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日常
第二百十四話 チーズフォンデュ
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基本、出不精。せいぜい図書館や本屋に行くぐらいで、遠出なんてめったにしない。
そんな俺が唯一、めんどくさいともしんどいとも思わず出かけたい場所があった。コラボカフェとかアニメグッズの店とか、そういうのじゃない。
「森の家に行きたい」
昼下がりの屋上。咲良、朝比奈、百瀬と四人で飯を食う。ポカポカとした日差し、弱い風、春のような気配。
その香りを胸いっぱいに吸い込み、吐き出す。
俺のつぶやきを、三人は聞き逃さなかった。
「えらくファンシーだな」
「森の家かあ」
「……小学校の修学旅行で行ったな」
森の家、とはテーマ―パークのようなものだ。中世ヨーロッパモチーフの広大な街と季節ごとに様々な花が咲き誇る花園があって、そりゃもう楽しいんだ。
目立ったアトラクションはないけど、景色を楽しむだけで十分だ。
「なんでまた急に?」
笑って聞く咲良。ぼんやりと見上げた空では二羽の鳥がゆったりと鳴きながら滑るように飛んでいた。それを眺めながら答える。
「すげー好きなんだよ。ただ単純に」
「えー? でもアトラクションとかないじゃん? 遊ぶとこあるか?」
「ばか言え。すげー楽しいじゃねえか」
景色も当然楽しいのだが何より――
「飯がうまい」
「やっぱそこか」
三人は笑ったが、百瀬が「でも分かるかも」とつぶやいた。
「あそこってさ、チョコの専門店あるだろ? あの店が一番好きだなー。いろんなチョコあるし、かち割りチョコおいしいし、チョコレートの滝のオブジェが最高!」
「あー、チョコの滝な」
「あれに浸っていたいよ。他にもさ、バームクーヘンの専門店とかもあるし……あ、そう考えたら行きたくなってきたかも」
「な?」
「えー?」
咲良は釈然としない様子だったが、ふと何かを思い出したらしい。楽しげに笑った。
「俺、そういや金魚釣りしたわ! 初めて行ったときさー、あんまり早すぎてどこも開店準備中で? 三十分ぐらい時間があって家族そろってさあ」
「あー、あれな」
百瀬と声がそろう。金魚釣り。知ってる。金魚すくいじゃないんだよ。
咲良はすっかり楽しそうだ。
「竿で釣れるって超楽しそうだって思ってな? そしたら餌がでかくてー」
「そう、あれでかいよな」
「俺の技術不足かも知んねーけど、釣れなくて。もうなんつーの? あれじゃあ餌付けだよ」
餌付け、か。確かに。うまいこと言うなあ。
三人で色々と話をしていたら、朝比奈がおもむろに口を開いた。
「俺、こないだ行った」
「えっ! マジで⁉」
朝比奈は何の気なしに言ったものだ。
「年末、いつもどっかに旅行行ってんだけど……去年は治樹が『森の家に行きたい』って言ってたし……」
「はー、マジかよー」
「しかも泊まった」
「泊まったぁ?」
咲良が驚いて聞いた。
「あそこのホテルって、高くね?」
「ああ……俺は泊まったことねえぞ」
「ホテルっつーか……街ん中? 家あるじゃん。あそこ、宿泊施設にもなってるらしくて。なんかすげー楽しかった」
しかもあこがれの街中宿泊。いいなあ……いつか泊まってみたいんだよなあ……
「は~、やっぱ貴志の家はすごいねえ」
感心したように百瀬は言うと、俺の方に視線を向けた。
「でさ、春都は何が好きなわけ?」
「俺? 俺はいろいろあるけど……ハンバーグもうまかったなあ。レストラン街のとこにある店なんだけど。一度、急な雨に降られて雨宿りしてたら、開店前なのに店ん中入れてくれて……そん時食ったハンバーグはうまかったなあ……」
「なんか物語が始まりそうだな」
咲良がそう言って笑う。
あそこはレストランも充実している。いろいろと選び放題だが、その中でも印象深いのは……
「あと、チーズ専門店のチーズフォンデュ。カマンベールチーズがそのまんま出てくんの」
「へー。鍋みたいなのじゃなくて?」
「そうなんだよ。初めて見たときはびっくりした。そうそう、あの店でクリームチーズのおいしい食い方覚えたんだよな」
朝比奈が不思議そうに「どんなの?」と聞いてくる。
「醤油とかつお節とネギ、そこにワサビ」
「おつまみだな」
「これがうまいんだって」
しかし、話していたら食いたくなってしまった。チーズフォンデュ。
帰りにカマンベールチーズ買ってくかあ。
うちでチーズフォンデュ。具材の準備からワクワクだ。
生ハム、茹でたウインナー、ジャガイモ、ブロッコリー。まあ店のに比べたらあれだけど、それでも十分豪華だ。
カマンベールチーズは、上にクッキングシートをひいた耐熱皿にのせてレンジでチン。
そうそう。パンも軽くトーストして……わ、今日はいったい何の日だ。平日だ。本当に何も特別なこともない平日。
それなのに豪華な飯。ぜいたくだなあ。
「いただきます」
チーズフォンデュ専用のカトラリー……はないのでフォークを使う。
表面もうまいんだよな。独特な風味が好きになった。白いとこを器に見立てているが、あとでちゃんと食べる。
あっつあつのチーズに、まずは生ハムを浸す。もっちりとした感じがたまらない。しっかり絡めて口に含む。
生ハムの塩気とチーズのまろやかさ。風味豊かで、おいしい。店にいる気分だ。
ブロッコリー自体も塩を溶かしたお湯でゆでたからちょっとした塩気があるのだが、そこにチーズが絡むことでうま味が増す。ジャガイモはほくほくとろとろ。たまらん。
ウインナー……肉の風味が際立つ気がする。
そんでもって、パン。たっぷりチーズのパンって豪華だよな。香ばしい小麦の風味とチーズがよく合う。
時間が経ったら、チーズのモチモチ具合が増すようだ。これを生ハムでくるむのが好きなんだよなあ。
カマンベールチーズはあまり得意じゃなかったが、これ食ってめっちゃ好きになったんだ。家でもできるって気づいたときはすごくうれしかったっけ。
店のも食いたいなあ。あの雰囲気の中で食うのって、また味わいが違うんだ。
でも、これでも十分満足だ。今度はもうちょっと具材のレパートリーを増やしてみよう。クリームチーズも準備してな。
「ごちそうさまでした」
そんな俺が唯一、めんどくさいともしんどいとも思わず出かけたい場所があった。コラボカフェとかアニメグッズの店とか、そういうのじゃない。
「森の家に行きたい」
昼下がりの屋上。咲良、朝比奈、百瀬と四人で飯を食う。ポカポカとした日差し、弱い風、春のような気配。
その香りを胸いっぱいに吸い込み、吐き出す。
俺のつぶやきを、三人は聞き逃さなかった。
「えらくファンシーだな」
「森の家かあ」
「……小学校の修学旅行で行ったな」
森の家、とはテーマ―パークのようなものだ。中世ヨーロッパモチーフの広大な街と季節ごとに様々な花が咲き誇る花園があって、そりゃもう楽しいんだ。
目立ったアトラクションはないけど、景色を楽しむだけで十分だ。
「なんでまた急に?」
笑って聞く咲良。ぼんやりと見上げた空では二羽の鳥がゆったりと鳴きながら滑るように飛んでいた。それを眺めながら答える。
「すげー好きなんだよ。ただ単純に」
「えー? でもアトラクションとかないじゃん? 遊ぶとこあるか?」
「ばか言え。すげー楽しいじゃねえか」
景色も当然楽しいのだが何より――
「飯がうまい」
「やっぱそこか」
三人は笑ったが、百瀬が「でも分かるかも」とつぶやいた。
「あそこってさ、チョコの専門店あるだろ? あの店が一番好きだなー。いろんなチョコあるし、かち割りチョコおいしいし、チョコレートの滝のオブジェが最高!」
「あー、チョコの滝な」
「あれに浸っていたいよ。他にもさ、バームクーヘンの専門店とかもあるし……あ、そう考えたら行きたくなってきたかも」
「な?」
「えー?」
咲良は釈然としない様子だったが、ふと何かを思い出したらしい。楽しげに笑った。
「俺、そういや金魚釣りしたわ! 初めて行ったときさー、あんまり早すぎてどこも開店準備中で? 三十分ぐらい時間があって家族そろってさあ」
「あー、あれな」
百瀬と声がそろう。金魚釣り。知ってる。金魚すくいじゃないんだよ。
咲良はすっかり楽しそうだ。
「竿で釣れるって超楽しそうだって思ってな? そしたら餌がでかくてー」
「そう、あれでかいよな」
「俺の技術不足かも知んねーけど、釣れなくて。もうなんつーの? あれじゃあ餌付けだよ」
餌付け、か。確かに。うまいこと言うなあ。
三人で色々と話をしていたら、朝比奈がおもむろに口を開いた。
「俺、こないだ行った」
「えっ! マジで⁉」
朝比奈は何の気なしに言ったものだ。
「年末、いつもどっかに旅行行ってんだけど……去年は治樹が『森の家に行きたい』って言ってたし……」
「はー、マジかよー」
「しかも泊まった」
「泊まったぁ?」
咲良が驚いて聞いた。
「あそこのホテルって、高くね?」
「ああ……俺は泊まったことねえぞ」
「ホテルっつーか……街ん中? 家あるじゃん。あそこ、宿泊施設にもなってるらしくて。なんかすげー楽しかった」
しかもあこがれの街中宿泊。いいなあ……いつか泊まってみたいんだよなあ……
「は~、やっぱ貴志の家はすごいねえ」
感心したように百瀬は言うと、俺の方に視線を向けた。
「でさ、春都は何が好きなわけ?」
「俺? 俺はいろいろあるけど……ハンバーグもうまかったなあ。レストラン街のとこにある店なんだけど。一度、急な雨に降られて雨宿りしてたら、開店前なのに店ん中入れてくれて……そん時食ったハンバーグはうまかったなあ……」
「なんか物語が始まりそうだな」
咲良がそう言って笑う。
あそこはレストランも充実している。いろいろと選び放題だが、その中でも印象深いのは……
「あと、チーズ専門店のチーズフォンデュ。カマンベールチーズがそのまんま出てくんの」
「へー。鍋みたいなのじゃなくて?」
「そうなんだよ。初めて見たときはびっくりした。そうそう、あの店でクリームチーズのおいしい食い方覚えたんだよな」
朝比奈が不思議そうに「どんなの?」と聞いてくる。
「醤油とかつお節とネギ、そこにワサビ」
「おつまみだな」
「これがうまいんだって」
しかし、話していたら食いたくなってしまった。チーズフォンデュ。
帰りにカマンベールチーズ買ってくかあ。
うちでチーズフォンデュ。具材の準備からワクワクだ。
生ハム、茹でたウインナー、ジャガイモ、ブロッコリー。まあ店のに比べたらあれだけど、それでも十分豪華だ。
カマンベールチーズは、上にクッキングシートをひいた耐熱皿にのせてレンジでチン。
そうそう。パンも軽くトーストして……わ、今日はいったい何の日だ。平日だ。本当に何も特別なこともない平日。
それなのに豪華な飯。ぜいたくだなあ。
「いただきます」
チーズフォンデュ専用のカトラリー……はないのでフォークを使う。
表面もうまいんだよな。独特な風味が好きになった。白いとこを器に見立てているが、あとでちゃんと食べる。
あっつあつのチーズに、まずは生ハムを浸す。もっちりとした感じがたまらない。しっかり絡めて口に含む。
生ハムの塩気とチーズのまろやかさ。風味豊かで、おいしい。店にいる気分だ。
ブロッコリー自体も塩を溶かしたお湯でゆでたからちょっとした塩気があるのだが、そこにチーズが絡むことでうま味が増す。ジャガイモはほくほくとろとろ。たまらん。
ウインナー……肉の風味が際立つ気がする。
そんでもって、パン。たっぷりチーズのパンって豪華だよな。香ばしい小麦の風味とチーズがよく合う。
時間が経ったら、チーズのモチモチ具合が増すようだ。これを生ハムでくるむのが好きなんだよなあ。
カマンベールチーズはあまり得意じゃなかったが、これ食ってめっちゃ好きになったんだ。家でもできるって気づいたときはすごくうれしかったっけ。
店のも食いたいなあ。あの雰囲気の中で食うのって、また味わいが違うんだ。
でも、これでも十分満足だ。今度はもうちょっと具材のレパートリーを増やしてみよう。クリームチーズも準備してな。
「ごちそうさまでした」
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