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日常
第二百二十八話 ロールキャベツ
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雪解けとは春の季語だ。しかし、溶けていく最中はたいそう寒い。
「うわ」
屋根から雪が落ちる音はいくら聞いても慣れない。道端の雪は一部が茶色く染まり、踏めばジャキジャキと音がする。
分厚い雲はとうに晴れ、きらきらと日が差し込んでいる。
「春都~、おっはよ~」
「おお。咲良、朝比奈。おはよう」
「……はよ」
マフラーをぐるぐる巻きにして、朝比奈はたいそう不機嫌そうだ。
「コンビニで昼飯買ってたら偶然会ってなあ」
「寒い……」
校門をくぐり抜け、滴り落ちる雪解け水にあたらないようにしながら歩みを進める。
「朝比奈さあ、それ、苦しくないのか?」
とにかく隙間を作らないように、肌の露出を減らすように巻かれた黄緑色のマフラー。もこもこの上着。不機嫌そうな朝比奈はなんとなく近寄りがたい雰囲気だが、その見た目はころころとしたアザラシのようでもあって何ともいえない。
「寒い方がよっぽど嫌だ」
「苦しいのは苦しいんだな」
「あ、ロールキャベツ」
ロールキャベツ? どこからか聞こえてきた、脈絡のない言葉に首をかしげる。
「百瀬だ」
と、咲良が声の主を見つける。駐輪場の方から手袋を外しながらやってきたのは百瀬だった。
「おはよー。やっぱ自転車乗ってくると暑いねー」
「暑い……?」
さすがにその言葉には三人そろって呆然となるが、一足早く我に返った咲良が百瀬に聞いた。
「ロールキャベツってなんだよ」
すると百瀬はにこにこ笑って、朝比奈を指さしながら言った。
「これこれ。ロールキャベツ」
「……どういうことだ?」
「いや、このマフラー黄緑じゃん? 冬場はそれをぐるぐる巻いてっから、それがロールキャベツみたいだなってなって。中学から使ってるよな? そのマフラー」
「ああ、そうだな」
そういう意味でロールキャベツ。そのまんまだな。
「ロールキャベツねえ」
そういや最近食ってない。というか、なかなか自分で作らない。だからロールキャベツは自分で作るというより作ってもらう、という感覚だ。
「そういや今日の晩飯ロールキャベツっつってたなあ」
階段を昇りながら何の気なしに言えば「お、まじ?」と咲良が反応した。
「ロールキャベツってさ、何味ってイメージ?」
「何味って?」
「ほら、コンソメとかトマトとか、いろいろあるだろ」
あー、なるほどね。それなら……
「コンソメだな」
「そっかー、俺、トマト。お前らは?」
振り返って咲良が聞けば、朝比奈と百瀬は少し考えこむ。靴箱で防寒具は外しているので、キャベツは今、朝比奈の手にある。その問いに先に答えたのは百瀬だった。
「俺はシチューだなぁ。ホワイトとかビーフとか」
「えー、めっちゃおしゃれじゃね?」
「腹にたまっていいだろ? そしたら肉あんま入れなくてもきょうだいの胃をごまかせる」
確かに。クリーム系は腹にたまる。
「俺はおでん」
外とはまた違った、廊下の寒さに縮こまりながら朝比奈が答える。
「あー、おでんもいいよな」
「コンビニのとかトロトロだし。たまにキャベツの匂いが強すぎるって思うときあるけど」
「それも分かる」
キャベツは料理次第で味わいがかなり変わる。季節によっても違うよな。
咲良は「見事に分かれたなあ」と相槌を打つと、何か思い出したのかくすっと笑った。
「ロールキャベツってさ、おいしいけど食べづらくね? 中身がつるっと出てくるとき、ない?」
「あるある」
かんぴょうで結んであるロールキャベツとかもあるけど、えらく滑りのいい肉だねってあるんだよな。
「そうなったら、キャベツと肉団子の煮込みになるよな」
「料理名変わってんじゃん」
「ロールキャベツは肉にキャベツが巻いてあるからこそ、ロールキャベツだろー?」
キャベツと肉団子の煮込み。それもまあ悪くないかもしれないけどな。
「きれーだよなあ……」
「なに。どうしたの」
テーブルから台所をのぞき込む。母さんが手際良く作っていくロールキャベツは見事な形で、きゅっとしっかりしている。
「俺はこんなふうに作れる自信がない」
「あら、春都ならできるよ」
「その根拠は?」
「お母さんにもできることだから」
それは根拠になっていないと思うのだが。どうあがいても母さんやばあちゃんの域には達せない自信ならある。
「ま、作ってるうちに慣れる慣れる」
「そういうもんかねえ……」
うちのロールキャベツはコンソメで煮込むことが多い。肉だねは鶏肉。味付けはシンプルに塩コショウだ。卵とパン粉も入れて作るあたり、ハンバーグそっくりだ。まあ、ハンバーグをキャベツで包んだような料理だからなあ。
しばらくしているとコンソメのいい香りがしてきた。
「できたよー、運んで」
少し底のある器に盛られたロールキャベツは、透き通った金色のスープの中できらきらしていた。
「いただきます」
箸を入れて、一口で食べられる大きさに切り分ける。おお、肉たっぷり。
キャベツはたっぷりとコンソメを含んでいて、口に入れる前からあふれている。ジュワッと口内に広がるコンソメのうま味、キャベツのとろとろ、甘み。そして肉のほろっとしたような噛み応えのあるような食感。おいしい。
ご飯の上にのせて、米もコンソメでひたひたにしてかきこむのが好きだ。米の甘味が加わるとより一層ロールキャベツのうま味が引き立つというものだ。
「ほんとは生クリームがあってもいいんだけどね」
味変にもってこいらしいが、今日は準備しなかったらしい。
「いや、このままで十分おいしいよ」
父さんのその意見には俺も賛成だ。十分すぎるほどにうまい。
少し冷えたロールキャベツにかぶりつき、スープも一緒に口に含む。最高にうまい食べ方かもしれない。
今度はトマトソースとかシチューでも食ってみたい。ああ、おでんもいいな。でもやっぱ俺的にはコンソメ味があっさりシンプルで好きだなあ。ま、いろいろ楽しみたいというのも嘘じゃないけど。
久々のロールキャベツ。しっかり堪能した。満腹だな。
「ごちそうさまでした」
「うわ」
屋根から雪が落ちる音はいくら聞いても慣れない。道端の雪は一部が茶色く染まり、踏めばジャキジャキと音がする。
分厚い雲はとうに晴れ、きらきらと日が差し込んでいる。
「春都~、おっはよ~」
「おお。咲良、朝比奈。おはよう」
「……はよ」
マフラーをぐるぐる巻きにして、朝比奈はたいそう不機嫌そうだ。
「コンビニで昼飯買ってたら偶然会ってなあ」
「寒い……」
校門をくぐり抜け、滴り落ちる雪解け水にあたらないようにしながら歩みを進める。
「朝比奈さあ、それ、苦しくないのか?」
とにかく隙間を作らないように、肌の露出を減らすように巻かれた黄緑色のマフラー。もこもこの上着。不機嫌そうな朝比奈はなんとなく近寄りがたい雰囲気だが、その見た目はころころとしたアザラシのようでもあって何ともいえない。
「寒い方がよっぽど嫌だ」
「苦しいのは苦しいんだな」
「あ、ロールキャベツ」
ロールキャベツ? どこからか聞こえてきた、脈絡のない言葉に首をかしげる。
「百瀬だ」
と、咲良が声の主を見つける。駐輪場の方から手袋を外しながらやってきたのは百瀬だった。
「おはよー。やっぱ自転車乗ってくると暑いねー」
「暑い……?」
さすがにその言葉には三人そろって呆然となるが、一足早く我に返った咲良が百瀬に聞いた。
「ロールキャベツってなんだよ」
すると百瀬はにこにこ笑って、朝比奈を指さしながら言った。
「これこれ。ロールキャベツ」
「……どういうことだ?」
「いや、このマフラー黄緑じゃん? 冬場はそれをぐるぐる巻いてっから、それがロールキャベツみたいだなってなって。中学から使ってるよな? そのマフラー」
「ああ、そうだな」
そういう意味でロールキャベツ。そのまんまだな。
「ロールキャベツねえ」
そういや最近食ってない。というか、なかなか自分で作らない。だからロールキャベツは自分で作るというより作ってもらう、という感覚だ。
「そういや今日の晩飯ロールキャベツっつってたなあ」
階段を昇りながら何の気なしに言えば「お、まじ?」と咲良が反応した。
「ロールキャベツってさ、何味ってイメージ?」
「何味って?」
「ほら、コンソメとかトマトとか、いろいろあるだろ」
あー、なるほどね。それなら……
「コンソメだな」
「そっかー、俺、トマト。お前らは?」
振り返って咲良が聞けば、朝比奈と百瀬は少し考えこむ。靴箱で防寒具は外しているので、キャベツは今、朝比奈の手にある。その問いに先に答えたのは百瀬だった。
「俺はシチューだなぁ。ホワイトとかビーフとか」
「えー、めっちゃおしゃれじゃね?」
「腹にたまっていいだろ? そしたら肉あんま入れなくてもきょうだいの胃をごまかせる」
確かに。クリーム系は腹にたまる。
「俺はおでん」
外とはまた違った、廊下の寒さに縮こまりながら朝比奈が答える。
「あー、おでんもいいよな」
「コンビニのとかトロトロだし。たまにキャベツの匂いが強すぎるって思うときあるけど」
「それも分かる」
キャベツは料理次第で味わいがかなり変わる。季節によっても違うよな。
咲良は「見事に分かれたなあ」と相槌を打つと、何か思い出したのかくすっと笑った。
「ロールキャベツってさ、おいしいけど食べづらくね? 中身がつるっと出てくるとき、ない?」
「あるある」
かんぴょうで結んであるロールキャベツとかもあるけど、えらく滑りのいい肉だねってあるんだよな。
「そうなったら、キャベツと肉団子の煮込みになるよな」
「料理名変わってんじゃん」
「ロールキャベツは肉にキャベツが巻いてあるからこそ、ロールキャベツだろー?」
キャベツと肉団子の煮込み。それもまあ悪くないかもしれないけどな。
「きれーだよなあ……」
「なに。どうしたの」
テーブルから台所をのぞき込む。母さんが手際良く作っていくロールキャベツは見事な形で、きゅっとしっかりしている。
「俺はこんなふうに作れる自信がない」
「あら、春都ならできるよ」
「その根拠は?」
「お母さんにもできることだから」
それは根拠になっていないと思うのだが。どうあがいても母さんやばあちゃんの域には達せない自信ならある。
「ま、作ってるうちに慣れる慣れる」
「そういうもんかねえ……」
うちのロールキャベツはコンソメで煮込むことが多い。肉だねは鶏肉。味付けはシンプルに塩コショウだ。卵とパン粉も入れて作るあたり、ハンバーグそっくりだ。まあ、ハンバーグをキャベツで包んだような料理だからなあ。
しばらくしているとコンソメのいい香りがしてきた。
「できたよー、運んで」
少し底のある器に盛られたロールキャベツは、透き通った金色のスープの中できらきらしていた。
「いただきます」
箸を入れて、一口で食べられる大きさに切り分ける。おお、肉たっぷり。
キャベツはたっぷりとコンソメを含んでいて、口に入れる前からあふれている。ジュワッと口内に広がるコンソメのうま味、キャベツのとろとろ、甘み。そして肉のほろっとしたような噛み応えのあるような食感。おいしい。
ご飯の上にのせて、米もコンソメでひたひたにしてかきこむのが好きだ。米の甘味が加わるとより一層ロールキャベツのうま味が引き立つというものだ。
「ほんとは生クリームがあってもいいんだけどね」
味変にもってこいらしいが、今日は準備しなかったらしい。
「いや、このままで十分おいしいよ」
父さんのその意見には俺も賛成だ。十分すぎるほどにうまい。
少し冷えたロールキャベツにかぶりつき、スープも一緒に口に含む。最高にうまい食べ方かもしれない。
今度はトマトソースとかシチューでも食ってみたい。ああ、おでんもいいな。でもやっぱ俺的にはコンソメ味があっさりシンプルで好きだなあ。ま、いろいろ楽しみたいというのも嘘じゃないけど。
久々のロールキャベツ。しっかり堪能した。満腹だな。
「ごちそうさまでした」
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