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日常
第二百二十話 スコッチエッグ
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難しい料理とは、何も複雑なものに限らない。
「うまそうだよなあ……」
テレビに映るのはラーメン。だが、俺としてはそのトッピングが気になる。
半熟のゆで卵だ。
基本しっかり火が通っている方が好きではあるが、たまに半熟の卵が食べたくなる時もある。半熟の味玉って、どうしてこう魅力的なんだろう。
半熟にもいろいろ種類があるよな。
完全にとろとろの黄身、ちょっとだけとろける感じの黄身、がっつり火が通っているわけではないけど固まっていて透き通る黄身……料理それぞれに合った半熟具合があり、それぞれのおいしさがあるんだ。
しかしこれが難しいんだよ、作るの。火加減とか時間とかいろいろ考えてんだけどいまいち納得できる半熟加減にできない。
そんでもって半熟卵を使った料理もまた難しい。
俺的にその最たるものはスコッチエッグだと思っている。ひき肉でゆで卵をくるんで、パン粉つけて揚げる。ゆで卵を作るときにも揚げるときにも火が通るので、最終的にカッチカチになるんだよ。
まあ、スコッチエッグを作る機会は早々ないんだけど。
「あ、やべ」
そろそろ学校行かないと。
テストもあるし、半熟卵の研究はしばらくお預けか。
「春都」
放課後、声をかけてきたのは咲良ではなく勇樹だった。
「なに」
「英文できたって言ってたよな? 俺もできたから、先生んとこ行こうぜ」
「ああ」
テスト前とあって、部活に向かう人波はない。
いそいそと帰り支度をするやつらの間をすり抜け職員室まで向かう。
「職員室は入れないんだっけ?」
「テスト前だからな」
カンニング対策として、テスト前一週間は職員室には立ち入り禁止である。まあ、当然のことだというのは分かるのだが……
「職員室近くに寄っただけでヤな顔されんだよなあ、この時期」
そう言えば勇樹は笑った。
「そうそう。先生が呼び出したのにその顔なんだよーってなることあるよな。質問もしづらいっての」
「そんなに近寄ってほしくないなら、提出期限をテスト明けにすればいいのに」
「ホントそれ」
案の定、先生にはちょっといやそうな顔をされめんどくさそうに原稿を受け取られたが、これで俺の仕事は終了だ。あーすっきりした。
「あ、やべ。バスの時間もうすぐだわ」
そうつぶやいて腕時計を見るや否や、勇樹は「じゃ、また!」と明るく笑って立ち去って行った。さすが運動部、身のこなしが軽やかだ。
さて、俺もとっとと帰ろう。
校内に充満する、やけにピリピリとしたテスト前特有の空気は苦手だ。こちらの気持ちなど無視して焦らせてくる。
俺にそんな空気を変えられる力などない。
そういう時は、さっさと離れるのが一番だ。
そうして離れた後、家に帰ってうまそうな飯の匂いがしていたら、気分はすっかり元通りになるばかりか、最高に幸せになる。
「おかえり」
台所ではばあちゃんが料理をしていた。
「ただいま」
「お疲れさま。荷物、重そうねぇ。置いてらっしゃい」
「ん」
テスト前は持ち帰らなければならない教科書がいつもより多い。置きっぱなしにしているのを先生に見つかりでもしたら、小一時間説教だ。
持って帰るのはしんどいが、説教食らって時間をつぶすよりまだいい。
「お風呂沸いてるよ」
「ありがとう」
ばあちゃんが飯を作りに来てくれる度、父さんと母さんが帰ってくる度、あるいは店の方に寄る度、至れり尽くせりという言葉がよぎる。
ただ、ばあちゃんが沸かす風呂はちょっと熱いが、それもまあ、いい。
「あっちぃ」
皮膚が真っ赤になるほどのお湯は、少し冷ましながら入るのがお決まりだ。ただまあ、熱々の風呂につかるのは嫌いじゃない。なんとなく懐かしいような、幸せなような感じがする。
体が冷えているので、あがるころにやっと湯船は適温になる。なんだか流すのがもったいないようだ。
「お、ナイスタイミング」
風呂を出て居間に向かうと、台所で何かを揚げていたらしいばあちゃんがそう言って笑う。
「ちょうど揚げたてよ。さ、食べて」
どうやら晩飯を準備してくれたらしい。これは……
「スコッチエッグ?」
「そう。春都好きでしょ」
「うん、好き。ちょうど食べたかった」
これは正しくナイスタイミングだ。
「いただきます」
表面がまだじゅうじゅういっているスコッチエッグに期待を高めながら、とりあえず麦茶を飲んで、付け合わせの野菜を一口食べる。
ソースはばあちゃん手製のケチャップソース。
「半熟だ」
白身はしっかり固まっていながら、黄身がとろりと程よく溶けだしてくる。どうしてばあちゃんは半熟のスコッチエッグが作れるのだろう。
やけどに気を付けながら一口。
サックサクの衣の香ばしさにひき肉の肉汁とうま味、そして卵のまろやかさ、半熟の食感。最高の組み合わせだ。
ケチャップソースは酸味が飛んで、甘みとうま味がしっかり味わえる。スコッチエッグによく合うなあ。
「おいしい」
「スコッチエッグなんて自分でなかなか作らないでしょう」
「うん、だからうれしい」
スコッチエッグとご飯、うまい。
結構がっつりしたおかずで、スコッチエッグそれだけでも満足度は高いのだが、濃い目のおかずだからこそ米が欲しくなる。
こりゃ自分で半熟卵の研究しなくてもいいかもなあ、なんて。
作ってもらえる間は、堪能させてもらうのもありか。
「ごちそうさまでした」
「うまそうだよなあ……」
テレビに映るのはラーメン。だが、俺としてはそのトッピングが気になる。
半熟のゆで卵だ。
基本しっかり火が通っている方が好きではあるが、たまに半熟の卵が食べたくなる時もある。半熟の味玉って、どうしてこう魅力的なんだろう。
半熟にもいろいろ種類があるよな。
完全にとろとろの黄身、ちょっとだけとろける感じの黄身、がっつり火が通っているわけではないけど固まっていて透き通る黄身……料理それぞれに合った半熟具合があり、それぞれのおいしさがあるんだ。
しかしこれが難しいんだよ、作るの。火加減とか時間とかいろいろ考えてんだけどいまいち納得できる半熟加減にできない。
そんでもって半熟卵を使った料理もまた難しい。
俺的にその最たるものはスコッチエッグだと思っている。ひき肉でゆで卵をくるんで、パン粉つけて揚げる。ゆで卵を作るときにも揚げるときにも火が通るので、最終的にカッチカチになるんだよ。
まあ、スコッチエッグを作る機会は早々ないんだけど。
「あ、やべ」
そろそろ学校行かないと。
テストもあるし、半熟卵の研究はしばらくお預けか。
「春都」
放課後、声をかけてきたのは咲良ではなく勇樹だった。
「なに」
「英文できたって言ってたよな? 俺もできたから、先生んとこ行こうぜ」
「ああ」
テスト前とあって、部活に向かう人波はない。
いそいそと帰り支度をするやつらの間をすり抜け職員室まで向かう。
「職員室は入れないんだっけ?」
「テスト前だからな」
カンニング対策として、テスト前一週間は職員室には立ち入り禁止である。まあ、当然のことだというのは分かるのだが……
「職員室近くに寄っただけでヤな顔されんだよなあ、この時期」
そう言えば勇樹は笑った。
「そうそう。先生が呼び出したのにその顔なんだよーってなることあるよな。質問もしづらいっての」
「そんなに近寄ってほしくないなら、提出期限をテスト明けにすればいいのに」
「ホントそれ」
案の定、先生にはちょっといやそうな顔をされめんどくさそうに原稿を受け取られたが、これで俺の仕事は終了だ。あーすっきりした。
「あ、やべ。バスの時間もうすぐだわ」
そうつぶやいて腕時計を見るや否や、勇樹は「じゃ、また!」と明るく笑って立ち去って行った。さすが運動部、身のこなしが軽やかだ。
さて、俺もとっとと帰ろう。
校内に充満する、やけにピリピリとしたテスト前特有の空気は苦手だ。こちらの気持ちなど無視して焦らせてくる。
俺にそんな空気を変えられる力などない。
そういう時は、さっさと離れるのが一番だ。
そうして離れた後、家に帰ってうまそうな飯の匂いがしていたら、気分はすっかり元通りになるばかりか、最高に幸せになる。
「おかえり」
台所ではばあちゃんが料理をしていた。
「ただいま」
「お疲れさま。荷物、重そうねぇ。置いてらっしゃい」
「ん」
テスト前は持ち帰らなければならない教科書がいつもより多い。置きっぱなしにしているのを先生に見つかりでもしたら、小一時間説教だ。
持って帰るのはしんどいが、説教食らって時間をつぶすよりまだいい。
「お風呂沸いてるよ」
「ありがとう」
ばあちゃんが飯を作りに来てくれる度、父さんと母さんが帰ってくる度、あるいは店の方に寄る度、至れり尽くせりという言葉がよぎる。
ただ、ばあちゃんが沸かす風呂はちょっと熱いが、それもまあ、いい。
「あっちぃ」
皮膚が真っ赤になるほどのお湯は、少し冷ましながら入るのがお決まりだ。ただまあ、熱々の風呂につかるのは嫌いじゃない。なんとなく懐かしいような、幸せなような感じがする。
体が冷えているので、あがるころにやっと湯船は適温になる。なんだか流すのがもったいないようだ。
「お、ナイスタイミング」
風呂を出て居間に向かうと、台所で何かを揚げていたらしいばあちゃんがそう言って笑う。
「ちょうど揚げたてよ。さ、食べて」
どうやら晩飯を準備してくれたらしい。これは……
「スコッチエッグ?」
「そう。春都好きでしょ」
「うん、好き。ちょうど食べたかった」
これは正しくナイスタイミングだ。
「いただきます」
表面がまだじゅうじゅういっているスコッチエッグに期待を高めながら、とりあえず麦茶を飲んで、付け合わせの野菜を一口食べる。
ソースはばあちゃん手製のケチャップソース。
「半熟だ」
白身はしっかり固まっていながら、黄身がとろりと程よく溶けだしてくる。どうしてばあちゃんは半熟のスコッチエッグが作れるのだろう。
やけどに気を付けながら一口。
サックサクの衣の香ばしさにひき肉の肉汁とうま味、そして卵のまろやかさ、半熟の食感。最高の組み合わせだ。
ケチャップソースは酸味が飛んで、甘みとうま味がしっかり味わえる。スコッチエッグによく合うなあ。
「おいしい」
「スコッチエッグなんて自分でなかなか作らないでしょう」
「うん、だからうれしい」
スコッチエッグとご飯、うまい。
結構がっつりしたおかずで、スコッチエッグそれだけでも満足度は高いのだが、濃い目のおかずだからこそ米が欲しくなる。
こりゃ自分で半熟卵の研究しなくてもいいかもなあ、なんて。
作ってもらえる間は、堪能させてもらうのもありか。
「ごちそうさまでした」
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