一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
231 / 854
日常

第二百二十八話 ロールキャベツ

しおりを挟む
 雪解けとは春の季語だ。しかし、溶けていく最中はたいそう寒い。

「うわ」

 屋根から雪が落ちる音はいくら聞いても慣れない。道端の雪は一部が茶色く染まり、踏めばジャキジャキと音がする。

 分厚い雲はとうに晴れ、きらきらと日が差し込んでいる。

「春都~、おっはよ~」

「おお。咲良、朝比奈。おはよう」

「……はよ」

 マフラーをぐるぐる巻きにして、朝比奈はたいそう不機嫌そうだ。

「コンビニで昼飯買ってたら偶然会ってなあ」

「寒い……」

 校門をくぐり抜け、滴り落ちる雪解け水にあたらないようにしながら歩みを進める。

「朝比奈さあ、それ、苦しくないのか?」

 とにかく隙間を作らないように、肌の露出を減らすように巻かれた黄緑色のマフラー。もこもこの上着。不機嫌そうな朝比奈はなんとなく近寄りがたい雰囲気だが、その見た目はころころとしたアザラシのようでもあって何ともいえない。

「寒い方がよっぽど嫌だ」

「苦しいのは苦しいんだな」

「あ、ロールキャベツ」

 ロールキャベツ? どこからか聞こえてきた、脈絡のない言葉に首をかしげる。

「百瀬だ」

 と、咲良が声の主を見つける。駐輪場の方から手袋を外しながらやってきたのは百瀬だった。

「おはよー。やっぱ自転車乗ってくると暑いねー」

「暑い……?」

 さすがにその言葉には三人そろって呆然となるが、一足早く我に返った咲良が百瀬に聞いた。

「ロールキャベツってなんだよ」

 すると百瀬はにこにこ笑って、朝比奈を指さしながら言った。

「これこれ。ロールキャベツ」

「……どういうことだ?」

「いや、このマフラー黄緑じゃん? 冬場はそれをぐるぐる巻いてっから、それがロールキャベツみたいだなってなって。中学から使ってるよな? そのマフラー」

「ああ、そうだな」

 そういう意味でロールキャベツ。そのまんまだな。

「ロールキャベツねえ」

 そういや最近食ってない。というか、なかなか自分で作らない。だからロールキャベツは自分で作るというより作ってもらう、という感覚だ。

「そういや今日の晩飯ロールキャベツっつってたなあ」

 階段を昇りながら何の気なしに言えば「お、まじ?」と咲良が反応した。

「ロールキャベツってさ、何味ってイメージ?」

「何味って?」

「ほら、コンソメとかトマトとか、いろいろあるだろ」

 あー、なるほどね。それなら……

「コンソメだな」

「そっかー、俺、トマト。お前らは?」

 振り返って咲良が聞けば、朝比奈と百瀬は少し考えこむ。靴箱で防寒具は外しているので、キャベツは今、朝比奈の手にある。その問いに先に答えたのは百瀬だった。

「俺はシチューだなぁ。ホワイトとかビーフとか」

「えー、めっちゃおしゃれじゃね?」

「腹にたまっていいだろ? そしたら肉あんま入れなくてもきょうだいの胃をごまかせる」

 確かに。クリーム系は腹にたまる。

「俺はおでん」

 外とはまた違った、廊下の寒さに縮こまりながら朝比奈が答える。

「あー、おでんもいいよな」

「コンビニのとかトロトロだし。たまにキャベツの匂いが強すぎるって思うときあるけど」

「それも分かる」

 キャベツは料理次第で味わいがかなり変わる。季節によっても違うよな。

 咲良は「見事に分かれたなあ」と相槌を打つと、何か思い出したのかくすっと笑った。

「ロールキャベツってさ、おいしいけど食べづらくね? 中身がつるっと出てくるとき、ない?」

「あるある」

 かんぴょうで結んであるロールキャベツとかもあるけど、えらく滑りのいい肉だねってあるんだよな。

「そうなったら、キャベツと肉団子の煮込みになるよな」

「料理名変わってんじゃん」

「ロールキャベツは肉にキャベツが巻いてあるからこそ、ロールキャベツだろー?」

 キャベツと肉団子の煮込み。それもまあ悪くないかもしれないけどな。



「きれーだよなあ……」

「なに。どうしたの」

 テーブルから台所をのぞき込む。母さんが手際良く作っていくロールキャベツは見事な形で、きゅっとしっかりしている。

「俺はこんなふうに作れる自信がない」

「あら、春都ならできるよ」

「その根拠は?」

「お母さんにもできることだから」

 それは根拠になっていないと思うのだが。どうあがいても母さんやばあちゃんの域には達せない自信ならある。

「ま、作ってるうちに慣れる慣れる」

「そういうもんかねえ……」

 うちのロールキャベツはコンソメで煮込むことが多い。肉だねは鶏肉。味付けはシンプルに塩コショウだ。卵とパン粉も入れて作るあたり、ハンバーグそっくりだ。まあ、ハンバーグをキャベツで包んだような料理だからなあ。

 しばらくしているとコンソメのいい香りがしてきた。

「できたよー、運んで」

 少し底のある器に盛られたロールキャベツは、透き通った金色のスープの中できらきらしていた。

「いただきます」

 箸を入れて、一口で食べられる大きさに切り分ける。おお、肉たっぷり。

 キャベツはたっぷりとコンソメを含んでいて、口に入れる前からあふれている。ジュワッと口内に広がるコンソメのうま味、キャベツのとろとろ、甘み。そして肉のほろっとしたような噛み応えのあるような食感。おいしい。

 ご飯の上にのせて、米もコンソメでひたひたにしてかきこむのが好きだ。米の甘味が加わるとより一層ロールキャベツのうま味が引き立つというものだ。

「ほんとは生クリームがあってもいいんだけどね」

 味変にもってこいらしいが、今日は準備しなかったらしい。

「いや、このままで十分おいしいよ」

 父さんのその意見には俺も賛成だ。十分すぎるほどにうまい。

 少し冷えたロールキャベツにかぶりつき、スープも一緒に口に含む。最高にうまい食べ方かもしれない。

 今度はトマトソースとかシチューでも食ってみたい。ああ、おでんもいいな。でもやっぱ俺的にはコンソメ味があっさりシンプルで好きだなあ。ま、いろいろ楽しみたいというのも嘘じゃないけど。

 久々のロールキャベツ。しっかり堪能した。満腹だな。



「ごちそうさまでした」

しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから

キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。 「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。 何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。 一話完結の読み切りです。 ご都合主義というか中身はありません。 軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。 誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。 小説家になろうさんにも時差投稿します。

「今日でやめます」

悠里
ライト文芸
ウエブデザイン会社勤務。二十七才。 ある日突然届いた、祖母からのメッセージは。 「もうすぐ死ぬみたい」 ――――幼い頃に過ごした田舎に、戻ることを決めた。

サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜

野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」   「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」 この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。 半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。 別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。 そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。 学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー ⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。 ⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。 ※表紙絵、挿絵はAI作成です。 ※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。

処理中です...