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日常
第百七十七話 ミートソーススパゲティ
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「年末頃には、雪が降るってよ」
移動教室の途中、勇樹が窓の外を眺めながら言った。
「あー、なんかそんなこと言ってたな。テレビで」
「寒いよなー」
目的の教室は三階にある視聴覚室だ。結局二学期中に見られなかった英語の映画を見るらしい。冬季課外はこういうことが多い。期間も短く、単元一つ消化しきれないので、復習なり自習なり、あるは学期中に消化しきれなかったことをする、って感じだ。
「視聴覚室寒いかな」
「どうだろうな」
「前にどっか別のクラスが使ってりゃ、多少は温かいだろうけどな~」
そう話しながら階段を昇っていたら、あとからやってきたクラスメイトが勇樹に話しかけ、そのまま勇樹はそいつと話し始めたのでじわ~っと離れる。
三階はやっぱり見晴らしがいい。二階よりも若干視界が広くなる感じだ。
視聴覚室からは何人か生徒が出てきていた。お、これなら異様に寒いってことはないだろう。誰も人がいなかった教室って、逃げ出したくなるぐらい寒いんだ。
いつもどおり、後ろの方の席を陣取る。教室は薄暗く、ホワイトボードの前にはスクリーンが下がっていた。
映画見るのが楽しみとか、授業がなくてうれしいとかそういうのはないけど、こう学校で合法的にぼーっとできる時間は結構好きなんだよな。
しかも今は四時間目で、これが終わればあとは帰るだけだ。のんびり楽しむとしよう。
二階に降りてきて、あくびを噛み殺しながら廊下を歩いていると背中に衝撃を覚えて振り返る。
「移動教室だったのか? 春都」
「咲良」
にこにことのんきに笑っているのは咲良だった。
「あー、視聴覚室で映画」
「英語のやつか~。俺、途中で寝て何のことやらわかってねえんだよな」
「寝るなよ」
「字幕追っかけてたら眠くなってさあ。あ、それよりさ、春都ももう帰るだろ? 一緒に帰ろうぜ」
冬季課外は午前中で終わり、ホームルームも毎回あるわけではない。配布物があるときなんかは放課後残れというお達しが教室後ろの黒板にあるが、基本、朝も帰りもホームルームはない。
「いいぞ。じゃあ、ちょっと待ってろ」
荷物を片付けようと教室に入れば、咲良もついてくる。
「そういや咲良。行きたい場所は決めたのか?」
「誕生日だろ? 決めたぜ~」
「どこに行きたいんだ?」
俺の鞄のキーホルダーをもてあそびながら、咲良はショッピングモールらしいその場所の名前を答えた。
「そこさー、本屋も遊ぶ場所も飯屋もあって楽しそうなんだよね。そこ行きたい。春都、行ったことある?」
「ない。名前も初めて聞いた」
「レールバスと電車乗り継いでいくんだけど、それもなんか楽しそうじゃん」
屈託なく笑う咲良の言葉に頷く。電車とかレールバスってなんか楽しいんだよな。
「百瀬たちには言ったのか?」
「いや。今日連絡するつもりだったからまだ」
荷物を持って廊下に出る。大半の生徒はもう部活に出ていて、残っているのはただおしゃべりをしているやつらか、午後からの補講を待つやつらだ。
「そういやお前、補講はないのか?」
何の気なしにそう聞けば、咲良は「俺だってそんな毎回補講受けてるわけじゃないですー」とすねたように答えた。
「常連だろ、お前」
「そりゃそう……いや、国語はない! 数学は……まあ、言うほどじゃない!」
「さいですか」
「とにかく冬休みの補講には呼ばれてない!」
「そうか、それはよく頑張ったな」
咲良は分かれば良しと言わんばかりに頷くと話題を変えた。
「そういや朝比奈さ、誘ったら食い気味でオッケーしたんだって。なんか百瀬がびっくりするぐらい」
「ああ、だろうな」
「だろうなって何」
冬休みになると姉が帰ってきて、治樹も来るらしいということを話せば、咲良は苦笑した。
「なるほど、それから逃げられる、と」
「そうなんじゃないか?」
「無事に来れるといいなあ」
「無事にってなんだよ」
「いやだってそれってさ、朝比奈に治樹の世話をしてもらうつもりでお姉さん帰ってきてんのかなーと思って。それなら一日出掛けるってなったらなんかいろいろ言われそうじゃね?」
確かに咲良の言うとおりだ。しかし、普段の朝比奈の様子を思い出して呟く。
「あいつのことだからなんと言われようと来るだろ」
「それもそっか。朝比奈、譲らねえとこは譲らないもんな」
バス停で咲良と別れて、一人ぽつぽつと歩きながら思いを巡らせる。
どんな飯屋があるんだろうなあ。
夏季課外の時にも思ったが、半日学校に行った後に家でのんびり食う昼飯は、何物にも代えがたいものがある。
平日の家にいるのに日が高く、暖かく、勉強もしているからすがすがしい。
そしてそんな昼ご飯は凝っていなくてもいい。
「今日はミートソースでいい?」
「うん、いいよ」
茹でたスパゲティに温めるだけのソースをかける。いろいろ種類はあるけど、今日はミートソースだ。
「いただきます」
ミートソースではあるが、ごろっと刻まれたトマトの形も残っている。
ほろほろとした口当たりのひき肉が麺によく絡んでおいしい。トマトはジューシーで、程よく甘く爽やかな酸味もあっていい。
ここに粉チーズをかける。
チーズってトマトと合うんだよなあ。鼻に抜けるチーズとトマトの酸味がいい。
タバスコをかけたらしっかり混ぜるのが好きだな。ピリッとしながら爽やかな風味が心地よく、味が引き締まる。
お店で食べるのもいいけど、うちで食べるスパゲティを好きなように味変していくのも楽しいんだよなあ。
ミートソースはしっかり最後までぬぐって食べる。
余すことなく食べることができたら、なんかちょっと、うれしくなるんだよな。
「ごちそうさまでした」
移動教室の途中、勇樹が窓の外を眺めながら言った。
「あー、なんかそんなこと言ってたな。テレビで」
「寒いよなー」
目的の教室は三階にある視聴覚室だ。結局二学期中に見られなかった英語の映画を見るらしい。冬季課外はこういうことが多い。期間も短く、単元一つ消化しきれないので、復習なり自習なり、あるは学期中に消化しきれなかったことをする、って感じだ。
「視聴覚室寒いかな」
「どうだろうな」
「前にどっか別のクラスが使ってりゃ、多少は温かいだろうけどな~」
そう話しながら階段を昇っていたら、あとからやってきたクラスメイトが勇樹に話しかけ、そのまま勇樹はそいつと話し始めたのでじわ~っと離れる。
三階はやっぱり見晴らしがいい。二階よりも若干視界が広くなる感じだ。
視聴覚室からは何人か生徒が出てきていた。お、これなら異様に寒いってことはないだろう。誰も人がいなかった教室って、逃げ出したくなるぐらい寒いんだ。
いつもどおり、後ろの方の席を陣取る。教室は薄暗く、ホワイトボードの前にはスクリーンが下がっていた。
映画見るのが楽しみとか、授業がなくてうれしいとかそういうのはないけど、こう学校で合法的にぼーっとできる時間は結構好きなんだよな。
しかも今は四時間目で、これが終わればあとは帰るだけだ。のんびり楽しむとしよう。
二階に降りてきて、あくびを噛み殺しながら廊下を歩いていると背中に衝撃を覚えて振り返る。
「移動教室だったのか? 春都」
「咲良」
にこにことのんきに笑っているのは咲良だった。
「あー、視聴覚室で映画」
「英語のやつか~。俺、途中で寝て何のことやらわかってねえんだよな」
「寝るなよ」
「字幕追っかけてたら眠くなってさあ。あ、それよりさ、春都ももう帰るだろ? 一緒に帰ろうぜ」
冬季課外は午前中で終わり、ホームルームも毎回あるわけではない。配布物があるときなんかは放課後残れというお達しが教室後ろの黒板にあるが、基本、朝も帰りもホームルームはない。
「いいぞ。じゃあ、ちょっと待ってろ」
荷物を片付けようと教室に入れば、咲良もついてくる。
「そういや咲良。行きたい場所は決めたのか?」
「誕生日だろ? 決めたぜ~」
「どこに行きたいんだ?」
俺の鞄のキーホルダーをもてあそびながら、咲良はショッピングモールらしいその場所の名前を答えた。
「そこさー、本屋も遊ぶ場所も飯屋もあって楽しそうなんだよね。そこ行きたい。春都、行ったことある?」
「ない。名前も初めて聞いた」
「レールバスと電車乗り継いでいくんだけど、それもなんか楽しそうじゃん」
屈託なく笑う咲良の言葉に頷く。電車とかレールバスってなんか楽しいんだよな。
「百瀬たちには言ったのか?」
「いや。今日連絡するつもりだったからまだ」
荷物を持って廊下に出る。大半の生徒はもう部活に出ていて、残っているのはただおしゃべりをしているやつらか、午後からの補講を待つやつらだ。
「そういやお前、補講はないのか?」
何の気なしにそう聞けば、咲良は「俺だってそんな毎回補講受けてるわけじゃないですー」とすねたように答えた。
「常連だろ、お前」
「そりゃそう……いや、国語はない! 数学は……まあ、言うほどじゃない!」
「さいですか」
「とにかく冬休みの補講には呼ばれてない!」
「そうか、それはよく頑張ったな」
咲良は分かれば良しと言わんばかりに頷くと話題を変えた。
「そういや朝比奈さ、誘ったら食い気味でオッケーしたんだって。なんか百瀬がびっくりするぐらい」
「ああ、だろうな」
「だろうなって何」
冬休みになると姉が帰ってきて、治樹も来るらしいということを話せば、咲良は苦笑した。
「なるほど、それから逃げられる、と」
「そうなんじゃないか?」
「無事に来れるといいなあ」
「無事にってなんだよ」
「いやだってそれってさ、朝比奈に治樹の世話をしてもらうつもりでお姉さん帰ってきてんのかなーと思って。それなら一日出掛けるってなったらなんかいろいろ言われそうじゃね?」
確かに咲良の言うとおりだ。しかし、普段の朝比奈の様子を思い出して呟く。
「あいつのことだからなんと言われようと来るだろ」
「それもそっか。朝比奈、譲らねえとこは譲らないもんな」
バス停で咲良と別れて、一人ぽつぽつと歩きながら思いを巡らせる。
どんな飯屋があるんだろうなあ。
夏季課外の時にも思ったが、半日学校に行った後に家でのんびり食う昼飯は、何物にも代えがたいものがある。
平日の家にいるのに日が高く、暖かく、勉強もしているからすがすがしい。
そしてそんな昼ご飯は凝っていなくてもいい。
「今日はミートソースでいい?」
「うん、いいよ」
茹でたスパゲティに温めるだけのソースをかける。いろいろ種類はあるけど、今日はミートソースだ。
「いただきます」
ミートソースではあるが、ごろっと刻まれたトマトの形も残っている。
ほろほろとした口当たりのひき肉が麺によく絡んでおいしい。トマトはジューシーで、程よく甘く爽やかな酸味もあっていい。
ここに粉チーズをかける。
チーズってトマトと合うんだよなあ。鼻に抜けるチーズとトマトの酸味がいい。
タバスコをかけたらしっかり混ぜるのが好きだな。ピリッとしながら爽やかな風味が心地よく、味が引き締まる。
お店で食べるのもいいけど、うちで食べるスパゲティを好きなように味変していくのも楽しいんだよなあ。
ミートソースはしっかり最後までぬぐって食べる。
余すことなく食べることができたら、なんかちょっと、うれしくなるんだよな。
「ごちそうさまでした」
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