一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第百四十九話 回鍋肉

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「春都、帰ろうぜ」

 帰りのホームルームが終わって早々、咲良は窓を開けてそう言った。

「早いなお前」

「廊下で待ってた」

 支度は済ませてあるので、リュックサックを背負い、鞄を持って廊下に出る。

「ご苦労」

「お、なんか上からだな?」

 並んで歩きながら、咲良は笑う。

「荷物お持ちしましょうか」

「なんだそれ」

「なんかさっきの春都、ヤンキーのトップみたいだったから、つい」

 俺は確かに目つきは悪いが、ヤンキーとは縁遠いと思うぞ。むしろ平和主義者というか、極力面倒ごとはごめんだ。

 今日は日が差していて、いつもはひどく冷たい昇降口も心なしかほんのり暖かい。開かれたドアから風が吹き込んできているが、その風も穏やかで、もうすぐ春が来るのではないかと錯覚してしまう。

「うちの学校にもヤンキーっているのかね」

「さあ、どうだろうな」

 門を出る前に、鞄の中でこっそりとスマホの電源を入れる。咲良はというと、周囲に先生がいないことを確認するや否や、平然とスマホを取り出した。

「学校でスマホ使ってるから、お前はヤンキーだ」

「ヤンキー判定緩くね?」

「よく分からん」

 俺は門を出てからスマホを取り出す。

 と、さっそく通知が来た。ばあちゃんかと思ったが違った。これは、山下さんか。

 ちょっと脇にそれてメッセージを確認する。

『リンゴは好き?』

「……は、リンゴ?」

 間抜けな声を出せば、ゲームにログインしていたらしい咲良が「え、なに。リンゴ?」とこちらに視線を向けた。

「山下さん……こないだの、その、あれだ。プリン頭の人から」

「大学生と連絡先交換してんだ。すげーな春都」

 注目すべきはそこではないのだが、まあいい。メッセージの続きを読む。

『親の実家からリンゴが送られてきたけど、うちで消費しきれる量じゃなくて、良かったらどうかなーと』

 なるほど、そういうことか。

 こういう時はどう返信するのが正解なのだろう、と少し考える。こういうのは一度遠慮しておくのがいいのか、はたまた素直にいただきますでいいのか。

 しかし俺は遠慮というものを知らないので『いいんですか、ありがとうございます。リンゴ好きなのでうれしいです』と送っておいた。慣れないことをしてもろくなことはないしな。

 メッセージを送ってすぐ返信が来た。

『じゃあ、今度の休みにでも持ってくるよ! 土曜と日曜どっちがいい?』

「……おい、咲良」

「ん~?」

 一緒にメッセージをのぞき込んでいた咲良に聞く。

「土曜と日曜、どっちが暇だ」

「え? 俺? 俺はどっちも暇だけど?」

「じゃあ土曜は予定空けとけ」

「なに、どういうこと?」

 きょとんとした表情の咲良に、少し声を潜めて言う。

「俺一人じゃ無理だ」

「何が」

「山下さんの相手。あのテンションの高さに俺一人で対抗するのは、無理だ」

「ああ、そういうことね」

 咲良は事情を察したらしく、声を出して笑った。

「その山下さんっていう人は、春都にとっては対応しづらい人ってわけね」

「そうだ」

「いいぜ~、俺は。なんかごちそうしてくれたらそれで」

 ちゃっかり何かを要求するあたり、抜け目がない。

 まあ何か食べさせるだけで引き受けてくれるのであれば、俺としてはありがたい。

「じゃあ土曜日な」

「オッケー」

 山下さんに『土曜日ならオッケーです』と送れば『じゃあ土曜の一時ぐらいに来るな!』と、威勢のいいスタンプとともに帰ってきた。

「あ、このスタンプ俺も持ってる。気が合いそうだ」

「じゃあ相手は任せるぞ」

 そう真剣に言うと、咲良は苦笑した。

「お前がリンゴもらうんだろ? 春都が相手しなくてどうすんだよ」

「むう」

「ま、ごちそうの分、フォローはしっかりさせてもらうよ」

 何が食えるかなあ、と咲良はのんきに鼻歌など歌っている。

 静かに嘆息し、了解の意を示すスタンプを送って『よろしくお願いします』と添え、トーク画面を閉じる。

「んじゃ、帰るか」

「ああ」

 あ、そういえば田中さんは来るのだろうか。

 ……山下さん、ちゃんと田中さん誘ってくれるといいけど。



 なんだかどっと疲れたので、メニューを考える気力がない。

 と、台所の棚を眺めていると、中華のレトルト調味料が目に入った。回鍋肉、そういや買ってたな。今日はこれにしよう。

 豚バラ肉とキャベツはあるし、炒めりゃいいから今の俺にもってこいの手軽さだ。

 キャベツはザクザクと切って豚バラ肉はそのまま。先にキャベツを炒め、いったん皿に取り出して肉を炒めたら、調味料をよく絡ませ、キャベツを合わせて仕上げる。

 食欲もないかと思ったが、香辛料の香りをかいでいたら腹が鳴った。ご飯は山盛りにしよう。

「いただきます」

 回鍋肉はキャベツと肉を一緒に食べるのが好きだ。シャキッとしたみずみずしいキャベツと、肉と脂身のバランスがよくジューシーな豚バラ肉。これをまとめる調味料は味噌のような風味だ。

 まあ、肉だけ、キャベツだけで食べるのもいい。回鍋肉はキャベツも主役だと思う。肉に負けず劣らずの存在感で、ご飯が進む。

 肉で巻いて白米を食うのもいいよな。

 でもやっぱ一緒に食べたい。米にバウンドさせ、一気に口に含み、そしてご飯で追いかける。がっつり飯食ってるって気になる料理だ。

 うん、飯食ったらちょっと元気出てきた。

 土曜もしっかり飯は食おう。

 腹が減っては戦はできぬ、っていうからな。



「ごちそうさまでした」

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