一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
156 / 854
日常

第百五十六話 ハムエッグ

しおりを挟む
「う~、寒い……」

 布団から出るのがつらい季節になった。

 しんと冷たい板張りは靴下を履いていても触れるのをためらう。布団の中で上着を羽織り、覚悟を決めて立ち上がる。

 ファンヒーターの電源をつけ、パパッと身支度を終わらせる。

 朝飯の準備をする前にこたつのスイッチも入れておこう。冷えたこたつは外気温より冷たいように感じるときがあるのだ。

 とりあえず弁当の準備だ。

 卵焼き……は、今日は作る気力がないので目玉焼きを焼いて折り曲げる。間に塩コショウを振っておくとおいしい。

 あとはハンバーグ温めて、昨日の晩にとっておいたブロッコリー茹でたのと冷凍のスパゲティナポリタン。こんなもんか。ふりかけは卵にしよ。

 電気ケトルで湯を沸かし、今日の分の味噌玉を準備する。わかめでいいか。

 それと今日は目玉焼きにしよう。がっちりかたいのもいいが半熟もいい。うーん、今日は半熟の気分だ。

 油をひいて熱したフライパンに卵を二つ落とす。ジュワアァ……といい音がして、黄身がゆったりと動く。白身にある程度火が通ったら水をちょっと入れてふたをする。あー、ハムとかベーコン、買っときゃよかったなあ。

 ま、いいや。

 目玉焼きは塩コショウを振って、ご飯の上に直接のっけて、味噌玉に湯を注いだら朝飯完成。せっかくだし、漬物でも出すか。コンビニのたくあん。これが何気にうまい。

 しっかり温まったであろうこたつにもぐりこんで、テレビをつけて、と。

「いただきます」

 半熟の目玉焼きは余すことなく食べたいものだ。箸で穴開けて醤油を垂らす。切るようにして混ぜたら黄身がとろりとあふれ出す。

 白身のプリッとした食感がかなり好きだ。黄身は端の方が少しかたまっていて、とろりとした部分と二つの食感を楽しめる。もうちょっと醤油かけよう。うん、やっぱ醤油ちょっと多めの方が好きだなあ。

 みそ汁もほっとする。たくあんも程よい塩気と甘さがおいしい。

『今朝はずいぶんと冷え込みますが、お昼からはどうでしょう? それではお天気です』

 朝のローカルなニュース番組。冒頭には天気予報があるんだ。

『昼は日差しが出ますが、風は冷たいでしょう。調節のきく服装で……』

 まあ、そうだよな。この時期の天気予報はそれが決まり文句みたいなものだ。

『そろそろ防寒具が活躍しそうですね』

 ネックウォーマー、そろそろはめてくかあ。風邪ひくのはやだもんなあ。

「ごちそうさまでした」



「春都はさー、朝飯何派?」

 昼休み、向かいに座った咲良が、菓子パンを食べながら聞いてきた。

「何派って、何」

 ハンバーグは冷えているがおいしい。オーロラソースがよく合う。目玉焼きの塩気もたまらない。朝の半熟とは違い、しっかり焼けているのもおいしい。

「米かパンか」

「ああ、そういうこと」

 ブロッコリーもしんなりしているが、それがまたいい。小分けにしながら食うのが好きだ。

「米」

「迷いねえなあ」

「一時期パンにはまってたけど、基本米」

 冷凍のナポリタンは甘い。具は彩りを重視してか、コーンや、赤や黄色のパプリカ。そして薄っぺらいウインナーが何枚か。その具材も甘い。

「咲良は?」

「俺も米」

「なんだそれ」

「でもたまに食うパンがうまい」

 その気持ちは分からないでもない。咲良は「それがさあ」と一つ目のパンを食べ終え、袋を結んでぽいと俺の机の上に放り出した後、二つ目のパンの袋を開けながら言った。

「今日の朝飯、パンだったんだよね」

「そうか」

「それがめちゃくちゃうまくてさあ~」

 思いっきりほおばったパンを咀嚼して飲み込み、咲良は目を輝かせながら続けた。

「食パンなんだけど、それにケチャップ塗って、たっぷりチーズのせて……」

「ピザトースト?」

「いや違う。似てるけど違う」

 卵味のふりかけが甘くしっとりとしている。ピザトースト、最近食ってねえなあ。

「そんでさ、チーズとケチャップの間にはベーコンが挟まってて。しかもチーズのくぼみには卵が落とされてんの」

「ほう」

 確かにそれはボリュームがありそうだ。咲良は心底それを気に入ったらしく、その気持ちがそのまま表情に出ているような感じだった。

「卵は半熟で、チーズもいい溶け具合で。あれはうまかった……」

「よっぽど気に入ったみたいだな」

「明日も食えたらいいなあ~」

 でも冷蔵庫の中身次第なんだよな、と咲良は笑った。

「めっちゃ豪華かと思えば、めっちゃ質素ってこともあるし」

「明日はどの可能性が高いんだ」

「質素」

 咲良はバナナオレを飲む。甘いものと甘いもの、よく合わせられるなあと感心しながら、誰かが朝飯を作ってくれるんだな、などとぼんやり思った。



 相変わらず朝の空気は冷たい。布団の中はホカホカとしているが、頬がそれはもう冷えている。

 さて、今日もいつも通り朝の準備だ。ファンヒーターの電源を入れ、身支度をさっと終わらせ、こたつの電源を入れてから台所に向かう。

 今日は弁当休みの日なので、朝飯の準備に取り掛かる。

 昨日買ってきておいた薄切りハム。これを三枚フライパンにのせて、その上に卵を落とす。脂がはじけるいい音がして、香ばしい香りが漂った。

 電気ケトルでお湯が沸ける音が響く。今日はポタージュでも飲もう。

 よし、いい感じに焼けたみたいだ。ハムエッグを皿に移してスープを作る。こぽこぽといい音がするなあ。この音、なんか好きだ。

「いただきます」

 卵一つとハム一枚をうまいことすくってご飯にのせる。きれいにのったらちょっとうれしい。

 箸を入れたらぷつりと音がするように黄身が割れ、半熟の中身があふれ出す。醤油を垂らし、ハムと一緒にご飯とかきこむ。

 ハムの塩気に醤油の香ばしさ、卵のまろやかな口当たりのバランスがいい。ご飯とよくなじんでいいな。

 ポタージュはまったりとイモの味。ほくほくだ。

 そしてご飯とは合わせず、ハムと卵だけでも食べてみる。これもまたいい。ハムだけで食うのも好きだ。

 でもやっぱご飯と一緒に食うのいいな。朝飯って感じする。

 母さんが作る朝飯は、いつもこれだもんな。

 決して豪華ではないけど、これがいい。これが、俺にとって一番力の出る朝飯だ。



「ごちそうさまでした」
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

「今日でやめます」

悠里
ライト文芸
ウエブデザイン会社勤務。二十七才。 ある日突然届いた、祖母からのメッセージは。 「もうすぐ死ぬみたい」 ――――幼い頃に過ごした田舎に、戻ることを決めた。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

だってお義姉様が

砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。 ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると…… 他サイトでも掲載中。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

処理中です...