一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第百九十八話 サバの醤油煮

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「ん~……あれ、外が明るい……」

 薄く目を開けて入ってきた景色は、暗闇を過ぎ既に白っぽい光で包まれ、小鳥のさえずりさえ聞こえていた。

「何時だ……」

 スマホで時間を確認する。

 午前七時半。こんな時間まで寝たのは久しぶりだ。

「はぁ~」

 別に寝坊ってほどでもない。それに今日は休みだし、もうちょっとゆっくり布団でゴロゴロしよう。

 二度寝しようかとも思ったが、そこまでの眠気はない。でも、起き上がるには億劫な程度の眠気だ。とりあえずゲームにログインしながら、頭を覚醒させていく。

 昨日は一日料理したからなあ。今日はゆっくりするか。朝飯何にしよう。昨日、なんか決めてたんだけど、なんだっけ。ハムエッグじゃなくて、ベーコンエッグでもなくて、なんだっけ。卵……

「あっ」

 そうだ。昨日の角煮、ちょっと残ってたんだ。

 朝飯はそれにしようと思って……そうそう、だったらごろごろしている場合ではない。

 ササッと支度して、冷蔵庫から器を取り出す。鍋に入れておくほどの量ではなかったので皿に移しておいたのだ。

 耐熱皿なのでそのままレンチンできる。ゆで卵には箸で穴をあけよう。爆発するって聞いたし。

「いただきます」

 味が染みて、もはや佃煮のようですらある。

 濃い味はご飯によく合う。卵も昨日以上に味が染みてるし、大根はしっかり茶色だ。そんでもって煮汁を白米にかけて食べる。米のほのかな甘みと煮汁の濃いうま味がよく合うのだ。

「ごちそうさまでした」

 さて、今日は何をしよう。

 また何か時間かけて作るか、それとものんびりするか。昨日とは打って変わってノープランだ。

 茶碗を洗いながらそう思っていたらスマホが鳴った。ばあちゃんからだ。

「お、今日来てくれるのか」

 やった。じゃあ今日は、ばあちゃんの飯が食えるのか。

 楽しみだな。



 玄関のチャイムが鳴れば、うめずが一目散に玄関へ突っ走る。

「落ち着けうめず」

「春都~、来たよ~」

 ばあちゃんはいくつかのビニール袋を持って来ていた。

「ん、持つよ」

「あら優しい。ありがと」

「わふっ」

「うめずも元気そうねぇ」

 何が入っているのだろうか。晩飯の材料かな。

「じゃ、台所借りるよ~」

「うん。何かしようか」

「そう? じゃあ……卵焼き作ってくれる? 久しぶりに春都の卵焼きが食べたい。一緒にお昼食べよう」

「ん」

 ばあちゃんはばあちゃんでおかずを作ってくれるらしい。それは晩ご飯だという。

 さて、卵焼きは作り慣れている。でもそういう時に失敗しやすいんだ。一度、塩の量を間違えてとんでもなく塩辛い卵焼きになってしまったんだよな。

 卵を三つ割って、カラザをとりよく混ぜる。

「味付け、砂糖でいい?」

「それがいいな」

 大さじで砂糖を入れ、一つまみぐらいの塩を入れてよく溶けるように混ぜる。

 うちで作る卵焼きは砂糖が結構入っているので焦げないように焼かなければならない。慎重に、でも生焼けにならないように。

 よし、できた。

 最近片付けをしていて見つけた、焼き魚なんかを盛りつけるのにぴったりな四角い皿に盛る。お、やっぱぴったり。卵焼きに合うと思ったんだよ。

「できた~?」

「できたよ」

 切り分けた卵焼きをばあちゃんに見せる。そちらから漂ってくるのは、角煮の甘辛い香りとはまた違う、ちょっと醤油強めの香り。何作ってんのかな。

「端っこもらっていい?」

「真ん中食べればいいのに」

「あとで食べるよ。端っこもおいしいものよ」

 と、ばあちゃんは卵焼きのはしっこをつまんで口に入れた。

「うん。おいしい」

 そう言ってばあちゃんは笑った。

 ちょっと形の欠けた卵焼き、なんだかそれを見ると俺も少し頬が緩んだ。



「あ~……いい匂いがする~」

 風呂からあがって居間に向かうと、昼間以上にいい香りが部屋に満ちていた。

「春都、一人でいたら魚とかめったに食べないでしょ。ちゃんと栄養は取りなさい」

「はい」

 テーブルに置かれていたのはサバの醤油煮だった。この煮汁がまたご飯に合うんだ。

「いただきます」

 ばあちゃんの作るサバの醤油煮は、梅干しやしょうがをたっぷり使う。だからか、すごくさっぱりしているし、魚臭さがほとんどない。

 でもちゃんとサバのうま味はあって、身はほくほくしている。醤油の香りとしょうがのさわやかさがおいしい。身をほぐしてご飯にのせ、汁をかけて食べるもよし、汁をかけず、魚を口に含んで白米で追っかけるもよし、だ。

 そしてちょっとしたお楽しみ。サバの脂がのった部分。

 煮汁がさっぱりしている分、脂がのっている身も食べやすい。とろりと溶けるような舌触りと、ほんのり香る魚らしい風味がいい。

「おいしい。なかなか自分で作んないし、うれしい」

「そうよ。結構手間もかかるし、作んないよねえ」

 ばあちゃんは台所の片づけをしながら、やさしく微笑んで言った。

「だから、食べたくなったらいつでも連絡しなさい。うちに来てくれてもいいからね」

「ん、ありがとう」

 ほぐした身をしっかり汁に浸して食べ、白米で追いかける。おいしい。

 腹だけでなく、心まで満たされていく。

 なんだかすごくいい休日になっちゃったなあ。また明日から頑張るとしよう。



「ごちそうさまでした」

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