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日常
第百八十六話 雑煮
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日付が変わって早々に送られてきた咲良からのメッセージに返信した後、初詣に行くことにした。
ここ数年はもっぱら日が昇ってから初詣に行く。
夜中に行くのはものすごく寒い。しかし、日が昇っているからといって温かいわけではない。
家の近くの神社。テレビで中継されているような大きい神社と比べて参拝客は少ないが、それでも普段と比べれば賑やかだ。屋台も出ているし、あめ湯や生姜湯も配られている。今は色のない藤棚の下には自転車が何台か停まっている。
「うー、寒い……」
参拝の列に並んでいれば、突き刺すように冷たい寒風に揺れるご神木の葉の音が聞こえてくる。ざわざわと重みのある音は腹の底に響くようだ。
「おみくじ引く~?」
「んー、どうしよっかなー」
「私は引くよ。年の初めの運試し!」
母さんはそう言って笑った。父さんは賽銭の準備をしているようだ。
しっかりお参りをし、右にはける。そこには広場があって、毎年子ども相撲で利用されている土俵や社務所もある。社務所の裏は、ここの神主の家になっている。
「春都~、おみくじ引くよ~」
「あ、うん」
その広場であめ湯や生姜湯が配られていて、おみくじもそこで引く。長机に三つ箱が並んでいて、それぞれ、百円、二百円、三百円となっている。二百円のは願い事が書けて、三百円のは小さなお守りがついてくる。
ま、決まって引くのは百円のやつだが。
おみくじを引く人は結構多いらしく、列ができている。しかしその列は滞ることなくスムーズに流れていた。それをうまくさばいているのはおみくじ担当の巫である。
黄緑をさらに薄くした袴に白い着物。そして不自然に黒い髪。
「おはようございまーす。どのおみくじを……ありゃ、一条君! あけおめ~」
「山下さん。あけましておめでとうございます」
愛想よく笑った山下さんは父さんと母さんにも会釈をした。
「あー、あの、リンゴの! 春都から話は聞いてます。ありがとうございました」
母さんが言い、父さんも「ありがとうございました」と頭を下げた。
「いいえー。俺もごちそうになったんで! あ、おみくじですよね、どうぞー」
この神社のおみくじは結構のりが強い。びりびりに引き裂けないように慎重に外して開く。
「お、中吉」
まあ、普通が一番ってことだ。
「春都、どうだった?」
「中吉」
「私大吉~」
「よかったじゃん。父さんは?」
「え~っと……あ、破れそう。えっとね、吉」
おみくじはしっかり中身を読んで、紐に括りつける。紐といってもただの紐ではなく、おみくじを括りつけるために設置されたものだ。
「春都、山下さんとは話してこなくていいの?」
「仕事中みたいだし……」
「そう?」
と、母さんは視線を俺の後ろにやった。そちらを見ると、私服に着替えた山下さんが大口を開けてあくびをしながら社務所から出てきていた。
「せっかくだし、一緒に帰ってきたらどうだ? 先に帰って待ってるよ」
父さんにも言われ、それもいいかと思い山下さんの方に向かう。
「山下さん」
「おー、一条君」
昨日の深夜からのシフトだったらしく、ちょうど上がりだったらしい。
「髪が黒いですね」
人通りも車の通りも少ない道をゆっくりと歩いて行きながら聞けば、山下さんは笑って髪を指先でもてあそんだ。
「神社のバイトは、髪黒くしなきゃいけないからな。一時的に染めてんの。だからまた金色に戻るぞ~」
金髪ってかプリンだけど、と山下さんは笑った。
「そういや幸輔も今日からバイトだっつってたなあ」
「え、そうなんですか。大変ですね」
「まあ、休みがないわけじゃないしな。楽しむことはちゃんと楽しんでるし」
山下さんはそう言って、ショルダーバッグからスマホを取り出した。
「最近はさあ、ゲームにはまってて。これ、知ってる?」
見せられた画面には、よく見知ったゲームのパッケージが示されていた。
「知ってます。ていうか、やってます」
「まじ? これさー、淡々としたパズルゲームだけどはまっちまった」
「対戦もできますしね」
「そうそう。幸輔とやったわ。あいつ結構強いんだぜ?」
それからはゲームの話で盛り上がり、あっという間にマンションにたどり着いたのだった。
正月も大みそかと同様、こたつで飯を食う。
数の子に栗、黒豆、えび、田作り、酢の物。正月らしい味付けはなんだかワクワクする。
そして俺の楽しみはもう一つ。雑煮だ。
「お待たせ」
「ありがとう。いただきます」
薄く切って一緒に煮られた大根の輪切りが底にひかれ、その上に餅がある。白だしで透き通った出汁にはスルメ、昆布、銀杏にかまぼこ、白菜、しいたけ、鶏肉、そして一番上にかつお菜がチョンとのっている。鶏の脂がキラキラと輝いているのがいい。
やっぱ最初は餅から。出汁の風味が少しうつった餅は味わい深い。出汁そのものもいろんな具材のうま味が染み出してめっちゃうまい。
スルメは噛めば噛むほど味が出て、昆布も磯の風味がすごい。
そしてしいたけもまたいい。しいたけそのものの味と、出汁と、両方が相まって鼻に抜ける風味がものすごいんだ。
かつお菜と銀杏はちょっと苦みがある。どっちも苦手だったけど、最近はちょっとならおいしくいただける。
かまぼこの食感、白菜のなじみある味がほっとする。
唯一の肉っ気、鶏肉はもちっとほろっとしている。皮のぷわぷわふにゃりとした食感も癖になるなあ。うま味もたっぷりだ。
「お餅足りる? 春都」
「またあとでお腹空いたら食べる」
「次は焼いてみてもいいなあ」
焼いた餅の雑煮はあまりなじみがないな。
雑煮って地域によって、というか、家、人によって全然違うからなあ。
色々食べてみたいけど、やっぱうちのが一番落ち着くよな。
「ごちそうさまでした」
ここ数年はもっぱら日が昇ってから初詣に行く。
夜中に行くのはものすごく寒い。しかし、日が昇っているからといって温かいわけではない。
家の近くの神社。テレビで中継されているような大きい神社と比べて参拝客は少ないが、それでも普段と比べれば賑やかだ。屋台も出ているし、あめ湯や生姜湯も配られている。今は色のない藤棚の下には自転車が何台か停まっている。
「うー、寒い……」
参拝の列に並んでいれば、突き刺すように冷たい寒風に揺れるご神木の葉の音が聞こえてくる。ざわざわと重みのある音は腹の底に響くようだ。
「おみくじ引く~?」
「んー、どうしよっかなー」
「私は引くよ。年の初めの運試し!」
母さんはそう言って笑った。父さんは賽銭の準備をしているようだ。
しっかりお参りをし、右にはける。そこには広場があって、毎年子ども相撲で利用されている土俵や社務所もある。社務所の裏は、ここの神主の家になっている。
「春都~、おみくじ引くよ~」
「あ、うん」
その広場であめ湯や生姜湯が配られていて、おみくじもそこで引く。長机に三つ箱が並んでいて、それぞれ、百円、二百円、三百円となっている。二百円のは願い事が書けて、三百円のは小さなお守りがついてくる。
ま、決まって引くのは百円のやつだが。
おみくじを引く人は結構多いらしく、列ができている。しかしその列は滞ることなくスムーズに流れていた。それをうまくさばいているのはおみくじ担当の巫である。
黄緑をさらに薄くした袴に白い着物。そして不自然に黒い髪。
「おはようございまーす。どのおみくじを……ありゃ、一条君! あけおめ~」
「山下さん。あけましておめでとうございます」
愛想よく笑った山下さんは父さんと母さんにも会釈をした。
「あー、あの、リンゴの! 春都から話は聞いてます。ありがとうございました」
母さんが言い、父さんも「ありがとうございました」と頭を下げた。
「いいえー。俺もごちそうになったんで! あ、おみくじですよね、どうぞー」
この神社のおみくじは結構のりが強い。びりびりに引き裂けないように慎重に外して開く。
「お、中吉」
まあ、普通が一番ってことだ。
「春都、どうだった?」
「中吉」
「私大吉~」
「よかったじゃん。父さんは?」
「え~っと……あ、破れそう。えっとね、吉」
おみくじはしっかり中身を読んで、紐に括りつける。紐といってもただの紐ではなく、おみくじを括りつけるために設置されたものだ。
「春都、山下さんとは話してこなくていいの?」
「仕事中みたいだし……」
「そう?」
と、母さんは視線を俺の後ろにやった。そちらを見ると、私服に着替えた山下さんが大口を開けてあくびをしながら社務所から出てきていた。
「せっかくだし、一緒に帰ってきたらどうだ? 先に帰って待ってるよ」
父さんにも言われ、それもいいかと思い山下さんの方に向かう。
「山下さん」
「おー、一条君」
昨日の深夜からのシフトだったらしく、ちょうど上がりだったらしい。
「髪が黒いですね」
人通りも車の通りも少ない道をゆっくりと歩いて行きながら聞けば、山下さんは笑って髪を指先でもてあそんだ。
「神社のバイトは、髪黒くしなきゃいけないからな。一時的に染めてんの。だからまた金色に戻るぞ~」
金髪ってかプリンだけど、と山下さんは笑った。
「そういや幸輔も今日からバイトだっつってたなあ」
「え、そうなんですか。大変ですね」
「まあ、休みがないわけじゃないしな。楽しむことはちゃんと楽しんでるし」
山下さんはそう言って、ショルダーバッグからスマホを取り出した。
「最近はさあ、ゲームにはまってて。これ、知ってる?」
見せられた画面には、よく見知ったゲームのパッケージが示されていた。
「知ってます。ていうか、やってます」
「まじ? これさー、淡々としたパズルゲームだけどはまっちまった」
「対戦もできますしね」
「そうそう。幸輔とやったわ。あいつ結構強いんだぜ?」
それからはゲームの話で盛り上がり、あっという間にマンションにたどり着いたのだった。
正月も大みそかと同様、こたつで飯を食う。
数の子に栗、黒豆、えび、田作り、酢の物。正月らしい味付けはなんだかワクワクする。
そして俺の楽しみはもう一つ。雑煮だ。
「お待たせ」
「ありがとう。いただきます」
薄く切って一緒に煮られた大根の輪切りが底にひかれ、その上に餅がある。白だしで透き通った出汁にはスルメ、昆布、銀杏にかまぼこ、白菜、しいたけ、鶏肉、そして一番上にかつお菜がチョンとのっている。鶏の脂がキラキラと輝いているのがいい。
やっぱ最初は餅から。出汁の風味が少しうつった餅は味わい深い。出汁そのものもいろんな具材のうま味が染み出してめっちゃうまい。
スルメは噛めば噛むほど味が出て、昆布も磯の風味がすごい。
そしてしいたけもまたいい。しいたけそのものの味と、出汁と、両方が相まって鼻に抜ける風味がものすごいんだ。
かつお菜と銀杏はちょっと苦みがある。どっちも苦手だったけど、最近はちょっとならおいしくいただける。
かまぼこの食感、白菜のなじみある味がほっとする。
唯一の肉っ気、鶏肉はもちっとほろっとしている。皮のぷわぷわふにゃりとした食感も癖になるなあ。うま味もたっぷりだ。
「お餅足りる? 春都」
「またあとでお腹空いたら食べる」
「次は焼いてみてもいいなあ」
焼いた餅の雑煮はあまりなじみがないな。
雑煮って地域によって、というか、家、人によって全然違うからなあ。
色々食べてみたいけど、やっぱうちのが一番落ち着くよな。
「ごちそうさまでした」
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