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日常
第二百十話 ジャガバター
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昼休み、例のごとく教室で飯を食った後だらだらとしていたら、咲良が「あ」と声を上げた。
「なに」
「いや、ちょっと一回、教室戻るわ」
「おー」
いそいそと立ち上がり、早足で教室に向かったかと思えば、数分して戻ってきた。
「ただいま」
「おかえり。どうした」
咲良の手には何やらコルク色の紙袋があった。
「これ、春都にお土産」
渡された紙袋はずしっと重い。いったい何が入っているんだ。
「土産? どっか行ったのか」
「北海道に」
……北海道?
「え、いつ」
「昨日」
笑ってこともなげにそう答える咲良。
いやいや、北海道って日帰りで行けるものなのか? 行けないだろ。
「本気で不思議そうな顔してんなあ」
咲良はからかうように言うが、そんな顔にさせてんのはほかでもないお前だぞと言ってやりたい。
しかし俺が口を開く前に、咲良は種明かしをした。
「ほら、今さ。百貨店で北海道展ってやってるだろ? 妹が行きたいっつーから付き添いで行ったわけ」
「そういうことな」
「限定のパフェがあるとか言ってさ、長時間行列に並んで大変だったわ」
ふー、と本当に疲れたように咲良はため息をついた。
「でもさ、うまそうなもん、いっぱいあったぜー。海鮮丼とか、肉とか」
「CMじゃよく見るけど、実際に行ったことはねえな」
「なー? 俺も数えるほどしか行ったことねえよ。人多いし」
咲良は笑うと、俺が受け取った紙袋を指さして言った。
「でさ、せっかく行ったしなんか買って帰ろうって思ったんだけど。それ見つけてさあ。春都喜ぶかなーと思って」
「……俺の鼻がおかしくなければ、うっすらと土のにおいがするんだが」
まあまあ、と促され袋を開けて見る。
「――ジャガイモ?」
「そ、ジャガイモ」
北海道展って、ジャガイモまで売ってるのか。てっきり総菜とかスイーツばかりかと思い込んでいたが……って、そうじゃない。
「なんで?」
「一番喜ぶかなーって。いや、色々あったんだけどさ、なんかこれが一番いいかなと」
「俺はいったい何だと思われているんだ……」
「結構重かったんだぜー? 満員のバスの中、教科書とジャガイモもってくるの」
「そりゃなあ」
紙袋の口を閉じ、ビニール袋に入れて縛り、とりあえず鞄に入れることにした。
「わざわざありがとうな」
「おー」
咲良は学ランのポケットから北海道展のパンフレットを取り出すと机の上に広げた。
「これこれ、これ食いに行った」
「どれ? うわ、でっけえな。なんだっけ、夕張メロン?」
「値段もえげつなかったぞ。俺、一口しか食ってねえけど、半分の金額出さされた」
しかし、よく見てみれば「お土産におすすめ!」と銘打ってある商品もあるじゃないか。
「あ、それとさー」
うれしいのはうれしいが釈然としないままパンフレットを見つめていたら、咲良がポケットからもう一つ何か取り出した。
「レジでもらったんだよな、これ。昨日が最終日だったし、たくさん余ってるからって結構な数もらったからさー。いくつかやるよ」
それはキーホルダーのようなものだったが、これは、ジャガイモか。小さな二つのジャガイモが隣り合い、片方にはひげが生え片方は冠をかぶっている。
「なにこれ」
「ジャガイモ男爵とジャガイモ姫だって」
「男爵イモじゃなく?」
見ればジャガイモには愛嬌のある顔が描かれている。
「あ、男爵と姫、別々バージョンもあるからやるよ」
「おぉ……」
鞄にはジャガイモ、手にはジャガイモのキーホルダー。
なんだかのどが詰まりそうだ。
「あはは、お土産でジャガイモ! いいじゃないの」
帰り道、店に寄ってばあちゃんに袋の中身を見せれば、楽しそうに笑い声をあげた。
「で、これがキーホルダー。いっぱいあるからあげる」
「あらいいの? ありがとう」
父さんと母さんが帰ってきたら二人にもあげよう。
「なんか小腹が空いたな」
そう言いながら部屋にやってきたのはじいちゃんだ。
「なんかなかったか?」
「うーん、そうね……あ、春都。いくつかジャガイモもらってもいい?」
「いいよ。いっぱいあるし」
「ありがとう。それじゃあ、いいもの作ってあげる」
ばあちゃんの言ういいものは間違いなくいいものだ。断るはずもない。
こたつに座り、キーホルダーをゆらゆらと揺らしながら待つ。
「はーい、お待たせ」
しばらくして出てきたのは、丸ごと蒸かしたジャガイモだった。そしてその上でとろけるのは黄金色のバター。
ジャガバターだ。
「いただきます」
ほわほわとあがる湯気は甘い香りと、バターの香りが相まって食欲を刺激する。
熱すぎるので素手は危険だ。フォークでほろっとほぐし、バターをたっぷりとつけて一口。
おお、ホックホクでトロッと甘い。バターの風味が薫り高く、ジャガイモ自体のうま味も計り知れない。
おいしいな、これ。
「あれ? じいちゃん、何のせてんの」
「塩辛」
なるほど、バターの上にとろりとイカの塩辛がのせられている。それはそれでうまそうだなあ。
「やってみるか」
「うん」
濃い塩気が加わって、イカのうま味も相まっておいしい。
ジャガイモはフライドポテトにするのが常だが、ジャガバター、かなりうまいな。心地よく腹にたまるし。
ジャガイモがうまいから、というのもあるんだろうけど、じいちゃんと一緒にばあちゃんの作ったものを食うというのもまたおいしさを増している。
うちでもジャガバター、作ってみようかな。塩辛、おいしいの売ってるかなあ。あとでじいちゃんに聞いてみよう。
「ごちそうさまでした」
「なに」
「いや、ちょっと一回、教室戻るわ」
「おー」
いそいそと立ち上がり、早足で教室に向かったかと思えば、数分して戻ってきた。
「ただいま」
「おかえり。どうした」
咲良の手には何やらコルク色の紙袋があった。
「これ、春都にお土産」
渡された紙袋はずしっと重い。いったい何が入っているんだ。
「土産? どっか行ったのか」
「北海道に」
……北海道?
「え、いつ」
「昨日」
笑ってこともなげにそう答える咲良。
いやいや、北海道って日帰りで行けるものなのか? 行けないだろ。
「本気で不思議そうな顔してんなあ」
咲良はからかうように言うが、そんな顔にさせてんのはほかでもないお前だぞと言ってやりたい。
しかし俺が口を開く前に、咲良は種明かしをした。
「ほら、今さ。百貨店で北海道展ってやってるだろ? 妹が行きたいっつーから付き添いで行ったわけ」
「そういうことな」
「限定のパフェがあるとか言ってさ、長時間行列に並んで大変だったわ」
ふー、と本当に疲れたように咲良はため息をついた。
「でもさ、うまそうなもん、いっぱいあったぜー。海鮮丼とか、肉とか」
「CMじゃよく見るけど、実際に行ったことはねえな」
「なー? 俺も数えるほどしか行ったことねえよ。人多いし」
咲良は笑うと、俺が受け取った紙袋を指さして言った。
「でさ、せっかく行ったしなんか買って帰ろうって思ったんだけど。それ見つけてさあ。春都喜ぶかなーと思って」
「……俺の鼻がおかしくなければ、うっすらと土のにおいがするんだが」
まあまあ、と促され袋を開けて見る。
「――ジャガイモ?」
「そ、ジャガイモ」
北海道展って、ジャガイモまで売ってるのか。てっきり総菜とかスイーツばかりかと思い込んでいたが……って、そうじゃない。
「なんで?」
「一番喜ぶかなーって。いや、色々あったんだけどさ、なんかこれが一番いいかなと」
「俺はいったい何だと思われているんだ……」
「結構重かったんだぜー? 満員のバスの中、教科書とジャガイモもってくるの」
「そりゃなあ」
紙袋の口を閉じ、ビニール袋に入れて縛り、とりあえず鞄に入れることにした。
「わざわざありがとうな」
「おー」
咲良は学ランのポケットから北海道展のパンフレットを取り出すと机の上に広げた。
「これこれ、これ食いに行った」
「どれ? うわ、でっけえな。なんだっけ、夕張メロン?」
「値段もえげつなかったぞ。俺、一口しか食ってねえけど、半分の金額出さされた」
しかし、よく見てみれば「お土産におすすめ!」と銘打ってある商品もあるじゃないか。
「あ、それとさー」
うれしいのはうれしいが釈然としないままパンフレットを見つめていたら、咲良がポケットからもう一つ何か取り出した。
「レジでもらったんだよな、これ。昨日が最終日だったし、たくさん余ってるからって結構な数もらったからさー。いくつかやるよ」
それはキーホルダーのようなものだったが、これは、ジャガイモか。小さな二つのジャガイモが隣り合い、片方にはひげが生え片方は冠をかぶっている。
「なにこれ」
「ジャガイモ男爵とジャガイモ姫だって」
「男爵イモじゃなく?」
見ればジャガイモには愛嬌のある顔が描かれている。
「あ、男爵と姫、別々バージョンもあるからやるよ」
「おぉ……」
鞄にはジャガイモ、手にはジャガイモのキーホルダー。
なんだかのどが詰まりそうだ。
「あはは、お土産でジャガイモ! いいじゃないの」
帰り道、店に寄ってばあちゃんに袋の中身を見せれば、楽しそうに笑い声をあげた。
「で、これがキーホルダー。いっぱいあるからあげる」
「あらいいの? ありがとう」
父さんと母さんが帰ってきたら二人にもあげよう。
「なんか小腹が空いたな」
そう言いながら部屋にやってきたのはじいちゃんだ。
「なんかなかったか?」
「うーん、そうね……あ、春都。いくつかジャガイモもらってもいい?」
「いいよ。いっぱいあるし」
「ありがとう。それじゃあ、いいもの作ってあげる」
ばあちゃんの言ういいものは間違いなくいいものだ。断るはずもない。
こたつに座り、キーホルダーをゆらゆらと揺らしながら待つ。
「はーい、お待たせ」
しばらくして出てきたのは、丸ごと蒸かしたジャガイモだった。そしてその上でとろけるのは黄金色のバター。
ジャガバターだ。
「いただきます」
ほわほわとあがる湯気は甘い香りと、バターの香りが相まって食欲を刺激する。
熱すぎるので素手は危険だ。フォークでほろっとほぐし、バターをたっぷりとつけて一口。
おお、ホックホクでトロッと甘い。バターの風味が薫り高く、ジャガイモ自体のうま味も計り知れない。
おいしいな、これ。
「あれ? じいちゃん、何のせてんの」
「塩辛」
なるほど、バターの上にとろりとイカの塩辛がのせられている。それはそれでうまそうだなあ。
「やってみるか」
「うん」
濃い塩気が加わって、イカのうま味も相まっておいしい。
ジャガイモはフライドポテトにするのが常だが、ジャガバター、かなりうまいな。心地よく腹にたまるし。
ジャガイモがうまいから、というのもあるんだろうけど、じいちゃんと一緒にばあちゃんの作ったものを食うというのもまたおいしさを増している。
うちでもジャガバター、作ってみようかな。塩辛、おいしいの売ってるかなあ。あとでじいちゃんに聞いてみよう。
「ごちそうさまでした」
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