一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
185 / 843
日常

第百八十五話 年越しそば

しおりを挟む
「今年も今日で終わりね」

 そう言って母さんは日めくりカレンダーをめくった。

「さて、今日は何を見ようかな~」

 テーブルに新聞を広げて父さんがのんびりとつぶやく。

 母さんはこちらを振り返って聞いてきた。

「晩ご飯はどうしようか?」

「え、そばじゃないの?」

 大みそかといえば年越しそばだろう。こたつでぼんやりとしながら聞けば母さんは笑いながらソファに座った。

「そばだけじゃお腹空くでしょ?」

「あー、それもそっか」

「からあげ食べる?」

「食べる」

 それじゃ、鶏を解凍しておこうか、と再び母さんは立ち上がって台所に向かった。

「他に何食べたいー?」

「んー。からあげがあったらそれでいい」

「あんたいつもそれねえ」

 しばらくテレビを見ていたが、なんだか退屈になってきたので部屋から本を持ってこようと立ち上がる。

「わふっ」

「ん?」

 すると窓際で日向ぼっこをしていたうめずが起き上がって足元にすり寄ってきた。

「なんだ」

「わう」

「まさか散歩に行きたいのか」

 散歩、という言葉を聞くや否や、うめずは尻尾をちぎれんばかりに振り出した。

「お、今年最後の散歩か。いいじゃないか」

「最近ずっとジッとしてるでしょ。行ってきたら?」

 父さんも母さんもそう言うし、うめずはまっすぐこちらを見上げている。

「えー……」

 いったんしゃがんで、うめずと視線を合わせる。

「ほんとに行きたい?」

「わふっ!」

「うわあ、今年一元気な返事ぃ……」

 仕方ない。しっかり防寒対策して出かけるとしよう。



 年の瀬も年の瀬。大つごもり。大晦日。

 人はほとんどいない。挙句、ちらちらと小さな雪が舞い始めた。

「寒い……」

 心臓の芯から震えそうなほどに寒いが、うめずは嬉々として歩みを進める。そのスピードに合わせていたら風が頬を突き刺してくるようだ。

「うめず~、もうちょっとゆっくり行こうぜぇ」

「わふぅ」

 うめずの足の向くままに歩いていけば川沿いの道に出た。そしてうめずは振り返り振り返り、河川敷にじわじわとにじり寄っていく。

「えー、寒いって」

「くぅ……」

「そんな顔すんなよ~」

 結局根負けして、寒風吹きすさぶ河川敷に降りたのだった。

「あれ? 一条君じゃないか」

 うつむいて歩いていたが、前からそう声をかけられて視線だけで見れば、蛍光オレンジのジャージを着た田中さんが笑って立っていた。

「あ、田中さん。こんにちは」

「こんにちは。うめずも久しぶりだなあ」

「わふっ!」

「田中さんは走ってたんですか」

 寒さに震えながら聞けば、田中さんは「ああ」と白い歯を見せて笑った。

「元気っすねえ」

「まあ、日課だからね」

「尊敬します」

 うめずは久しぶりの田中さんにテンションが上がって、尻尾を振り回し田中さんにとびかからんばかりの勢いだ。

「こーら、うめず。落ち着け」

「犬は喜び庭駆け回り、だな」

「俺はこたつで丸くなっていたいですよ……」

 びゅう、と音を立てて風が吹く。

 たまらず叫べば、田中さんは面白そうに笑い声をあげ、うめずは「わふっ!」と元気よく吠えたのだった。



 散歩から帰ってきて、早めの風呂まで入って、やっとのことで体が温まったのは日が落ち始めた頃のことだった。

「ご飯できたよ~」

 今日はこたつで飯を食う。テレビは年末にいつも見ている番組だ。

「いただきます」

 目の前には大量のからあげ。まさか年末に揚げたてを食べられることになろうとは。

 ザクッとした衣、カリッとした皮、もちもちとしたような弾力のある身。ジューシーな肉汁に醤油の香ばしさと薫り高いニンニク。これぞからあげ。やっぱ自分で作るよりうまい。

 今日はマヨネーズをつけよう。まったりとした油の口当たりがよく合うんだ。

 レモンをかけてさっぱりと。そうそう、そばのために用意されている一味をマヨにかけてもいい。まろやかでありながらピリッと引き締まる辛さがおいしいんだ。

「枝豆も食べるか」

 父さんに差し出された皿にはこれまた枝豆がこんもりと盛ってある。

 ちょうどいい塩気の枝豆は箸休めにちょうどいい。

 お、またフライドポテトもある。カリッとふわモコッとした食感、ほくほくとろりとしたジャガイモはいつ食べてもおいしい。

 一通り食べたところで年越しそばだ。

「かまぼことえび天は各自のせてくださーい」

 と、母さんは切り分けたかまぼこと小さめのえび天をテーブルに置いた。

 でもやっぱまずは出汁とネギだけのままで一口。さっぱりとしていながらうま味たっぷりの出汁にそばの風味がいい。

 年越しそばだけ特別なそばの麺を使う、というわけではない。普段から買っている冷凍そばだ。でもなんとなく、年越しそばってだけで違った味に感じるのは何だろう。やっぱ雰囲気とかがあるのかな。

 そしてかまぼこ。ちょっと甘めでいいアクセントだ。余ったら板わさで食うつもりだ。板わさって、ワサビの辛さが際立つよな。なんでだろう。

 で、お楽しみのえび天。サクッとした状態で食べれば、身のプリッとした歯触りと二つの食感が楽しめる。しんなりとしたらジュワッと口の中で香ばしさが広がる。出汁の風味も相まって、揚げたてよりも香ばしさが増すようだ。

 そしてこの天ぷらは尻尾の部分も食べられる。カリッと、じわっと、そして身以上に薫り高いえびの風味。

 えびのうま味が染み出した出汁もまたおいしい。

「今年も無事に年を越せそうね」

 母さんがそう言って出汁をすすった。

「初詣はのんびり行こうか」

 と、父さんもえび天を口に含む。

 うめずはとうにご飯を食べ終え、ゆったりとソファに横たわり、意味が分かっているのかいないのか知らないがテレビ画面を眺めている。

 えび天の衣とネギをさらいながらぼんやりと考える。

 大みそかだとか正月だとか、結局のところ明日が来るだけなんだけど。まあ、こうやってちょっと違う感じで明日を迎えるのもたまには悪くない。

 何より、みんな揃って、温かい。それだけでもう幸せだ。



「ごちそうさまでした」

しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

私の部屋で兄と不倫相手の女が寝ていた。

ほったげな
恋愛
私が家に帰ってきたら、私の部屋のベッドで兄と不倫相手の女が寝ていた。私は不倫の証拠を見つけ、両親と兄嫁に話すと…?!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

(完結)私より妹を優先する夫

青空一夏
恋愛
私はキャロル・トゥー。トゥー伯爵との間に3歳の娘がいる。私達は愛し合っていたし、子煩悩の夫とはずっと幸せが続く、そう思っていた。 ところが、夫の妹が離婚して同じく3歳の息子を連れて出戻ってきてから夫は変わってしまった。 ショートショートですが、途中タグの追加や変更がある場合があります。

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?

との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」 結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。 夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、 えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。 どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに? ーーーーーー 完結、予約投稿済みです。 R15は、今回も念の為

処理中です...