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日常
第二百二十七話 スパゲティミートソースグラタン
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「おっ」
昼休み、咲良と連れ立って食堂に向かう道すがら、橘と鉢合わせた。
「こんにちは!」
「よー、元気かあ」
「今朝は玄関に雪だるまを作って来ました!」
無邪気にそう報告する橘はまだまだ幼いように見える。そんな橘の手には教科書と、何やら布製の畳まれた物がある。
「もう移動教室か。早くね?」
咲良が聞けば橘は少し興奮気味に「調理実習があるんです!」と笑った。
「結構がっつり作るし、人数も少ないので食べる量が増えそうなんです。なので、昼飯はほどほどに」
「なるほどなあ。何作るんだ?」
「グラタンとポトフです」
その単語に思わず咲良と揃って固まる。
「……そっか」
「グラタンとポトフ……そうかあ、確かにボリュームあるもんなあ」
「先輩方、どうしたんですか?」
不思議そうにこちらを見つめてくる橘と目を合わせることができない。気を抜けば吹き出してしまいそうだ。咲良も同じようで、下唇を噛んで耐えている。
「俺たちも作ったなあ、春都」
「そうだな、咲良。あの時も確か大雪だったなあ」
苦し紛れに絞り出した言葉に、橘は目を輝かせて反応した。
「そうなんですね! やっぱりおいしくできたんでしょうねえ。食べてみたかったです!」
「いや、それはどうだろうな……」
咲良のつぶやきは、橘には聞こえていないようだった。
「あ、それじゃあ、何かおいしくするコツとかってあるんですか?」
そんな問いを投げかけられ、答えに困った咲良はこちらに目を向ける。
「そういうことは春都に聞いた方がいいと思うぞー」
「あっ、お前……」
「何かあるんですか!」
期待に満ちた笑顔の橘に、何を言うべきか考え、実にありがたいアドバイスをしておくことにした。
「……パセリには気を付けておけ」
俺の隣で、咲良が盛大に咳払いしたのが聞こえた。
幸いにも食堂は空いていて、スムーズに座ることができた。
「この時期だったかねー、調理実習」
相変わらずかつ丼をほおばり、咲良は記憶をたどるようにして言った。
「学期ごとに一回ずつあったろ」
「そっか。和・洋・中か」
今日のような雪の日の、調理実習の日を思い出せばおのずと口数は減ってくる。
母さんが作ってくれた弁当は久しぶりでうれしい。今日のメインおかずはからあげだ。朝から弁当のためだけに揚げてくれたからあげ、ありがたい。
ニンニク控えめで醤油の香ばしさがおいしい。
「パセリなあ……」
咲良はしみじみと、かつ、心底苦々しそうにつぶやいた。
「やっぱ必要だったのかな?」
「まあ、そうだな」
卵焼きの甘さをじっくり味わいながら答える。
「適量ではなかったがな」
「いや、適量でも実はあの味になったとか」
「よその班の味見させてもらっただろ。どうだった」
「ぐぅ……」
パセリの風味程よく、野菜のうま味たっぷりのポトフだったし、グラタンは彩りが良かった。口の中でもさもさすることも、苦みがすべてを支配することもなかった。まあ、グラタンは見た目がちょっと寂しい感じになっただけで味に影響はなかったが。
「いかん。思い出したら口の中が苦く……」
「もう忘れとけ」
調理実習が行われている家庭科室は食堂のそばにある。
「今頃準備してんのかね」
「だろうな」
食堂からの帰り、家庭科室を横目に教室に戻る。咲良が頭の後ろで腕を組み、笑って言った。
「まあ、なんだかんだいって楽しかったよな」
「いい思い出だ。これから先、雪が積もるたびに思い出すだろうよ」
「ははは。雪の思い出がパセリなのは、俺たちぐらいじゃないか?」
「かもな」
なんとも風情がないが、そういう思い出も悪くない。
カロリーとおいしさは比例するとは限らない。低カロリーでもうまいものはあるわけだし。しかしうまいものとは得てしてカロリーが高い傾向にあると思う。
「ねー春都。夜はグラタンでもいい~?」
「……いいよ」
むしろ調理実習の話を聞いてからというもの、グラタンが食べたくてしょうがなかったのである。
「手伝う?」
「いや、スパゲティ茹でてミートソースとチーズかけて焼くだけだから」
「じゃあ、洗い物する」
じりじりとチーズが焼ける香りを感じながら台所にいるのは好きだ。
「いい感じに焼けてる」
スパゲティミートソースグラタン。じゅうじゅういってるその見た目からもう、うまいということがよく分かる。
「いただきます」
熱々の器に気を付けながらスパゲティを掘り起こす。
ほわあっと湯気が立ち、チーズがよくのびる。熱々のまま食べたいのだが火傷してはいけないので少し冷まして食べる。
肉のうま味とトマトのさわやかさ、チーズの塩気とまろやかさがおいしい。
つるんとした口当たりのスパゲティもいい。ソースとチーズをがっつり絡めて食べれば腹にもたまる。
学校で作ったのはマカロニでホワイトソースだったな。それはそれで好き。
「パンもあるよ」
「んー」
香ばしくトーストされたフランスパンとグラタン。よく合うな。
少し冷めたチーズもまたおいしい。食べやすい温度になったら一口を多くできる。ちまちま熱さに気を付けながら食べるのもいいが、一気に口に含んで味わうのもまたいい。
口いっぱいにチーズの味とミートソースのうま味、ほのかな温かさとスパゲティの食感が広がる。
おいしいなあ。
……今度、グラタンとポトフ、作ろうかな。
パセリは準備しないけど、まあ、あれだ。リベンジってやつだ。
「ごちそうさまでした」
昼休み、咲良と連れ立って食堂に向かう道すがら、橘と鉢合わせた。
「こんにちは!」
「よー、元気かあ」
「今朝は玄関に雪だるまを作って来ました!」
無邪気にそう報告する橘はまだまだ幼いように見える。そんな橘の手には教科書と、何やら布製の畳まれた物がある。
「もう移動教室か。早くね?」
咲良が聞けば橘は少し興奮気味に「調理実習があるんです!」と笑った。
「結構がっつり作るし、人数も少ないので食べる量が増えそうなんです。なので、昼飯はほどほどに」
「なるほどなあ。何作るんだ?」
「グラタンとポトフです」
その単語に思わず咲良と揃って固まる。
「……そっか」
「グラタンとポトフ……そうかあ、確かにボリュームあるもんなあ」
「先輩方、どうしたんですか?」
不思議そうにこちらを見つめてくる橘と目を合わせることができない。気を抜けば吹き出してしまいそうだ。咲良も同じようで、下唇を噛んで耐えている。
「俺たちも作ったなあ、春都」
「そうだな、咲良。あの時も確か大雪だったなあ」
苦し紛れに絞り出した言葉に、橘は目を輝かせて反応した。
「そうなんですね! やっぱりおいしくできたんでしょうねえ。食べてみたかったです!」
「いや、それはどうだろうな……」
咲良のつぶやきは、橘には聞こえていないようだった。
「あ、それじゃあ、何かおいしくするコツとかってあるんですか?」
そんな問いを投げかけられ、答えに困った咲良はこちらに目を向ける。
「そういうことは春都に聞いた方がいいと思うぞー」
「あっ、お前……」
「何かあるんですか!」
期待に満ちた笑顔の橘に、何を言うべきか考え、実にありがたいアドバイスをしておくことにした。
「……パセリには気を付けておけ」
俺の隣で、咲良が盛大に咳払いしたのが聞こえた。
幸いにも食堂は空いていて、スムーズに座ることができた。
「この時期だったかねー、調理実習」
相変わらずかつ丼をほおばり、咲良は記憶をたどるようにして言った。
「学期ごとに一回ずつあったろ」
「そっか。和・洋・中か」
今日のような雪の日の、調理実習の日を思い出せばおのずと口数は減ってくる。
母さんが作ってくれた弁当は久しぶりでうれしい。今日のメインおかずはからあげだ。朝から弁当のためだけに揚げてくれたからあげ、ありがたい。
ニンニク控えめで醤油の香ばしさがおいしい。
「パセリなあ……」
咲良はしみじみと、かつ、心底苦々しそうにつぶやいた。
「やっぱ必要だったのかな?」
「まあ、そうだな」
卵焼きの甘さをじっくり味わいながら答える。
「適量ではなかったがな」
「いや、適量でも実はあの味になったとか」
「よその班の味見させてもらっただろ。どうだった」
「ぐぅ……」
パセリの風味程よく、野菜のうま味たっぷりのポトフだったし、グラタンは彩りが良かった。口の中でもさもさすることも、苦みがすべてを支配することもなかった。まあ、グラタンは見た目がちょっと寂しい感じになっただけで味に影響はなかったが。
「いかん。思い出したら口の中が苦く……」
「もう忘れとけ」
調理実習が行われている家庭科室は食堂のそばにある。
「今頃準備してんのかね」
「だろうな」
食堂からの帰り、家庭科室を横目に教室に戻る。咲良が頭の後ろで腕を組み、笑って言った。
「まあ、なんだかんだいって楽しかったよな」
「いい思い出だ。これから先、雪が積もるたびに思い出すだろうよ」
「ははは。雪の思い出がパセリなのは、俺たちぐらいじゃないか?」
「かもな」
なんとも風情がないが、そういう思い出も悪くない。
カロリーとおいしさは比例するとは限らない。低カロリーでもうまいものはあるわけだし。しかしうまいものとは得てしてカロリーが高い傾向にあると思う。
「ねー春都。夜はグラタンでもいい~?」
「……いいよ」
むしろ調理実習の話を聞いてからというもの、グラタンが食べたくてしょうがなかったのである。
「手伝う?」
「いや、スパゲティ茹でてミートソースとチーズかけて焼くだけだから」
「じゃあ、洗い物する」
じりじりとチーズが焼ける香りを感じながら台所にいるのは好きだ。
「いい感じに焼けてる」
スパゲティミートソースグラタン。じゅうじゅういってるその見た目からもう、うまいということがよく分かる。
「いただきます」
熱々の器に気を付けながらスパゲティを掘り起こす。
ほわあっと湯気が立ち、チーズがよくのびる。熱々のまま食べたいのだが火傷してはいけないので少し冷まして食べる。
肉のうま味とトマトのさわやかさ、チーズの塩気とまろやかさがおいしい。
つるんとした口当たりのスパゲティもいい。ソースとチーズをがっつり絡めて食べれば腹にもたまる。
学校で作ったのはマカロニでホワイトソースだったな。それはそれで好き。
「パンもあるよ」
「んー」
香ばしくトーストされたフランスパンとグラタン。よく合うな。
少し冷めたチーズもまたおいしい。食べやすい温度になったら一口を多くできる。ちまちま熱さに気を付けながら食べるのもいいが、一気に口に含んで味わうのもまたいい。
口いっぱいにチーズの味とミートソースのうま味、ほのかな温かさとスパゲティの食感が広がる。
おいしいなあ。
……今度、グラタンとポトフ、作ろうかな。
パセリは準備しないけど、まあ、あれだ。リベンジってやつだ。
「ごちそうさまでした」
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