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日常
第百九十五話 けんちん汁
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「はぁ~あ、ねっむ……」
朝課外が終わって自習の時間までの十分弱の休み時間。授業中に何とかしのいだ眠気が再びやってきて、あくびとなって現れる。
窓際の席は寒い。カーテンを閉めたところで冷気は完全に遮断されないし、日差しがなければ余計に底冷えする。持って来ておいたカイロを首にあてたり、手で包みこんだりしながら暖を取る。
どこを見るでもなくぼーっとしていたら「どこ見てんの」と声が飛んできた。
それが俺に向けられた言葉であると理解するのに少しかかって、声の主に焦点を合わせる。
「あ?」
「お前、なんかうつろな目ぇしてたぞ」
ケラケラと笑いながら前の席に座った勇樹は、背もたれに肘をかけてこちらを向いた。
「眠いなと思って」
「なー。学校始まって早々朝課外とかだるすぎ。朝練はさみーし、外は暗ぇし、午後から雨降るし」
「嘘だろ、雨降んの。傘持って来てねえ」
「天気予報とか見ねえのかよ」
今日に限って見てねえんだよな。ちょっと寝坊して、準備急いでたし。
「折り畳みとか持って来てねえの?」
「持って来てない」
「まあ、持ってなさそうだよな」
なんだそれ、と思いながら少しカーテンを開けて窓の外を見る。
すがすがしいほどにまぶしい青空だ。ほんとに雨、降るんだろうか。
空模様が怪しくなり始めたのは昼休みを過ぎた頃だった。
それから放課後に向かうにつれて刻一刻と黒い雲が青空を隠していき、やがて分厚く鎮座した。
本日最後の授業が終わるころには小雨が降り始めていたが、まあ本格的に降る前に急いで帰ればいいやと帰りのホームルームをのんきに過ごしたところだった。
「げっ、降ってきた……」
昇降口で靴に履き替えるほんの短時間に雨脚は強くなり、ざあざあと音がするほどになった。
ガラス越しに外を見る。やむどころか弱まる気配もなければ、下手すると強まっていく一方だ。これはどうしたものか。
「あれー? 春都~、どしたの」
「咲良」
もういっそこの中を突っ走って帰るかと思っていたら、のんびりとした足取りで咲良がやってきた。
「いや、今日雨が降るとは思って無くてな……傘持って来てねえ」
「あらら。それは災難」
ふむ、と咲良は外に視線を向ける。
「家まで入れてやろうか? 俺、持って来てる」
咲良の申し出はありがたいが、かさばる荷物を持った男子高校生二人は一つの傘に収まらないだろう。
「お互い濡れるぞ」
「ずぶ濡れより良くねえか?」
「それはまあ……」
ちょっと待ってろ、と咲良は傘立てに向かう。
「あ、やべ」
「どうした」
振り返った咲良は両手に傘を持っていた。
「こないだ雨降ってた日にさしてきて、帰りが晴れてたもんだから持って帰るの忘れてたのがあった。道理でいつもの傘がねえなと思ってたよ」
「こないだって……去年じゃねえか?」
「まーまー、細かいことは気にすんな。ほれ、一本貸してやる」
濃紺と深緑色の傘のうち、咲良は濃紺の方を差し出して来た。
「予備みたいなもんだし、返すのいつになってもいいから」
「すまん。助かる」
学生服は濡れると後が大変だし、冬の雨に濡れたら風邪をひいてしまいそうだ。
ありがたく借りるとしよう。
揃って校門に向かって歩いていたら、咲良がやけに嬉しそうに笑った。
「なんか新鮮だなー」
「なにがだ」
「いつもは俺が助けを求めるのに、今日は逆じゃん?」
自分が助けを求めているという自覚はあったのか、という感想は横に置いておく。
「別に助けは求めてない」
「いやいや」
からかうような口調で咲良は言った。
「目が雄弁に語ってたよ」
なんかそれに少しムッとして、でもあながち嘘でもないことにもうすうす気が付いて、かろうじて言い返す。
「咲良のくせに雄弁とかいう言葉を使うな」
「えっ、理不尽」
「うるせー」
しかし咲良は俺の悪態にもへこたれずのんきに笑っていた。
それに毒気を抜かれ、俺も思わず苦笑したのだった。
雨が降る冬は寒い。だから、家に帰った時に部屋が暖かく、おいしいご飯の匂いがしているとなんだかそれだけで幸せになる。
「おかえり、春都」
「ただいま」
家に帰ると、ばあちゃんが台所でご飯を作ってくれていた。
「今日は何作ってくれてるの」
「けんちん汁。好きでしょ」
「やった」
「もうちょっと待ってね」
それじゃあ待っている間にさっさと課題を終わらせてしまおう。
うめずがちょいちょい邪魔してくるのをあしらいながらこたつでなんとか課題を終わらせ、これまたばあちゃんが準備してくれた風呂に入って、身も心もほくほくした状態であがってくれば、テーブルには晩飯の準備ができていた。
「温かいうちに食べちゃいなさい」
「ありがとう。いただきます」
やっぱ最初はホッカホカのけんちん汁だろ。
にんじん、大根、ごぼう、こんにゃくと具沢山なのがうれしい。それゆえになかなか自分では作らないのだが。しっかり出汁をとった醤油ベースの汁はうま味たっぷりで、ごぼうの風味もいい。腹の底から温まる。
トロッとした口当たりのにんじん、薄く透き通った大根はほくほくだ。
ごぼうは食感もよく、濃い風味がけんちん汁に深みを与えている。
そしてこんにゃく。つるんとしていて、歯ごたえもいい。
「こっちは?」
「里芋。汁に入れてもよかったけどね」
シンプルに甘辛く炊いた里芋だ。
もっちり、ねっとりとした食感が砂糖と醤油だけの味付けによく合う。里芋自体にもうま味があっておいしい。里芋って、歯を入れるとき、ちょっとプチッとした感じがするよな。
「おいしい」
「そう、しっかり食べなさい。けんちん汁は明日の朝の分まで作ってるから」
あ、けんちん汁って、うどん入れたらうまいんじゃないか。
明日の朝はご飯で食べきってしまうだろうからなあ……また今度作ってもらおう。
「ごちそうさまでした」
朝課外が終わって自習の時間までの十分弱の休み時間。授業中に何とかしのいだ眠気が再びやってきて、あくびとなって現れる。
窓際の席は寒い。カーテンを閉めたところで冷気は完全に遮断されないし、日差しがなければ余計に底冷えする。持って来ておいたカイロを首にあてたり、手で包みこんだりしながら暖を取る。
どこを見るでもなくぼーっとしていたら「どこ見てんの」と声が飛んできた。
それが俺に向けられた言葉であると理解するのに少しかかって、声の主に焦点を合わせる。
「あ?」
「お前、なんかうつろな目ぇしてたぞ」
ケラケラと笑いながら前の席に座った勇樹は、背もたれに肘をかけてこちらを向いた。
「眠いなと思って」
「なー。学校始まって早々朝課外とかだるすぎ。朝練はさみーし、外は暗ぇし、午後から雨降るし」
「嘘だろ、雨降んの。傘持って来てねえ」
「天気予報とか見ねえのかよ」
今日に限って見てねえんだよな。ちょっと寝坊して、準備急いでたし。
「折り畳みとか持って来てねえの?」
「持って来てない」
「まあ、持ってなさそうだよな」
なんだそれ、と思いながら少しカーテンを開けて窓の外を見る。
すがすがしいほどにまぶしい青空だ。ほんとに雨、降るんだろうか。
空模様が怪しくなり始めたのは昼休みを過ぎた頃だった。
それから放課後に向かうにつれて刻一刻と黒い雲が青空を隠していき、やがて分厚く鎮座した。
本日最後の授業が終わるころには小雨が降り始めていたが、まあ本格的に降る前に急いで帰ればいいやと帰りのホームルームをのんきに過ごしたところだった。
「げっ、降ってきた……」
昇降口で靴に履き替えるほんの短時間に雨脚は強くなり、ざあざあと音がするほどになった。
ガラス越しに外を見る。やむどころか弱まる気配もなければ、下手すると強まっていく一方だ。これはどうしたものか。
「あれー? 春都~、どしたの」
「咲良」
もういっそこの中を突っ走って帰るかと思っていたら、のんびりとした足取りで咲良がやってきた。
「いや、今日雨が降るとは思って無くてな……傘持って来てねえ」
「あらら。それは災難」
ふむ、と咲良は外に視線を向ける。
「家まで入れてやろうか? 俺、持って来てる」
咲良の申し出はありがたいが、かさばる荷物を持った男子高校生二人は一つの傘に収まらないだろう。
「お互い濡れるぞ」
「ずぶ濡れより良くねえか?」
「それはまあ……」
ちょっと待ってろ、と咲良は傘立てに向かう。
「あ、やべ」
「どうした」
振り返った咲良は両手に傘を持っていた。
「こないだ雨降ってた日にさしてきて、帰りが晴れてたもんだから持って帰るの忘れてたのがあった。道理でいつもの傘がねえなと思ってたよ」
「こないだって……去年じゃねえか?」
「まーまー、細かいことは気にすんな。ほれ、一本貸してやる」
濃紺と深緑色の傘のうち、咲良は濃紺の方を差し出して来た。
「予備みたいなもんだし、返すのいつになってもいいから」
「すまん。助かる」
学生服は濡れると後が大変だし、冬の雨に濡れたら風邪をひいてしまいそうだ。
ありがたく借りるとしよう。
揃って校門に向かって歩いていたら、咲良がやけに嬉しそうに笑った。
「なんか新鮮だなー」
「なにがだ」
「いつもは俺が助けを求めるのに、今日は逆じゃん?」
自分が助けを求めているという自覚はあったのか、という感想は横に置いておく。
「別に助けは求めてない」
「いやいや」
からかうような口調で咲良は言った。
「目が雄弁に語ってたよ」
なんかそれに少しムッとして、でもあながち嘘でもないことにもうすうす気が付いて、かろうじて言い返す。
「咲良のくせに雄弁とかいう言葉を使うな」
「えっ、理不尽」
「うるせー」
しかし咲良は俺の悪態にもへこたれずのんきに笑っていた。
それに毒気を抜かれ、俺も思わず苦笑したのだった。
雨が降る冬は寒い。だから、家に帰った時に部屋が暖かく、おいしいご飯の匂いがしているとなんだかそれだけで幸せになる。
「おかえり、春都」
「ただいま」
家に帰ると、ばあちゃんが台所でご飯を作ってくれていた。
「今日は何作ってくれてるの」
「けんちん汁。好きでしょ」
「やった」
「もうちょっと待ってね」
それじゃあ待っている間にさっさと課題を終わらせてしまおう。
うめずがちょいちょい邪魔してくるのをあしらいながらこたつでなんとか課題を終わらせ、これまたばあちゃんが準備してくれた風呂に入って、身も心もほくほくした状態であがってくれば、テーブルには晩飯の準備ができていた。
「温かいうちに食べちゃいなさい」
「ありがとう。いただきます」
やっぱ最初はホッカホカのけんちん汁だろ。
にんじん、大根、ごぼう、こんにゃくと具沢山なのがうれしい。それゆえになかなか自分では作らないのだが。しっかり出汁をとった醤油ベースの汁はうま味たっぷりで、ごぼうの風味もいい。腹の底から温まる。
トロッとした口当たりのにんじん、薄く透き通った大根はほくほくだ。
ごぼうは食感もよく、濃い風味がけんちん汁に深みを与えている。
そしてこんにゃく。つるんとしていて、歯ごたえもいい。
「こっちは?」
「里芋。汁に入れてもよかったけどね」
シンプルに甘辛く炊いた里芋だ。
もっちり、ねっとりとした食感が砂糖と醤油だけの味付けによく合う。里芋自体にもうま味があっておいしい。里芋って、歯を入れるとき、ちょっとプチッとした感じがするよな。
「おいしい」
「そう、しっかり食べなさい。けんちん汁は明日の朝の分まで作ってるから」
あ、けんちん汁って、うどん入れたらうまいんじゃないか。
明日の朝はご飯で食べきってしまうだろうからなあ……また今度作ってもらおう。
「ごちそうさまでした」
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