一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第百六十七話 バナナジュース

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 朝、聞きなれない機械音で目を覚ます。

「なんだこの音……」

 今日は休日。少しゆっくり過ごそうかと思っていたが、音の正体が気になり過ぎる。

 足元に横たわっていたうめずも床に降り、そわそわとしていた。

「おはよー……」

 扉を開ければ、その音はさらに大きくなる。

「あ、おはよう春都。早いねー」

 台所では母さんがミキサーを扱っていた。なるほど、この音か。

「なんか作ってんの」

「いや、片づけてたら見つけてねー。使えるかなって試運転」

 この様子なら使えそうね、と母さんはミキサーの上の部分を外した。

「洗って、何か作ろうか。何がいい?」

「え、何って……」

 寝起きの頭では何も考えつかないのだが。

「あ、おはよう春都」

「父さん、おはよう」

 新聞を取りに行っていたらしい父さんが台所に向かう。

「ミキサーかあ。バナナジュース飲みたいなあ」

「あ、いいね」

「バナナジュースか……」

 数えるほどしか飲んだことがないかもしれない。そもそも、バナナ自体が昔は苦手だったからなあ。ジュースといえばオレンジだったし。

 そういや凍らせたイチゴをジュースにしたことがあった。ああ、あんときのミキサーか。

「イチゴジュース」

「それもいいね」

「でも、なんかイチゴはそのまま食べたい気分」

 いつからか、イチゴをジュースにする覚悟がなくなった。

 イチゴミルクとか贅沢な飲み物だよな。よく考えれば。

「じゃあバナナにしようか。昼、それとサンドイッチって、良くない?」

「いいねえ」

 昼飯の計画が立ったらしいところで、一つあくびをして支度に向かう。

 そういやうちにバナナはないな。あとで買ってこなきゃなあ。



 うめずの散歩がてらにスーパーへ向かう。

 バナナって、結構種類があるよなあ。どれがいいんだろう。まあ二種類ぐらい買っとくか。

「えーっと、あとは……」

 バナナジュースといえば牛乳をイメージするが、母さんからは豆乳を買ってきてと言われている。

 それとサンドイッチのためのパン。食パンでいいか。

 あとはいくつか、弁当のおかずになりそうなもの買って帰ろう。一週間は自分で賄わないといけないしな。まあ、昼は食堂に行くこともあるけど。

「待たせたなー、うめず」

「わふっ」

 店先で待ってもらっていたうめずは、ポカポカと日当たりのいいところに移動していた。

 小春日和という言葉がよく似合う天気だ。降り注ぐ日差しは暖かく、時折吹く風は少し冷たさをはらんですがすがしい。薄青い空にはうろこ雲が渡り鳥のように広がっている。

 ちょっと遠回りをして帰ろう、と思える気候だ。

 人通りの多いところを避けていけば、おのずとたどり着く場所がある。アーケードか、あるいは田畑の広がる道路か。

 今日はせっかくの天気なので、風通しも日当たりも良好な道路の方へ行くことにした。

 ここまで風通しがいいとちょっと冷えるな。でも、気持ちがいい。うめずの毛並みが淡い光に照らされてきれいだ。

「おー、家が建ってる」

 つい最近まで更地だったはずの場所に、真新しい家がいくつも建ち始めていた。どれも今どきというか、四角いというか、モノクロの積み木で作ったような家だ。こういうのがおしゃれというのだろう。

「三階建てだって」

「わう」

「エレベーター付きの一軒家とか、どういう人が住むんだろうなあ」

 家の中に当然のようにエレベーターがあるのって、どんな感覚だろうか。マンションのエレベーターとはわけが違うよなあ。

 住んでみたい、とまでは思わないけど、ちょっと気になるよな。



 サンドイッチの具はキュウリとハムというシンプルなものにするようだ。

「足りる?」

 そう聞けば母さんは「バナナジュースが結構お腹にたまるよ~」と答えた。

「ま、足りないときは何か作ろう」

「そうか」

 パンは焼かずにそのまま。マヨネーズ塗って、ハムのっけて、薄く切ったキュウリをのせたらマヨネーズ塗って、もう一枚のパンで挟んで半分に切る。三角に切ることもあるが、今日は四角だ。

「さー、バナナジュース作るよー」

 お、待ってました。

 バナナは一本使うらしい。一本でいいのか。

 皮をむいたら身をちぎってミキサーに入れる。豆乳は目分量のようだ。

「そしてふたをして……春都、スイッチオン!」

「よしきた」

 ボタンを押し込めばギュイインと結構大きめで重めの機械音が鳴る。

「おおお、なんだこれ」

「なんか楽しいでしょ」

 止めるタイミングが分からない。なんとなくのところで止めると母さんは「よしよし」と言って上の部分を外した。

 コップに注がれる様子はすごくもったりとしていて濃厚そうだ。

「いただきます」

 とりあえずジュースを一口。泡立っているところもあって、もこもこふわふわな口当たりだ。

「甘い」

「砂糖入れなくてよかったねえ」

 豆乳は冷えていたから氷を入れなくても十分冷たく、ちょうどいい温度だ。なんか咀嚼しないとのどに詰まりそうな感じの濃厚さだな。豆乳だからどことなくさっぱりとしている。おいしいなあ。

 確かにこれはシンプルなサンドイッチぐらいでちょうどいい。

 あっさりとしたマヨネーズと、ハム、キュウリだけのサンドイッチがおいしい。キュウリの青い香りが鼻に抜け、さっぱりとした口当たりだ。

 そこにバナナジュース。うん、合うなあ。

「バナナ凍らせてもいいんじゃないかな」

 父さんがそう言って、半分ほど飲み干した。確かにそれもいい。

「ジュース自体を凍らせてもいいかも」

 ふとつぶやけば父さんと母さんは「ああ~!」と感心した様子だった。

「いいねえ、アイスじゃん、それ。削ってもいいかもよ」

「シンプルでおいしいんじゃない?」

 何ならチョコレートかけるとか。そしたらチョコバナナになるよな。

 うん、おいしそうだ。せっかくミキサーがあるんだし、今度作ってみよう。

 ……洗うのは大変そうだけど。



「ごちそうさまでした」

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