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日常
第二百十六話 ハッシュドポテト
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食べたいものが食べられない日もある。
深夜のステーキとか、めっちゃ豪華な海鮮丼とか。まあ、その辺はすぐに食べられない前提で考えることなので、食べられなかったとしてもあまりダメージはない。つらいのはつらいが。
問題は、すぐにでも食べられるはずだった食べたいものが食べられない、という状況だ。
まさしく、今のように。
「あれ、売り切れ?」
妙にハッシュドポテトが食べたくて、朝からうめずと散歩がてらにスーパーに来たものの、いつも買っている冷凍のハッシュドポテトがない。
「いつもなら山のようにあるのに……」
どこかでパーティか何かがあるのだろうか。にしたってこの店の分を買い占めなくてもよさそうなものを。それともただ単にハッシュドポテトを食べたい人が多かっただけだろうか。
どっちにしたってないものはない。さて、どうしようか。
あ、そうだ。いつものファストフード店になら単品メニューで売ってるよな。朝限定のはずで、時間は……うん大丈夫そうだ。
「うめずー、ちょっと歩くぞー」
「わふっ」
先日までの小春日和がうそのように、今日の空には重たい雲がのしかかっている。
吹く風は冷たく、鼻先がジンジンとしびれる。ネックウォーマーをずり上げ、ニット帽もかぶってくればよかったと思いながら歩みを進める。
こうも寒いと出歩く人はほとんどいない。ただでさえ人の少ない町が、余計にさみしく見えるというものだ。昔はずいぶんにぎやかだったと聞いたけど。
でもまあ、その名残はあるように思う。
例えば、大通りとアーケードをつなぐ一本の細い道。そこには古い建物がひしめいていて、今でこそ、ひとけはおろか生命の気配すら感じないが、よく見れば店だったのであろう形跡がある。
その道を抜けアーケードに行けば、病院だったのだろうでかい建物や夜になっても明かりの灯らない赤ちょうちん、既に更地になっている広大な土地、無造作に物が置かれた空きテナントもある。
「なんか静かだなー」
「わふっ」
「お、いい声だ。よく響く」
しかし、なくなるものばかりではない。
最近は小ぢんまりとしたアパートのようなものも建ち始めたし、ボロボロだった道は舗装され、便利の悪かった一本道は交差点になった。
公園も新しくなって、自分が小学生のころまでは、公園とは名ばかりで不審者がしょっちゅう出ると警戒されていた暗い場所だった。でも今はすっかりひらけて、子どものはしゃぐ声が響き渡っている。近くにはコミュニティセンターもできた。俺もお世話になった小児科病院も近いので、往来の混み具合は時間によってはなかなかのものである。
こうやって町はじわじわと変わっていくんだなあと思う。
空いたテナントに何があったか全然覚えてないし、道が舗装される前のタイルの色もすっかり忘れてしまった。つい昨日まであったはずの建物が壊されても、何があったっけと思ってしまう。
壁が塗り替えられれば記憶もすっかり上塗りされ、歩道のタイルが張り替えられれば古い記憶もどこかへ行ってしまう。
「ま、そんなもんか」
いちいち出会ったすべてのことを覚えていては身が持たないし、記憶の容量も無限ではない。
大事なことを覚えていられればそれでいい。
変わっていく町を見るたび、ぼんやりとそんなことを思うのだ。
「えっ、売り切れ……ですか」
「はい。申し訳ございません」
本当に申し訳なさそうに店員から告げられたのは、ハッシュドポテト売り切れという事実だった。
まあ、朝のメニュー終了近いし、仕方ないっちゃ仕方ないのか……
「えっと、じゃあ、コーヒー一つ」
「かしこまりました。アイスかホットかどちらになさいますか」
「アイ……いや、ホットで」
この店でコーヒーを買うのは初めてだ。いつもいい匂いはしていたが、ハンバーガーと合わせるならオレンジジュースかコーラだし。
ほんのり温かさが伝わってくる濃い黄色の器を受け取りうめずの元へ向かう。かぶせられた濃紺の蓋を開けて少し冷ます。
「寒いなあ……」
「わふっ」
真っ白な湯気が立ち上るコーヒーは香ばしく、程よい苦みが今は心地よかった。
「今日は縁がないのかなあ。まあ、そういう日もあるよなあ」
「わう」
うめずはパタパタとしっぽを振っている。こうやって散歩できるだけで幸せってか。まあ、そう思うのもいいか。
「うちにジャガイモはあるんだけどなあ」
咲良からもらった分は全部食ったけど。結局あの後、蒸かし芋にして食ったんだ。
違うんだよなあ。俺が今食いたいのは揚げるなり焼くなりしたハッシュドポテトなんだよなあ。
「……ないなら作ればいいか」
そうだ。シンプルなことじゃないか。
ジャガイモ二個を洗って皮をむく。半分に切って程よい厚さに切り分けたら耐熱皿にのせ、ラップをかけてレンジでチン。
ほくほくになったら、少し深さのある器に入れ程よく形が残る程度につぶし、塩コショウで味をつける。
そしたら片栗粉と水を入れ、よく混ぜて成形する。小さめの丸にしよう。
これを少し置いて、形が固まったら、ちょっと多めの油で揚げ焼きのようにしていく。ああ、いい匂いがしてきたぞ。
お店のものや冷凍とはずいぶん違うけど、うまそうだ。
「いただきます」
カリッと焼けた表面は香ばしい。形の残ったジャガイモはほくっとしていて、しっかりつぶれたところはとろとろしている。
何だ、手作りのハッシュドポテト、すごくうまいじゃないか。
ちょっとケチャップもつけてみる。トマトの酸味が程よく、ジャガイモのうま味を引き立てる。これはおいしい。
しかもジャガイモ二つで結構な数できるし、弁当にもよさそうだし、食べ応えもある。
ベーコンで巻いて焼いてもいいし、チーズ入れてもいいな。和風のアレンジとかできないかな。中華風とか。
今日はシンプルなジャガイモの味を味わいたかったのでこのままで十分だが、アレンジの余地はありそうだ。
また作れるものが増えた。楽しみが増えた。
今度はどうやって作ろうかな。やっぱシンプルなとこに落ち着くのかなあ。
「ごちそうさまでした」
深夜のステーキとか、めっちゃ豪華な海鮮丼とか。まあ、その辺はすぐに食べられない前提で考えることなので、食べられなかったとしてもあまりダメージはない。つらいのはつらいが。
問題は、すぐにでも食べられるはずだった食べたいものが食べられない、という状況だ。
まさしく、今のように。
「あれ、売り切れ?」
妙にハッシュドポテトが食べたくて、朝からうめずと散歩がてらにスーパーに来たものの、いつも買っている冷凍のハッシュドポテトがない。
「いつもなら山のようにあるのに……」
どこかでパーティか何かがあるのだろうか。にしたってこの店の分を買い占めなくてもよさそうなものを。それともただ単にハッシュドポテトを食べたい人が多かっただけだろうか。
どっちにしたってないものはない。さて、どうしようか。
あ、そうだ。いつものファストフード店になら単品メニューで売ってるよな。朝限定のはずで、時間は……うん大丈夫そうだ。
「うめずー、ちょっと歩くぞー」
「わふっ」
先日までの小春日和がうそのように、今日の空には重たい雲がのしかかっている。
吹く風は冷たく、鼻先がジンジンとしびれる。ネックウォーマーをずり上げ、ニット帽もかぶってくればよかったと思いながら歩みを進める。
こうも寒いと出歩く人はほとんどいない。ただでさえ人の少ない町が、余計にさみしく見えるというものだ。昔はずいぶんにぎやかだったと聞いたけど。
でもまあ、その名残はあるように思う。
例えば、大通りとアーケードをつなぐ一本の細い道。そこには古い建物がひしめいていて、今でこそ、ひとけはおろか生命の気配すら感じないが、よく見れば店だったのであろう形跡がある。
その道を抜けアーケードに行けば、病院だったのだろうでかい建物や夜になっても明かりの灯らない赤ちょうちん、既に更地になっている広大な土地、無造作に物が置かれた空きテナントもある。
「なんか静かだなー」
「わふっ」
「お、いい声だ。よく響く」
しかし、なくなるものばかりではない。
最近は小ぢんまりとしたアパートのようなものも建ち始めたし、ボロボロだった道は舗装され、便利の悪かった一本道は交差点になった。
公園も新しくなって、自分が小学生のころまでは、公園とは名ばかりで不審者がしょっちゅう出ると警戒されていた暗い場所だった。でも今はすっかりひらけて、子どものはしゃぐ声が響き渡っている。近くにはコミュニティセンターもできた。俺もお世話になった小児科病院も近いので、往来の混み具合は時間によってはなかなかのものである。
こうやって町はじわじわと変わっていくんだなあと思う。
空いたテナントに何があったか全然覚えてないし、道が舗装される前のタイルの色もすっかり忘れてしまった。つい昨日まであったはずの建物が壊されても、何があったっけと思ってしまう。
壁が塗り替えられれば記憶もすっかり上塗りされ、歩道のタイルが張り替えられれば古い記憶もどこかへ行ってしまう。
「ま、そんなもんか」
いちいち出会ったすべてのことを覚えていては身が持たないし、記憶の容量も無限ではない。
大事なことを覚えていられればそれでいい。
変わっていく町を見るたび、ぼんやりとそんなことを思うのだ。
「えっ、売り切れ……ですか」
「はい。申し訳ございません」
本当に申し訳なさそうに店員から告げられたのは、ハッシュドポテト売り切れという事実だった。
まあ、朝のメニュー終了近いし、仕方ないっちゃ仕方ないのか……
「えっと、じゃあ、コーヒー一つ」
「かしこまりました。アイスかホットかどちらになさいますか」
「アイ……いや、ホットで」
この店でコーヒーを買うのは初めてだ。いつもいい匂いはしていたが、ハンバーガーと合わせるならオレンジジュースかコーラだし。
ほんのり温かさが伝わってくる濃い黄色の器を受け取りうめずの元へ向かう。かぶせられた濃紺の蓋を開けて少し冷ます。
「寒いなあ……」
「わふっ」
真っ白な湯気が立ち上るコーヒーは香ばしく、程よい苦みが今は心地よかった。
「今日は縁がないのかなあ。まあ、そういう日もあるよなあ」
「わう」
うめずはパタパタとしっぽを振っている。こうやって散歩できるだけで幸せってか。まあ、そう思うのもいいか。
「うちにジャガイモはあるんだけどなあ」
咲良からもらった分は全部食ったけど。結局あの後、蒸かし芋にして食ったんだ。
違うんだよなあ。俺が今食いたいのは揚げるなり焼くなりしたハッシュドポテトなんだよなあ。
「……ないなら作ればいいか」
そうだ。シンプルなことじゃないか。
ジャガイモ二個を洗って皮をむく。半分に切って程よい厚さに切り分けたら耐熱皿にのせ、ラップをかけてレンジでチン。
ほくほくになったら、少し深さのある器に入れ程よく形が残る程度につぶし、塩コショウで味をつける。
そしたら片栗粉と水を入れ、よく混ぜて成形する。小さめの丸にしよう。
これを少し置いて、形が固まったら、ちょっと多めの油で揚げ焼きのようにしていく。ああ、いい匂いがしてきたぞ。
お店のものや冷凍とはずいぶん違うけど、うまそうだ。
「いただきます」
カリッと焼けた表面は香ばしい。形の残ったジャガイモはほくっとしていて、しっかりつぶれたところはとろとろしている。
何だ、手作りのハッシュドポテト、すごくうまいじゃないか。
ちょっとケチャップもつけてみる。トマトの酸味が程よく、ジャガイモのうま味を引き立てる。これはおいしい。
しかもジャガイモ二つで結構な数できるし、弁当にもよさそうだし、食べ応えもある。
ベーコンで巻いて焼いてもいいし、チーズ入れてもいいな。和風のアレンジとかできないかな。中華風とか。
今日はシンプルなジャガイモの味を味わいたかったのでこのままで十分だが、アレンジの余地はありそうだ。
また作れるものが増えた。楽しみが増えた。
今度はどうやって作ろうかな。やっぱシンプルなとこに落ち着くのかなあ。
「ごちそうさまでした」
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