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日常
第百八十五話 年越しそば
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「今年も今日で終わりね」
そう言って母さんは日めくりカレンダーをめくった。
「さて、今日は何を見ようかな~」
テーブルに新聞を広げて父さんがのんびりとつぶやく。
母さんはこちらを振り返って聞いてきた。
「晩ご飯はどうしようか?」
「え、そばじゃないの?」
大みそかといえば年越しそばだろう。こたつでぼんやりとしながら聞けば母さんは笑いながらソファに座った。
「そばだけじゃお腹空くでしょ?」
「あー、それもそっか」
「からあげ食べる?」
「食べる」
それじゃ、鶏を解凍しておこうか、と再び母さんは立ち上がって台所に向かった。
「他に何食べたいー?」
「んー。からあげがあったらそれでいい」
「あんたいつもそれねえ」
しばらくテレビを見ていたが、なんだか退屈になってきたので部屋から本を持ってこようと立ち上がる。
「わふっ」
「ん?」
すると窓際で日向ぼっこをしていたうめずが起き上がって足元にすり寄ってきた。
「なんだ」
「わう」
「まさか散歩に行きたいのか」
散歩、という言葉を聞くや否や、うめずは尻尾をちぎれんばかりに振り出した。
「お、今年最後の散歩か。いいじゃないか」
「最近ずっとジッとしてるでしょ。行ってきたら?」
父さんも母さんもそう言うし、うめずはまっすぐこちらを見上げている。
「えー……」
いったんしゃがんで、うめずと視線を合わせる。
「ほんとに行きたい?」
「わふっ!」
「うわあ、今年一元気な返事ぃ……」
仕方ない。しっかり防寒対策して出かけるとしよう。
年の瀬も年の瀬。大つごもり。大晦日。
人はほとんどいない。挙句、ちらちらと小さな雪が舞い始めた。
「寒い……」
心臓の芯から震えそうなほどに寒いが、うめずは嬉々として歩みを進める。そのスピードに合わせていたら風が頬を突き刺してくるようだ。
「うめず~、もうちょっとゆっくり行こうぜぇ」
「わふぅ」
うめずの足の向くままに歩いていけば川沿いの道に出た。そしてうめずは振り返り振り返り、河川敷にじわじわとにじり寄っていく。
「えー、寒いって」
「くぅ……」
「そんな顔すんなよ~」
結局根負けして、寒風吹きすさぶ河川敷に降りたのだった。
「あれ? 一条君じゃないか」
うつむいて歩いていたが、前からそう声をかけられて視線だけで見れば、蛍光オレンジのジャージを着た田中さんが笑って立っていた。
「あ、田中さん。こんにちは」
「こんにちは。うめずも久しぶりだなあ」
「わふっ!」
「田中さんは走ってたんですか」
寒さに震えながら聞けば、田中さんは「ああ」と白い歯を見せて笑った。
「元気っすねえ」
「まあ、日課だからね」
「尊敬します」
うめずは久しぶりの田中さんにテンションが上がって、尻尾を振り回し田中さんにとびかからんばかりの勢いだ。
「こーら、うめず。落ち着け」
「犬は喜び庭駆け回り、だな」
「俺はこたつで丸くなっていたいですよ……」
びゅう、と音を立てて風が吹く。
たまらず叫べば、田中さんは面白そうに笑い声をあげ、うめずは「わふっ!」と元気よく吠えたのだった。
散歩から帰ってきて、早めの風呂まで入って、やっとのことで体が温まったのは日が落ち始めた頃のことだった。
「ご飯できたよ~」
今日はこたつで飯を食う。テレビは年末にいつも見ている番組だ。
「いただきます」
目の前には大量のからあげ。まさか年末に揚げたてを食べられることになろうとは。
ザクッとした衣、カリッとした皮、もちもちとしたような弾力のある身。ジューシーな肉汁に醤油の香ばしさと薫り高いニンニク。これぞからあげ。やっぱ自分で作るよりうまい。
今日はマヨネーズをつけよう。まったりとした油の口当たりがよく合うんだ。
レモンをかけてさっぱりと。そうそう、そばのために用意されている一味をマヨにかけてもいい。まろやかでありながらピリッと引き締まる辛さがおいしいんだ。
「枝豆も食べるか」
父さんに差し出された皿にはこれまた枝豆がこんもりと盛ってある。
ちょうどいい塩気の枝豆は箸休めにちょうどいい。
お、またフライドポテトもある。カリッとふわモコッとした食感、ほくほくとろりとしたジャガイモはいつ食べてもおいしい。
一通り食べたところで年越しそばだ。
「かまぼことえび天は各自のせてくださーい」
と、母さんは切り分けたかまぼこと小さめのえび天をテーブルに置いた。
でもやっぱまずは出汁とネギだけのままで一口。さっぱりとしていながらうま味たっぷりの出汁にそばの風味がいい。
年越しそばだけ特別なそばの麺を使う、というわけではない。普段から買っている冷凍そばだ。でもなんとなく、年越しそばってだけで違った味に感じるのは何だろう。やっぱ雰囲気とかがあるのかな。
そしてかまぼこ。ちょっと甘めでいいアクセントだ。余ったら板わさで食うつもりだ。板わさって、ワサビの辛さが際立つよな。なんでだろう。
で、お楽しみのえび天。サクッとした状態で食べれば、身のプリッとした歯触りと二つの食感が楽しめる。しんなりとしたらジュワッと口の中で香ばしさが広がる。出汁の風味も相まって、揚げたてよりも香ばしさが増すようだ。
そしてこの天ぷらは尻尾の部分も食べられる。カリッと、じわっと、そして身以上に薫り高いえびの風味。
えびのうま味が染み出した出汁もまたおいしい。
「今年も無事に年を越せそうね」
母さんがそう言って出汁をすすった。
「初詣はのんびり行こうか」
と、父さんもえび天を口に含む。
うめずはとうにご飯を食べ終え、ゆったりとソファに横たわり、意味が分かっているのかいないのか知らないがテレビ画面を眺めている。
えび天の衣とネギをさらいながらぼんやりと考える。
大みそかだとか正月だとか、結局のところ明日が来るだけなんだけど。まあ、こうやってちょっと違う感じで明日を迎えるのもたまには悪くない。
何より、みんな揃って、温かい。それだけでもう幸せだ。
「ごちそうさまでした」
そう言って母さんは日めくりカレンダーをめくった。
「さて、今日は何を見ようかな~」
テーブルに新聞を広げて父さんがのんびりとつぶやく。
母さんはこちらを振り返って聞いてきた。
「晩ご飯はどうしようか?」
「え、そばじゃないの?」
大みそかといえば年越しそばだろう。こたつでぼんやりとしながら聞けば母さんは笑いながらソファに座った。
「そばだけじゃお腹空くでしょ?」
「あー、それもそっか」
「からあげ食べる?」
「食べる」
それじゃ、鶏を解凍しておこうか、と再び母さんは立ち上がって台所に向かった。
「他に何食べたいー?」
「んー。からあげがあったらそれでいい」
「あんたいつもそれねえ」
しばらくテレビを見ていたが、なんだか退屈になってきたので部屋から本を持ってこようと立ち上がる。
「わふっ」
「ん?」
すると窓際で日向ぼっこをしていたうめずが起き上がって足元にすり寄ってきた。
「なんだ」
「わう」
「まさか散歩に行きたいのか」
散歩、という言葉を聞くや否や、うめずは尻尾をちぎれんばかりに振り出した。
「お、今年最後の散歩か。いいじゃないか」
「最近ずっとジッとしてるでしょ。行ってきたら?」
父さんも母さんもそう言うし、うめずはまっすぐこちらを見上げている。
「えー……」
いったんしゃがんで、うめずと視線を合わせる。
「ほんとに行きたい?」
「わふっ!」
「うわあ、今年一元気な返事ぃ……」
仕方ない。しっかり防寒対策して出かけるとしよう。
年の瀬も年の瀬。大つごもり。大晦日。
人はほとんどいない。挙句、ちらちらと小さな雪が舞い始めた。
「寒い……」
心臓の芯から震えそうなほどに寒いが、うめずは嬉々として歩みを進める。そのスピードに合わせていたら風が頬を突き刺してくるようだ。
「うめず~、もうちょっとゆっくり行こうぜぇ」
「わふぅ」
うめずの足の向くままに歩いていけば川沿いの道に出た。そしてうめずは振り返り振り返り、河川敷にじわじわとにじり寄っていく。
「えー、寒いって」
「くぅ……」
「そんな顔すんなよ~」
結局根負けして、寒風吹きすさぶ河川敷に降りたのだった。
「あれ? 一条君じゃないか」
うつむいて歩いていたが、前からそう声をかけられて視線だけで見れば、蛍光オレンジのジャージを着た田中さんが笑って立っていた。
「あ、田中さん。こんにちは」
「こんにちは。うめずも久しぶりだなあ」
「わふっ!」
「田中さんは走ってたんですか」
寒さに震えながら聞けば、田中さんは「ああ」と白い歯を見せて笑った。
「元気っすねえ」
「まあ、日課だからね」
「尊敬します」
うめずは久しぶりの田中さんにテンションが上がって、尻尾を振り回し田中さんにとびかからんばかりの勢いだ。
「こーら、うめず。落ち着け」
「犬は喜び庭駆け回り、だな」
「俺はこたつで丸くなっていたいですよ……」
びゅう、と音を立てて風が吹く。
たまらず叫べば、田中さんは面白そうに笑い声をあげ、うめずは「わふっ!」と元気よく吠えたのだった。
散歩から帰ってきて、早めの風呂まで入って、やっとのことで体が温まったのは日が落ち始めた頃のことだった。
「ご飯できたよ~」
今日はこたつで飯を食う。テレビは年末にいつも見ている番組だ。
「いただきます」
目の前には大量のからあげ。まさか年末に揚げたてを食べられることになろうとは。
ザクッとした衣、カリッとした皮、もちもちとしたような弾力のある身。ジューシーな肉汁に醤油の香ばしさと薫り高いニンニク。これぞからあげ。やっぱ自分で作るよりうまい。
今日はマヨネーズをつけよう。まったりとした油の口当たりがよく合うんだ。
レモンをかけてさっぱりと。そうそう、そばのために用意されている一味をマヨにかけてもいい。まろやかでありながらピリッと引き締まる辛さがおいしいんだ。
「枝豆も食べるか」
父さんに差し出された皿にはこれまた枝豆がこんもりと盛ってある。
ちょうどいい塩気の枝豆は箸休めにちょうどいい。
お、またフライドポテトもある。カリッとふわモコッとした食感、ほくほくとろりとしたジャガイモはいつ食べてもおいしい。
一通り食べたところで年越しそばだ。
「かまぼことえび天は各自のせてくださーい」
と、母さんは切り分けたかまぼこと小さめのえび天をテーブルに置いた。
でもやっぱまずは出汁とネギだけのままで一口。さっぱりとしていながらうま味たっぷりの出汁にそばの風味がいい。
年越しそばだけ特別なそばの麺を使う、というわけではない。普段から買っている冷凍そばだ。でもなんとなく、年越しそばってだけで違った味に感じるのは何だろう。やっぱ雰囲気とかがあるのかな。
そしてかまぼこ。ちょっと甘めでいいアクセントだ。余ったら板わさで食うつもりだ。板わさって、ワサビの辛さが際立つよな。なんでだろう。
で、お楽しみのえび天。サクッとした状態で食べれば、身のプリッとした歯触りと二つの食感が楽しめる。しんなりとしたらジュワッと口の中で香ばしさが広がる。出汁の風味も相まって、揚げたてよりも香ばしさが増すようだ。
そしてこの天ぷらは尻尾の部分も食べられる。カリッと、じわっと、そして身以上に薫り高いえびの風味。
えびのうま味が染み出した出汁もまたおいしい。
「今年も無事に年を越せそうね」
母さんがそう言って出汁をすすった。
「初詣はのんびり行こうか」
と、父さんもえび天を口に含む。
うめずはとうにご飯を食べ終え、ゆったりとソファに横たわり、意味が分かっているのかいないのか知らないがテレビ画面を眺めている。
えび天の衣とネギをさらいながらぼんやりと考える。
大みそかだとか正月だとか、結局のところ明日が来るだけなんだけど。まあ、こうやってちょっと違う感じで明日を迎えるのもたまには悪くない。
何より、みんな揃って、温かい。それだけでもう幸せだ。
「ごちそうさまでした」
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