一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第百七十九話 ローストビーフ

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 とうとう買ってきてしまった。

 牛もも肉のブロック。

「じゃ、今日のメインは春都に任せていいのかな?」

 台所で肉と向かい合っていると、母さんが後ろにやってきた。

「消し炭にはしないと思う」

「あら、よく火が通っていいじゃない」

「焦げは体に良くないと思う」

 夕方ごろから取り掛かればいいので、牛もも肉には再び冷蔵庫で待機してもらっておこう。あ、調理前に常温にしとかなきゃいけないんだっけか。忘れないようにしないとな。



 居間から聞こえてくるクリスマス特番の音をBGMに、ベッドに仰向けになりスマホの画面を眺める。表示されているのは、俺、咲良、朝比奈、百瀬のグループチャットの画面だ。今度出かけるときの待ち合わせ場所を決めておこうと連絡が来たのである。

「あいつらバスで来るんだよなー」

 学校がいくつかあるので、俺の住む周辺は交通の便がいい。バスセンターも電車もレールバスもある。まあ、都会から来た人にしてみれば「バスセンターとはどこだ?」というような、ただちょっと立派なバス停があるだけの場所ではある。実際、じいちゃんもばあちゃんも「街の方から来た客からバスセンターの場所をよく聞かれる」と言っていた。そして答えれば大抵「あれですか⁉」と驚かれるのだとか。

 電車の駅も年季が入っているし、レールバスの乗客も多いとはいえない。でもまあ、便利ではあるのだ。街からは遠いけど。

 で、だ。

 あいつらは同じバスで来るとして、俺はどうするってことだよな。バスで合流するのもいいけど、正直言って家からレールバスの駅まで自転車で行ける距離だからもったいないんだよなあ。

 あ、そっか。

『俺はレールバスの駅で先に待っとく』

 これが一番手っ取り早いよな。

『りょーかい。何時頃にするー?』

『早めがよくねえ? できれば開店と同時がいい』

『何時開店なんだ?』

 そろそろ肉外に出しとくか。いったんトーク画面を閉じてスマホをポケットにしまう。

 居間ではソファにうめずが横たわり、父さんと母さんがこたつでテレビを見ていた。

 冷蔵庫から肉を出し、ふと思い立ってジャガイモを手に取る。

「確かこれも本に載ってたよな」

 ソース、というか付け合わせのマッシュポテトだ。ローストビーフと一緒に食べるとおいしいらしい。せっかくジャガイモあるし、作ってみよう。

 塩を溶かしたお湯で、皮をむいて小さく切ったジャガイモを茹でていく。ゆでている間にレシピを確認する。

 牛乳がいるのか。あ、豆乳でも代用可なんだ。あとはバターと塩コショウ。結構簡単なんだなあ。

 茹で上がったらつぶして、豆乳を少しとバターを入れて混ぜ、塩コショウで味を調える。

 ちょっと味見。うん、いい感じだな。

「何作ってんの?」

 ちょうど飲み物を取りに来たらしい父さんがのぞき込む。

「マッシュポテト」

「ああ、ローストビーフらしいね」

 冷やし過ぎてもいけないし、ラップかけて調理台の上に置いておく。

 俺もこたつに……と思ったけど、一度入ったら出るのが億劫になりそうなので、うめずを少し押しのけてソファに座った。うめずは俺を見ると、迷うことなくひざに顎を置いた。スマホを取り出し、再びトーク画面を開く。

 少しの間目を離していただけだが、話はずいぶん進んでいるようだった。

 時折雑談も入っているようだったので、画面をスクロールして集合時間だけ確認をする。まあ、普段街に出かける時と同じくらいの時間だ。

「わふっ」

「ん、なんだ。うめずも気になるか」

 うめずはスンスンと鼻を鳴らしてスマホに顔を近づける。

「どこ行くって言ってたっけ」

「えーっと……」

 母さんに聞かれ、そのショッピングモールの名前を答えると、父さんと揃って「ああ、あそこね」と頷いた。

「行ったことあるんだ」

「結構いろんな店がそろってるからね。しかも駅から近いし、便利なの」

「広すぎず、狭すぎずって感じだな」

 ふと、父さんは思い出したように言った。

「そこから少し行ったところにアウトレットモールもあるんじゃなかったかな?」

 すると母さんも「あったあった」と相槌を打つ。

「春都も小さいころ何回か行ったでしょ。覚えてない? 靴とか買いに行ってたの。クレープのワゴン販売もあった……」

 クレープで思い出した。ああ、行ったことある。本格的なクレープをそこで初めて食べて感動したんだ。

「あー、思い出した」

「時間があったら行ってくれば? 人は多いかもしれないけど、楽しいんじゃない?」

 確かに、楽しかった記憶がある。

 当日にでも提案してみようかな。



 さて、日も暮れてきたので、そろそろ作ってみよう。

 まずは肉に塩コショウをする。そして、フライパンで焼いていく。すでにニンニクをカリッと炒めて風味を移した油で焼いていくのだが、この時、ちゃんと中心の温度を計らなければならない。そういう道具があるらしく、買わなきゃいけないかと思ったら家にあった。なんか妙なもんがうちにはあるんだよな。ちなみに何のために買ったのか覚えてないらしい。

 肉を全面しっかり焼いて、中心温度がいい感じになったらアルミホイルで包んでさらに新聞でくるみ、しばらく放置。

 ソースは肉汁を使って作る。醤油、酒、みりん、粒マスタード、そしてメープルシロップ。すげえいい匂いがする。

 風呂に入ったり片付けをしたりしているうちに肉はいい感じになったようだ。正直、でかい肉にテンション上がったのは確かだが、何しろ初めて作るので作っている間は気が気じゃなかった。

「よし、切るぞ」

 父さんと母さんものぞき込む中、包丁を入れる。

 思いのほかうまくできたようだ。炭にはなっていないし、ちょっと火が通り過ぎているようにも見えるが、俺的にはちょうどいい。

「いいじゃん! いい感じ!」

「うまくできるもんだなあ」

 父さんも母さんも感心して言った。

 薄切りにして皿に盛る。しゃれたようにはできないが、まあ、良しとしよう。あとはレタスとピーマン、トマトと玉ねぎのサラダも準備していたので、それも。

「いただきます」

 さて、見た目はいいが、果たして味はどうだろう。

 ソースをかけて、一枚。お、やわらかい。塩気もちょうどいいし、何よりうま味たっぷりの肉汁のソースがおいしい。油っ気はないがパサついておらず、さっぱりいける。

「おいしい」

「うん、おいしいな」

 二人も満足そうに赤ワインと一緒に食べている。

 俺はご飯をくるんで、肉巻きおにぎり風に。焼肉とはまた違った肉のうま味を楽しめていいな。

 野菜と一緒に食べるとあっさりしていい。

 そして、マッシュポテト。ジャガイモの甘味とバターの芳香、ピリッと粒コショウのアクセントが、肉のうま味となじんでおいしい。

 肉があっさりしているから濃いソースもいいが、わさび醤油もおいしい。肉の味がよく分かる。

 そうしょっちゅう作れる代物ではないが、近いうちにまた作りたくなるかもしれない。

 ケーキは作れなかったけど、十分、満足だ。



「ごちそうさまでした」

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