一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
199 / 854
日常

第百九十九話 ミートソースグラタン

しおりを挟む
 三学期は、三年生の大学受験、高校の入学試験準備なんかで時間割が変則的であることが多い。

「おはよー春都」

 校門に差し掛かったところ、咲良がほわほわと眠そうに笑いながら声をかけてきた。

「おはようございます!」

 おっと、橘も一緒か。

「おはよう」

「いやー、聞いてよ春都。今日さあ、俺ら、数学二時間連続であるんだぜ? あり得無くね?」

「ははは、理系なんだから、それぐらい頑張れ」

「薄情かよ。てか何でこんな時間割り変わりまくってるわけ?」

 咲良は橘に視線を向けた。

「一年もやっぱ変則的?」

「そうですね。僕のクラスじゃないですけど、数学四時間ぶっ通しとか」

「うは~、端的に言って地獄」

 確かにそれはしんどそうだが、体育の代わりだと言われれば喜んで受けるな。

「やっぱ受験シーズンって、変な時間割りだよな~」

 咲良のそのつぶやきを聞いて、橘は興味津々という様子で聞いてきた。

「先輩方は高校、どうしてここに決めたんですか?」

 その問いに咲良と視線を合わせる。

「どうしてって……なんだろうな。考えたこともねーや」

「別に崇高な志もないしなあ」

 橘の期待に応えられるような理由はなく、かといってごまかすのもめんどくさいので嘘偽りなく本当の理由を告げることにした。

「家から近かったんだよ」

 あまり大きな声では言えないが、本当にそうなんだ。

「通学時間がもったいないっていうか、その時間に別のことしたかったっていうか」

「なるほど……なんかかっこいいですね、その理由!」

「そうかあ……?」

 咲良は「俺も大した理由はないぞ」と笑った。

「大体うちの周りに学校がないだろ? あっても工業系とか農業系で、俺、そっち系の才能ねえし。で、西高かこっちかって選択肢しかなくて。で、こっちにしたってわけ」

「あー、僕もそんな感じで選びました」

 なー? と咲良は笑い、頭の後ろで腕を組んだ。

「ほんとは推薦欲しかったけど、授業中の居眠りがたたって内申点足りなかった」

 反応に困る橘を横目に「本当に居眠りだけが原因か?」と聞けば、咲良はちょっとむきになって、でも笑って答えた。

「中学の時は結構成績優秀だったんですー。高校に入ってなんか振るわないだけで、俺が本気出せばすごいんだぞ」

「あ、そう」

「信じてねえな?」

 そうこうしているうちに靴箱に着いた。一年の教室は一階で、橘とはここで別れる。

「でさあ、春都」

 階段をのぼりながら、咲良がこちらを見て聞いてくる。

「春都の成績なら文系専門の学科があるとこでもよかったんじゃねーの? そっち伸ばそうとか思わなかったのか?」

「あー……」

 廊下の喧騒をどこか遠くに聞きながら答える。

「その考えに及ばなかったってのもあるし、何より、ゆっくり飯が食えねえだろ。それなら近くがいい」

 俺にとって、飯というのは何より大切だ。それをしっかり楽しむためならどんな努力もいとわない。まあ、当然やる気――というか体力にむらがあることもあるのだが、飯を楽しむ、その一点においては妥協したくない。

「やっぱり」

 咲良は楽しげに笑った。

「部活も入らず、放課後の特別講習も受けず……ほんと徹底してるよな」

「呆れたか?」

「まさか」

 咲良は笑みを浮かべたまま言った。

「それでこそ春都だ」

「……ふん」

 うまい飯のために労力は惜しまない。だからこそ、他に割く労力を節約したい。

 そんなんじゃ物足りないって人は、それはそれでいいと思う。でも、これでいいんだ。俺はな。



 平日、放課後、寒い中の登下校。

 体力を消耗したときでも飯を楽しむために大事なことの一つに、手軽さというものがあると思う。手の込んだものじゃなくていい。楽の出来るメニュー。

 まあ、これも俺一人分だから手軽といえるのだろうけど。

 しかしレトルトのソース類は本当に手軽だ。それにおいしい。特によく使うのはミートソースだ。

 パスタはもちろん、他にもいろいろと仕える逸品だ。

 今日はグラタンを作る。こないだばあちゃんが来た時に大量に持って来てくれたジャガイモがあるので、それも使おう。

 まずはジャガイモを切って茹でる。茹で上がったらつぶして、牛乳と塩コショウを入れて混ぜる。

 グラタン皿に温めたミートソースを入れ、その上からジャガイモをのせ、そんでチーズ。

 あとは焼いたら完成だ。パンも焼いとくか。

「お、いい感じ」

 チーズに焦げ目がついて、香ばしい匂いが漂う。

「いただきます」

 サクッとチーズの表面にスプーンを入れれば、もっちりした感触のあとしっかり目のジャガイモの感触が。結構重い。ミートソースまでちゃんとすくって、少し冷まして口に入れる。

 もこもこ、とろりとした食感のジャガイモ。牛乳のコクとコショウの風味がいい。

 そしてチーズの塩気がよく合う。チーズのとろけ具合とジャガイモの食感が口の中を占領して大変だ。

 ミートソースのうま味も計り知れない。肉の味はもちろん、トマトのさわやかさがいい。

 これをパンに塗って食べる。あ、おいしい。これ今度、グラタン皿じゃなくてパンに塗ってトーストしてもいいかもしれない。がっつり腹にたまりそうだし。

 今度は卵を落としてもいいなあ。豆乳で作ってみたい気もする。

 そうそう、こういうの。こういう楽しみをできる限り満喫したいから、家にいる時間が長い方を選択したんだ。

 そんな選択を笑うやつがいるかもしれない。

 でも、俺は後悔していない。むしろ良かったと思っている。それでいいんだ。



「ごちそうさまでした」

しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】お父様に愛されなかった私を叔父様が連れ出してくれました。~お母様からお父様への最後のラブレター~

山葵
恋愛
「エリミヤ。私の所に来るかい?」 母の弟であるバンス子爵の言葉に私は泣きながら頷いた。 愛人宅に住み屋敷に帰らない父。 生前母は、そんな父と結婚出来て幸せだったと言った。 私には母の言葉が理解出来なかった。

王族に婚約破棄させたらそりゃそうなるよね? ……って話

ノ木瀬 優
恋愛
ぽっと出のヒロインが王族に婚約破棄させたらこうなるんじゃないかなって話を書いてみました。 完全に勢いで書いた話ですので、お気軽に読んで頂けたらなと思います。

「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから

キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。 「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。 何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。 一話完結の読み切りです。 ご都合主義というか中身はありません。 軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。 誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。 小説家になろうさんにも時差投稿します。

【完結】留学先から戻って来た婚約者に存在を忘れられていました

山葵
恋愛
国王陛下の命により帝国に留学していた王太子に付いて行っていた婚約者のレイモンド様が帰国された。 王家主催で王太子達の帰国パーティーが執り行われる事が決まる。 レイモンド様の婚約者の私も勿論、従兄にエスコートされ出席させて頂きますわ。 3年ぶりに見るレイモンド様は、幼さもすっかり消え、美丈夫になっておりました。 将来の宰相の座も約束されており、婚約者の私も鼻高々ですわ! 「レイモンド様、お帰りなさいませ。留学中は、1度もお戻りにならず、便りも来ずで心配しておりましたのよ。元気そうで何よりで御座います」 ん?誰だっけ?みたいな顔をレイモンド様がされている? 婚約し顔を合わせでしか会っていませんけれど、まさか私を忘れているとかでは無いですよね!?

だってお義姉様が

砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。 ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると…… 他サイトでも掲載中。

処理中です...