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日常
第二百六話 きんぴらごぼう
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「あ、先輩。こんにちは」
食堂で飯を食った後、校内に入ったところで橘と鉢合わせた。
「おお、橘」
「今日は井上先輩と一緒じゃないんですね」
「まあな」
午後からの小テストの範囲が広すぎて勉強が大変だとか言ってたっけ。
「橘は? 飯は食ったのか」
指先が冷えるので、ポケットに手を突っ込む。橘は「食べました!」と笑った。
「なので今から職員室に行きます」
「なんだ。呼び出しか?」
からかうように言えば、橘は笑った。
「違います違います。問題で分かんないとこ聞きに行きます」
そして橘は少ししゅんとした。
「正直言うと、職員室苦手なんですよねえ。雰囲気が」
「確かに。だから俺は極力近寄らない」
「日誌を取りに行くのも嫌なんです」
でもなあ……とうなだれる橘の手には国語の問題集が握られている。
「国語?」
「あ、はい。現代文、難しくて。解説読んでも分かんなくて」
「どういうとこやってんだ?」
「これです」
見せられたページはなんとなく見覚えのある内容だった。
「あー、思い出した。やったやった」
「えっ」
まるで暗闇に一筋の光を見つけたかのような目をして橘は「分かるんですか」と聞いてきた。
「まあ、うん」
「教えてくれませんか」
すがるような視線を向けられて、断ることができるだろうか。
「おー、いいぞ。でもここじゃ何だし、図書館行くか?」
「はいっ! よろしくお願いします」
図書館の自習スペースで橘と向かい合って座る。
「この単語をまず本文から見つけて」
「はいっ」
頬杖を突き、問題文をのぞき込む。そして付属の答えに目を移す。答えがあるなら平気で写すやつもいるだろうになあ。
「あ、ありました」
「うん。で、それを含む一文を……」
「ほお……」
こうやってしっかり、誰かに勉強を教えるのは久しぶりな気がする。中学の頃は何人か教えてくれと来ていたけど、高校になったらめっきりだ。
咲良には……教えるって感じじゃないしなあ。
「あっ、分かりました! はー、なるほど」
「分かったか」
そりゃよかった。
「さっき言ったやり方であとの問題は解けると思うから」
「ありがとうございます!」
「いーえ。……ん?」
と、何か頭に触れた気がして、見上げてみれば漆原先生が笑って立っていた。頭に当たっているのは雑誌のようだ。
「やあ、一条先生」
「誰が先生ですか」
「しっかり教えているのだから先生だろう」
ほれ、と漆原先生は雑誌を差し出して来た。
「なんですか」
「給料だ。やる」
「はあ。ありがとうございます」
それは貸出期間を過ぎて、処分予定だったらしい雑誌だった。料理雑誌。
「和食特集ね」
橘が問題を解いている間は暇だし、読むか。
料理本は作り方を見るのはもちろんだが、写真だけを見ていくのも楽しい。うまそうな料理は、見ただけで腹が減る。
煮つけ、和え物、創作和食に和定食。
和食いいなあ。今日、なんか作ろうかな。醤油とか砂糖とかの香りが無性に恋しい。
それなら何を作ろうかなあ……あ、これ。
「先輩、できました」
「お」
いったん雑誌は伏せて、橘の問題集に目を移す。
「……うん。いいんじゃないか」
そう言うと橘は嬉しそうに笑った。
「よかったです。ありがとうございます」
「まあ、またなんか分からないことあったら。俺が教えられることなら教えるし」
「はいっ!」
そのまぶしいほどの笑顔を見て、咲良がいなくても橘と話せていることに気が付いたのだった。
今日は雑誌で見て食いたくなったきんぴらごぼうを作ることにする。
まあ、あるもので作るから、きんぴらっていうか牛肉とごぼうを炊いたやつって感じだけど。牛肉は薄切り。安くてラッキーだった。
ごぼうは細切りにして水にさらして灰汁をとり、軽く湯がいておく。
フライパンで牛肉を炒め、そこにごぼうを入れたら、砂糖、醤油、みりん、酒で味付けをする。出汁も確かに和食って香りだが、この甘辛い香りもまた和食らしい。
一味唐辛子としょうがを少し入れて、しっかり炒めたら完成だ。ずいぶんボリュームがあっていい。
「いただきます」
とりあえずおかずだけで食べてみる。
ジュワッと染み出す牛肉のうま味、噛みしめるとさらに濃くなる。甘辛い味付けがよく染みてる。
ごぼうも風味よく、やわらかい食感ながら、ごぼうらしい繊維も感じられていい。
あ、牛肉のちょっとした脂身。これ、うまいんだよなあ。甘いし、トロッとした食感がたまらない。
これをご飯にがっつりのせる。牛丼みたいな見た目にわくわくするな。
つゆだくのご飯をさらさらとかきこむ。米の甘味も際立ち、とてもおいしい。
一味唐辛子のアクセントもいい。辛すぎないが、しっかり味が引き締まっている。口いっぱいに牛肉をほおばるのが最高においしい。
甘辛いごぼうはやっぱりご飯に合う。いくらでも食べられそうだ。
弁当の分もちゃんと確保している。せっかくだから保温タイプの弁当箱で、みそ汁も持って行って定食風に。
もっと味が染みてうまいんだろうなあ。ああ、それなら明日の朝飯の分も取っとかないと。
……残るかなあ?
「ごちそうさまでした」
食堂で飯を食った後、校内に入ったところで橘と鉢合わせた。
「おお、橘」
「今日は井上先輩と一緒じゃないんですね」
「まあな」
午後からの小テストの範囲が広すぎて勉強が大変だとか言ってたっけ。
「橘は? 飯は食ったのか」
指先が冷えるので、ポケットに手を突っ込む。橘は「食べました!」と笑った。
「なので今から職員室に行きます」
「なんだ。呼び出しか?」
からかうように言えば、橘は笑った。
「違います違います。問題で分かんないとこ聞きに行きます」
そして橘は少ししゅんとした。
「正直言うと、職員室苦手なんですよねえ。雰囲気が」
「確かに。だから俺は極力近寄らない」
「日誌を取りに行くのも嫌なんです」
でもなあ……とうなだれる橘の手には国語の問題集が握られている。
「国語?」
「あ、はい。現代文、難しくて。解説読んでも分かんなくて」
「どういうとこやってんだ?」
「これです」
見せられたページはなんとなく見覚えのある内容だった。
「あー、思い出した。やったやった」
「えっ」
まるで暗闇に一筋の光を見つけたかのような目をして橘は「分かるんですか」と聞いてきた。
「まあ、うん」
「教えてくれませんか」
すがるような視線を向けられて、断ることができるだろうか。
「おー、いいぞ。でもここじゃ何だし、図書館行くか?」
「はいっ! よろしくお願いします」
図書館の自習スペースで橘と向かい合って座る。
「この単語をまず本文から見つけて」
「はいっ」
頬杖を突き、問題文をのぞき込む。そして付属の答えに目を移す。答えがあるなら平気で写すやつもいるだろうになあ。
「あ、ありました」
「うん。で、それを含む一文を……」
「ほお……」
こうやってしっかり、誰かに勉強を教えるのは久しぶりな気がする。中学の頃は何人か教えてくれと来ていたけど、高校になったらめっきりだ。
咲良には……教えるって感じじゃないしなあ。
「あっ、分かりました! はー、なるほど」
「分かったか」
そりゃよかった。
「さっき言ったやり方であとの問題は解けると思うから」
「ありがとうございます!」
「いーえ。……ん?」
と、何か頭に触れた気がして、見上げてみれば漆原先生が笑って立っていた。頭に当たっているのは雑誌のようだ。
「やあ、一条先生」
「誰が先生ですか」
「しっかり教えているのだから先生だろう」
ほれ、と漆原先生は雑誌を差し出して来た。
「なんですか」
「給料だ。やる」
「はあ。ありがとうございます」
それは貸出期間を過ぎて、処分予定だったらしい雑誌だった。料理雑誌。
「和食特集ね」
橘が問題を解いている間は暇だし、読むか。
料理本は作り方を見るのはもちろんだが、写真だけを見ていくのも楽しい。うまそうな料理は、見ただけで腹が減る。
煮つけ、和え物、創作和食に和定食。
和食いいなあ。今日、なんか作ろうかな。醤油とか砂糖とかの香りが無性に恋しい。
それなら何を作ろうかなあ……あ、これ。
「先輩、できました」
「お」
いったん雑誌は伏せて、橘の問題集に目を移す。
「……うん。いいんじゃないか」
そう言うと橘は嬉しそうに笑った。
「よかったです。ありがとうございます」
「まあ、またなんか分からないことあったら。俺が教えられることなら教えるし」
「はいっ!」
そのまぶしいほどの笑顔を見て、咲良がいなくても橘と話せていることに気が付いたのだった。
今日は雑誌で見て食いたくなったきんぴらごぼうを作ることにする。
まあ、あるもので作るから、きんぴらっていうか牛肉とごぼうを炊いたやつって感じだけど。牛肉は薄切り。安くてラッキーだった。
ごぼうは細切りにして水にさらして灰汁をとり、軽く湯がいておく。
フライパンで牛肉を炒め、そこにごぼうを入れたら、砂糖、醤油、みりん、酒で味付けをする。出汁も確かに和食って香りだが、この甘辛い香りもまた和食らしい。
一味唐辛子としょうがを少し入れて、しっかり炒めたら完成だ。ずいぶんボリュームがあっていい。
「いただきます」
とりあえずおかずだけで食べてみる。
ジュワッと染み出す牛肉のうま味、噛みしめるとさらに濃くなる。甘辛い味付けがよく染みてる。
ごぼうも風味よく、やわらかい食感ながら、ごぼうらしい繊維も感じられていい。
あ、牛肉のちょっとした脂身。これ、うまいんだよなあ。甘いし、トロッとした食感がたまらない。
これをご飯にがっつりのせる。牛丼みたいな見た目にわくわくするな。
つゆだくのご飯をさらさらとかきこむ。米の甘味も際立ち、とてもおいしい。
一味唐辛子のアクセントもいい。辛すぎないが、しっかり味が引き締まっている。口いっぱいに牛肉をほおばるのが最高においしい。
甘辛いごぼうはやっぱりご飯に合う。いくらでも食べられそうだ。
弁当の分もちゃんと確保している。せっかくだから保温タイプの弁当箱で、みそ汁も持って行って定食風に。
もっと味が染みてうまいんだろうなあ。ああ、それなら明日の朝飯の分も取っとかないと。
……残るかなあ?
「ごちそうさまでした」
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