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日常
第百六十九話 丸天うどん
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曇天ともなれば、冬らしい寒さが窓越しにも伝わってくる。
今にも雨か雪が降りだしそうな空模様、こんな日の晩飯は鍋かなあ、などとぼんやり考える。この様子だと昼までに晴れるとは考えづらい。昼もなんかあったかいもの食いたい。
「なにたそがれてんだ?」
人通りの少ない渡り廊下の窓から外を眺めていたら、勇樹が笑いながらやってきた。指先をさすり「あー寒い」と息を吐く。立って並ぶと背の高さが否が応にも際立つ。
「別にたそがれてねーよ」
「それにしてはずいぶん物憂げな眼をしてたぞ」
「昼飯のことを考えてただけだ」
素直にそう答えると、勇樹は心底おかしいというように笑った。
「あっはは! めっちゃ真剣だな?」
「当たり前だ。飯は大事だぞ」
そりゃそうだけど、と勇樹はポケットに手を突っ込み、窓に身を預けた。
「冷てえ」
「今日は冷える」
「しかも朝早くは暗いしさあ」
「朝練ってやつか」
たいていの運動部は朝課外が始まる一時間前とかそれより前から、練習をやっているらしい。大変だよなあ。
「暗くて寒いと、テンション上がんないって」
「それは分かる」
そう相槌を打つと、勇樹はこちらをじっと見つめてきた。何かを探るような視線に、思わず尋ねる。
「なんだ」
「いや、なんていうかさあ」
勇樹は少し身を乗り出して聞いてきた。
「お前って、テンション高いイメージないからさ。昔からそんな感じなのかなーって」
何だそれは。
興味深そうにこちらを見る勇樹に思わずため息をつく。これは何かしら言わないと引き下がらなさそうだ、と思ってその無言の問いに答える。
「中一ぐらいまでは結構元気だった」
「やけにピンポイントだな」
「元気というか、力量を見誤ってたともいえる」
今考えれば、かなり無謀なことをしていたよなあ、と思う。心臓がひゅっとなるのであまり思い出したくはないのだが。
「なに、力量って」
「運動音痴の癖に応援団やってた」
そう言えば勇樹は信じられないというように笑った。
「まじかよ! 見えねー」
「小学生のころからやってて、その頃は何とかやれてたんだけど。中学になったら格が違ったよな」
「あー、結構力入ってるとこあるもんなあ」
「それで思い知って、それからは自分に合った生き方をしてる」
「大げさな」
そう勇樹は笑うが、俺にとっては結構な出来事だ。
自分はそういう、いわゆる人前に立つことが好きなんだろうと思っていたし周囲からもそう思われてきたが、いざそういうことから離れてみれば、ずいぶん気持ちが楽なことに気付いた。
あー、俺、人前で話すのとか、苦手だったんだなあ、と漠然と思ったものだ。
「だから、お前とは話が合わないと思ってた」
「なんでだよ」
「なんかこう、住む世界が違う感じ」
「それをいうならお前もだよ。とっつきにくい雰囲気だし」
勇樹は窓から背を離し、体勢を変えると窓枠に肘を置いた。
「まあ俺、運動は得意だけどさ」
「嫌味か」
「ちげーよ」
そのやり取りがなんかおかしくて思わず笑ってしまう。
「それを言うなら、俺は勉強が得意だ」
「なんだよ、嫌味じゃん」
「お前と似たようなことを言っただけだ」
「いや春都のは明確に嫌味だろ!」
口ではそう言っているが、勇樹も楽しそうに笑っている。
「何話してんのー」
と、そこにやってきたのは咲良だ。咲良は勇樹とは反対側の、俺の隣で立ち止まった。
「運動ができるって自慢されてるところだ」
「いや、俺は勉強ができるんだぜって、どや顔されてるとこだ」
矢継ぎ早にそう言えば、咲良はきょとんとした後、屈託のない笑みを浮かべて言ったものだ。
「え~、じゃあ俺はー……やればできる子! ってやつ!」
予想外の返答に、勇樹と顔を見合わせ、噴き出した。
当の咲良はその反応にピンとこなかったらしい。「え? 何で笑った?」と心底不思議そうだ。
「お前は良くも悪くもポジティブなところが取り柄だな」
「え、悪い意味でのポジティブって何?」
その問いに何も答えないでただ笑っていると「なんだよ~」と情けなく言いながらも咲良も笑った。
雲の切れ間から、わずかに光が差し込み始めていた。
昼休み、今日は食堂で飯を食う。
温かいものの代表といえばうどんだが、肉かカレーか、かけうどんかというところなので悩む。
「あれ? 今日は日替わり二つある」
咲良のつぶやきに券売機を見る。確かに、日替わりメニューはいつも一つだけなのだが、今日は二つ、点灯している。設定うまくいったんだなあ、などと思いながらその文字を読む。
「丸天うどんか」
これは何ともラッキーな。これにしよう。
当然大盛りにして、今日は咲良も一緒のものを頼んだので揃って席につく。
「いただきます」
透き通る出汁に、大判な丸天がのっている。
魚のすり身を文字通り丸く、そして程よく薄く成形して揚げられた丸天はほんのり甘い。ちくわやかまぼことはまた違った食感がおいしい。揚げた表面がぷわぷわとはがれているのが丸天らしい。
うどんは言わずもがな柔らかい。出汁にもちょっと魚の風味が染み出していて、肉うどんとはまた違ったさっぱりとしたうま味がおいしい。
「そういえば、今日はカツじゃなくてよかったのか」
「たまには違うのも食うよ」
丸天うどんには一味がよく合う、と、俺は思う。丸天が甘めだからだろうか。ピリッと味が引き締まっていい。
「うどんが日替わりで出るって珍しいよな」
咲良はそう言って、ハフハフとうどんをすすった。
「ああ、基本は定食だからな」
「ラーメンとかしてほしいなー」
よその学校はラーメンが常時メニューにあるらしい。それはそれでうらやましい。
でも今は目の前の丸天うどんだ。丸天は肉やごぼう天とは違って、具が行方不明になりにくいのがいい。
余すことなくいただけるというものだ。そうなるとネギもしっかり完食したくなるな。
店じゃ滅多に頼まないけど、丸天うどん、うまいんだよなあ。
「ごちそうさまでした」
今にも雨か雪が降りだしそうな空模様、こんな日の晩飯は鍋かなあ、などとぼんやり考える。この様子だと昼までに晴れるとは考えづらい。昼もなんかあったかいもの食いたい。
「なにたそがれてんだ?」
人通りの少ない渡り廊下の窓から外を眺めていたら、勇樹が笑いながらやってきた。指先をさすり「あー寒い」と息を吐く。立って並ぶと背の高さが否が応にも際立つ。
「別にたそがれてねーよ」
「それにしてはずいぶん物憂げな眼をしてたぞ」
「昼飯のことを考えてただけだ」
素直にそう答えると、勇樹は心底おかしいというように笑った。
「あっはは! めっちゃ真剣だな?」
「当たり前だ。飯は大事だぞ」
そりゃそうだけど、と勇樹はポケットに手を突っ込み、窓に身を預けた。
「冷てえ」
「今日は冷える」
「しかも朝早くは暗いしさあ」
「朝練ってやつか」
たいていの運動部は朝課外が始まる一時間前とかそれより前から、練習をやっているらしい。大変だよなあ。
「暗くて寒いと、テンション上がんないって」
「それは分かる」
そう相槌を打つと、勇樹はこちらをじっと見つめてきた。何かを探るような視線に、思わず尋ねる。
「なんだ」
「いや、なんていうかさあ」
勇樹は少し身を乗り出して聞いてきた。
「お前って、テンション高いイメージないからさ。昔からそんな感じなのかなーって」
何だそれは。
興味深そうにこちらを見る勇樹に思わずため息をつく。これは何かしら言わないと引き下がらなさそうだ、と思ってその無言の問いに答える。
「中一ぐらいまでは結構元気だった」
「やけにピンポイントだな」
「元気というか、力量を見誤ってたともいえる」
今考えれば、かなり無謀なことをしていたよなあ、と思う。心臓がひゅっとなるのであまり思い出したくはないのだが。
「なに、力量って」
「運動音痴の癖に応援団やってた」
そう言えば勇樹は信じられないというように笑った。
「まじかよ! 見えねー」
「小学生のころからやってて、その頃は何とかやれてたんだけど。中学になったら格が違ったよな」
「あー、結構力入ってるとこあるもんなあ」
「それで思い知って、それからは自分に合った生き方をしてる」
「大げさな」
そう勇樹は笑うが、俺にとっては結構な出来事だ。
自分はそういう、いわゆる人前に立つことが好きなんだろうと思っていたし周囲からもそう思われてきたが、いざそういうことから離れてみれば、ずいぶん気持ちが楽なことに気付いた。
あー、俺、人前で話すのとか、苦手だったんだなあ、と漠然と思ったものだ。
「だから、お前とは話が合わないと思ってた」
「なんでだよ」
「なんかこう、住む世界が違う感じ」
「それをいうならお前もだよ。とっつきにくい雰囲気だし」
勇樹は窓から背を離し、体勢を変えると窓枠に肘を置いた。
「まあ俺、運動は得意だけどさ」
「嫌味か」
「ちげーよ」
そのやり取りがなんかおかしくて思わず笑ってしまう。
「それを言うなら、俺は勉強が得意だ」
「なんだよ、嫌味じゃん」
「お前と似たようなことを言っただけだ」
「いや春都のは明確に嫌味だろ!」
口ではそう言っているが、勇樹も楽しそうに笑っている。
「何話してんのー」
と、そこにやってきたのは咲良だ。咲良は勇樹とは反対側の、俺の隣で立ち止まった。
「運動ができるって自慢されてるところだ」
「いや、俺は勉強ができるんだぜって、どや顔されてるとこだ」
矢継ぎ早にそう言えば、咲良はきょとんとした後、屈託のない笑みを浮かべて言ったものだ。
「え~、じゃあ俺はー……やればできる子! ってやつ!」
予想外の返答に、勇樹と顔を見合わせ、噴き出した。
当の咲良はその反応にピンとこなかったらしい。「え? 何で笑った?」と心底不思議そうだ。
「お前は良くも悪くもポジティブなところが取り柄だな」
「え、悪い意味でのポジティブって何?」
その問いに何も答えないでただ笑っていると「なんだよ~」と情けなく言いながらも咲良も笑った。
雲の切れ間から、わずかに光が差し込み始めていた。
昼休み、今日は食堂で飯を食う。
温かいものの代表といえばうどんだが、肉かカレーか、かけうどんかというところなので悩む。
「あれ? 今日は日替わり二つある」
咲良のつぶやきに券売機を見る。確かに、日替わりメニューはいつも一つだけなのだが、今日は二つ、点灯している。設定うまくいったんだなあ、などと思いながらその文字を読む。
「丸天うどんか」
これは何ともラッキーな。これにしよう。
当然大盛りにして、今日は咲良も一緒のものを頼んだので揃って席につく。
「いただきます」
透き通る出汁に、大判な丸天がのっている。
魚のすり身を文字通り丸く、そして程よく薄く成形して揚げられた丸天はほんのり甘い。ちくわやかまぼことはまた違った食感がおいしい。揚げた表面がぷわぷわとはがれているのが丸天らしい。
うどんは言わずもがな柔らかい。出汁にもちょっと魚の風味が染み出していて、肉うどんとはまた違ったさっぱりとしたうま味がおいしい。
「そういえば、今日はカツじゃなくてよかったのか」
「たまには違うのも食うよ」
丸天うどんには一味がよく合う、と、俺は思う。丸天が甘めだからだろうか。ピリッと味が引き締まっていい。
「うどんが日替わりで出るって珍しいよな」
咲良はそう言って、ハフハフとうどんをすすった。
「ああ、基本は定食だからな」
「ラーメンとかしてほしいなー」
よその学校はラーメンが常時メニューにあるらしい。それはそれでうらやましい。
でも今は目の前の丸天うどんだ。丸天は肉やごぼう天とは違って、具が行方不明になりにくいのがいい。
余すことなくいただけるというものだ。そうなるとネギもしっかり完食したくなるな。
店じゃ滅多に頼まないけど、丸天うどん、うまいんだよなあ。
「ごちそうさまでした」
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