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日常
第百九十二話 うどん
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「年明けうどんだって」
朝食を終えて居間でうめずの相手をしていると、父さんがスマホを見ながら言った。
「なにそれ」
「白いうどんに紅いトッピングを添えて……だって」
「へえ、でも年明けっていつまで?」
母さんが聞けば父さんは「ちょっと待ってねー」と画面をスクロールする。
「元旦から十五日までの間」
「意外と長いのね」
ふーん、そっか、と母さんは頬杖をついてつぶやく。
「じゃあ今日の晩ご飯はうどんにしようか」
「いいね」
「紅い具材は何がいい?」
とびかかってくるうめずをうまいこと受け止めながら考える。紅い食材って何があるんだ。梅干し……とか? かまぼこはピンクになるんかな。でも紅白かまぼこっつって売ってあるのもあるし、ワンチャンありか。
「えび天とかどう?」
父さんの言葉にハッとする。そうか。えび天という手があったか。尻尾は赤いし、身もまあ、赤いところあるもんな。
「じゃあえび天にしようか。うちで揚げるー?」
「大変じゃない?」
「いやー、でも揚げたておいしいでしょ」
まあ、確かにそうだ。
「えび買ってこなきゃねぇ」
「じゃあ、買い物は俺が行くよ」
すっかり満足したらしいうめずが日向ぼっこのために窓際に向かったところで立ち上がる。
「頼んでいいの?」
「うん。いいよ」
「ありがとー。じゃあ、他にも買ってきてほしいものがあるんだよねー」
そう言って母さんはメモにいろいろ書きだしていく。
これは、自転車で行った方がよさそうだな。
相変わらず冬の空気は自転車乗りに優しくない。
しかし慣れてくれば心地いい。頬は氷のように冷たく、手指の先はかじかんでしょうがないが。
店内は結構冷える。今日のBGMはアニメやドラマの主題歌らしい。
さて、鮮魚コーナーに向かう途中の青果コーナーでまずはネギを買う。通り道だしかまぼこも買ってくか。当然、うどん麺も買わなきゃな。
えびは冷凍のを買う。めったに買わないのでちょっとワクワクだ。
出汁はうちにあるので良しとして、あとはその他のお使いだな。台所用洗剤、洗濯用洗剤、ラップにアルミホイル。うーん、この辺はドラッグスとかで買った方が安いんだよなあ。ああ、卵とキッチンペーパーだけ買ってくか。
ドラッグストアはここから少し行った先、本屋の近くにある。
こっちはしっかり暖かい。ドラッグストアといっても最近はお菓子や文具、冷凍食品や精肉まである。何ならここだけで必要なもの揃うといってもいい。
医薬品コーナーを横目に、目的のものがある棚へと向かう。にしても重いものばっかりだな。あとは……ボールペン。仕事用か。
「あれ? 春都?」
文具コーナーには見慣れた人影があった。
「観月」
にこにこと笑ってこちらに手を振るのは観月だった。
「あけましておめでとう」
「おう。お前もお使いか?」
観月はカートを押していて、ジュースやペットボトルのお茶、お菓子なんかが山積みになっていた。観月は頷いた。
「近くのドラッグストアじゃ売り切れてるのもあったからこっちに買いに来たんだ。正月はお客さん多くてさ、父さんたちはあいさつ回りで忙しいから。春都は?」
「今日の晩飯の買い出し……と、その他もろもろ」
「お父さんとお母さん、帰ってきてるの?」
「ああ。まあ、来週には仕事に行くけどな」
観月は「そうなんだ」と笑うと、棚から付箋をとってかごに入れた。
「僕、これから会計したら帰るけど、春都は?」
「あー」五本入りの黒ボールペンの袋を二つかごに入れる「俺ももう帰る」
「じゃあ途中まで一緒に帰ろうよ」
「いいぞ」
午前中のこの時間、客の姿は少なく会計はあっという間に終わった。
観月も自転車で来ているらしかった。うちの店で買ってくれたやつで、今でもしっかりきれいに手入れして乗っているという。
「自転車乗っても寒いけど、普通に歩いてもやっぱ寒いねー」
二人そろって自転車を押しながらぼちぼち歩く。
「川沿いは余計冷えるだろ」
「朝とかすっごい寒いよ。あ、そういやさ、花火大会行った?」
「行った行った。寒かった」
そう答えれば、観月は少し得意げに笑って言ったものだ。
「うちは家から見れたよ。暖かいところでのんびり見た」
「いいよなー。俺、咲良と凍えながら見たぜ。でも、豚汁うまかった」
「それはそれでいいよね」
「寒い花火大会とか新鮮過ぎるっつの」
話をしていたら少し寒さを忘れられそうだったが、ビュウ、と勢いよく風が吹き、二人そろって思わず叫んだのだった。
えび天は母さんに任せ、俺はうどん麺を茹で、出汁を作る。
出汁を作るといっても鍋でお湯を沸かしてそこに白だしを入れるだけだ。麺もいったん茹でてあるのをもう一度温めるようなものなので手間はかからない。ただ、うどんは鍋を最低二つ使うしうどん麺を茹でたら鍋がちょっとぬるっとする。片付けはちょっと手間だ。
だから自分ではなかなか具材まで用意しない。用意するといっても店で出来合いのものを買ってくる程度だ。
「えび天揚がったよー」
後のせスタイル、ということでえび天は別の皿に盛る。ほどほどの厚さの衣に薄く見えるは鮮やかなえびの赤。尻尾もきれいな赤だ。
うどんはねぎを散らしてかまぼこをトッピングする。さて、揚げたてのうちにいただくとしよう。
「いただきます」
なんとなくえび天をのせずに一口すする。程よい食感のやわらかいうどん麺。白だしもちょうどよくできたみたいだ。
これだけでも満足してしまいそうだが、えび天をのせる。
じんわりと油がキラキラ広がる。えびの香りがふうわりと揚がって、食欲を引き立てる。
「熱い」
「気を付けて食べなさい」
ふうふうと冷まして一口かじる。カリッと衣にぷりっぷりのえび。衣にも海老の味が染み出していておいしい。出汁もうま味が増す。
そこにうどん麺をすする。うん、おいしいな。
少ししなっとした衣もまたおいしい。えびにうまくまとわりついて口の中でジュワッと味があふれ出す。つるんと衣がとれてしまったえびの姿はなんだか間抜けでかわいらしい。まあ、眺めるのもそこそこに食べてしまうのだが。
うどんにかまぼこ、というのもなんかいい。出汁で温められたかまぼこは心なしかうまみが増す気がする。
年越しそばに、年明けうどん。縁起のいいものって数えだしたらきりがないよな。
今年もなんかいいことあるといいなあ。うまいもんたくさん食えるかな。
まあ、何事もなくまた一年、健康に過ごせるといいな。
「ごちそうさまでした」
朝食を終えて居間でうめずの相手をしていると、父さんがスマホを見ながら言った。
「なにそれ」
「白いうどんに紅いトッピングを添えて……だって」
「へえ、でも年明けっていつまで?」
母さんが聞けば父さんは「ちょっと待ってねー」と画面をスクロールする。
「元旦から十五日までの間」
「意外と長いのね」
ふーん、そっか、と母さんは頬杖をついてつぶやく。
「じゃあ今日の晩ご飯はうどんにしようか」
「いいね」
「紅い具材は何がいい?」
とびかかってくるうめずをうまいこと受け止めながら考える。紅い食材って何があるんだ。梅干し……とか? かまぼこはピンクになるんかな。でも紅白かまぼこっつって売ってあるのもあるし、ワンチャンありか。
「えび天とかどう?」
父さんの言葉にハッとする。そうか。えび天という手があったか。尻尾は赤いし、身もまあ、赤いところあるもんな。
「じゃあえび天にしようか。うちで揚げるー?」
「大変じゃない?」
「いやー、でも揚げたておいしいでしょ」
まあ、確かにそうだ。
「えび買ってこなきゃねぇ」
「じゃあ、買い物は俺が行くよ」
すっかり満足したらしいうめずが日向ぼっこのために窓際に向かったところで立ち上がる。
「頼んでいいの?」
「うん。いいよ」
「ありがとー。じゃあ、他にも買ってきてほしいものがあるんだよねー」
そう言って母さんはメモにいろいろ書きだしていく。
これは、自転車で行った方がよさそうだな。
相変わらず冬の空気は自転車乗りに優しくない。
しかし慣れてくれば心地いい。頬は氷のように冷たく、手指の先はかじかんでしょうがないが。
店内は結構冷える。今日のBGMはアニメやドラマの主題歌らしい。
さて、鮮魚コーナーに向かう途中の青果コーナーでまずはネギを買う。通り道だしかまぼこも買ってくか。当然、うどん麺も買わなきゃな。
えびは冷凍のを買う。めったに買わないのでちょっとワクワクだ。
出汁はうちにあるので良しとして、あとはその他のお使いだな。台所用洗剤、洗濯用洗剤、ラップにアルミホイル。うーん、この辺はドラッグスとかで買った方が安いんだよなあ。ああ、卵とキッチンペーパーだけ買ってくか。
ドラッグストアはここから少し行った先、本屋の近くにある。
こっちはしっかり暖かい。ドラッグストアといっても最近はお菓子や文具、冷凍食品や精肉まである。何ならここだけで必要なもの揃うといってもいい。
医薬品コーナーを横目に、目的のものがある棚へと向かう。にしても重いものばっかりだな。あとは……ボールペン。仕事用か。
「あれ? 春都?」
文具コーナーには見慣れた人影があった。
「観月」
にこにこと笑ってこちらに手を振るのは観月だった。
「あけましておめでとう」
「おう。お前もお使いか?」
観月はカートを押していて、ジュースやペットボトルのお茶、お菓子なんかが山積みになっていた。観月は頷いた。
「近くのドラッグストアじゃ売り切れてるのもあったからこっちに買いに来たんだ。正月はお客さん多くてさ、父さんたちはあいさつ回りで忙しいから。春都は?」
「今日の晩飯の買い出し……と、その他もろもろ」
「お父さんとお母さん、帰ってきてるの?」
「ああ。まあ、来週には仕事に行くけどな」
観月は「そうなんだ」と笑うと、棚から付箋をとってかごに入れた。
「僕、これから会計したら帰るけど、春都は?」
「あー」五本入りの黒ボールペンの袋を二つかごに入れる「俺ももう帰る」
「じゃあ途中まで一緒に帰ろうよ」
「いいぞ」
午前中のこの時間、客の姿は少なく会計はあっという間に終わった。
観月も自転車で来ているらしかった。うちの店で買ってくれたやつで、今でもしっかりきれいに手入れして乗っているという。
「自転車乗っても寒いけど、普通に歩いてもやっぱ寒いねー」
二人そろって自転車を押しながらぼちぼち歩く。
「川沿いは余計冷えるだろ」
「朝とかすっごい寒いよ。あ、そういやさ、花火大会行った?」
「行った行った。寒かった」
そう答えれば、観月は少し得意げに笑って言ったものだ。
「うちは家から見れたよ。暖かいところでのんびり見た」
「いいよなー。俺、咲良と凍えながら見たぜ。でも、豚汁うまかった」
「それはそれでいいよね」
「寒い花火大会とか新鮮過ぎるっつの」
話をしていたら少し寒さを忘れられそうだったが、ビュウ、と勢いよく風が吹き、二人そろって思わず叫んだのだった。
えび天は母さんに任せ、俺はうどん麺を茹で、出汁を作る。
出汁を作るといっても鍋でお湯を沸かしてそこに白だしを入れるだけだ。麺もいったん茹でてあるのをもう一度温めるようなものなので手間はかからない。ただ、うどんは鍋を最低二つ使うしうどん麺を茹でたら鍋がちょっとぬるっとする。片付けはちょっと手間だ。
だから自分ではなかなか具材まで用意しない。用意するといっても店で出来合いのものを買ってくる程度だ。
「えび天揚がったよー」
後のせスタイル、ということでえび天は別の皿に盛る。ほどほどの厚さの衣に薄く見えるは鮮やかなえびの赤。尻尾もきれいな赤だ。
うどんはねぎを散らしてかまぼこをトッピングする。さて、揚げたてのうちにいただくとしよう。
「いただきます」
なんとなくえび天をのせずに一口すする。程よい食感のやわらかいうどん麺。白だしもちょうどよくできたみたいだ。
これだけでも満足してしまいそうだが、えび天をのせる。
じんわりと油がキラキラ広がる。えびの香りがふうわりと揚がって、食欲を引き立てる。
「熱い」
「気を付けて食べなさい」
ふうふうと冷まして一口かじる。カリッと衣にぷりっぷりのえび。衣にも海老の味が染み出していておいしい。出汁もうま味が増す。
そこにうどん麺をすする。うん、おいしいな。
少ししなっとした衣もまたおいしい。えびにうまくまとわりついて口の中でジュワッと味があふれ出す。つるんと衣がとれてしまったえびの姿はなんだか間抜けでかわいらしい。まあ、眺めるのもそこそこに食べてしまうのだが。
うどんにかまぼこ、というのもなんかいい。出汁で温められたかまぼこは心なしかうまみが増す気がする。
年越しそばに、年明けうどん。縁起のいいものって数えだしたらきりがないよな。
今年もなんかいいことあるといいなあ。うまいもんたくさん食えるかな。
まあ、何事もなくまた一年、健康に過ごせるといいな。
「ごちそうさまでした」
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