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日常
第百九十四話 煮込みハンバーグ
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「じゃ、行ってくるねー」
「うん、気を付けて」
休み明けの早朝。寝ぼけ眼のまま、うめずとともに二人を送り出す。
さあ、俺も、本格的に日常のスタートだ。
で、どうして俺は新学期早々待ちぼうけを食らっているのだろうか。
始業式も終わり、今日は午前中で学校が終わりなので昼飯をどうしようかと考えながら帰り支度をしていると、当然のごとく咲良がやってきて俺の机にカバンを置いた。
「春都、これから用事ある?」
「いや、別に」
「そう」
訪れた沈黙になんだか嫌な予感がしてリュックサックを肩にかけようとする。しかしそれは咲良によって遮られた。
咲良は俺の学ランの袖をつかんで、視線をそらしつつきまり悪そうに笑っていた。
「……なんだ」
「実は先生に呼ばれてて」
「俺は帰る」
「用事ないって言ったじゃん?」
「それとこれとは話が別だろうが!」
そう言えば咲良は「まあまあ」と言って俺を椅子に座らせようとした。
「すぐ終わるし、ちょっとぐらいいいだろ?」
「腹減った」
「なんかおごるからさ。な?」
頼むよぉ、と情けなく手を合わせる咲良になんとなく強く出られなくて、思わずため息をつく。
「……三十分。それ以上は待たない」
すると咲良はパッと表情を明るくした。
「分かった! じゃ、行ってくる!」
そうして咲良は職員室に向かい、今に至るというわけだ。
何もしない三十分とは案外長い。今日に限って本を持って来ていないし、スマホも使えない。課題も出ていないし、そうなれば外をただ眺める、ということぐらいしかできなくなる。
暖房も切れてるし、寒いなあ……
「お待たせ~」
十五分ほどして咲良は帰ってきた。
「おう、思ったより早かったな。さっさと帰るぞ」
昼飯はいろいろ話した結果、ファストフード店に行くことにした。
テイクアウトの客は多いが、店内で食ってるやつは思いのほか少なかった。
「明日からまたフツーに授業が始まるなあ」
向かいに座った咲良は気だるげに言ってジュースをすすった。
「冬休みってあっという間に終わるよな」
「ああ、そうだな」
セットメニューは自分で金を払ったが、チキンナゲットはおごってもらった。カリカリの衣に酸味のあるバーベキューソースがよく合う。
「春都、予習した?」
「当然」
「えらいなあ~」
咲良は豪快にハンバーガーにかぶりつく。
「あ、これうまい」
「期間限定のやつだったか」
「パンがふわふわ。肉も分厚いし」
それからとりとめもない話をしていたが、食べ終わるころには少々店内が込み始めていたのでさっと外に出た。
「咲良」
「お?」
店の外でそう声をかけてきたのは守本だった。
「菜々世~、お前も来てたのか?」
「ああ。一条も久しぶり」
「おう」
バス停までは道が同じなので三人そろって歩き出す。
「菜々世お前、家で飯食えばいいじゃんか。せっかくハンバーグ屋なんだしさ。あのうまいハンバーグがせっかくただなんだぜ?」
咲良がそう言えば、菜々世は苦笑した。
「いやいや、ただじゃないし」
「そんなもんなのか?」
「商品だからな。そんな簡単に食えないよ。余った分を使っていろいろ作ることもあるけど……それもそうしょっちゅうあるもんじゃないし」
咲良はいまいちピンと来ていない様子だった。俺はなんとなくわかる。自転車屋だからといって自転車買ってもタダですよ、ってわけじゃないからな。
「菜々世んとこの学校も明日から通常授業?」
「ああ。公立は大体そうなんじゃないか」
「だりいよなあ。今日も先生に呼び出されたし」
「おかげで待ちぼうけ食らったし」
そうつぶやけば守本は吹き出した。
「一条、待たされてんだ?」
「しょっちゅうだ」
「俺もよく待たされてたよ」
「昼飯おごったからチャラだろお~?」
情けない咲良の叫びに、守本と揃って笑う。
よく晴れた空の下、冷たい空気が三人分、白く染まった。
しかしどうも、父さん母さんたちが仕事に行った後はご飯を作る気になれない。
何日か経つとふつふつとやる気も起きていくものだが、特に長期間二人がいたあとなんかは何をするでも億劫だ。しばらく俺の昼飯は学食かなあ……
「何か食べるもの……」
それでも腹は減るし飯は食いたいので冷蔵庫を開ける。何かそのままでも食えそうなものは……おや、これは何だ。
いくつかタッパーがある。どうやら作り置きのようだ。付箋も貼ってある。
「煮込みハンバーグ……」
そのタイミングを見計らったように、母さんから電話がかかってきた。
『もしもし春都?』
「ああ、母さん。あのさ、さっき冷蔵庫に……」
『そうそう。そのこと言ってなかったと思って。いくつか作り置きのおかず作ってるから、ご飯しっかり食べるのよ?』
なるほど、そういうことか。それはありがたい。
「ありがとう」
『お弁当にも入れられるサイズだから。好きに食べて』
母さんは仕事がまだ忙しかったらしく、それから一言二言話して通話を終えた。
さて、温めるくらいは今の俺にもできる。いくつか皿に出して、レンジでチンだ。
「いただきます」
デミグラスソースのシンプルな煮込みハンバーグだ。
あ、そういや母さん、年末年始に俺が図書館からもらってきてた本読んでたな。あれか。まさか俺より先に作るとは。
まあいい。とりあえず一口。
しっかりと詰まった肉は噛み応えがあるが、ほくっほろっとほどける。鼻に抜ける風味と、口中に広がるうま味がたまらない。玉ねぎもいい感じに存在感を出している。おいしい。
デミグラスソースをしっかり絡めて食べるのがいい。そっちの方がご飯に合う。
カレーのように、ハンバーグも結構特徴が出るよな。うちのはしっかり目の食感で、デミグラスソースで食うことが多い。
ほっとするなあ。
確かに小ぶりだけど、食べ応えは十分だ。
明日、やっぱ弁当作ろうかな。こんなうまいものが学校でも食えたら、ちょっと頑張れそうだ。
「ごちそうさまでした」
「うん、気を付けて」
休み明けの早朝。寝ぼけ眼のまま、うめずとともに二人を送り出す。
さあ、俺も、本格的に日常のスタートだ。
で、どうして俺は新学期早々待ちぼうけを食らっているのだろうか。
始業式も終わり、今日は午前中で学校が終わりなので昼飯をどうしようかと考えながら帰り支度をしていると、当然のごとく咲良がやってきて俺の机にカバンを置いた。
「春都、これから用事ある?」
「いや、別に」
「そう」
訪れた沈黙になんだか嫌な予感がしてリュックサックを肩にかけようとする。しかしそれは咲良によって遮られた。
咲良は俺の学ランの袖をつかんで、視線をそらしつつきまり悪そうに笑っていた。
「……なんだ」
「実は先生に呼ばれてて」
「俺は帰る」
「用事ないって言ったじゃん?」
「それとこれとは話が別だろうが!」
そう言えば咲良は「まあまあ」と言って俺を椅子に座らせようとした。
「すぐ終わるし、ちょっとぐらいいいだろ?」
「腹減った」
「なんかおごるからさ。な?」
頼むよぉ、と情けなく手を合わせる咲良になんとなく強く出られなくて、思わずため息をつく。
「……三十分。それ以上は待たない」
すると咲良はパッと表情を明るくした。
「分かった! じゃ、行ってくる!」
そうして咲良は職員室に向かい、今に至るというわけだ。
何もしない三十分とは案外長い。今日に限って本を持って来ていないし、スマホも使えない。課題も出ていないし、そうなれば外をただ眺める、ということぐらいしかできなくなる。
暖房も切れてるし、寒いなあ……
「お待たせ~」
十五分ほどして咲良は帰ってきた。
「おう、思ったより早かったな。さっさと帰るぞ」
昼飯はいろいろ話した結果、ファストフード店に行くことにした。
テイクアウトの客は多いが、店内で食ってるやつは思いのほか少なかった。
「明日からまたフツーに授業が始まるなあ」
向かいに座った咲良は気だるげに言ってジュースをすすった。
「冬休みってあっという間に終わるよな」
「ああ、そうだな」
セットメニューは自分で金を払ったが、チキンナゲットはおごってもらった。カリカリの衣に酸味のあるバーベキューソースがよく合う。
「春都、予習した?」
「当然」
「えらいなあ~」
咲良は豪快にハンバーガーにかぶりつく。
「あ、これうまい」
「期間限定のやつだったか」
「パンがふわふわ。肉も分厚いし」
それからとりとめもない話をしていたが、食べ終わるころには少々店内が込み始めていたのでさっと外に出た。
「咲良」
「お?」
店の外でそう声をかけてきたのは守本だった。
「菜々世~、お前も来てたのか?」
「ああ。一条も久しぶり」
「おう」
バス停までは道が同じなので三人そろって歩き出す。
「菜々世お前、家で飯食えばいいじゃんか。せっかくハンバーグ屋なんだしさ。あのうまいハンバーグがせっかくただなんだぜ?」
咲良がそう言えば、菜々世は苦笑した。
「いやいや、ただじゃないし」
「そんなもんなのか?」
「商品だからな。そんな簡単に食えないよ。余った分を使っていろいろ作ることもあるけど……それもそうしょっちゅうあるもんじゃないし」
咲良はいまいちピンと来ていない様子だった。俺はなんとなくわかる。自転車屋だからといって自転車買ってもタダですよ、ってわけじゃないからな。
「菜々世んとこの学校も明日から通常授業?」
「ああ。公立は大体そうなんじゃないか」
「だりいよなあ。今日も先生に呼び出されたし」
「おかげで待ちぼうけ食らったし」
そうつぶやけば守本は吹き出した。
「一条、待たされてんだ?」
「しょっちゅうだ」
「俺もよく待たされてたよ」
「昼飯おごったからチャラだろお~?」
情けない咲良の叫びに、守本と揃って笑う。
よく晴れた空の下、冷たい空気が三人分、白く染まった。
しかしどうも、父さん母さんたちが仕事に行った後はご飯を作る気になれない。
何日か経つとふつふつとやる気も起きていくものだが、特に長期間二人がいたあとなんかは何をするでも億劫だ。しばらく俺の昼飯は学食かなあ……
「何か食べるもの……」
それでも腹は減るし飯は食いたいので冷蔵庫を開ける。何かそのままでも食えそうなものは……おや、これは何だ。
いくつかタッパーがある。どうやら作り置きのようだ。付箋も貼ってある。
「煮込みハンバーグ……」
そのタイミングを見計らったように、母さんから電話がかかってきた。
『もしもし春都?』
「ああ、母さん。あのさ、さっき冷蔵庫に……」
『そうそう。そのこと言ってなかったと思って。いくつか作り置きのおかず作ってるから、ご飯しっかり食べるのよ?』
なるほど、そういうことか。それはありがたい。
「ありがとう」
『お弁当にも入れられるサイズだから。好きに食べて』
母さんは仕事がまだ忙しかったらしく、それから一言二言話して通話を終えた。
さて、温めるくらいは今の俺にもできる。いくつか皿に出して、レンジでチンだ。
「いただきます」
デミグラスソースのシンプルな煮込みハンバーグだ。
あ、そういや母さん、年末年始に俺が図書館からもらってきてた本読んでたな。あれか。まさか俺より先に作るとは。
まあいい。とりあえず一口。
しっかりと詰まった肉は噛み応えがあるが、ほくっほろっとほどける。鼻に抜ける風味と、口中に広がるうま味がたまらない。玉ねぎもいい感じに存在感を出している。おいしい。
デミグラスソースをしっかり絡めて食べるのがいい。そっちの方がご飯に合う。
カレーのように、ハンバーグも結構特徴が出るよな。うちのはしっかり目の食感で、デミグラスソースで食うことが多い。
ほっとするなあ。
確かに小ぶりだけど、食べ応えは十分だ。
明日、やっぱ弁当作ろうかな。こんなうまいものが学校でも食えたら、ちょっと頑張れそうだ。
「ごちそうさまでした」
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