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日常
第二百二十五話 カステラ
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「じゃ、いってきます」
早朝の空気は冷たい水のようだ。扉を開けたら、ひたひたと骨の髄まで染みるような寒さが肌にまとわりつく。
「あ、ちょっと待って、春都」
見送りに来た母さんが少し慌てたように言うので足を止める。
「どしたの」
「これこれ。忘れてた」
渡されたのは小分けパックのカステラだった。二袋、プレーンと抹茶だ。
「カステラ」
「おやつに持っていって。ザラメ付きよ。まだいっぱい、色々あるから」
「いっぱい、色々」
カステラって長持ちするんだっけ。どれぐらい買ってきたのだろう。
まあいい。カステラは好きだ。
「ありがとう」
受け取ったカステラの袋は少し温かかった。
朝飯をしっかり食ったとはいえ、二時間目ごろには腹が減る。
いつもであればロールパンか食堂で何かしら買うかするが、今日はとっておきがある。
「お、カステラ」
前の席でスティックパンをかじっていた勇樹がうらやましそうな目を向けてくる。
「いいなー。二つあるじゃん」
「やらんぞ」
「まだなんも言ってねーって。ほしいとは思ったけど」
確かに一袋に二切れ入っているし、抹茶とプレーンと二種類あるがどっちも俺のもんだ。
カステラを食べるときに気を付けたいのは、ザラメがついている方に張り付いている紙をうまく剥がすことである。ザラメが全部一緒に剥がれたらちょっとさみしい。まあ、剝がれた分も取って食べるけど。
「よ……っと」
よし、きれいにはがれた。
「いただきます」
結構ずっしりしている。しっとりした生地は甘く、香ばしい。ガリッとジャリッとした食感のザラメもいい。卵の優しい風味がおいしいな。
「甘い」
「うまそうだなー」
二本目か三本目のスティックパンを取り出しながら勇樹が言う。
「……一口」
「やだ」
「そこを何とか」
「これは俺のカステラだ」
カステラにもいろいろあるが、しっとりしていて甘く、ザラメもたっぷりでジュワッとした感じのカステラが好きだ。
抹茶はどんな感じかな。
昼飯の後にデザートがあるとは何ともぜいたくな気分だ。
「お、いいなー。今日はデザート付きかあ」
購買の菓子パンの袋を開けながら咲良が笑った。
「カステラ?」
「カステラ」
「うまいよな、カステラ。チョコがかかったのとかあるし」
チョコがけカステラはCMで見たことがある。食べたことはないけど。
抹茶カステラは深い緑色をしていた。香りも結構お茶だ。こういうカステラってどこか、色ばっかりが鮮やかで味や香りはあまり変わらない、というイメージがあるのだが、ずいぶんいい香りだ。
さて、味はいかほどか。
……おお、かなり抹茶。甘さ控えめでほろ苦い。そこにザラメの甘さが加われば自然と味変になるというものだ。
「プレーン以外はあんまり食ったことなかったけど、うまいな」
「あ、そうなん? やっぱ苦いの?」
「んー、でも、そこまで」
「抹茶味って当たりはずれあるもんな。苦すぎとか、逆に甘ったるいとか」
確かに。これは当たりのようだ。
鼻に抜ける抹茶の薫り高く、上品で、おいしい。
「昔はザラメ、苦手だったんだよな」
あの食感と甘さがどうしてもだめだったけど、今じゃある方がいい。
「分かる。で、合わせるもんが緑茶とかコーヒーとか」
「それな」
「大人になったってことだよなー」
そう咲良は得意げに言う。
「ま、甘いものも好きだけどな」
「お前こないだもイチゴミルク飲んでたよな。あれ、めっちゃ甘いって評判だぞ」
「あの甘さが恋しくなる時があるんだよ」
「俺は一回飲んで、胸焼けした」
大丈夫な甘さと苦手な甘さって、何が違うんだろう。
まあいいや。カステラうまいし。帰ったら何味があるんだろうなあ。
「おお、壮観」
食後、テーブルに出されたカステラは小分けでなく、よく見る長方形のやつだった。それが三つ。
「こんなに食うの?」
「食べるでしょ」
はい、と母さんは熱いお茶を持ってきた。
プレーンが二つ、それぞれ違う会社のものだ。それとチョコ。チョコがけではなく、生地自体にチョコレートが入っているものらしい。
いっぺんに食べなくてもいい。今日は一つ開けよう。
「どれにするー?」
「春都、決めていいよ」
父さんと母さんに促され、考えた結果、チョコレートにした。
普通のカステラの、黄色と茶色のコントラストも好きだが、色がついたカステラもまたいい。
チョコレートの香りがする。生クリームとかが似合いそうな見た目だ。
「いただきます」
コクのある甘さとほろ苦い風味が心地いい。ザラメは控えめだろうか。でも、コーヒーに砂糖を溶かすような感じがしておいしい。
紅茶やコーヒーも合うかもしれないが、緑茶もよく合う。お茶の香りと苦みがチョコレートの甘さを引き立て、スッと溶かす。
「チョコレート、結構甘すぎないのね」
「こんなことならもうひと箱買った方がよかったかな」
「これぐらいがちょうどいいと思うよ……」
でも、カステラって思ったより食べてしまうんだよなあ。
決してさっぱりしているわけじゃないんだけど、なんでだろう。
「あ、そうだ。切れ端とかも買ってきてるよー」
と、母さんは楽しそうに言った。
そんなに買ってきたのか、と驚くが、切れ端おいしいよな。
デザートの楽しみがちょっとあるだけでこんなにワクワクする。だから甘いものって侮れないんだ。
おいしいものを食べながらのんびりする。話をする。
ずっと続いてほしい、最高の時間だ。
「ごちそうさまでした」
早朝の空気は冷たい水のようだ。扉を開けたら、ひたひたと骨の髄まで染みるような寒さが肌にまとわりつく。
「あ、ちょっと待って、春都」
見送りに来た母さんが少し慌てたように言うので足を止める。
「どしたの」
「これこれ。忘れてた」
渡されたのは小分けパックのカステラだった。二袋、プレーンと抹茶だ。
「カステラ」
「おやつに持っていって。ザラメ付きよ。まだいっぱい、色々あるから」
「いっぱい、色々」
カステラって長持ちするんだっけ。どれぐらい買ってきたのだろう。
まあいい。カステラは好きだ。
「ありがとう」
受け取ったカステラの袋は少し温かかった。
朝飯をしっかり食ったとはいえ、二時間目ごろには腹が減る。
いつもであればロールパンか食堂で何かしら買うかするが、今日はとっておきがある。
「お、カステラ」
前の席でスティックパンをかじっていた勇樹がうらやましそうな目を向けてくる。
「いいなー。二つあるじゃん」
「やらんぞ」
「まだなんも言ってねーって。ほしいとは思ったけど」
確かに一袋に二切れ入っているし、抹茶とプレーンと二種類あるがどっちも俺のもんだ。
カステラを食べるときに気を付けたいのは、ザラメがついている方に張り付いている紙をうまく剥がすことである。ザラメが全部一緒に剥がれたらちょっとさみしい。まあ、剝がれた分も取って食べるけど。
「よ……っと」
よし、きれいにはがれた。
「いただきます」
結構ずっしりしている。しっとりした生地は甘く、香ばしい。ガリッとジャリッとした食感のザラメもいい。卵の優しい風味がおいしいな。
「甘い」
「うまそうだなー」
二本目か三本目のスティックパンを取り出しながら勇樹が言う。
「……一口」
「やだ」
「そこを何とか」
「これは俺のカステラだ」
カステラにもいろいろあるが、しっとりしていて甘く、ザラメもたっぷりでジュワッとした感じのカステラが好きだ。
抹茶はどんな感じかな。
昼飯の後にデザートがあるとは何ともぜいたくな気分だ。
「お、いいなー。今日はデザート付きかあ」
購買の菓子パンの袋を開けながら咲良が笑った。
「カステラ?」
「カステラ」
「うまいよな、カステラ。チョコがかかったのとかあるし」
チョコがけカステラはCMで見たことがある。食べたことはないけど。
抹茶カステラは深い緑色をしていた。香りも結構お茶だ。こういうカステラってどこか、色ばっかりが鮮やかで味や香りはあまり変わらない、というイメージがあるのだが、ずいぶんいい香りだ。
さて、味はいかほどか。
……おお、かなり抹茶。甘さ控えめでほろ苦い。そこにザラメの甘さが加われば自然と味変になるというものだ。
「プレーン以外はあんまり食ったことなかったけど、うまいな」
「あ、そうなん? やっぱ苦いの?」
「んー、でも、そこまで」
「抹茶味って当たりはずれあるもんな。苦すぎとか、逆に甘ったるいとか」
確かに。これは当たりのようだ。
鼻に抜ける抹茶の薫り高く、上品で、おいしい。
「昔はザラメ、苦手だったんだよな」
あの食感と甘さがどうしてもだめだったけど、今じゃある方がいい。
「分かる。で、合わせるもんが緑茶とかコーヒーとか」
「それな」
「大人になったってことだよなー」
そう咲良は得意げに言う。
「ま、甘いものも好きだけどな」
「お前こないだもイチゴミルク飲んでたよな。あれ、めっちゃ甘いって評判だぞ」
「あの甘さが恋しくなる時があるんだよ」
「俺は一回飲んで、胸焼けした」
大丈夫な甘さと苦手な甘さって、何が違うんだろう。
まあいいや。カステラうまいし。帰ったら何味があるんだろうなあ。
「おお、壮観」
食後、テーブルに出されたカステラは小分けでなく、よく見る長方形のやつだった。それが三つ。
「こんなに食うの?」
「食べるでしょ」
はい、と母さんは熱いお茶を持ってきた。
プレーンが二つ、それぞれ違う会社のものだ。それとチョコ。チョコがけではなく、生地自体にチョコレートが入っているものらしい。
いっぺんに食べなくてもいい。今日は一つ開けよう。
「どれにするー?」
「春都、決めていいよ」
父さんと母さんに促され、考えた結果、チョコレートにした。
普通のカステラの、黄色と茶色のコントラストも好きだが、色がついたカステラもまたいい。
チョコレートの香りがする。生クリームとかが似合いそうな見た目だ。
「いただきます」
コクのある甘さとほろ苦い風味が心地いい。ザラメは控えめだろうか。でも、コーヒーに砂糖を溶かすような感じがしておいしい。
紅茶やコーヒーも合うかもしれないが、緑茶もよく合う。お茶の香りと苦みがチョコレートの甘さを引き立て、スッと溶かす。
「チョコレート、結構甘すぎないのね」
「こんなことならもうひと箱買った方がよかったかな」
「これぐらいがちょうどいいと思うよ……」
でも、カステラって思ったより食べてしまうんだよなあ。
決してさっぱりしているわけじゃないんだけど、なんでだろう。
「あ、そうだ。切れ端とかも買ってきてるよー」
と、母さんは楽しそうに言った。
そんなに買ってきたのか、と驚くが、切れ端おいしいよな。
デザートの楽しみがちょっとあるだけでこんなにワクワクする。だから甘いものって侮れないんだ。
おいしいものを食べながらのんびりする。話をする。
ずっと続いてほしい、最高の時間だ。
「ごちそうさまでした」
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