一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第百九十三話 回転焼き

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 冬休み最後の日曜日ということもあってか、図書館には小学生の姿が多い。おかげでいつも静かな図書館が今日はちょっと騒がしい。

 目的の本は奥の方にあり、児童向けの場所からはずいぶん離れている。

 しかしまあ、ただ親についてきたってだけの子どももいるので、そこでも走り回る子どもに出くわした。

「げっ、面倒だな……」

 とりあえずぶつからないように、子どもからはだいぶ離れた本棚を眺める。

 ここには最近の作家の本から日本史の授業で聞いたことがあるような本まで並んでいる。和歌集やらなにやら、読んでみたいとは思うが一冊一冊が分厚くて重いのでなかなか借りる気になれない。

 それにしても子供の声がうるさいな。何度か司書の人たちが注意はしていたが、小さい子ども相手には強く出られないのだろうか。

 ちらっと声のする方に視線をやると、ここは公園かと思ってしまいそうなほどにはしゃぎまわる子どもの姿が見えた。あの様子だと……ああ、ほらぶつかった。

 本棚と本棚の間から飛び出したタイミングで、子どもは、歩いてきていた大人の足にぶつかった。その大人が受け止めたので転びこそしなかったが、すっかりはしゃぎ声が消えてしまった。

「図書館で走り回るのは危ないなあ、君」

 その大人の声には聞き覚えがあった。漆原先生じゃないか。

 先生はしゃがみ込むことなく子どもを見下ろした。そしてしばらく黙って見つめていれば、子どもはその視線に耐えられなくなったのか慌てて走って母親の元へ行ってしまった。

「ったく」

 少し不満げな表情を浮かべ、先生はため息をついた。

「こんにちは、先生」

 そう声をかければ、先生は驚いたように顔を上げ、さっきの表情とは打って変わってすがすがしい笑みを浮かべた。

「やあ、一条君」

「子ども、すっかり静かになってくれましたね」

「ずっと騒がしかったからな」

 先生はため息をついて苦笑した。

「これでやっと、本に集中できる」

「そうですね」

 とにかく、おかげで目的の本棚に近づけるようになった。

 しかし他にも何か借りたいものだが、どうしようか。読んだことのない本は山ほどあるが……

「なんかないかな~……」

 ゆっくりと本棚をたどっていたら、古典の本棚で先生が立ち止まっているのが見えた。

 分厚い本を開き、真剣な表情で本を読んでいる様子はちゃんと先生に見える。普段がなんかちゃらんぽらん……とまではいかないが、きっちりしている人じゃないからなあ。普段からそうしてりゃ、小言も言われないのだろうに。

 結局、少し気になっていた本を一冊借りることにした。表紙もあらすじも気に入ったが、買うには勇気がいる本だったので、図書館に入ってくるのを待っていたのだ。

「じゃ、先生。失礼します」

「おお、気をつけてな」

 先生はへらっと笑い、ひらひらと手を振った。

 会釈をして立ち去りながら、帰りに何か買って帰ろうかとぼんやり考えた。



 お土産を買うという行為は幸せなことかもしれない、と最近は思う。

 自分のために何かを買って帰るというのも贅沢で楽しいことだと思う。でも俺は、お土産を買って帰りたいと思える人が家にいる、というのがなんだかうれしいのだ。

 多くの人でにぎわう地下食品売り場。正月の料理が少し値引きされて売っていたり、期間限定商品の顔触れが変わっていたり、人だけでなく商品もにぎやかだ。

 総菜を買って帰ってもいいが、今日は母さんが昼飯を準備してくれている。

 となると、買って帰るべきはおやつだろう。

 昔からあるパン屋に並ぶ菓子パン、ちょっとお高めなパティスリーのきらきらしたケーキ、和菓子屋は串団子の種類が豊富だ。

 しかし俺のお目当てはそのどれでもない。

 向かうべきは地下食品売り場とスーパーをつなぐ扉付近にある店。回転焼きの店だ。

 回転焼きも、いろいろな呼び名があって争いが絶えない食べ物の一つだよなあ。

 すごく人気のある店で、じいちゃんとばあちゃんもここの回転焼きが好きだ。行列に並ばなければいけないのは少々骨が折れるが、作られている過程が見えるのが面白い。丸くて分厚いあの形にできあがっていく様子に幼いころは夢中になったものだ。手際よく箱詰め、袋詰めされていく様子もまた楽しい。

 粒あん、こしあん、白あん、カスタードの四種類。じいちゃんとばあちゃんは粒あんと白あんだな。で、うちの分は……全種類三つずつにしよう。余った分は冷凍すりゃいい。

「あ、それと一つ。今食べる分にカスタードいいですか」

「かしこまりました。ありがとうございます」

 焼きたてを食べられるのはうれしい。受け取った回転焼きはなんかぷわんとしている。

 電車を待つ間に食ってしまおう。

「冷えるなあ」

 だからこそホカホカの回転焼きがうまいというものだ。

 もっちりした生地は薄甘い。カスタードは少し粘度が高く舌にまとわりつき、熱々なので注意しなければやけどしてしまう。

 結構ボリュームがあって小さい頃は一つ食べるのに必死だったが、今となってはペロリだ。そういう食べ物増えたよなあ。

 電車がつく頃にはすっかり食べ終わって、もう一つ食べようか悩んでいたがやめにした。

 ま、帰ってからの楽しみにしよう。



 じいちゃんとばあちゃんの家には帰り道に寄った。修理が立て込んでいるみたいで忙しそうだったけど喜んでくれた。

 家に帰れば、父さんと母さんもめっちゃ喜んでくれた。

 お昼ごはんのあとにお茶と一緒に食べようということで、いったん台所に置いておくことにした。

 昼食はナポリタン、目玉焼きトッピングだった。コクのあるトマト味に卵のまったりとした味がよく合う。

「さて、どの味がいいかな」

「私、粒あん」

 父さんと母さんが箱をのぞき込んでいる間に緑茶を入れる。

「春都はどれにするー?」

「んー、粒あん」

「はーい」

 こたつに入り、テレビをつけてくつろぐ体勢はばっちりだ。

「いただきまーす」

 熱々ではないが、ほんのりと温かさが残っている。食べやすい温度だ。

 少し冷めてもっちり具合が増した生地は、甘さがより際立つように思う。水あめの甘さだろうか、こっくりとしたうま味のある粒あんだ。形の残る豆がつやつやとしている。

 そしてやっぱり、緑茶とよく合う。駅でペットボトルのを買おうかと悩んだが、結局買わなかったからな。

 熱々のお茶と甘い回転焼き。幸せというものを形にするとこうなるんじゃないかとすら思う。

 なんかそう考えたら、俺、幸せの形がいっぱいあるな。

 それこそ幸福なことだよなあ。しっかり味わうとしよう。



「ごちそうさまでした」

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