一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
206 / 843
日常

第二百五話 ハムステーキ

しおりを挟む
 図書館のカウンター業務をしていたら、珍しい利用者がやってきた。

「お、今日は外に出てこられたみたいだな」

「まあな」

 朝比奈はハードカバーの本をこちらに差し出す。

 ファイリングされた各生徒のバーコードから朝比奈の分を探し、スーパーとかで見るようなバーコードを読み取るやつをかざす。読み込むの、結構難しいんだよなあ。

「さすがに期限ギリギリだったし」

「そうやって期限を気にして来てくれるのは、実にありがたい」

 と、漆原先生が指先で鍵をもてあそびながら、朝比奈の背後にやってきた。

「先生どこから来ました」

「ん? ちょっとな」

「書庫だよ」

 適当にはぐらかす先生の代わりに答えれば、先生は「ああ」と少し残念そうに声をもらした。

「せっかく不思議な感じを演出しようと思っていたというのに」

「大丈夫ですよ。先生は何もしなくても、なんかこう、大丈夫です」

「なんだそれは」

 朝比奈も少し首を縦に振っている。

「先生は、そのままで十分です」

「んー、そうか」

 所定の位置に鍵を戻し、先生は椅子に座って「ふう」と息をついた。その時、わずかに差し込む光が揺れる髪に反射して、髪がわずかに青色を呈した。

 先生は時計に視線をやった。

「ああ、もうこんな時間か。そろそろ帰っていいぞ」

「あ、はーい。お疲れ様です」

 予鈴十分前、朝比奈と連れ立って廊下に出る。

「……最近さ」

 ぽっつりぽっつり階段を昇りながら、朝比奈が口を開いた。

「うん」

「飯のおかずが、毎回一緒なんだよな」

「……どういうことだ?」

 朝比奈自身も困惑しているらしく「まあ、簡単に言えば……」と眉を下げた表情で言った。

「お歳暮やら、年始の挨拶やらで、客が手土産もってくるんだけど」

「ああ、なんか言ってたな」

「その土産が、軒並みハムで」

「あー……」

 なんとなく話が読めてきた。

「それを消費するために、ハムが毎食出てくる」

「そーいうことね」

 そうだよな。ああいうハムは高いし、それなりにうまいかもしれないけど、毎日毎食出されたら違うものも食べたくなるよな。

「誰かにおすそ分け、とかしないのか?」

 そう聞けば朝比奈は力なく首を横に振った。

「しない。姉さんたちにはひと箱あげたみたいだけど、あっちもそんなに食べないし。何が何でも家で食うって」

「はー、なるほどなあ」

「まあうまいんだけどさ」

 ぜいたくな悩みだよな、と朝比奈は苦笑した。ふむ、お歳暮か。

「うちもお歳暮、結構もらうけど、ハムはないなあ。ゼリーとかお菓子が多い。結構日持ちするからありがたい」

「へー、お歳暮って結構種類あるんだな」

 渡り廊下に差し掛かったところ、唐突に後ろから声がして、振り返る間もなく、咲良が俺たちの間に入り込んで来た。

「咲良。どっから来た?」

「職員室~。あ、呼び出しくらったわけじゃねえからな? 雑用とかの手伝いしてたんだからな?」

「まだなんも言ってねえよ」

 それぞれ教室がバラバラなので、少しだけ渡り廊下で話をすることにした。

「俺んちさ、米作ってんだけど。何人か買ってくれてんだよね。で、そこからお歳暮やお中元やらもらう」

「へえ」

「でもさー、内容が軒並み酒でさ。あんまもらったって実感ねえんだよな」

「ああ、酒もよくもらうよな」

 咲良と朝比奈の話が合っている。なんか珍しいものを見ている気分だ。

「たまにジュースがセットになってるやつが来ると嬉しいんだよな」

 朝比奈がそう言えば、咲良も頷いた。

「お中元のジュースって、なんかうまいんだよ。濃いっていうか、お高い味がする」

「お高い味とは」

 分かるだろー? と咲良は笑った。まあ、分からんでもないけども。

「でもハムとかはもらったことねえなあ。むかーし一回だけもらったかな?」

「うちはお菓子をもらったことがない。どういうわけか、ハム率が高い」

「ハム、食ってみてえなあ」

 CMとかで見る、分厚くスライスされるハム。網目状の焼き目がいい色してんだよなあ。

 今年はもらえねえかなあ、なんてな。



 まあ、今はお歳暮やお中元の時期ではないし、高いハムもそうそう売ってないし、何より売っていたとして買うかどうかは別問題なわけで。

 しかしあんな話をしたもんだからハムが食べたい。分厚いの。

 そういう時はハムステーキを食うに限る。これならまあ、手出しできる。小さいのがいくつか入ってるやつもあるけど、今日は分厚くて大きめのやつが三枚ほど入ったものを買う。

 薄く油をひいて熱したフライパンにハムをのせる。ジュワワーッといい音がして、ぱちぱち細かく油が跳ねる。いい香りだ。

 添える野菜はキャベツとトマト。ハムが結構味が濃いので、さっぱりしたものが必須である。

 牛肉のステーキにも、お中元の分厚いハムにも、勝るとも劣らない立派な風格だ。

「いただきます」

 すでに切り分けているので、一切れ、箸でつまんで口に含む。

 ジュワッと染み出すうま味と脂、ぷりっぷりの食感とごろっと感じる肉の塊。ウインナーとも、サンドイッチなんかで使うハムとも違うおいしさだ。

 醤油をつけて食べると香ばしさが増す。つやつやとした表面が魅力的だ。

 野菜で幾分口の中がさっぱりしたところで、ご飯と一緒に食べる。やっぱ合うなあ。塩気が強いのがうまいんだ。

 端の方はカリカリしていてまた違ったおいしさである。

 小さいのは一口で食べられて、弁当にも入れられていいんだけど、でかいのは食べ応えがあるよなあ。

 今度は丼みたいにしよう。たれは……醤油でいい。これは、シンプルな味がよく合う。サンドイッチにしてみるのもありかな。

 前は結構食べてたけど、そういや最近はよく食ってない。なんとなく忘れていたって感じだな。

 運よく思い出せたことだし、今度は小さいの買おうかな。



「ごちそうさまでした」

しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

私の部屋で兄と不倫相手の女が寝ていた。

ほったげな
恋愛
私が家に帰ってきたら、私の部屋のベッドで兄と不倫相手の女が寝ていた。私は不倫の証拠を見つけ、両親と兄嫁に話すと…?!

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

【短編】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
 もうすぐ、赤ちゃんが生まれる。  誕生を祝いに、領地から父の辺境伯が訪ねてくるのを心待ちにしているアリシア。 でも、夫と赤髪メイドのメリッサが口づけを交わしているのを見てしまう。 「なぜ、メリッサもお腹に赤ちゃんがいるの!?」  アリシアは夫の愛を疑う。 小説家になろう様にも投稿しています。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...