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日常
第百七十話 生姜焼き
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めっちゃ生姜焼きが食いたい。
特に何かあったわけではないが、めちゃくちゃ生姜焼きが食いたい。
「あー、それなんか分かる」
そのことを咲良に話すと、やけにしみじみとそう言った。
今日は保温タイプの弁当箱を使ってみた。卵スープが胃にやさしい。ふわふわのかきたまの食感がたまらないな。中華風と和風と味は二種類あったのだが、今日は和風だ。白だしのうま味がおいしい。
部活で呼び出されているらしい勇樹の席に座り、食堂で買ってきた総菜パンをほおばって咲良は続けた。
「俺こないだフライドポテトめっちゃ食いたくなって」
「ああ、あるな」
「でも思いついたのが夜中でさあ。次の日でもいいんだけど、うちの周り、あんま店がないわけよ」
前に行った守本の店の周辺を思い出し、なるほどと納得する。何もない、という言い方だと語弊があるような気もするが、まあ、他に言いようがない気もする。ちらほらと何かしら建物なり個人商店なりはあるのだが、コンビニやファストフード店がない。
「よくてドラッグストアがあるぐらいで、そこでたまに売ってるもんといえば、たい焼きとか、芋けんぴなわけよ」
「芋けんぴ」
そういや時季になったら百貨店でも売ってるんだよなあ。地下の食品売り場でも売ってて、店ごとに味が結構違うんだ。
「芋けんぴもフライドポテトみたいだけどさあ」
「別物だろ」
「そう、別物なんだよ。俺が食いたいのは甘いのじゃないわけ」
「芋けんぴは、フライドポテトの代わりにはなりえないな。うまいけど」
「なんつー話してんだよ」
そうこうしているうちに勇樹が戻ってきた。
「お、帰ってきた。どくか?」
「いや、いいよ」
勇樹は片手にプリントを持っていて、空いている方の手でパイプ椅子を持ってきて座った。
「で、なんだ芋けんぴって」
自分の鞄から弁当の袋を取り出しながら聞いてくるので、さっきまでの会話をかいつまんで話す。すると勇樹は「なるほど、そういうこと」と笑った。
「まあそういうことってあるよな。俺はかき揚げ食いたくなる」
「かき揚げ! なんでまたピンポイントに?」
咲良はそう言って笑うが、勇樹は腕を組んでそれはもう真剣に言ったものだ。
「なんでだろうなあ。なんかやけに食いたくて」
「ほんと人それぞれだよなー、そういうの」
「で、ブームは突然過ぎ去る、みたいな」
勇樹の言葉に、卵焼きをほおばりながら頷く。
突然、何かを食いたい欲求に駆られて、それを買い込んでいたら突然ブームが過ぎ去って持て余す、みたいな。
まあ、俺の場合はブームが過ぎ去ったところであまり気持ちに大差はないのだが。
腹が減れば、なんでも食いたくなるってものだ。
「急に何を食べたくなるか?」
図書館で咲良が漆原先生に聞けば、先生は少し考えこむ。
「そうだなあ……」
「さっきそういう話になってー、春都は今、生姜焼きが食いたいらしいです」
「ああ、生姜焼き。うまいよな」
ふむ、と先生は顎に手を当ててやっと答えた。
「ナポリタンだな」
「おー、これまた違った答えが」
「なんだ、井上君は何が食いたいんだ」
「俺はフライドポテトです。しかもジャンキーなの」
「ほう。まあ、あるあるって感じだな」
今日は当番ではないが、カウンター内のすみっこに椅子をもってきて座る。何気にここが一番落ち着くんだよな。誰かと相席するわけでもなく、隅の方にいれば利用する生徒は話しかけてこない。まあ、今は俺たちの他に誰もいないのだが。
「何を話している。図書館内では静かに過ごさなきゃいけないんじゃないか」
しばらく話していたら、石上先生が来た。その小言にも動じず、むしろ慣れた様子で漆原先生は悠長に言った。
「今は利用者もいないからなあ。それより石上、お前が急に食べたくなるものといえばなんだ」
「は? また突然何を……」
これ以上言っても無駄と悟ったのか、石上先生は一つため息をつくと答えた。
「急に食べたくなるもの……ああ、カップ焼きそばだな」
「こりゃまたジャンクな」
「あれにマヨネーズかけて食うのがうまいんだ」
まあ、それは分かる。カップ焼きそばってCM見てると妙に食いたくなるんだよなあ。
「からしマヨネーズもいいですよね」
「ああ、それもいいな」
「それをパンにはさんで食うのもうまいんですよ」
そうは言いつつも今はやはり生姜焼きが食べたい。
早く学校終わんねえかなあ。
「あっ、キャベツがない」
なんてことだ。生姜焼きといえばキャベツだろうに。
しかし体が温まった今、外に出るのはおっくうだ。なんか家にあるもので済ませよう。
「もやしか」
付け合わせはもやしにしよう。
とにかくメインの調理だ。
今日はたれもうちで作る。といっても、醤油、砂糖、酒、ショウガ、みりんを混ぜるだけだが。
豚肉に米粉を絡め、焼いていく。火が通ったらたれをかけて、さらに炒める
もやしはごま油で炒めるとしよう。これを皿に盛って、その上に生姜焼きをのせる。お、案外いい感じだぞ。
「いただきます」
もやしを付け合わせにするのは初めてだが、果たしてどうかな。
「え、うまあ」
キャベツとはまた違ったみずみずしさに、ゴマ油の芳香。主張が少なく豚肉のうま味を邪魔しないだけでなく、むしろたれの香ばしさと甘みを引き立てる。
米粉を絡めていたおかげで肉は柔らかいし、たれにはとろみがついている。ほんの少し焦げたところもおいしい。ロースを薄く切ってあるもので、脂身の部分も甘みがあっていい。こりゃご飯に合う。
で、生姜焼きといえばマヨネーズ。まろやかな口当たりになって皿にご飯に合うというものだ。
たれがついたもやしもまたうまい。
いやあ、生姜焼きにはキャベツと思っていたが、これは考えを改めなければならないかもしれない。それぐらいうまい。
豚肉でもやしを包んで、たっぷりたれを絡めてほおばれば、みずみずしさと豚のうま味が相まってたまらなくおいしい。食いたいものだったから、というのもあるし腹も減ってたっていうのもあるけど、これはおいしい。
これを白米で追っかけるのがいい。
いやあ、食いたいものを最高の形で食えるって幸せだなあ。
……明日も生姜焼きにしようかな。それならもやし、また買ってきとかないと。
「ごちそうさまでした」
特に何かあったわけではないが、めちゃくちゃ生姜焼きが食いたい。
「あー、それなんか分かる」
そのことを咲良に話すと、やけにしみじみとそう言った。
今日は保温タイプの弁当箱を使ってみた。卵スープが胃にやさしい。ふわふわのかきたまの食感がたまらないな。中華風と和風と味は二種類あったのだが、今日は和風だ。白だしのうま味がおいしい。
部活で呼び出されているらしい勇樹の席に座り、食堂で買ってきた総菜パンをほおばって咲良は続けた。
「俺こないだフライドポテトめっちゃ食いたくなって」
「ああ、あるな」
「でも思いついたのが夜中でさあ。次の日でもいいんだけど、うちの周り、あんま店がないわけよ」
前に行った守本の店の周辺を思い出し、なるほどと納得する。何もない、という言い方だと語弊があるような気もするが、まあ、他に言いようがない気もする。ちらほらと何かしら建物なり個人商店なりはあるのだが、コンビニやファストフード店がない。
「よくてドラッグストアがあるぐらいで、そこでたまに売ってるもんといえば、たい焼きとか、芋けんぴなわけよ」
「芋けんぴ」
そういや時季になったら百貨店でも売ってるんだよなあ。地下の食品売り場でも売ってて、店ごとに味が結構違うんだ。
「芋けんぴもフライドポテトみたいだけどさあ」
「別物だろ」
「そう、別物なんだよ。俺が食いたいのは甘いのじゃないわけ」
「芋けんぴは、フライドポテトの代わりにはなりえないな。うまいけど」
「なんつー話してんだよ」
そうこうしているうちに勇樹が戻ってきた。
「お、帰ってきた。どくか?」
「いや、いいよ」
勇樹は片手にプリントを持っていて、空いている方の手でパイプ椅子を持ってきて座った。
「で、なんだ芋けんぴって」
自分の鞄から弁当の袋を取り出しながら聞いてくるので、さっきまでの会話をかいつまんで話す。すると勇樹は「なるほど、そういうこと」と笑った。
「まあそういうことってあるよな。俺はかき揚げ食いたくなる」
「かき揚げ! なんでまたピンポイントに?」
咲良はそう言って笑うが、勇樹は腕を組んでそれはもう真剣に言ったものだ。
「なんでだろうなあ。なんかやけに食いたくて」
「ほんと人それぞれだよなー、そういうの」
「で、ブームは突然過ぎ去る、みたいな」
勇樹の言葉に、卵焼きをほおばりながら頷く。
突然、何かを食いたい欲求に駆られて、それを買い込んでいたら突然ブームが過ぎ去って持て余す、みたいな。
まあ、俺の場合はブームが過ぎ去ったところであまり気持ちに大差はないのだが。
腹が減れば、なんでも食いたくなるってものだ。
「急に何を食べたくなるか?」
図書館で咲良が漆原先生に聞けば、先生は少し考えこむ。
「そうだなあ……」
「さっきそういう話になってー、春都は今、生姜焼きが食いたいらしいです」
「ああ、生姜焼き。うまいよな」
ふむ、と先生は顎に手を当ててやっと答えた。
「ナポリタンだな」
「おー、これまた違った答えが」
「なんだ、井上君は何が食いたいんだ」
「俺はフライドポテトです。しかもジャンキーなの」
「ほう。まあ、あるあるって感じだな」
今日は当番ではないが、カウンター内のすみっこに椅子をもってきて座る。何気にここが一番落ち着くんだよな。誰かと相席するわけでもなく、隅の方にいれば利用する生徒は話しかけてこない。まあ、今は俺たちの他に誰もいないのだが。
「何を話している。図書館内では静かに過ごさなきゃいけないんじゃないか」
しばらく話していたら、石上先生が来た。その小言にも動じず、むしろ慣れた様子で漆原先生は悠長に言った。
「今は利用者もいないからなあ。それより石上、お前が急に食べたくなるものといえばなんだ」
「は? また突然何を……」
これ以上言っても無駄と悟ったのか、石上先生は一つため息をつくと答えた。
「急に食べたくなるもの……ああ、カップ焼きそばだな」
「こりゃまたジャンクな」
「あれにマヨネーズかけて食うのがうまいんだ」
まあ、それは分かる。カップ焼きそばってCM見てると妙に食いたくなるんだよなあ。
「からしマヨネーズもいいですよね」
「ああ、それもいいな」
「それをパンにはさんで食うのもうまいんですよ」
そうは言いつつも今はやはり生姜焼きが食べたい。
早く学校終わんねえかなあ。
「あっ、キャベツがない」
なんてことだ。生姜焼きといえばキャベツだろうに。
しかし体が温まった今、外に出るのはおっくうだ。なんか家にあるもので済ませよう。
「もやしか」
付け合わせはもやしにしよう。
とにかくメインの調理だ。
今日はたれもうちで作る。といっても、醤油、砂糖、酒、ショウガ、みりんを混ぜるだけだが。
豚肉に米粉を絡め、焼いていく。火が通ったらたれをかけて、さらに炒める
もやしはごま油で炒めるとしよう。これを皿に盛って、その上に生姜焼きをのせる。お、案外いい感じだぞ。
「いただきます」
もやしを付け合わせにするのは初めてだが、果たしてどうかな。
「え、うまあ」
キャベツとはまた違ったみずみずしさに、ゴマ油の芳香。主張が少なく豚肉のうま味を邪魔しないだけでなく、むしろたれの香ばしさと甘みを引き立てる。
米粉を絡めていたおかげで肉は柔らかいし、たれにはとろみがついている。ほんの少し焦げたところもおいしい。ロースを薄く切ってあるもので、脂身の部分も甘みがあっていい。こりゃご飯に合う。
で、生姜焼きといえばマヨネーズ。まろやかな口当たりになって皿にご飯に合うというものだ。
たれがついたもやしもまたうまい。
いやあ、生姜焼きにはキャベツと思っていたが、これは考えを改めなければならないかもしれない。それぐらいうまい。
豚肉でもやしを包んで、たっぷりたれを絡めてほおばれば、みずみずしさと豚のうま味が相まってたまらなくおいしい。食いたいものだったから、というのもあるし腹も減ってたっていうのもあるけど、これはおいしい。
これを白米で追っかけるのがいい。
いやあ、食いたいものを最高の形で食えるって幸せだなあ。
……明日も生姜焼きにしようかな。それならもやし、また買ってきとかないと。
「ごちそうさまでした」
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