221 / 854
日常
第二百十九話 鶏のバター醬油焼き
しおりを挟む
眩しい青空、穏やかな空気、ほのかに暖かいような、でもまだ冷たさの勝る風。居間から見える昼下がりの景色はとても心地よさそうだ。
「はぁ~……」
テスト前になるたびに思っている気がする。どうしてこんな日に限ってのんびりできないのだと。まあ、そもそも、何にも追われていない期間なんてないわけだけど。
しかもテスト前だからといってテスト勉強だけができるわけではない。
予習、復習、研究発表の英訳、テストの日に提出しなきゃいけないワーク。それに加えて生活していかなきゃいけねえんだからたまったもんじゃねえ。
しかしこれをこなせず怒られたり成績下げられたりしては悔しいのでやるしかない。
「ああ~」
でもきついもんはきつい。なんか一発で英訳できる機械とかないかな。
「わふっ」
と、うめずが課題をのぞき込んで来た。
「やってくれるかぁ、うめず」
「わう」
「だよなあ」
ソファにうなだれぼーっと天井を見上げる。うめずの不思議そうな視線を感じた。
「あー、やりたくねー。昼寝してぇ~」
そう言いながらうめずに抱きつくが、うめずは焦ることも驚くこともなくがっちりとそれを受け止めてくれた。
「お前あったかいなあ……」
「わう」
と、頭をこすりつけてくる。
いかん。このままでは寝てしまう。英訳の提出期限はテスト最終日だし、のんびりしている暇はない。
しかし集中力が切れたのも確かだ。ここで休憩してスマホでも見ようものなら日が沈む。
「よっしゃ、散歩行くぞ」
催促もしていないのに、俺から散歩という言葉が出てきてうめずは少し意外なようだったが、すぐに尻尾を振り回しだした。
買い物のついでだ。だからこれは決して、さぼりではない。
買い物は帰りにするとして、とりあえずどこか歩こう。
やっぱり外はまだ寒く、コンクリートからじわじわと冷たさが伝わってくる。でもどこか浮ついているというか、春の気配を感じないこともない。
「お、分かれ道。どっち行く?」
少しきょろきょろとしてから、うめずは左に進んだ。
「今日はこっちの気分か?」
「わふっ」
いいチョイスだ。こっちの道を行けば、遠回りにはなるが学校近くを通らずにスーパーまで行ける。
とっくに葉の落ちた街路樹の植わる道を行く。花の咲く種類ではないが、夏場は青々と茂っていい日陰になる。まあ、その分秋になると落ち葉がすごくて、道端にこんもりと山ができているのだが。
住宅街の裏道を抜け、通りの多い道に出たらスーパーはまもなくだ。
さて、今日は何が食いたいだろう。
うめずには表で待っていてもらおう。
とりあえず野菜だな。白菜とキャベツ、あると便利なんだよなあ。ジャガイモとニンジンも欲しいところだ。
今日は魚というより肉の気分だ。精肉コーナーへ向かう。
薄切りの豚肉と鶏むね肉。今日はちょうど安い日だったらしい。料理に使わない方は冷凍できるし、どっちも買っとこう。
あ、あと卵。少なくなってたんだ。牛乳とか豆乳も欲しい。
「うーん……」
レジの列に並んでふと思う。今から歩いて帰るとして、これは重いな。持って帰れないこともないが……ちょっと骨が折れるな。
なんか諦めるか。でもせっかく来たしなあ。
「あっ、一条君じゃん」
後ろから声をかけられて振り返ると、人懐っこい笑みを浮かべた山下さんがいた。
「こんにちは」
「どーもぉ。学校は?」
「今日は午後から休みです」
「そっかー。まあ、一条君真面目そうだし、さぼりなわけないかあ」
山下さんの買い物は非常に少ない。弁当と、スイーツ一個だ。山下さんは俺の買い物かごの中身にちらっと視線を向けた。
「すごい量だね」
「はい。歩きで来たのにずいぶん買い込んじゃって。持って帰るの大変なのでどれかあきらめようかなーって考えてたところです」
「じゃあ、俺手伝うよ」
思いもよらぬ返答に、あっけにとられる。
「え? いや、迷惑でしょう」
「ぜーんぜん? どうせ帰るだけだし、帰り道一緒だし、な?」
屈託のない笑みを向けられれば断りづらい。でも助かるのは確かだ。
「……じゃあ、お願いしてもいいですか」
「任せなさい」
この後、うめずは突然一緒に現れた山下さんに驚いてはいたが、すぐに慣れてしまって、ずいぶん楽しそうに帰路に着いていた。
食べたいものが何か考えていたら、結局シンプルなところに落ち着くことが多い俺である。
今日は鶏むね肉を焼いたのにしよう。
油をひいたフライパンで二枚、焼いていく。シンプルに塩コショウで焼いて、出てきた肉汁はそのままにしておく。
焼いたらいったん耐熱皿に移してレンジで加熱。その間に、さっきとっておいた肉汁とバター、醤油を混ぜてソースを作る。
加熱した鶏にそのソースをかければ完成だ。
「いただきます」
なんとまあご飯に合いそうな香りだろうか。
香ばしいようなまったりとしたような香りを感じながら一口食べる。バターの芳香に醤油の香ばしさがたまらなく合う。バター醤油だけでもご飯に合うというのに、そこに鶏肉のうま味と肉汁が加わって大変だ。
身を少しほぐして食べるのもいい。より味が染みて、かつ、ご飯ともなじみやすくておいしい。
食べ応えが欲しいときはがっつりかぶりつく。口の中でジュワッとあふれ出す油とうま味が最高なんだ。
時々ある皮もうまい。
で、ソースはご飯にかけて、その上に鶏肉のっけて丼みたいにする。
これをかきこむ幸せたるや。散歩した分、腹が減っていたのだろうか。あるいは英文づくりを終えたから達成感も相まっているのか。
これでテストも終わってりゃ最高なんだが、ま、贅沢は言わない。目の前の飯がうまいだけで満足だ。
テスト明けには、きっと、母さんがうまい飯を作ってくれるだろうし。
「ごちそうさまでした」
「はぁ~……」
テスト前になるたびに思っている気がする。どうしてこんな日に限ってのんびりできないのだと。まあ、そもそも、何にも追われていない期間なんてないわけだけど。
しかもテスト前だからといってテスト勉強だけができるわけではない。
予習、復習、研究発表の英訳、テストの日に提出しなきゃいけないワーク。それに加えて生活していかなきゃいけねえんだからたまったもんじゃねえ。
しかしこれをこなせず怒られたり成績下げられたりしては悔しいのでやるしかない。
「ああ~」
でもきついもんはきつい。なんか一発で英訳できる機械とかないかな。
「わふっ」
と、うめずが課題をのぞき込んで来た。
「やってくれるかぁ、うめず」
「わう」
「だよなあ」
ソファにうなだれぼーっと天井を見上げる。うめずの不思議そうな視線を感じた。
「あー、やりたくねー。昼寝してぇ~」
そう言いながらうめずに抱きつくが、うめずは焦ることも驚くこともなくがっちりとそれを受け止めてくれた。
「お前あったかいなあ……」
「わう」
と、頭をこすりつけてくる。
いかん。このままでは寝てしまう。英訳の提出期限はテスト最終日だし、のんびりしている暇はない。
しかし集中力が切れたのも確かだ。ここで休憩してスマホでも見ようものなら日が沈む。
「よっしゃ、散歩行くぞ」
催促もしていないのに、俺から散歩という言葉が出てきてうめずは少し意外なようだったが、すぐに尻尾を振り回しだした。
買い物のついでだ。だからこれは決して、さぼりではない。
買い物は帰りにするとして、とりあえずどこか歩こう。
やっぱり外はまだ寒く、コンクリートからじわじわと冷たさが伝わってくる。でもどこか浮ついているというか、春の気配を感じないこともない。
「お、分かれ道。どっち行く?」
少しきょろきょろとしてから、うめずは左に進んだ。
「今日はこっちの気分か?」
「わふっ」
いいチョイスだ。こっちの道を行けば、遠回りにはなるが学校近くを通らずにスーパーまで行ける。
とっくに葉の落ちた街路樹の植わる道を行く。花の咲く種類ではないが、夏場は青々と茂っていい日陰になる。まあ、その分秋になると落ち葉がすごくて、道端にこんもりと山ができているのだが。
住宅街の裏道を抜け、通りの多い道に出たらスーパーはまもなくだ。
さて、今日は何が食いたいだろう。
うめずには表で待っていてもらおう。
とりあえず野菜だな。白菜とキャベツ、あると便利なんだよなあ。ジャガイモとニンジンも欲しいところだ。
今日は魚というより肉の気分だ。精肉コーナーへ向かう。
薄切りの豚肉と鶏むね肉。今日はちょうど安い日だったらしい。料理に使わない方は冷凍できるし、どっちも買っとこう。
あ、あと卵。少なくなってたんだ。牛乳とか豆乳も欲しい。
「うーん……」
レジの列に並んでふと思う。今から歩いて帰るとして、これは重いな。持って帰れないこともないが……ちょっと骨が折れるな。
なんか諦めるか。でもせっかく来たしなあ。
「あっ、一条君じゃん」
後ろから声をかけられて振り返ると、人懐っこい笑みを浮かべた山下さんがいた。
「こんにちは」
「どーもぉ。学校は?」
「今日は午後から休みです」
「そっかー。まあ、一条君真面目そうだし、さぼりなわけないかあ」
山下さんの買い物は非常に少ない。弁当と、スイーツ一個だ。山下さんは俺の買い物かごの中身にちらっと視線を向けた。
「すごい量だね」
「はい。歩きで来たのにずいぶん買い込んじゃって。持って帰るの大変なのでどれかあきらめようかなーって考えてたところです」
「じゃあ、俺手伝うよ」
思いもよらぬ返答に、あっけにとられる。
「え? いや、迷惑でしょう」
「ぜーんぜん? どうせ帰るだけだし、帰り道一緒だし、な?」
屈託のない笑みを向けられれば断りづらい。でも助かるのは確かだ。
「……じゃあ、お願いしてもいいですか」
「任せなさい」
この後、うめずは突然一緒に現れた山下さんに驚いてはいたが、すぐに慣れてしまって、ずいぶん楽しそうに帰路に着いていた。
食べたいものが何か考えていたら、結局シンプルなところに落ち着くことが多い俺である。
今日は鶏むね肉を焼いたのにしよう。
油をひいたフライパンで二枚、焼いていく。シンプルに塩コショウで焼いて、出てきた肉汁はそのままにしておく。
焼いたらいったん耐熱皿に移してレンジで加熱。その間に、さっきとっておいた肉汁とバター、醤油を混ぜてソースを作る。
加熱した鶏にそのソースをかければ完成だ。
「いただきます」
なんとまあご飯に合いそうな香りだろうか。
香ばしいようなまったりとしたような香りを感じながら一口食べる。バターの芳香に醤油の香ばしさがたまらなく合う。バター醤油だけでもご飯に合うというのに、そこに鶏肉のうま味と肉汁が加わって大変だ。
身を少しほぐして食べるのもいい。より味が染みて、かつ、ご飯ともなじみやすくておいしい。
食べ応えが欲しいときはがっつりかぶりつく。口の中でジュワッとあふれ出す油とうま味が最高なんだ。
時々ある皮もうまい。
で、ソースはご飯にかけて、その上に鶏肉のっけて丼みたいにする。
これをかきこむ幸せたるや。散歩した分、腹が減っていたのだろうか。あるいは英文づくりを終えたから達成感も相まっているのか。
これでテストも終わってりゃ最高なんだが、ま、贅沢は言わない。目の前の飯がうまいだけで満足だ。
テスト明けには、きっと、母さんがうまい飯を作ってくれるだろうし。
「ごちそうさまでした」
13
お気に入りに追加
253
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!


妻を蔑ろにしていた結果。
下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。
主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。
小説家になろう様でも投稿しています。
「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから
キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。
「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。
何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。
一話完結の読み切りです。
ご都合主義というか中身はありません。
軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。
誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。
小説家になろうさんにも時差投稿します。
サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜
野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」
「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」
この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。
半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。
別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。
そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。
学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー
⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。
⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。
※表紙絵、挿絵はAI作成です。
※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる