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日常
第二百二十六話 あげ納豆
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今朝は雪がちらついていた。
「積もると思ったんだけどなー」
朝課外前の暇をつぶすために俺の席まで来ていた咲良が実に残念そうに言った。
「これぐらいじゃ積もらないんじゃないか?」
「そうかなー? 分かんないぞ?」
そう言われ窓の外に目を向けるも、激しく降っている様子もなく、むしろ雲の切れ間から青い空が見えている。
「……止むんじゃね?」
「あっ、こいつ。うすうす感じていたことを言いやがって」
「なんだその言い方は」
だってさあ、と咲良は窓の外に視線をやりながら言った。
「雪降った方が楽しいじゃん? それに、電車とかバスが止まりそうってなったら、早く帰れるかもしれないし?」
「この辺のバス、そう簡単に止まらねーよ」
「……大雨でも動いてたなあ、そういや」
「望み薄だな」
そう言えば咲良は盛大にため息をついた。
どっちにしたって俺は歩いて帰ることのできる距離なので、電車やバスはあまり関係ない。早く帰れるならラッキーだけど。
「おい。そろそろ予鈴」
「はぁ~あ。雪、降らねえかなあ」
ため息交じりにつぶやきながら咲良は自分の教室へと帰って行った。
ふと視線をもう一度外にやれば、太陽の気配が少しだけ遠のいているような気がした。
「わー、こりゃ、降ってきたなあ」
朝課外の途中、板書していた先生が唐突に言い、それを合図に教室がざわめく。
「おぉー」
「すげー、真っ白」
分厚い雲が広がり始めたかと思えば、あっという間に猛吹雪だ。
途端に色めき立つ教室。かくいう俺もちょっとテンションが上がっている。他の教室からも似たような歓声が聞こえてくるあたり、今は学校中が雪に注目しているのだろう。
「積もるんじゃね?」
「えー、まじ?」
「どうかな~」
授業などそっちのけで騒ぎ出した教室に、先生が「ほれ、落ち着け」と声をかけた。
「すぐに積もるわけがないだろう。授業だ、授業」
なんだよ。先生が話を振ったようなものじゃないか。
しかし冷えるなあ。今日、体育がなくてよかった。
「降ってきたぞぉ春都!」
朝課外が終わるや否や、突撃してきたのは当然、咲良だ。廊下の寒さはどんどん増していき、ロッカーがひどく冷たい。
「なー、しかも積もってんぞ」
「どんどん降れ~、どんどん積もれ~。午後から休みになれ~」
と、咲良は空に向かって念を送る。何やってんだかとあきれるが、案外バカにできないのかもしれない。実際、咲良が雪降れと連呼していたらこの大雪になったのだから。
「降って来たねー」
そう言いながらこちらにやってきたのは百瀬だ。
「おう、百瀬」
「雪は嫌いじゃないけど、雪の中帰るのは一苦労だよねー。帰るころには止んでるといいんだけど」
「ばか言え。それが楽しいんじゃねえかよ」
咲良は興奮気味に言ったものだ。百瀬は「そうかなあ?」と首をかしげる。
「だって寒いし、冷たいし、濡れるし。雨よりびしょびしょになる気がするなあ」
それは分からないでもない。でも、雪の中帰るのが楽しいという咲良の意見も否定できない。
「そんなこと言ってたら雪合戦なんかできないぞ?」
「いや、やんないから」
「なんでだよー。あ、じゃあ春都、雪だるまでも作るか」
「作れるほど積もるかね」
「積もったら作るの……?」
そうこうしているうちに雪はどんどん降り積もり、結局、学校は四時間目で終わりと相成ったのである。
ぎしぎしと雪を踏みしめる感触を楽しみながら帰宅する。
家で食う弁当は不思議な感じがする。のんびりした格好をして、学校で食うはずだったものを食べるというのはなんだかちぐはぐで面白い。
「春都が早く帰ってきたなら、晩ご飯手伝ってもらおうかなー」
弁当を食べ終わるころ、テレビを見ていた母さんがそう言った。
「いいよ。何作る?」
「あげ納豆」
「あー、あれ」
あげに納豆入れて焼いた、シンプルな料理だ。おいしいし作り方も簡単だが、ねばねばの処理がちょっとだけ手間だ。
パックの納豆を器に入れて、付属のたれとからし、うちの醤油を加えて混ぜる。今日はネギもあるので入れるらしい。
あげへの詰め方はいろいろあるようだが、うちでは半分に切って詰めている。
これをフライパンで焼けば完成だ。
「おお、あげ納豆」
自室で仕事をしていた父さんが居間にやってくる。
このあげ納豆がまた、お酒のつまみにいいのだという。俺としてはがっつり飯のおかずなのだが。
「いただきます」
納豆にも味がついているが、俺はさらに醤油をかけるのが好きだ。
カリッと香ばしいあげにもちっとした食感の納豆。程よく温かく、わずかに感じるネギの風味が爽やかだ。
ねばねばもしっかりあって、隙間からぽろぽろとこぼれるのが少し食べづらいがおいしい。
「この調子だと、明日は結構積もるかもね」
母さんはそう言って窓の外に視線をやった。
確かに、雪は順調に降り続けている。外廊下を歩くのがつらいぐらいだ。
「夜も降るって言ってたもんなあ」
だとしたら冗談抜きに雪だるま作れるだろうな。
あげは冷めると噛み応えが出てくる。ジュワッと染み出す油と醤油、納豆のうま味。よく考えたら、あげと納豆って大豆と大豆だよな。醤油も大豆だし。
これがご飯に合わないわけがないんだよ。おいしいものとおいしいものを合わせたらおいしくなるとも限らないし、原材料が同じであれば合うという道理もないが、これはしっかりおいしいのだ。
おいしいから弁当にも入れたいところだが、納豆を弁当に入れる勇気はない。
うちだけでのお楽しみ、ってわけだ。それも悪くないだろう。
「ごちそうさまでした」
「積もると思ったんだけどなー」
朝課外前の暇をつぶすために俺の席まで来ていた咲良が実に残念そうに言った。
「これぐらいじゃ積もらないんじゃないか?」
「そうかなー? 分かんないぞ?」
そう言われ窓の外に目を向けるも、激しく降っている様子もなく、むしろ雲の切れ間から青い空が見えている。
「……止むんじゃね?」
「あっ、こいつ。うすうす感じていたことを言いやがって」
「なんだその言い方は」
だってさあ、と咲良は窓の外に視線をやりながら言った。
「雪降った方が楽しいじゃん? それに、電車とかバスが止まりそうってなったら、早く帰れるかもしれないし?」
「この辺のバス、そう簡単に止まらねーよ」
「……大雨でも動いてたなあ、そういや」
「望み薄だな」
そう言えば咲良は盛大にため息をついた。
どっちにしたって俺は歩いて帰ることのできる距離なので、電車やバスはあまり関係ない。早く帰れるならラッキーだけど。
「おい。そろそろ予鈴」
「はぁ~あ。雪、降らねえかなあ」
ため息交じりにつぶやきながら咲良は自分の教室へと帰って行った。
ふと視線をもう一度外にやれば、太陽の気配が少しだけ遠のいているような気がした。
「わー、こりゃ、降ってきたなあ」
朝課外の途中、板書していた先生が唐突に言い、それを合図に教室がざわめく。
「おぉー」
「すげー、真っ白」
分厚い雲が広がり始めたかと思えば、あっという間に猛吹雪だ。
途端に色めき立つ教室。かくいう俺もちょっとテンションが上がっている。他の教室からも似たような歓声が聞こえてくるあたり、今は学校中が雪に注目しているのだろう。
「積もるんじゃね?」
「えー、まじ?」
「どうかな~」
授業などそっちのけで騒ぎ出した教室に、先生が「ほれ、落ち着け」と声をかけた。
「すぐに積もるわけがないだろう。授業だ、授業」
なんだよ。先生が話を振ったようなものじゃないか。
しかし冷えるなあ。今日、体育がなくてよかった。
「降ってきたぞぉ春都!」
朝課外が終わるや否や、突撃してきたのは当然、咲良だ。廊下の寒さはどんどん増していき、ロッカーがひどく冷たい。
「なー、しかも積もってんぞ」
「どんどん降れ~、どんどん積もれ~。午後から休みになれ~」
と、咲良は空に向かって念を送る。何やってんだかとあきれるが、案外バカにできないのかもしれない。実際、咲良が雪降れと連呼していたらこの大雪になったのだから。
「降って来たねー」
そう言いながらこちらにやってきたのは百瀬だ。
「おう、百瀬」
「雪は嫌いじゃないけど、雪の中帰るのは一苦労だよねー。帰るころには止んでるといいんだけど」
「ばか言え。それが楽しいんじゃねえかよ」
咲良は興奮気味に言ったものだ。百瀬は「そうかなあ?」と首をかしげる。
「だって寒いし、冷たいし、濡れるし。雨よりびしょびしょになる気がするなあ」
それは分からないでもない。でも、雪の中帰るのが楽しいという咲良の意見も否定できない。
「そんなこと言ってたら雪合戦なんかできないぞ?」
「いや、やんないから」
「なんでだよー。あ、じゃあ春都、雪だるまでも作るか」
「作れるほど積もるかね」
「積もったら作るの……?」
そうこうしているうちに雪はどんどん降り積もり、結局、学校は四時間目で終わりと相成ったのである。
ぎしぎしと雪を踏みしめる感触を楽しみながら帰宅する。
家で食う弁当は不思議な感じがする。のんびりした格好をして、学校で食うはずだったものを食べるというのはなんだかちぐはぐで面白い。
「春都が早く帰ってきたなら、晩ご飯手伝ってもらおうかなー」
弁当を食べ終わるころ、テレビを見ていた母さんがそう言った。
「いいよ。何作る?」
「あげ納豆」
「あー、あれ」
あげに納豆入れて焼いた、シンプルな料理だ。おいしいし作り方も簡単だが、ねばねばの処理がちょっとだけ手間だ。
パックの納豆を器に入れて、付属のたれとからし、うちの醤油を加えて混ぜる。今日はネギもあるので入れるらしい。
あげへの詰め方はいろいろあるようだが、うちでは半分に切って詰めている。
これをフライパンで焼けば完成だ。
「おお、あげ納豆」
自室で仕事をしていた父さんが居間にやってくる。
このあげ納豆がまた、お酒のつまみにいいのだという。俺としてはがっつり飯のおかずなのだが。
「いただきます」
納豆にも味がついているが、俺はさらに醤油をかけるのが好きだ。
カリッと香ばしいあげにもちっとした食感の納豆。程よく温かく、わずかに感じるネギの風味が爽やかだ。
ねばねばもしっかりあって、隙間からぽろぽろとこぼれるのが少し食べづらいがおいしい。
「この調子だと、明日は結構積もるかもね」
母さんはそう言って窓の外に視線をやった。
確かに、雪は順調に降り続けている。外廊下を歩くのがつらいぐらいだ。
「夜も降るって言ってたもんなあ」
だとしたら冗談抜きに雪だるま作れるだろうな。
あげは冷めると噛み応えが出てくる。ジュワッと染み出す油と醤油、納豆のうま味。よく考えたら、あげと納豆って大豆と大豆だよな。醤油も大豆だし。
これがご飯に合わないわけがないんだよ。おいしいものとおいしいものを合わせたらおいしくなるとも限らないし、原材料が同じであれば合うという道理もないが、これはしっかりおいしいのだ。
おいしいから弁当にも入れたいところだが、納豆を弁当に入れる勇気はない。
うちだけでのお楽しみ、ってわけだ。それも悪くないだろう。
「ごちそうさまでした」
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