179 / 854
日常
第百七十九話 ローストビーフ
しおりを挟む
とうとう買ってきてしまった。
牛もも肉のブロック。
「じゃ、今日のメインは春都に任せていいのかな?」
台所で肉と向かい合っていると、母さんが後ろにやってきた。
「消し炭にはしないと思う」
「あら、よく火が通っていいじゃない」
「焦げは体に良くないと思う」
夕方ごろから取り掛かればいいので、牛もも肉には再び冷蔵庫で待機してもらっておこう。あ、調理前に常温にしとかなきゃいけないんだっけか。忘れないようにしないとな。
居間から聞こえてくるクリスマス特番の音をBGMに、ベッドに仰向けになりスマホの画面を眺める。表示されているのは、俺、咲良、朝比奈、百瀬のグループチャットの画面だ。今度出かけるときの待ち合わせ場所を決めておこうと連絡が来たのである。
「あいつらバスで来るんだよなー」
学校がいくつかあるので、俺の住む周辺は交通の便がいい。バスセンターも電車もレールバスもある。まあ、都会から来た人にしてみれば「バスセンターとはどこだ?」というような、ただちょっと立派なバス停があるだけの場所ではある。実際、じいちゃんもばあちゃんも「街の方から来た客からバスセンターの場所をよく聞かれる」と言っていた。そして答えれば大抵「あれですか⁉」と驚かれるのだとか。
電車の駅も年季が入っているし、レールバスの乗客も多いとはいえない。でもまあ、便利ではあるのだ。街からは遠いけど。
で、だ。
あいつらは同じバスで来るとして、俺はどうするってことだよな。バスで合流するのもいいけど、正直言って家からレールバスの駅まで自転車で行ける距離だからもったいないんだよなあ。
あ、そっか。
『俺はレールバスの駅で先に待っとく』
これが一番手っ取り早いよな。
『りょーかい。何時頃にするー?』
『早めがよくねえ? できれば開店と同時がいい』
『何時開店なんだ?』
そろそろ肉外に出しとくか。いったんトーク画面を閉じてスマホをポケットにしまう。
居間ではソファにうめずが横たわり、父さんと母さんがこたつでテレビを見ていた。
冷蔵庫から肉を出し、ふと思い立ってジャガイモを手に取る。
「確かこれも本に載ってたよな」
ソース、というか付け合わせのマッシュポテトだ。ローストビーフと一緒に食べるとおいしいらしい。せっかくジャガイモあるし、作ってみよう。
塩を溶かしたお湯で、皮をむいて小さく切ったジャガイモを茹でていく。ゆでている間にレシピを確認する。
牛乳がいるのか。あ、豆乳でも代用可なんだ。あとはバターと塩コショウ。結構簡単なんだなあ。
茹で上がったらつぶして、豆乳を少しとバターを入れて混ぜ、塩コショウで味を調える。
ちょっと味見。うん、いい感じだな。
「何作ってんの?」
ちょうど飲み物を取りに来たらしい父さんがのぞき込む。
「マッシュポテト」
「ああ、ローストビーフらしいね」
冷やし過ぎてもいけないし、ラップかけて調理台の上に置いておく。
俺もこたつに……と思ったけど、一度入ったら出るのが億劫になりそうなので、うめずを少し押しのけてソファに座った。うめずは俺を見ると、迷うことなくひざに顎を置いた。スマホを取り出し、再びトーク画面を開く。
少しの間目を離していただけだが、話はずいぶん進んでいるようだった。
時折雑談も入っているようだったので、画面をスクロールして集合時間だけ確認をする。まあ、普段街に出かける時と同じくらいの時間だ。
「わふっ」
「ん、なんだ。うめずも気になるか」
うめずはスンスンと鼻を鳴らしてスマホに顔を近づける。
「どこ行くって言ってたっけ」
「えーっと……」
母さんに聞かれ、そのショッピングモールの名前を答えると、父さんと揃って「ああ、あそこね」と頷いた。
「行ったことあるんだ」
「結構いろんな店がそろってるからね。しかも駅から近いし、便利なの」
「広すぎず、狭すぎずって感じだな」
ふと、父さんは思い出したように言った。
「そこから少し行ったところにアウトレットモールもあるんじゃなかったかな?」
すると母さんも「あったあった」と相槌を打つ。
「春都も小さいころ何回か行ったでしょ。覚えてない? 靴とか買いに行ってたの。クレープのワゴン販売もあった……」
クレープで思い出した。ああ、行ったことある。本格的なクレープをそこで初めて食べて感動したんだ。
「あー、思い出した」
「時間があったら行ってくれば? 人は多いかもしれないけど、楽しいんじゃない?」
確かに、楽しかった記憶がある。
当日にでも提案してみようかな。
さて、日も暮れてきたので、そろそろ作ってみよう。
まずは肉に塩コショウをする。そして、フライパンで焼いていく。すでにニンニクをカリッと炒めて風味を移した油で焼いていくのだが、この時、ちゃんと中心の温度を計らなければならない。そういう道具があるらしく、買わなきゃいけないかと思ったら家にあった。なんか妙なもんがうちにはあるんだよな。ちなみに何のために買ったのか覚えてないらしい。
肉を全面しっかり焼いて、中心温度がいい感じになったらアルミホイルで包んでさらに新聞でくるみ、しばらく放置。
ソースは肉汁を使って作る。醤油、酒、みりん、粒マスタード、そしてメープルシロップ。すげえいい匂いがする。
風呂に入ったり片付けをしたりしているうちに肉はいい感じになったようだ。正直、でかい肉にテンション上がったのは確かだが、何しろ初めて作るので作っている間は気が気じゃなかった。
「よし、切るぞ」
父さんと母さんものぞき込む中、包丁を入れる。
思いのほかうまくできたようだ。炭にはなっていないし、ちょっと火が通り過ぎているようにも見えるが、俺的にはちょうどいい。
「いいじゃん! いい感じ!」
「うまくできるもんだなあ」
父さんも母さんも感心して言った。
薄切りにして皿に盛る。しゃれたようにはできないが、まあ、良しとしよう。あとはレタスとピーマン、トマトと玉ねぎのサラダも準備していたので、それも。
「いただきます」
さて、見た目はいいが、果たして味はどうだろう。
ソースをかけて、一枚。お、やわらかい。塩気もちょうどいいし、何よりうま味たっぷりの肉汁のソースがおいしい。油っ気はないがパサついておらず、さっぱりいける。
「おいしい」
「うん、おいしいな」
二人も満足そうに赤ワインと一緒に食べている。
俺はご飯をくるんで、肉巻きおにぎり風に。焼肉とはまた違った肉のうま味を楽しめていいな。
野菜と一緒に食べるとあっさりしていい。
そして、マッシュポテト。ジャガイモの甘味とバターの芳香、ピリッと粒コショウのアクセントが、肉のうま味となじんでおいしい。
肉があっさりしているから濃いソースもいいが、わさび醤油もおいしい。肉の味がよく分かる。
そうしょっちゅう作れる代物ではないが、近いうちにまた作りたくなるかもしれない。
ケーキは作れなかったけど、十分、満足だ。
「ごちそうさまでした」
牛もも肉のブロック。
「じゃ、今日のメインは春都に任せていいのかな?」
台所で肉と向かい合っていると、母さんが後ろにやってきた。
「消し炭にはしないと思う」
「あら、よく火が通っていいじゃない」
「焦げは体に良くないと思う」
夕方ごろから取り掛かればいいので、牛もも肉には再び冷蔵庫で待機してもらっておこう。あ、調理前に常温にしとかなきゃいけないんだっけか。忘れないようにしないとな。
居間から聞こえてくるクリスマス特番の音をBGMに、ベッドに仰向けになりスマホの画面を眺める。表示されているのは、俺、咲良、朝比奈、百瀬のグループチャットの画面だ。今度出かけるときの待ち合わせ場所を決めておこうと連絡が来たのである。
「あいつらバスで来るんだよなー」
学校がいくつかあるので、俺の住む周辺は交通の便がいい。バスセンターも電車もレールバスもある。まあ、都会から来た人にしてみれば「バスセンターとはどこだ?」というような、ただちょっと立派なバス停があるだけの場所ではある。実際、じいちゃんもばあちゃんも「街の方から来た客からバスセンターの場所をよく聞かれる」と言っていた。そして答えれば大抵「あれですか⁉」と驚かれるのだとか。
電車の駅も年季が入っているし、レールバスの乗客も多いとはいえない。でもまあ、便利ではあるのだ。街からは遠いけど。
で、だ。
あいつらは同じバスで来るとして、俺はどうするってことだよな。バスで合流するのもいいけど、正直言って家からレールバスの駅まで自転車で行ける距離だからもったいないんだよなあ。
あ、そっか。
『俺はレールバスの駅で先に待っとく』
これが一番手っ取り早いよな。
『りょーかい。何時頃にするー?』
『早めがよくねえ? できれば開店と同時がいい』
『何時開店なんだ?』
そろそろ肉外に出しとくか。いったんトーク画面を閉じてスマホをポケットにしまう。
居間ではソファにうめずが横たわり、父さんと母さんがこたつでテレビを見ていた。
冷蔵庫から肉を出し、ふと思い立ってジャガイモを手に取る。
「確かこれも本に載ってたよな」
ソース、というか付け合わせのマッシュポテトだ。ローストビーフと一緒に食べるとおいしいらしい。せっかくジャガイモあるし、作ってみよう。
塩を溶かしたお湯で、皮をむいて小さく切ったジャガイモを茹でていく。ゆでている間にレシピを確認する。
牛乳がいるのか。あ、豆乳でも代用可なんだ。あとはバターと塩コショウ。結構簡単なんだなあ。
茹で上がったらつぶして、豆乳を少しとバターを入れて混ぜ、塩コショウで味を調える。
ちょっと味見。うん、いい感じだな。
「何作ってんの?」
ちょうど飲み物を取りに来たらしい父さんがのぞき込む。
「マッシュポテト」
「ああ、ローストビーフらしいね」
冷やし過ぎてもいけないし、ラップかけて調理台の上に置いておく。
俺もこたつに……と思ったけど、一度入ったら出るのが億劫になりそうなので、うめずを少し押しのけてソファに座った。うめずは俺を見ると、迷うことなくひざに顎を置いた。スマホを取り出し、再びトーク画面を開く。
少しの間目を離していただけだが、話はずいぶん進んでいるようだった。
時折雑談も入っているようだったので、画面をスクロールして集合時間だけ確認をする。まあ、普段街に出かける時と同じくらいの時間だ。
「わふっ」
「ん、なんだ。うめずも気になるか」
うめずはスンスンと鼻を鳴らしてスマホに顔を近づける。
「どこ行くって言ってたっけ」
「えーっと……」
母さんに聞かれ、そのショッピングモールの名前を答えると、父さんと揃って「ああ、あそこね」と頷いた。
「行ったことあるんだ」
「結構いろんな店がそろってるからね。しかも駅から近いし、便利なの」
「広すぎず、狭すぎずって感じだな」
ふと、父さんは思い出したように言った。
「そこから少し行ったところにアウトレットモールもあるんじゃなかったかな?」
すると母さんも「あったあった」と相槌を打つ。
「春都も小さいころ何回か行ったでしょ。覚えてない? 靴とか買いに行ってたの。クレープのワゴン販売もあった……」
クレープで思い出した。ああ、行ったことある。本格的なクレープをそこで初めて食べて感動したんだ。
「あー、思い出した」
「時間があったら行ってくれば? 人は多いかもしれないけど、楽しいんじゃない?」
確かに、楽しかった記憶がある。
当日にでも提案してみようかな。
さて、日も暮れてきたので、そろそろ作ってみよう。
まずは肉に塩コショウをする。そして、フライパンで焼いていく。すでにニンニクをカリッと炒めて風味を移した油で焼いていくのだが、この時、ちゃんと中心の温度を計らなければならない。そういう道具があるらしく、買わなきゃいけないかと思ったら家にあった。なんか妙なもんがうちにはあるんだよな。ちなみに何のために買ったのか覚えてないらしい。
肉を全面しっかり焼いて、中心温度がいい感じになったらアルミホイルで包んでさらに新聞でくるみ、しばらく放置。
ソースは肉汁を使って作る。醤油、酒、みりん、粒マスタード、そしてメープルシロップ。すげえいい匂いがする。
風呂に入ったり片付けをしたりしているうちに肉はいい感じになったようだ。正直、でかい肉にテンション上がったのは確かだが、何しろ初めて作るので作っている間は気が気じゃなかった。
「よし、切るぞ」
父さんと母さんものぞき込む中、包丁を入れる。
思いのほかうまくできたようだ。炭にはなっていないし、ちょっと火が通り過ぎているようにも見えるが、俺的にはちょうどいい。
「いいじゃん! いい感じ!」
「うまくできるもんだなあ」
父さんも母さんも感心して言った。
薄切りにして皿に盛る。しゃれたようにはできないが、まあ、良しとしよう。あとはレタスとピーマン、トマトと玉ねぎのサラダも準備していたので、それも。
「いただきます」
さて、見た目はいいが、果たして味はどうだろう。
ソースをかけて、一枚。お、やわらかい。塩気もちょうどいいし、何よりうま味たっぷりの肉汁のソースがおいしい。油っ気はないがパサついておらず、さっぱりいける。
「おいしい」
「うん、おいしいな」
二人も満足そうに赤ワインと一緒に食べている。
俺はご飯をくるんで、肉巻きおにぎり風に。焼肉とはまた違った肉のうま味を楽しめていいな。
野菜と一緒に食べるとあっさりしていい。
そして、マッシュポテト。ジャガイモの甘味とバターの芳香、ピリッと粒コショウのアクセントが、肉のうま味となじんでおいしい。
肉があっさりしているから濃いソースもいいが、わさび醤油もおいしい。肉の味がよく分かる。
そうしょっちゅう作れる代物ではないが、近いうちにまた作りたくなるかもしれない。
ケーキは作れなかったけど、十分、満足だ。
「ごちそうさまでした」
22
お気に入りに追加
253
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!


妻を蔑ろにしていた結果。
下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。
主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。
小説家になろう様でも投稿しています。
「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから
キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。
「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。
何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。
一話完結の読み切りです。
ご都合主義というか中身はありません。
軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。
誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。
小説家になろうさんにも時差投稿します。
サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜
野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」
「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」
この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。
半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。
別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。
そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。
学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー
⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。
⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。
※表紙絵、挿絵はAI作成です。
※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる