
「あはは、息ぴったり」
と、母さんが台所から声をかけて来た。うめずはストーブから離れて、ソファに座る父さんの足元にすり寄る。
「びっくりしたなぁ」
父さんが撫でてやれば、うめずは少し落ち着いたようでフウッと大きくあくびをして息を吐いた。
「心臓に悪い」
「結構大きい音するもんねー」
母さんは台所で何かを焼いているようだ。ものすごくいい香りがする。香ばしく、豊潤な香り。肉が焼ける香りだ。
「いい匂い」
「このまま食べたい?」
「食べたい」
フライパンの上ではゴロゴロとした牛肉が焼かれていた。このまま醤油とかかけて食ってもうまそうだが、今日は違う。
「ビーフシチュー、楽しみにしててよ」
そうだ。今日はビーフシチューだ。何でもかたまり肉が安かったらしい。
「分かった」
「今日はちょっと手間かけるよ~」
母さんが取り出したのは赤ワインだ。
大きめの鍋に肉と水と赤ワインを入れ、その鍋を石油ストーブの上に置く。
「はい、今から一時間半」
「一時間半」
「肉が柔くなったら野菜入れて、野菜が柔くなったらデミグラスソース入れて、煮込むよ」
なんと時間のかかる。でも、楽しみだ。
「あ」
母さんは小さく声を上げると台所に戻る。そうしてしばらくごそごそと何かを探していたが「ありゃ、なかったかあ」と残念そうにつぶやいた。
「どしたー」
「パンがない。ご飯もお昼で無くなるぐらいだし、どうしようかな」
「ああ、じゃあ俺、買ってくるよ」
そう言えば母さんは「そう? ありがとう!」と全く遠慮することなく笑ったのだった。
「えっと、なんだっけ。フォカッチャ? ……これか」
最近CMでよく見るあれだ。長方形のパン。うまそうだったんだよなあ。
「やあ、一条君」
「あ、田中さん。こんにちは」
「雪すごかったなあ。学校、どうだった?」
田中さんは品出しをしながら話をする。
「一日だけ、朝課外と午後からの授業がなかっただけで、あとは通常通りです。遠くから来てるやつらは休んでもいい、みたいな感じでしたけど」
「一条君の家、学校近いもんねえ。家が近いのも考えものだよな。晃も言ってたよ」
「あー」
そうだろうな。山下さん、俺と同じマンションだから。
近いのは楽でいいが、先生が自宅特定しやすかったり何があっても休みづらかったりすんだよ。
「雨とか雪とか、あんま関係ないですね」
一度、お店の方が浸水したことがあって、片付けの手伝いに行ったことがあるのだが「学校の方は何もなかったからなあ」と信じてもらえなかったことがある。まあ、写真とか見せて信じさせたわけだけど。
「まあ、普段の登校が楽なのはいいんですけど」
「一長一短、だな」
それから田中さんとは一言二言話して、他に頼まれていた買い物を済ませて帰った。
雪はすっかり溶けて今日は暖かな日差しが降り注いでいる。吹く風はまだ冷たいが、なんとも心地いい天気だ。
グーッと伸びをして深呼吸をしてみる。
真冬でも春でもない、澄み切ったすがすがしい空気が一気に流れ込んでくる。
「……帰るか」
でもやっぱり、春が待ち遠しいよなあ。
昼過ぎにはもう、ビーフシチューはすっかりできあがり、台所のコンロに鍋は移されていた。あとは温めるだけのようである。
フォカッチャは軽くトーストする。
「さて、お肉は柔らかくなったかな……うん、いい感じ」
風呂から上がって戻ってきた居間には、ビーフシチューのコク深い香りとフォカッチャの香ばしい香りが充満していた。
「いただきます」
やっぱ最初はスープから。肉だけではなく、玉ねぎ、にんじん、ジャガイモも入っている。
「え、おいしっ」
「そう? このレシピはじめてだったから。よかったー」
牛肉のうま味もさることながら、玉ねぎのコクと香ばしさ、ニンジンから染み出す滋味、ジャガイモのとろみ、そして赤ワインの香り。
それぞれに主張があるにもかかわらず、デミグラスソースに溶け込んでうまいことまとまっている。おいしい。
肉も厚さの割にほろほろで、噛むほどにジュワジュワと味が染み出す。まったくかたくない肉の繊維は舌に心地いい。
ニンジンはコクがあり、玉ねぎの香ばしさは計り知れない。ジャガイモはとろけるようだ。スープにうまみを染み出していながら、これ自体もおいしいとは。
フォカッチャをつけて食べてみる。
小麦の香ばしさとデミグラスソースのまろやかさがたまらない。ご飯もいいが、これはパンも合う。
カリ、モチ、ジュワ、と三段階の食感が口の中を支配する。なんとも幸せだな。
もっと煮込んだらもっとうまくなるのかな。明日が楽しみだ。明日はパンじゃなくてご飯で食べてみよう。
「ごちそうさまでした」
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