一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
188 / 854
日常

第百八十八話 焼肉

しおりを挟む
 正月三が日、とはいうが、三日にもなれば徐々に特別感が薄れ始め、日常の雰囲気に満たされていく。

 自室で明日提出分の課題の確認をする。

 いつも通りに戻るのは別にいいが、学校は面倒だ。年末年始、ぬるま湯につかったような、のほほんとした日々を過ごしたせいで、面倒さに拍車がかかっている。

「これでいいか……」

 ずっしりと重いリュックサックを少し抱えただけで心は鉛に変わる。

「春都~」

 椅子に座ったタイミングで、母さんが扉を開けた。

「どう? 一段落ついた?」

「あー、大丈夫」

「じゃ、そろそろ行こっか」

 そうだ。気が重くなっている場合ではない。

 今日は最高に楽しいことが待っているのだから。



 向かったのは、街の方にある業務用スーパー。

 結構有名だが、なかなか寄り付かない店だった。広大な駐車場にでかい平屋の店舗、なんかもう見ただけでワクワクする。

「始めて来るなー。映画館とかショッピングモールは行くけど、ここは来る機会無かったもんなあ」

 駐車場に車を停め、店に向かいながら父さんは言った。

「そうね、私も初めて」

「俺も来たことない」

 せいぜいCMで見たことがあるくらいだ。

 店内は思ったよりも広く、人がたくさんいた。普段スーパーで見るものより一回りほど大きいカートにこれまた少し大きめのかごをのせて店内を回っていく。

「野菜だけでこんなに……」

 色とりどりの野菜が並ぶ場所を抜ければ、次は鮮魚コーナーだ。その場でさばいてくれるものから大人数用の寿司のパック、冷凍に珍しいおつまみまでいろいろある。

 店の中央あたりには見慣れた商品も陳列されているが、業務用サイズのものもある。

「はー……なんか見るだけで疲れる」

 人をよけながらカートを進めていく。母さんは隣を歩きながら笑った。

「特にお正月だから人も多いしね」

「でも見たことないようなのも売ってるし、楽しい」

 さて、今日の目的地は鮮魚コーナーを抜け、輸入食品の陳列棚を抜けた場所にある。

「おお、壮観」

 父さんがそう言って視線を向ける先は、精肉コーナーだ。

 この業務スーパーの特徴の一つは、精肉コーナーが充実しているところだろう。

 業務用の冷凍パックに、普通のスーパーでは売っていないような肉や部位、加工製品も種類が充実している。そして何よりもっとも特徴的なのは肉の量り売りだろう。

 どでかいガラスケースに所狭しと並ぶ肉。牛、鶏、豚の三種が主で、ホルモンも売っている。そしてケース裏の広い作業場ではたくさんの従業員さんたちが忙しそうに働いている。なんとなく海外の市場をほうふつとさせるな。

 そう、今日はうちで焼き肉をするのだ。そのために肉を買いに来たわけだが――

「どれを買えばいいんだ……」

「こんなにあると悩むよねえ」

「ひき肉もあるんだな」

 三人そろってケースを眺める。やっぱ牛肉は食いたいし、鶏や豚も当然食いたい。しかしここまで部位やら産地やらが並べられていると判断するのが難しい。あ、タンとかもあるんだ。

「結構安いけど、高いのもあるね」

 と、母さんが指さした先には、立派な霜降りの牛肉があった。

「えー、同じ金額出すなら量食いたい」

「そうね」

「こっちにもあるぞー」

 いろいろ悩んだが、何とか買うことができた。

 紙に包まれ、ビニール袋に入れられる様子を見るのは楽しい。なんか、買い物してるって感じがする。

 このスーパーは総菜やパンも作っているようで、これまたたくさん並んでいる。

「昼ごはん買っていく?」

 父さんの提案に母さんと揃って賛成する。

「さっきフルーツサンドとか出てたよ」

「弁当もあるぞ」

 これまたしっかり悩まなければいけなさそうだ。



 結局昼飯はいくつか総菜を買った。からあげ、うずらの卵のフライ、サラダの盛り合わせ。今日のメインは晩飯の焼肉なので、ちょっと少なめにした。

 からあげは香辛料がきいていて、総菜屋さんのからあげだなって感じでおいしかった。皮がカリッカリで、ひとつひとつが大きかったので二つ三つで十分なボリュームだった。うずらの卵のフライはくしに刺さっていて、醤油をかけて食べる。サクッとした衣にプチッとしたうずらの卵。ほんのり甘く、醤油とよく合う。

 サラダの盛り合わせはポテトサラダとマカロニサラダ、そしてタラモサラダというやつだった。ポテサラはうちで作るよりミルキーでマカロニも似たような味付けだった。

 タラモサラダは要するにポテサラにたらこを加えたものだ。ほんのりしょっぱさが加わっておいしい。

 焼肉の準備は日が暮れてから始める。

 でっかい皿にラップをひいて、アルミホイルもひいて、そこに肉を盛っていく。お店のようにはいかないが、てんこ盛りの肉はテンションが上がる。野菜はうちにあった玉ねぎだ。

 たれやホットプレートも用意した。炊き立てのご飯もしっかりある。

 準備は万全だ。

「いただきます」

 焼肉は焼いていく過程も楽しい。じゅうっと脂がはじける音、香ばしい匂い、ひっくり返す感覚。ただでさえワクワクしている気分がさらにかきたてられる。

「焼けたよ、どうぞ」

 父さんが一枚、肉を俺の皿に置いた。

「ありがとう」

 牛肉は一種類しか買っていないが、これがうまそうだった。程よく脂身がありながら、赤身がきれいなやつだ。あまり脂ばかりでも肉の味は分からないからな。

 たれを絡めて、白米にバウンドして一口。やわらかく、とろけるようだ。脂は意外にもあっさりしていて臭みもない。噛むほどに滲み出してくるのは赤身のうま味だ。

「どう? おいしい?」

 母さんの問いに「うん」と頷く。

「よかった。たくさん食べなさいね」

 では、お言葉に甘えて。

 次は豚トロ。いつも買っているのよりでかい。

 サクッとした歯の入り具合、あふれ出す脂。牛とはまた違う香り。豚バラも買ったんだっけ。こっちもまた脂の甘味がすごい。でも肉のうま味もちゃんとあるからパクパク食べてしまう。

 鶏は胸肉。もっちり食感。あっさりした淡白な味にはたれがよく合う。カリッと焼けた皮もうまい。

 ちょっとここで玉ねぎを挟む。しっかり火が通って、サクトロッとした食感が好きだ。たれをたっぷり絡めて、辛味と甘みを楽しむのが好きだ。そしてこれがまたご飯に合う。

 そんで、牛タン。これはなかなかお目にかかれない代物だ。しかも厚切り。

 これはたれではなくレモン塩で。爽やかな酸味にわずかばかりのしょっぱさ、そして脂身や赤身とはまた違う食感。淡白だけど、濃いうま味もあっておいしい。

 そして肉のうま味とたれがついたご飯を食べる。これぞ焼肉。

 たっぷりたれを絡めた牛肉でご飯を巻いて、ほおばる。

 幸せとはまさにこういった瞬間をいうのだろう、と自然に思った。とろける脂に赤身のうま味、ご飯のほんのりとした甘さ、それらをまとめ上げるニンニクの薫り高いタレ。最高においしい。

 やっぱ焼き肉って元気になるなあ。

 明日からの日常。なんかちょっと頑張れそうだ。



「ごちそうさまでした」

しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

「今日でやめます」

悠里
ライト文芸
ウエブデザイン会社勤務。二十七才。 ある日突然届いた、祖母からのメッセージは。 「もうすぐ死ぬみたい」 ――――幼い頃に過ごした田舎に、戻ることを決めた。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

だってお義姉様が

砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。 ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると…… 他サイトでも掲載中。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

処理中です...