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日常
第百八十七話 肉の天ぷら
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二日はじいちゃんとばあちゃんの家に行く。
正月の挨拶もそこそこにこたつに入ってぼんやりとする。
「春都の休みはいつまでか?」
じいちゃんは向かいに座り、テレビ画面に目を向けたまま聞いてきた。
「三日」
「なんや、明日までか」
「学校行きたくねえ……」
冬休みとはどうしてこうも儚いのか。
まるで春先に向けて溶けゆく雪のようである。まあでも、暖かくなるのは大歓迎だ。学校が始まるからといって暖かくなるわけじゃないけど。
「わふっ」
「おー、うめず。どしたー? お前も温まるかあ?」
一緒に来ていたうめずが俺にすり寄ってきて、鼻先で押してくる。
「なんだお前。テンション高いな。散歩か? 散歩なのか?」
「わう!」
「なんかデジャヴ~」
まあ、冬になってあまり連れて行ってないからな。
正月三が日は年末と比べてさらに人通りはない。散歩にはもってこいか。それに、学校が始まればまた散歩の時間はなかなか取れない。
帰ってきたらばあちゃんと母さんがうまい飯を作ってくれているしな。
しかしまあ、正月三が日とはいえ、働いている人たちはいる。大通りの車の往来はいつもより少ないとはいえ、結構な数が走っている。
「アーケードの方に行くぞ」
「わふっ」
「断腸の思いで外に出てんだ。今日は俺の行きたいとこに行くからな」
うめずに任せていたら高確率で風通しのいいところに行ってしまう。
アーケードは寒いっちゃ寒いが、店が並び壁と屋根がある分、風が凌げていい。
「わうう~」
「……どうしても広いところに行きたいか」
うめずは尻尾を振り回し、肯定の意を示しているらしい。しゃーない。公園に行くか。
公園にも当然、人はいない。遊具は冷たくじっとしていて、大樹の葉はすっかり落ち切っている。
さすがにうめずを野放しにはできないので、ひとしきり走ったり歩いたりするのに付き合ってやる。
「なあ、もう帰ろうぜ」
「わふっ!」
うめずはすっかり満足したらしく、素直に帰路についたのだった。
すっかり冷え切った頬に部屋の空気が染みこんでいく。
「もうちょっとご飯、待っててね」
ええ、もう、待ちますとも。
その間、のんびりゆっくりまったりしていようと思ったが、スマホが震えているのに気付いて画面に視線をやった。
「げ、咲良」
しかも電話かよ。
まあ、無視するわけにはいかない。寒いのは嫌なので、じいちゃんとばあちゃんの部屋に移動する。ここなら居間の暖かさが流れ込んでくるのでいい。
「もしもしー?」
『春都! あけおめ~』
「おう。あけましておめでとう。どうしたんだ?」
あと一日もすれば学校で会うだろうに、わざわざ電話をしてくるとはいったいどうしたのだろうか。
『いや、新年だし?』
「なんだそれ」
『正月は忙しいかなーと思って今日にしたんだ』
台所の方から漂ってくるいい香りに意識をとられつつ、咲良の話に耳を傾ける。
『そういやさ、年末にドラマ一気見とかって放送されてたの知ってる?』
「あーなんかやってたな」
『あれ、なんとなく見てたんだけど、めっちゃ面白いのやってたよな!』
咲良が言ったテレビのタイトルに、覚えはあるが内容はうろ覚えだ。
「ちゃんとは見てない」
『えー? もったいねえ~。面白かったぜー? 特に端役の二人!』
「端役て」
『いや、端役だけど主演級っていうかなんていうか』
それからひとしきりドラマの感想を聞いた後、学校の話になった。
「課題はちゃんとやったのか?」
『やったやった。数少ないし、自力で頑張った!』
「そもそも課題は人のを写すものじゃない」
『まあ、答えがあってるかどうかは知らねーけど』
のんきな笑い声が電話の向こうから聞こえてくる。
その声に俺も思わず笑ってしまった。
「お、ちょうどいいところに来た」
電話を終えて居間に来てみれば、すっかりこたつの上は宴会状態だった。
肉の天ぷらに煮しめ、漬物。いつも通り――いや、少し豪華な雰囲気。
「いただきます」
やっぱ最初は肉の天ぷらだ。
サクッとした衣に薄いながらもジューシーな牛肉。にんにく醤油の風味がいい。噛みしめれば牛肉特有のうま味が染み出してくる。ああ、やっぱおいしい。
次は煮しめ。
レンコンのサクッとした食感にほんの少しの粘り、ニンジンは甘くほくほくでごぼうは薫り高い。こんにゃくにもしっかり味が染みていておいしい。
そしてなんといっても干ししいたけ。他の具材にうまみを移すばかりか、しいたけ自体も噛むほどにうま味たっぷりの汁があふれ出る。
里芋も、もっちりとろりとしていておいしい。
漬物はたくあん。ほんのり甘くていい。
「あれ?」
ふと肉の天ぷらに視線をやれば、ある事に気が付く。
「豚肉もある?」
「あるよー、いっぱい食べなね」
ほれ、とばあちゃんは皿をこちらに押しやってくれた。
豚肉は牛よりも脂の甘味があるが、何だかさっぱりもしている。二種類の肉の天ぷらが食えるとは何ともラッキーだ。ご飯が進む。
噛むほどにあふれる豚のあっさりとしたうま味をしっかり味わう。
ああ、幸せだ。こういうご飯があるから、毎日を少しずつ頑張れるというものだ。
さて、学校始まっても、しっかり飯は食わなきゃな。
「ごちそうさまでした」
正月の挨拶もそこそこにこたつに入ってぼんやりとする。
「春都の休みはいつまでか?」
じいちゃんは向かいに座り、テレビ画面に目を向けたまま聞いてきた。
「三日」
「なんや、明日までか」
「学校行きたくねえ……」
冬休みとはどうしてこうも儚いのか。
まるで春先に向けて溶けゆく雪のようである。まあでも、暖かくなるのは大歓迎だ。学校が始まるからといって暖かくなるわけじゃないけど。
「わふっ」
「おー、うめず。どしたー? お前も温まるかあ?」
一緒に来ていたうめずが俺にすり寄ってきて、鼻先で押してくる。
「なんだお前。テンション高いな。散歩か? 散歩なのか?」
「わう!」
「なんかデジャヴ~」
まあ、冬になってあまり連れて行ってないからな。
正月三が日は年末と比べてさらに人通りはない。散歩にはもってこいか。それに、学校が始まればまた散歩の時間はなかなか取れない。
帰ってきたらばあちゃんと母さんがうまい飯を作ってくれているしな。
しかしまあ、正月三が日とはいえ、働いている人たちはいる。大通りの車の往来はいつもより少ないとはいえ、結構な数が走っている。
「アーケードの方に行くぞ」
「わふっ」
「断腸の思いで外に出てんだ。今日は俺の行きたいとこに行くからな」
うめずに任せていたら高確率で風通しのいいところに行ってしまう。
アーケードは寒いっちゃ寒いが、店が並び壁と屋根がある分、風が凌げていい。
「わうう~」
「……どうしても広いところに行きたいか」
うめずは尻尾を振り回し、肯定の意を示しているらしい。しゃーない。公園に行くか。
公園にも当然、人はいない。遊具は冷たくじっとしていて、大樹の葉はすっかり落ち切っている。
さすがにうめずを野放しにはできないので、ひとしきり走ったり歩いたりするのに付き合ってやる。
「なあ、もう帰ろうぜ」
「わふっ!」
うめずはすっかり満足したらしく、素直に帰路についたのだった。
すっかり冷え切った頬に部屋の空気が染みこんでいく。
「もうちょっとご飯、待っててね」
ええ、もう、待ちますとも。
その間、のんびりゆっくりまったりしていようと思ったが、スマホが震えているのに気付いて画面に視線をやった。
「げ、咲良」
しかも電話かよ。
まあ、無視するわけにはいかない。寒いのは嫌なので、じいちゃんとばあちゃんの部屋に移動する。ここなら居間の暖かさが流れ込んでくるのでいい。
「もしもしー?」
『春都! あけおめ~』
「おう。あけましておめでとう。どうしたんだ?」
あと一日もすれば学校で会うだろうに、わざわざ電話をしてくるとはいったいどうしたのだろうか。
『いや、新年だし?』
「なんだそれ」
『正月は忙しいかなーと思って今日にしたんだ』
台所の方から漂ってくるいい香りに意識をとられつつ、咲良の話に耳を傾ける。
『そういやさ、年末にドラマ一気見とかって放送されてたの知ってる?』
「あーなんかやってたな」
『あれ、なんとなく見てたんだけど、めっちゃ面白いのやってたよな!』
咲良が言ったテレビのタイトルに、覚えはあるが内容はうろ覚えだ。
「ちゃんとは見てない」
『えー? もったいねえ~。面白かったぜー? 特に端役の二人!』
「端役て」
『いや、端役だけど主演級っていうかなんていうか』
それからひとしきりドラマの感想を聞いた後、学校の話になった。
「課題はちゃんとやったのか?」
『やったやった。数少ないし、自力で頑張った!』
「そもそも課題は人のを写すものじゃない」
『まあ、答えがあってるかどうかは知らねーけど』
のんきな笑い声が電話の向こうから聞こえてくる。
その声に俺も思わず笑ってしまった。
「お、ちょうどいいところに来た」
電話を終えて居間に来てみれば、すっかりこたつの上は宴会状態だった。
肉の天ぷらに煮しめ、漬物。いつも通り――いや、少し豪華な雰囲気。
「いただきます」
やっぱ最初は肉の天ぷらだ。
サクッとした衣に薄いながらもジューシーな牛肉。にんにく醤油の風味がいい。噛みしめれば牛肉特有のうま味が染み出してくる。ああ、やっぱおいしい。
次は煮しめ。
レンコンのサクッとした食感にほんの少しの粘り、ニンジンは甘くほくほくでごぼうは薫り高い。こんにゃくにもしっかり味が染みていておいしい。
そしてなんといっても干ししいたけ。他の具材にうまみを移すばかりか、しいたけ自体も噛むほどにうま味たっぷりの汁があふれ出る。
里芋も、もっちりとろりとしていておいしい。
漬物はたくあん。ほんのり甘くていい。
「あれ?」
ふと肉の天ぷらに視線をやれば、ある事に気が付く。
「豚肉もある?」
「あるよー、いっぱい食べなね」
ほれ、とばあちゃんは皿をこちらに押しやってくれた。
豚肉は牛よりも脂の甘味があるが、何だかさっぱりもしている。二種類の肉の天ぷらが食えるとは何ともラッキーだ。ご飯が進む。
噛むほどにあふれる豚のあっさりとしたうま味をしっかり味わう。
ああ、幸せだ。こういうご飯があるから、毎日を少しずつ頑張れるというものだ。
さて、学校始まっても、しっかり飯は食わなきゃな。
「ごちそうさまでした」
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