一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第百七十八話 骨付きチキン

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「あ、そうだ。春都、ヨーグルト買ってきてるけど、食べる?」

 朝飯を食い終わって皿を台所に持ってきたところで、母さんが言った。

「食べる」

「冷蔵庫にあるから」

 器出しとくね、と洗い物の手を止めて母さんは食器棚に向かう。

 ヨーグルトといえば、俺的にはメープルシロップだな。前は砂糖やはちみつ、ジャムなんかをかけていたが、メープルシロップのおいしさに気付いてからというもの、すっかりはまってしまっている。

「お、なんかある」

 冷蔵庫の中をのぞいてみれば、何やらでかいパックがあった。中には大ぶりの鶏肉があって、しかも骨付きだ。

「あー、それね」

 母さんは楽しそうに言った。

「今日はクリスマスイブでしょ、だからせっかくだし、いいかなって」

「なるほど」

「カリカリに焼いて、一人一つずつ! どう?」

「すげえ楽しみ」

 それなら醤油とわさびは必須だ。焼肉のたれもいいし、ニンニクも捨てがたい。結構でかいから、いろいろ楽しめそうだな。

 今食べているのは甘いシロップのかかった爽やかな酸味のヨーグルトであるはずだが、なんだかもう口の中が鶏肉を食べている気分になっている。

 よし、学校頑張ろう。



 今日も今日とて視聴覚室で映画を見る。

 感想文は書かなくていいらしいのであまり気張らなくていいのがいい。その分、集中力は散漫になるのだが。

 クリスマスイブか。小さい頃は朝からサンタクロースの来訪を待ちわびてそわそわしていたものだ。たいていは枕元にプレゼントが置いてあったのだが、一度だけ、足元においてあったことがある。その時はパニックになったのを覚えている。

 サンタの気まぐれか、はたまた俺の寝相が悪すぎて枕元まで近寄れなかったか。おそらく後者だとは思うが、あの頃の俺は「プレゼントがない!」としか思えなかったよなあ。

 あくびを噛み殺し、頬杖をついてスクリーンに目を向ける。

 モノクロというべきか、セピア色というべきか。ともかく最近の映画のような鮮烈な色の演出のない映画だ。たまに黒い線が入ったり、音が割れたりしているが、ストーリーはまあ面白いと思う。

 ずいぶん古い映画だ、と思いながら映画を見ているクラスメイトの姿に目を移す。

 一番後ろに座っているので、薄暗い中でも誰が何をしているのかが何となく見える。居眠りしているようなやつ、隠れて課題を進めているやつ。さすがにスマホ持って来てるやつはいないか。たまに隠れてゲームやってるのがいるんだよな。

 そういや、漫画とかでよく見る授業中の早弁って、実際やってるやつ見たことないな。十分休みとかにさっと食べて、っていうのはよく見かけるし自分もたまにやってるけど。

 でもたまに授業中に甘い匂いがすることあるし、あめとかガムとか食ってんのかな。

 あ、いかん。あんまり目が泳いでいると先生になんか言われる。

 再びスクリーンに視線を戻す――その前にちらっと教科担当の先生を見やった。

 先生は教室の中でも一番暗い場所で椅子に座り、こっくりこっくりと舟をこいでいた。



「クリスマスイブだぜ、春都」

 部活に入っていない俺が年内に学校へ来るのは、よほどのことがないかぎり今日までだ。なのである程度必要なものは持って帰らなければならず、ロッカーでその選別をしていたところ咲良につかまった。

「そうだな。サンタさんにプレゼントのお願いはしたか?」

「俺をいくつだと思ってやがる。お願いしても来てくれねえよ」

 持って帰る物、といっても大してないので、早々にロッカーを閉め荷物を取りに、人の少ない教室に入る。咲良も当然のようについてきた。

「で、クリスマスイブがなんだって?」

「いや、特に何もないんだけど。なんとなく言ってみたかっただけ」

「お前それこそハロウィンの時のやつが活躍するときだろ」

「あ、そういやそうだ」

 忘れてた、と咲良は笑った。

「つってもまあ、誰かとパーティするわけでもないし、使うタイミングないけど。あ、今度遊び行くときつけてくか?」

「それだけは勘弁してくれ。ていうか、もうそん時はクリスマス過ぎてるし、どっちかっていうと大みそかとか年明けの雰囲気になってるだろ」

「それもそっか」

 階段を下りながら、咲良はふと呟いた。

「にしてもさ、クリスマスだけはなんかこうワクワクすんのに年末年明け、ってなったらさみしくなるのなんだろ。俺だけ?」

「それは大いにわかる」

「なー? なんか正月に流れる曲……曲? なんかぷわーって感じの。分かる?」

「あー、うん。分かる」

「あれ聞くと切なくなるんだよな~」

 それはよく分かる。だから正月特番とかはちょっと苦手だ。騒がしいのに騒がしくない、って感じ。嫌いってわけじゃないけど、いつもどおりが好きなんだよな。

「まあ、正月だからこそ食えるものがあるのは、楽しいけどな」

 そう言えば咲良は「そうだな」と笑った。

「なんだかんだ言って、寝正月は楽しいもんだ」

 年越し番組見ながらこたつで夜更かし、ってのも楽しいしな。



 昼飯もしっかり食って、待ちに待った晩飯。

 大きめの皿にどんとダイナミックにのっているのは骨付き鶏。しかも表面カリッカリ。ニンニクと一緒に焼いてくれているらしく香りがいい。ニンニクチップもある。

「いただきます」

 塩コショウしてあるし、まずはこのままで。

 かりっとした皮にジューシーな身、香ばしい油の香りがふうっと鼻を抜ける。ニンニクの風味がいいな、おいしい。

 次はシンプルに醤油。鶏の風味が立つな。わさびをつけるとなおさらだ。

「おいしい」

「なんか、楽しいねえ」

「うん。おいしいな」

 焼肉のたれをかけると途端にジャンキーになる。甘辛く、ゴマのプチプチ食感と風味がおいしい。

 ニンニクチップと一緒に食べよう。ほんのり苦みがある……と、思ったらびっくりするぐらいの香ばしさ。この苦みは焦げというより、香ばしさが重なり合って生まれたもののように思う。

 身を少しほぐして醤油をかけて、それをご飯の上にのせてみる。

「あ、春都がなんかおいしそうなことしてる」

 父さんと母さんが楽しげに笑った。

「これ絶対おいしいと思う」

 ほぐした身をご飯と一緒にかきこむ。

 醤油の香ばしさに塩コショウの風味がよく合うし、それがご飯となじんでとてもおいしい。噛むほどにうまみが出てくるし、脂にもおいしさがある。

 特別というほど特別ではないのかもしれないけど、日常にちょっとだけいつもと違う楽しさがある。俺は、こういうのがいいんだ。

 あぁ、幸せだなあ。



「ごちそうさまでした」

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