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日常
第百八十話 シチュー
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天気予報では雪が降るとのことだったが、空から落ちてくるのは冷たい雫だった。
空に広がる分厚い雲の切れ間からはすがすがしくまぶしい青が見える。雨の勢いはもう弱い。もうじき晴れるだろう。
「冬の雨って寒いんだよなあ」
ガラス越しに伝わる冷気に身震いし、カーテンを閉める。
明日は出かけることだし、今日はゆっくりしよう。といってもやっていることはいつもと変わらない。本を読むか、スマホを見るかだ。
「何読もうか……あ」
漫画本が並ぶ本棚を眺め、思い出す。そういやあの新刊、発売になってたな。今月は新刊ラッシュで、あれもこれも発売になっていることを芋づる式に思い出す。
明日行くところに本屋もあるらしいけど、かさばるよなあ。
「……雨が止んだら、買いに行くか」
黒い雲の断片が残る青空を反射する水たまりが道路のそこかしこにでき、道端の雑草はみずみずしくきらめいている。
その脇を自転車で走り抜け、車の水はねに気を付けながら本屋へ向かう。
「さっぶ」
雨上がりのせいもあって、風が冷たい。手袋をしてこなかったことを今更ながらに後悔する。
だが、その分すがすがしい。寒いけど。
本屋の中は暖かい。冷えた体には熱いと感じるくらいだ。
「えーっと、なんだっけ……」
ずらりと並ぶ新刊の山から目当てのものを抜き出す。しかし見当たらないものもあるので、他の本を眺めながら探すことにする。
アニメや小説のコミカライズや大手少年誌作家の新連載。気になる本は結構あるが、実際内容が気に入るかどうかは別問題だ。一か八かで買うのもいいけど、買いたい新刊がたくさんある今、慎重に選ばなければ小遣いがあっという間にとんでいってしまうからな。
新刊は必ずしも新刊コーナーに並んでいるわけではない。売れ筋の作品は目立つところに、マイナー誌の新連載やそこそこ人気の作品は次に目立つ場所に、そしてそのどちらにも当たらない本は既刊とともに並べられている。
「お、ここにも」
俺が探している新刊は基本、既刊とともに並べられている。だからたまに「あ、新刊出てたんだ」とびっくりすることがある。
あとは小説。こないだ気まぐれに図書館で読んだ本でおもしろかったのがあったんだよな。それを一冊と、アニメ化もされたらしい小説を一冊。これだけあれば年末年始、退屈しないだろう。
会計を済ませ、ポイントカードにスタンプを押してもらって外に出る。このポイントカード、そういや何枚目だろう。たまったら五百円引き、だったか。
風の当たらない、日が差す場所は暖かいものだ。駐輪場、といっても店の脇にささやかな雨除けがあるだけの場所だが、そこに停めていた自転車のサドルが日の光に温められていた。
なんか気分いいし、ちょっと遠回りして帰ろうか。
そう思いながら自転車にまたがり出発するが、向かい風とともにその考えは吹き飛んでいった。
さっさと帰って、のんびり本読もう。
「はー寒かった」
「おかえりー」
「ただいま」
コートを脱ぎ、マフラーを外したらこたつに直行する。
「なんか飲むー?」
台所でコーヒーを入れていた父さんに聞かれ、少し考えてから「コーヒー牛乳」と答える。
「温かいのがいいだろ?」
「うん」
インスタントのコーヒーに砂糖と牛乳を入れて作る、シンプルなものだが自分ではなかなか作らない飲み物だ。父さんや母さんが帰って来た時に作ってもらうことが多い。
「はい」
「ありがとー」
コーヒーの香りとほのかな苦み、牛乳のまろやかさが冷えた体に優しく染みわたる。砂糖の甘さもちょうどいい。
「おいしそー。私も飲みたい」
「作ろうか?」
「よろしく!」
父さんは母さんの分のコーヒー牛乳を作ってから、ソファに座った。母さんはテーブルからこたつに移動してくる。
「何の本買ったの?」
「えっとー……」
結構な冊数を買ったので紙袋に入れてもらっていた。この紙袋の匂いっていい匂いなんだよな。
「お小遣い使い切ってない? 明日、遊びに行くんでしょ」
「まあ、問題はない」
交通費と食事代、それと咲良になんかおごる分の金額は残っている。それで十分だろう。
「あ、その新刊出てたの」
「うん。先に読んでいいよ。俺こっちから読む」
それからは三人そろってしばらく読書に耽ったのだった。
「あら、もうこんな時間」
母さんが時計を見てつぶやいた。確かに外はすっかり日が落ちて暗くなっている。
「ご飯作ろう」
「あ、なんか手伝うよ」
いそいそと立ち上がる母さんに声をかければ、母さんは笑って言った。
「いいの。準備はしてあるから。テーブルだけ準備してくれる?」
「分かった」
「スプーンと、コップね。ああ、取り皿も出しといて」
テーブルの準備を終え、追加で母さんに頼まれフランスパンを切って焼いていたら、ふわっとやさしい、いい香りがしてきた。
「シチュー?」
「そ。温まるかなと思ってね」
なるほどそれならパンは必須だな。で、朝はご飯にかけるとか。
ニンジン、ジャガイモ、ブロッコリーがごろっと入ったホワイトシチューだ。これはうまそうだ。
「いただきます」
まずはスープだけで一口。
トロッした口当たりにミルクの風味がまろやかだ。野菜の味もほのかにあって、じんわりと温まる。
ジャガイモはスープと相まってとろみが増している。
ニンジンはほくほくとしていて甘い。オレンジ色が目に鮮やかだ。
「ブロッコリー入ってるの、珍しいね」
父さんがそう言ってブロッコリーをすくった。
「そう、たまにはいいでしょ?」
確かに、パッケージの調理例とかCMとかではブロッコリーが入っているが、うちで作るときはあんまり入れないよな。ブロッコリーが苦手ってわけじゃなくて、なんか手間を考えてしまうんだよなあ。
みずみずしい食感のブロッコリーはシチューをまとってまったりとしている。
フランスパンを少しちぎってスープをつけて食べる。カリッとしつつも少ししっとりとしたパンの食感はもちろん、香ばしさとまろやかさのバランスがちょうどいい。
ちょっと醤油をかけると、牛乳のうま味に和風のうま味が加わって味が締まる感じだ。これをパンと一緒に食うのがうまいんだよなあ。
優しい温かさに、体がホカホカとしてきた。
もちろん、パンがあるから皿の底までぬぐって食べなきゃな。
「ごちそうさまでした」
空に広がる分厚い雲の切れ間からはすがすがしくまぶしい青が見える。雨の勢いはもう弱い。もうじき晴れるだろう。
「冬の雨って寒いんだよなあ」
ガラス越しに伝わる冷気に身震いし、カーテンを閉める。
明日は出かけることだし、今日はゆっくりしよう。といってもやっていることはいつもと変わらない。本を読むか、スマホを見るかだ。
「何読もうか……あ」
漫画本が並ぶ本棚を眺め、思い出す。そういやあの新刊、発売になってたな。今月は新刊ラッシュで、あれもこれも発売になっていることを芋づる式に思い出す。
明日行くところに本屋もあるらしいけど、かさばるよなあ。
「……雨が止んだら、買いに行くか」
黒い雲の断片が残る青空を反射する水たまりが道路のそこかしこにでき、道端の雑草はみずみずしくきらめいている。
その脇を自転車で走り抜け、車の水はねに気を付けながら本屋へ向かう。
「さっぶ」
雨上がりのせいもあって、風が冷たい。手袋をしてこなかったことを今更ながらに後悔する。
だが、その分すがすがしい。寒いけど。
本屋の中は暖かい。冷えた体には熱いと感じるくらいだ。
「えーっと、なんだっけ……」
ずらりと並ぶ新刊の山から目当てのものを抜き出す。しかし見当たらないものもあるので、他の本を眺めながら探すことにする。
アニメや小説のコミカライズや大手少年誌作家の新連載。気になる本は結構あるが、実際内容が気に入るかどうかは別問題だ。一か八かで買うのもいいけど、買いたい新刊がたくさんある今、慎重に選ばなければ小遣いがあっという間にとんでいってしまうからな。
新刊は必ずしも新刊コーナーに並んでいるわけではない。売れ筋の作品は目立つところに、マイナー誌の新連載やそこそこ人気の作品は次に目立つ場所に、そしてそのどちらにも当たらない本は既刊とともに並べられている。
「お、ここにも」
俺が探している新刊は基本、既刊とともに並べられている。だからたまに「あ、新刊出てたんだ」とびっくりすることがある。
あとは小説。こないだ気まぐれに図書館で読んだ本でおもしろかったのがあったんだよな。それを一冊と、アニメ化もされたらしい小説を一冊。これだけあれば年末年始、退屈しないだろう。
会計を済ませ、ポイントカードにスタンプを押してもらって外に出る。このポイントカード、そういや何枚目だろう。たまったら五百円引き、だったか。
風の当たらない、日が差す場所は暖かいものだ。駐輪場、といっても店の脇にささやかな雨除けがあるだけの場所だが、そこに停めていた自転車のサドルが日の光に温められていた。
なんか気分いいし、ちょっと遠回りして帰ろうか。
そう思いながら自転車にまたがり出発するが、向かい風とともにその考えは吹き飛んでいった。
さっさと帰って、のんびり本読もう。
「はー寒かった」
「おかえりー」
「ただいま」
コートを脱ぎ、マフラーを外したらこたつに直行する。
「なんか飲むー?」
台所でコーヒーを入れていた父さんに聞かれ、少し考えてから「コーヒー牛乳」と答える。
「温かいのがいいだろ?」
「うん」
インスタントのコーヒーに砂糖と牛乳を入れて作る、シンプルなものだが自分ではなかなか作らない飲み物だ。父さんや母さんが帰って来た時に作ってもらうことが多い。
「はい」
「ありがとー」
コーヒーの香りとほのかな苦み、牛乳のまろやかさが冷えた体に優しく染みわたる。砂糖の甘さもちょうどいい。
「おいしそー。私も飲みたい」
「作ろうか?」
「よろしく!」
父さんは母さんの分のコーヒー牛乳を作ってから、ソファに座った。母さんはテーブルからこたつに移動してくる。
「何の本買ったの?」
「えっとー……」
結構な冊数を買ったので紙袋に入れてもらっていた。この紙袋の匂いっていい匂いなんだよな。
「お小遣い使い切ってない? 明日、遊びに行くんでしょ」
「まあ、問題はない」
交通費と食事代、それと咲良になんかおごる分の金額は残っている。それで十分だろう。
「あ、その新刊出てたの」
「うん。先に読んでいいよ。俺こっちから読む」
それからは三人そろってしばらく読書に耽ったのだった。
「あら、もうこんな時間」
母さんが時計を見てつぶやいた。確かに外はすっかり日が落ちて暗くなっている。
「ご飯作ろう」
「あ、なんか手伝うよ」
いそいそと立ち上がる母さんに声をかければ、母さんは笑って言った。
「いいの。準備はしてあるから。テーブルだけ準備してくれる?」
「分かった」
「スプーンと、コップね。ああ、取り皿も出しといて」
テーブルの準備を終え、追加で母さんに頼まれフランスパンを切って焼いていたら、ふわっとやさしい、いい香りがしてきた。
「シチュー?」
「そ。温まるかなと思ってね」
なるほどそれならパンは必須だな。で、朝はご飯にかけるとか。
ニンジン、ジャガイモ、ブロッコリーがごろっと入ったホワイトシチューだ。これはうまそうだ。
「いただきます」
まずはスープだけで一口。
トロッした口当たりにミルクの風味がまろやかだ。野菜の味もほのかにあって、じんわりと温まる。
ジャガイモはスープと相まってとろみが増している。
ニンジンはほくほくとしていて甘い。オレンジ色が目に鮮やかだ。
「ブロッコリー入ってるの、珍しいね」
父さんがそう言ってブロッコリーをすくった。
「そう、たまにはいいでしょ?」
確かに、パッケージの調理例とかCMとかではブロッコリーが入っているが、うちで作るときはあんまり入れないよな。ブロッコリーが苦手ってわけじゃなくて、なんか手間を考えてしまうんだよなあ。
みずみずしい食感のブロッコリーはシチューをまとってまったりとしている。
フランスパンを少しちぎってスープをつけて食べる。カリッとしつつも少ししっとりとしたパンの食感はもちろん、香ばしさとまろやかさのバランスがちょうどいい。
ちょっと醤油をかけると、牛乳のうま味に和風のうま味が加わって味が締まる感じだ。これをパンと一緒に食うのがうまいんだよなあ。
優しい温かさに、体がホカホカとしてきた。
もちろん、パンがあるから皿の底までぬぐって食べなきゃな。
「ごちそうさまでした」
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