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日常
第百八十四話 フライドポテト
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年末にもなれば、休みになる店が続々出てくる。もちろん営業中のところもあるが時短営業だったり縮小営業だったりする。
そうなれば必然的に、ただでさえ人の少ない町から人影が一切なくなってしまう。
年末年始の準備はほとんど終わっているだろうし、あるとしても買い物とかではなく家で何かしら支度をするくらいだろう。
まあ、要するに、とても静かなわけだ。
「年末なあ……」
いつものワイドショーも年内の放送を終え、総集編やら特番やらが放送されている。
「暇」
「暇だねえ」
父さんはソファに座ってゆったりと新聞を読んでいる。と、チャイムが鳴って、テーブルで作業をしていた母さんが立ちあがる。
「はいはい……あら、今開けるね」
「誰ー?」
そう聞けば母さんは玄関に向かいながら笑って答えた。
「じいちゃんとばあちゃん。お餅、持って来てくれたって」
「外は寒いねえ」
こたつに潜って、ばあちゃんは手をさすった。
「またいっぱい持って来たね~」
母さんを手伝って冷凍庫を片付けながら、フリーザーバッグに詰まった餅を入れていく。餅はひとつひとつがラップで包まれているので解凍しやすい。
「まだいっぱいあるよ」
「今年も結局、十キロついたからな」
じいちゃんもこたつで、父さんが入れた緑茶をすすった。
「立派な鏡餅ね」
「今年はうまいことできたのよ」
「え、これ何袋あるんだ……?」
「春都、たくさん食べるでしょー?」
冷凍庫に何とか餅を詰め込み、冷えた指先をこたつで温める。
「お店はやっぱ大みそかまで開けんの?」
聞けばじいちゃんは当然というように頷き、ばあちゃんは時計に視線をやった。
「今日も店は開けてるのよ。だからもう少ししたら帰る」
「もうちょっとゆっくりしていけばいいのに」
「そうしたいのは山々だけどね」
お客さんが来るから、と、二人は本当に少しして帰っていった。まあ、無理してるようじゃないし、むしろ元気そうだからいいか。
「お昼はお餅にしようか」
「いいね。砂糖醤油で食いたい」
「醤油と海苔もいいね」
食べる分だけ外に出しておいて、少し解凍したらオーブンで焼く。
あまり長時間焼くと、焦げる前に中身が出てきてえらいなことになってしまう。一度、四つほど焼いた時、全部つながって食べづらいったらありゃしなかった。
「焼けたよー。こたつで食べようか」
年末おなじみのバラエティ番組にチャンネルを変え、三人そろってこたつに入る。
「いただきます」
最初は砂糖醤油。母さんが作った砂糖醤油はやっぱり自分のとはバランスが違う。砂糖多めで、ジャリッと甘い。しっかり餅に絡めて食べるのがおいしい。
「この女優さん、よく出てるよねー。CMでよく見るっていうか」
「ああ、なんかドラマ出てるんでしょ。学校で同級生が言ってた」
俺にはよく分からないけど。
さて、次は醤油とのりだ。一転してしょっぱく、海苔のパリパリとした食感と餅のもっちり食感の違いが面白い。磯の風味がもちの甘味を引き立てる。
「てか最近は声優さんがよくテレビに出てる」
「ほんとね」
「この間もラジオで聞いたぞ」
いろいろと食べ方のバリエーションが豊かな餅だが、結局は砂糖醤油に落ち着くんだよな。そして飽きるようでいて意外と飽きない。
砂糖醤油だけで三つは食った。
「ごちそうさまでした」
もちは食ってしまうと腹にどんとたまる。
「あ~、食ったあ……」
「ちょっと横になったら?」
新しく入れたお茶をすすりながら母さんが笑った。
「食ってすぐ横になったら、牛になるんじゃねーの」
「よく言うよね」
「なんか小学生の頃、そういう小説読んだ気がする」
結局、クッションとぬいぐるみを持って来て、それにもたれかかることにした。
テレビではまだバラエティ番組が続いている。この時期のテレビは平気で何時間もあるんだよなあ。
ま、それも年末らしくていいか。
なんとなく小腹が空いた、と思うのは夕方とはいいがたいが真昼ともつかない時間のことだった。
「なんかなかったかな……」
台所の戸棚を漁っていたら、晩飯の準備をしていた母さんが「どうしたの」と声をかけてきた。
「なんか小腹空いた」
「あら、それじゃあポテト揚げようか?」
ジャガイモならいっぱいあるよ~、と母さんは笑った。
「いいの?」
「どうせ夜ご飯で油使うし、いいよ」
「じゃあ食べる」
揚げてもらっている間に、ケチャップやマヨネーズを準備する。
じゅわじゅわとはじける音はテンションが上がる。それが自分ではなく、誰かが挙げている音だったらなおさらだ。
「はいどうぞ」
「ありがとう。いただきます」
母さんのポテトはちょっと塩がきつめだ。
カリッと揚がった表面に、ほっくほくの中身。濃い目の塩味が癖になって、次々口に運んでしまう。太めなのもまた最高だな。
塩気が強いが、ケチャップもまたよく合う。トマトのうま味と酸味が爽やかでいいんだ。
そしてマヨネーズ。口当たりがまろやかになって、ポテトの香ばしさが際立つというものだ。
オーロラソースにするとまろやかさと酸味がいっぺんに味わえる。
でもやっぱそのまんま食うのが一番好きかなあ。ジャガイモの甘さもしっかり味わえるし、カリカリ食感がたまらん。ちょっと時間が経ってしなっとしたのもいい。塩がよくなじんでうま味が増す気がする。
小腹を満たすのにはちょうどいい
塩がきつめの、太いポテト。非日常の空気に満ちた年末に、いつも通りの幸福。落ち着く味だ。
あ、最後の一本。しっかり味わわないとな。
名残惜しいが、晩飯もある。これぐらいにしておこう。
「ごちそうさまでした」
そうなれば必然的に、ただでさえ人の少ない町から人影が一切なくなってしまう。
年末年始の準備はほとんど終わっているだろうし、あるとしても買い物とかではなく家で何かしら支度をするくらいだろう。
まあ、要するに、とても静かなわけだ。
「年末なあ……」
いつものワイドショーも年内の放送を終え、総集編やら特番やらが放送されている。
「暇」
「暇だねえ」
父さんはソファに座ってゆったりと新聞を読んでいる。と、チャイムが鳴って、テーブルで作業をしていた母さんが立ちあがる。
「はいはい……あら、今開けるね」
「誰ー?」
そう聞けば母さんは玄関に向かいながら笑って答えた。
「じいちゃんとばあちゃん。お餅、持って来てくれたって」
「外は寒いねえ」
こたつに潜って、ばあちゃんは手をさすった。
「またいっぱい持って来たね~」
母さんを手伝って冷凍庫を片付けながら、フリーザーバッグに詰まった餅を入れていく。餅はひとつひとつがラップで包まれているので解凍しやすい。
「まだいっぱいあるよ」
「今年も結局、十キロついたからな」
じいちゃんもこたつで、父さんが入れた緑茶をすすった。
「立派な鏡餅ね」
「今年はうまいことできたのよ」
「え、これ何袋あるんだ……?」
「春都、たくさん食べるでしょー?」
冷凍庫に何とか餅を詰め込み、冷えた指先をこたつで温める。
「お店はやっぱ大みそかまで開けんの?」
聞けばじいちゃんは当然というように頷き、ばあちゃんは時計に視線をやった。
「今日も店は開けてるのよ。だからもう少ししたら帰る」
「もうちょっとゆっくりしていけばいいのに」
「そうしたいのは山々だけどね」
お客さんが来るから、と、二人は本当に少しして帰っていった。まあ、無理してるようじゃないし、むしろ元気そうだからいいか。
「お昼はお餅にしようか」
「いいね。砂糖醤油で食いたい」
「醤油と海苔もいいね」
食べる分だけ外に出しておいて、少し解凍したらオーブンで焼く。
あまり長時間焼くと、焦げる前に中身が出てきてえらいなことになってしまう。一度、四つほど焼いた時、全部つながって食べづらいったらありゃしなかった。
「焼けたよー。こたつで食べようか」
年末おなじみのバラエティ番組にチャンネルを変え、三人そろってこたつに入る。
「いただきます」
最初は砂糖醤油。母さんが作った砂糖醤油はやっぱり自分のとはバランスが違う。砂糖多めで、ジャリッと甘い。しっかり餅に絡めて食べるのがおいしい。
「この女優さん、よく出てるよねー。CMでよく見るっていうか」
「ああ、なんかドラマ出てるんでしょ。学校で同級生が言ってた」
俺にはよく分からないけど。
さて、次は醤油とのりだ。一転してしょっぱく、海苔のパリパリとした食感と餅のもっちり食感の違いが面白い。磯の風味がもちの甘味を引き立てる。
「てか最近は声優さんがよくテレビに出てる」
「ほんとね」
「この間もラジオで聞いたぞ」
いろいろと食べ方のバリエーションが豊かな餅だが、結局は砂糖醤油に落ち着くんだよな。そして飽きるようでいて意外と飽きない。
砂糖醤油だけで三つは食った。
「ごちそうさまでした」
もちは食ってしまうと腹にどんとたまる。
「あ~、食ったあ……」
「ちょっと横になったら?」
新しく入れたお茶をすすりながら母さんが笑った。
「食ってすぐ横になったら、牛になるんじゃねーの」
「よく言うよね」
「なんか小学生の頃、そういう小説読んだ気がする」
結局、クッションとぬいぐるみを持って来て、それにもたれかかることにした。
テレビではまだバラエティ番組が続いている。この時期のテレビは平気で何時間もあるんだよなあ。
ま、それも年末らしくていいか。
なんとなく小腹が空いた、と思うのは夕方とはいいがたいが真昼ともつかない時間のことだった。
「なんかなかったかな……」
台所の戸棚を漁っていたら、晩飯の準備をしていた母さんが「どうしたの」と声をかけてきた。
「なんか小腹空いた」
「あら、それじゃあポテト揚げようか?」
ジャガイモならいっぱいあるよ~、と母さんは笑った。
「いいの?」
「どうせ夜ご飯で油使うし、いいよ」
「じゃあ食べる」
揚げてもらっている間に、ケチャップやマヨネーズを準備する。
じゅわじゅわとはじける音はテンションが上がる。それが自分ではなく、誰かが挙げている音だったらなおさらだ。
「はいどうぞ」
「ありがとう。いただきます」
母さんのポテトはちょっと塩がきつめだ。
カリッと揚がった表面に、ほっくほくの中身。濃い目の塩味が癖になって、次々口に運んでしまう。太めなのもまた最高だな。
塩気が強いが、ケチャップもまたよく合う。トマトのうま味と酸味が爽やかでいいんだ。
そしてマヨネーズ。口当たりがまろやかになって、ポテトの香ばしさが際立つというものだ。
オーロラソースにするとまろやかさと酸味がいっぺんに味わえる。
でもやっぱそのまんま食うのが一番好きかなあ。ジャガイモの甘さもしっかり味わえるし、カリカリ食感がたまらん。ちょっと時間が経ってしなっとしたのもいい。塩がよくなじんでうま味が増す気がする。
小腹を満たすのにはちょうどいい
塩がきつめの、太いポテト。非日常の空気に満ちた年末に、いつも通りの幸福。落ち着く味だ。
あ、最後の一本。しっかり味わわないとな。
名残惜しいが、晩飯もある。これぐらいにしておこう。
「ごちそうさまでした」
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