一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
187 / 854
日常

第百八十七話 肉の天ぷら

しおりを挟む
 二日はじいちゃんとばあちゃんの家に行く。

 正月の挨拶もそこそこにこたつに入ってぼんやりとする。

「春都の休みはいつまでか?」

 じいちゃんは向かいに座り、テレビ画面に目を向けたまま聞いてきた。

「三日」

「なんや、明日までか」

「学校行きたくねえ……」

 冬休みとはどうしてこうも儚いのか。

 まるで春先に向けて溶けゆく雪のようである。まあでも、暖かくなるのは大歓迎だ。学校が始まるからといって暖かくなるわけじゃないけど。

「わふっ」

「おー、うめず。どしたー? お前も温まるかあ?」

 一緒に来ていたうめずが俺にすり寄ってきて、鼻先で押してくる。

「なんだお前。テンション高いな。散歩か? 散歩なのか?」

「わう!」

「なんかデジャヴ~」

 まあ、冬になってあまり連れて行ってないからな。

 正月三が日は年末と比べてさらに人通りはない。散歩にはもってこいか。それに、学校が始まればまた散歩の時間はなかなか取れない。

 帰ってきたらばあちゃんと母さんがうまい飯を作ってくれているしな。



 しかしまあ、正月三が日とはいえ、働いている人たちはいる。大通りの車の往来はいつもより少ないとはいえ、結構な数が走っている。

「アーケードの方に行くぞ」

「わふっ」

「断腸の思いで外に出てんだ。今日は俺の行きたいとこに行くからな」

 うめずに任せていたら高確率で風通しのいいところに行ってしまう。

 アーケードは寒いっちゃ寒いが、店が並び壁と屋根がある分、風が凌げていい。

「わうう~」

「……どうしても広いところに行きたいか」

 うめずは尻尾を振り回し、肯定の意を示しているらしい。しゃーない。公園に行くか。

 公園にも当然、人はいない。遊具は冷たくじっとしていて、大樹の葉はすっかり落ち切っている。

 さすがにうめずを野放しにはできないので、ひとしきり走ったり歩いたりするのに付き合ってやる。

「なあ、もう帰ろうぜ」

「わふっ!」

 うめずはすっかり満足したらしく、素直に帰路についたのだった。



 すっかり冷え切った頬に部屋の空気が染みこんでいく。

「もうちょっとご飯、待っててね」

 ええ、もう、待ちますとも。

 その間、のんびりゆっくりまったりしていようと思ったが、スマホが震えているのに気付いて画面に視線をやった。

「げ、咲良」

 しかも電話かよ。

 まあ、無視するわけにはいかない。寒いのは嫌なので、じいちゃんとばあちゃんの部屋に移動する。ここなら居間の暖かさが流れ込んでくるのでいい。

「もしもしー?」

『春都! あけおめ~』

「おう。あけましておめでとう。どうしたんだ?」

 あと一日もすれば学校で会うだろうに、わざわざ電話をしてくるとはいったいどうしたのだろうか。

『いや、新年だし?』

「なんだそれ」

『正月は忙しいかなーと思って今日にしたんだ』

 台所の方から漂ってくるいい香りに意識をとられつつ、咲良の話に耳を傾ける。

『そういやさ、年末にドラマ一気見とかって放送されてたの知ってる?』

「あーなんかやってたな」

『あれ、なんとなく見てたんだけど、めっちゃ面白いのやってたよな!』

 咲良が言ったテレビのタイトルに、覚えはあるが内容はうろ覚えだ。

「ちゃんとは見てない」

『えー? もったいねえ~。面白かったぜー? 特に端役の二人!』

「端役て」

『いや、端役だけど主演級っていうかなんていうか』

 それからひとしきりドラマの感想を聞いた後、学校の話になった。

「課題はちゃんとやったのか?」

『やったやった。数少ないし、自力で頑張った!』

「そもそも課題は人のを写すものじゃない」

『まあ、答えがあってるかどうかは知らねーけど』

 のんきな笑い声が電話の向こうから聞こえてくる。

 その声に俺も思わず笑ってしまった。



「お、ちょうどいいところに来た」

 電話を終えて居間に来てみれば、すっかりこたつの上は宴会状態だった。

 肉の天ぷらに煮しめ、漬物。いつも通り――いや、少し豪華な雰囲気。

「いただきます」

 やっぱ最初は肉の天ぷらだ。

 サクッとした衣に薄いながらもジューシーな牛肉。にんにく醤油の風味がいい。噛みしめれば牛肉特有のうま味が染み出してくる。ああ、やっぱおいしい。

 次は煮しめ。

 レンコンのサクッとした食感にほんの少しの粘り、ニンジンは甘くほくほくでごぼうは薫り高い。こんにゃくにもしっかり味が染みていておいしい。

 そしてなんといっても干ししいたけ。他の具材にうまみを移すばかりか、しいたけ自体も噛むほどにうま味たっぷりの汁があふれ出る。

 里芋も、もっちりとろりとしていておいしい。

 漬物はたくあん。ほんのり甘くていい。

「あれ?」

 ふと肉の天ぷらに視線をやれば、ある事に気が付く。

「豚肉もある?」

「あるよー、いっぱい食べなね」

 ほれ、とばあちゃんは皿をこちらに押しやってくれた。

 豚肉は牛よりも脂の甘味があるが、何だかさっぱりもしている。二種類の肉の天ぷらが食えるとは何ともラッキーだ。ご飯が進む。

 噛むほどにあふれる豚のあっさりとしたうま味をしっかり味わう。

 ああ、幸せだ。こういうご飯があるから、毎日を少しずつ頑張れるというものだ。

 さて、学校始まっても、しっかり飯は食わなきゃな。



「ごちそうさまでした」

しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから

キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。 「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。 何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。 一話完結の読み切りです。 ご都合主義というか中身はありません。 軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。 誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。 小説家になろうさんにも時差投稿します。

「今日でやめます」

悠里
ライト文芸
ウエブデザイン会社勤務。二十七才。 ある日突然届いた、祖母からのメッセージは。 「もうすぐ死ぬみたい」 ――――幼い頃に過ごした田舎に、戻ることを決めた。

サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜

野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」   「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」 この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。 半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。 別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。 そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。 学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー ⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。 ⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。 ※表紙絵、挿絵はAI作成です。 ※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。

処理中です...