一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第二百八話 揚げ山芋

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 腹が減っているのに、何が食べたいか分からないという時がある。

 そんな時は飯がうまそうな漫画やアニメを見るに限る。見ている間に食欲もわくし、食べたいものが見つかる、というものだ。

 今日は、数年前に放送されていたやつで最近見ていなかったアニメを見ようと思う。漫画は読んでたけど、アニメはなかなか見てなかったなあ。

 このアニメは絵がきれいだ。原作の漫画の絵が細かいんだよな。単行本は年に一冊しか出ないけど、何度も読み返せる内容なんだ。

 そして何より、飯の描写がいい。そりゃもう、うまそうなんだ。

 特別変わった料理が出てくるわけではないが、素朴なおいしさというものが伝わってくる。作ろうと思えば作れる料理が並び、主人公たちはそれらをまたうまそうに食う。丁寧に作ってみたり、屋台で買ってみたり、あるいは買い置きの菓子で済ませたり。

 俺にとって理想の生活が凝縮されたような物語だ。いつかこういう暮らしをしてみたいものだなあ。

 アニメは一本三十分で、全部で十二話あるから……六時間か。ま、やることないしのんびり見るか。

「あれ、この話、あんなシーンあったっけ」

 一時停止して、原作の漫画を持ってくる。こたつに座り、ソファにもたれかかりながらページを繰る。たぶん二巻の最初の方だよなあ。

「あー、端折ってあるから付け加えられたのか」

 ここで出てくるナッツがうまそうなんだけどな。ま、その辺は漫画の方で楽しめばいいか。

 本を閉じて続きを再生する。

「ただ、酒だけは飲めねえんだよな」

 このアニメはお酒も結構登場する。それがまたうまそうなんだよな。さすがに飲みたくても飲まないけど。舌を噛みそうな名前のお酒は、きらきらしていてきれいだ。ジュースで作れないだろうか。

 ファンブックにいくつかレシピ載ってたし、アレンジしてみようかな。

 でも、下手に俺がアレンジすると大変なことになるんだよなあ。目分量とかはまあ何とかなるとして、ちょっとした好奇心が出てしまってあれこれ付け加えてたらえらいなことになる。てか、なった。何回か。ゴマ油入れすぎとか、塩入れすぎとか。

 味がいまいちなだけならまだしも、それで体調不良になったこともあるし、味付けって結構大変だよな。

 その点、母さんやばあちゃんは応用が利くんだ。そういうとこを含め、二人には一生かないそうにない。

 下手に自分で変えず、一度相談して作ることにしよう。

「わふっ」

「ん? うめずも見たいか?」

 うめずがソファにするりとやってくる。そしてじいっとテレビ画面に視線を向けた。こういう時、実は意味が分かって見てるんじゃないかなと思ってしまう。

 当然、このアニメは飯の他にも魅力的なシーンが多い。

 全体的に優しい色をしているし、声はぴったりだし、ゆっくり時間の流れる世界を見ていたら体の力が抜けるというか。

 この物語の中には、俺たちが普段当然のように利用しているスマホやパソコンなんかがない。だからこそのんびりしているんだろうなあ。まあ、今更スマホやら何やらを使うなといわれても難しい話だが。だからこそ、こういう世界観にひかれるんだろうな。

「んー、何がいいかなー……」

 テレビに意識を向けつつ、漫画に目を落とす。

 アニメのエピソードに組み込まれていない話もあるし、そもそもアニメ放送時に発売されていなかった巻もある。

 あ、これこれ。ジャムとかチュロスとかのスイーツ。

 漫画の方はモノクロだけど、それでも色鮮やかに見えるのは何だろう。つやとか、色とか、香りまで伝わってくるようだ。

「わう」

「なー、うまそうだよな」

「わふぅ」

 果物や野菜はみずみずしく、魚は新鮮で、肉料理は少ない。この物語で出てくる肉っつったら干し肉がほとんどだ。干し肉……ジャーキーみたいなものか。

 ジャーキー使った飯って、何だろう。

「魚介もうまそうだよなあ」

 刺し身に煮つけ、貝をシンプルに焼いたやつ、焼き魚。

「煮物もうまそう」

 このアニメを見ると、やけに煮物が食いたくなる。でも、今は作る気になれないというか。煮物だったら米にも合うよな。アニメじゃ酒で食ってるけど。

「んー……何が食いたいんだ、俺は」

 DVDを入れ替え、再びこたつにもぐりこむ。

 アニメを見て食いたくなるものの一つに、おにぎりがある。アニメによって特徴があるけど、なんかおにぎりはうまそうに見えるんだよなあ。

 塩おにぎり、のりを巻いたの、三角、俵型、丸……具材まで並べだしたらきりがない。好きなのは高菜だが、明太子もいい。最近おいしさを知ったのは梅としそと昆布だ。しそ昆布はまだあんまり食わない。

 どこかにはおにぎり専門店とかもあるらしい。ちょっと行ってみたい。

 そんで、おにぎりっつったら、俺が思いつくのは弁当だ。外で食うおにぎりは家で食うのとは味が違う。

 このアニメで出てくるのは駅弁みたいなものだ。ささやかなおかずが添えられている弁当は魅力的だよなあ。

「……ん、これ」

 主人公たちが弁当の他に買ったやつ。

 これ。食いたいな。



 幸いにもその材料はうちに揃っていた。

 山芋を短冊切りにする。ぬるっとして滑って切りづらい。形が悪くなるのはともかく、手を切らないようにしないと。

 そしてそれに片栗粉をまぶし、熱した油で揚げていく。

 こんがりといい色に揚がったら、シンプルに塩をかけて……ああ、いい香りだ。うんうん、アニメ通り。いいな。揚げ山芋。

「いただきます」

 カリッとサクッと揚がった山芋。塩気を感じる前に山芋の味がふわっとやってきて、そのあと、衣の香ばしさと塩の味がやってくる。

「おいしい。これこれ」

 こういうのが食べたかったんだ。

 ほくっとした山芋は、噛むほどに粘り気が出てきて味も濃くなっていく。フライドポテトとはまた違う芋のおいしさだよな。

 でも、次々食べてしまうところは一緒か。おいしいから仕方ない。

 それにしても、食いたいと思えるものが食えるのはもちろん、食いたいものが見つかるのって気持ちがいいな。カチッと、パズルのピースがはまる感じ。

 カリッ、サクッ、ほろほろ……とろり。

 繰り返す食感も楽しい。あー、なんで忘れてたかなあ、この味。

 また山芋、買ってきとこう。こうやって急に食いたくなることがまたあるかもしれないからな。



「ごちそうさまでした」

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