一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第百九十七話 豚の角煮

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 やっと休みになった、という気分はいつぶりだろうか。

 なんか知らないうちに後輩に憧れられてたし、会ったらすげー元気溌剌に挨拶してくるし、昼飯一緒に食ったら質問攻めにされるし。

 橘は悪いやつではない、むしろいいやつだろうというのは分かる。

 でも人は四六時中全力疾走できないし、日の光は心地よいがずっとさらされていれば体力をとられるのだ。

 朝食を終え、ソファにもたれかかって天井を見上げる。

「こうやって自分のいいようにできるのも、俺の長所ってやつか……」

 橘と話していると――もとい、橘の話を聞いていると自己肯定力が上がるようだ。

 さて、こんなことをしている場合ではない。

「今日は……」

 これ。漫画で読んだときにどうして食いたくなって、作り方を調べたりばあちゃんや母さんに聞いた。豚の角煮を今日は作ろうと思う。

 今日はとことん自分のために時間を使わせてもらうぞ。



 豚の角煮ではあるが、まず用意するのはゆで卵だ。

 いくつぐらい食べようかな……三個、でいいか。半熟もいいが、今日はしっかり目にする。というか、半熟にするのかなり難しいんだよな。

 茹で上がったら殻をむく。ひびを入れて水につけながらむくのだが、つるんと取れるとすごく気持ちがいい。

 ゆで卵の準備ができたら、豚バラのブロック肉を買ってきているので、それを焼いていく。豚バラ、やっぱ脂がすごいよなあ。地層みたいだ。

 油をひかず、熱したフライパンにのせる。バチバチバチッと結構激しい音がする。

 脂身の方からしっかりと焼いていく。これはトングを使った方がやりやすいな。染み出してきた脂はキッチンペーパーで吸い取ろう。

「あっち! やっぱ跳ねるなあ……」

 豚は脂がよく跳ねる。やけどしないようにしないといけない。

 焼いている間にショウガをスライスし、長ネギの青い部分を切っておく。下茹でに使うのだ。

 よし、いい感じに焼けたかな。なんかこのまま塩コショウで焼いて食ってもうまそうだ。レタスなんかの葉物野菜で巻いて、焼き肉のたれで食うの絶対おいしいよな。

 まあ、今日は角煮の気分なので調理を進めていく。

 厚手のでかい鍋に焼いた豚肉を入れ、スライスしたしょうが、長ネギ、そして米をひとつかみ分ぐらい入れる。さて、これからはコトコト二時間ぐらい下茹でしなければならない。その間は時々様子を見るぐらいでいい。

「本でも読もうか……あ」

 ふと視界に入ってきたのは立派な大根。ばあちゃんがこないだ置いていってくれたんだ。

 せっかくだし一緒に煮よう。

 使う分だけ切って……結構な重労働だな。重いし、みずみずしい。これサラダで食ってもうまいだろうな。

 皮をむいて半月切りにする。そして豚肉とは別の鍋で茹でていくのだが、これにも米をひとつかみ入れる。そうすると灰汁がとれるのだと。

 大根の方は茹でるの、二十分ぐらいでいいだろう。

 なんとなくおじやみたいな匂いがするな。そりゃそうか。米だもん。

 器具の片づけをしているうちに大根がいい感じになった。まとわりついた米粒を洗い流し、ボウルに入れておく。

 豚肉が煮える間、台所に椅子を持って来て本を読む。別につきっきりじゃなくてもいいけど、ジュワジュワコトコトいってる鍋と換気扇の音が好きで落ち着くんだ。

 差し込む光と薄く開けた窓からそよぐ風が心地いい、静寂に満ちた休日の昼時。

 ページを一枚繰り、窓の外に視線をやる。一羽の小鳥が悠々と青空を羽ばたき、ほんの少し春のような香りをはらんだ風が木々を揺らす音が聞こえる。

「いい天気だ」

 ほの暖かい光の中にいると、ついうとうとしてしまう。

 そうやって過ごしていれば二時間というのはあっという間だ。

「すげー色」

 豚骨のスープみたいな色だ。それに、意外といい匂い。ネギとしょうが、豚肉の香りが相まった香りはどこか爽やかである。捨てるのがもったいない気もするが、灰汁や脂が出まくっているからなあ。

 豚肉も洗って、等分する。ちょっと小さくなってる。

 顆粒出汁を溶かした水に、醤油、酒、砂糖を入れて煮汁を作る。こっちに入れるしょうがはチューブにしようか。

 下茹でした豚肉は大根同様に洗う。トングでつかんだ豚肉はほろほろですごく柔らかい。下手したら崩れてしまいそうだ。

 下茹でにつかった鍋をしっかり洗い、そこに豚肉とゆで卵、長ネギの白い部分を等分したものと大根を入れ、さっき合わせた煮汁を入れて火にかける。

 ふつふつと煮立ったら火を弱め、クッキングシートで落し蓋をして一時間。

 いい香りだ。これは期待できそうだな。

「さて、昼飯……」

 さっき朝飯を食った気もするが、腹はちゃんと減っている。

 カップラーメン、豚骨のやつ買ってたっけ。今は妙に豚骨ラーメンが食いたかった。



 均等に味が染みるように時々卵や大根、豚肉をひっくり返しながら煮ること一時間。いい色に染まってきた。

 冷ますとさらに味が染みるらしいので、晩飯まで放置だ。

 楽しみなおかずがあると、風呂に入るのがもどかしくなる。早く食べたいなー、絶対ご飯に合うよなー、と思う時間もまたおいしさを高める要素の一つでもあるので、そんなことを考えながら風呂には入る。

 でもやっぱいつもより早めにあがってしまうよな。

 落し蓋をとれば、さらに油がしっかりとれる。まあ、下茹での段階でだいぶ脂取れてたから、いうほどないけど。あとは温めたらやっと食える。

「いただきます」

 そっと箸を入れてみる。

「おぉ……やわらかい」

 脂身はトロッと、身の部分はほろっとしている。結構うまくできたんじゃないか。

 まずはそのままで一口。醤油のコクと砂糖の素朴な甘さ、深いうま味は酒のおかげだろう。じゅわりと染み出す肉汁も相まっておいしい。

 肉の味と、脂身の食感に結構しっかりと感じられる甘み。それでも思いのほかさっぱりとしているのはしょうがか。

 ご飯に煮汁と一緒にかけて食べる。これこれ、この味が食べたかった。

 からしをつけると味が締まってまたおいしい。

 卵も忘れちゃいけない。ほぐっとしっかりした感触が箸から伝わってくる。黄身を煮汁につけて食べる。しっかり味が染みておいしい。溶けるような舌触りの黄身と、プリッとした白身がたまらない。

 ネギはトロットロで甘いな。

 大根。煮てもなおみずみずしく、くちどけもいい。

 で、やっぱ豚肉。ほどけるような食感に甘辛い味、これを白米で追いかける。

「うまいなあ~」

 やっぱ肉食うと元気出る。

 それに、一日かけて丁寧に仕込んだというのがまたおいしさを引き立ててるんだ。口いっぱいに幸せな味が広がる。

 誰かと関わるってのはやっぱ疲れる。けど、そのおかげで飯がうまくなるのなら悪くない。

 うまい飯をさらにうまく食えるってのは、とてもうれしいことだよな。



「ごちそうさまでした」

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