一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第百四十一話 サンドイッチ

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 流れる景色はすっかり冬の色に変わっている。冬の電車の車内は程よく暖かい。

 こないだ引っ張り出してきておいた厚手のジャケットがさっそく活躍することになるとは。今日は一段と冷たい風が吹いていたが、心地よいぐらいには感じられる。

 図書館のレイアウトも一気に冬景色だ。雪モチーフのオーナメントや、ささやかなクリスマスツリーも飾られている。サンタクロースやトナカイの飾りにまぎれて、冬におすすめの本の紹介文が装飾されている。

 さて、クリスマス向けの料理の本はどこだろう。

「あれ、結構少ないな」

 料理本コーナーに設置されたクリスマスレシピ特集、そこに並んだ本は少ない。基本ケーキの本ばかりで、ご飯系の本はさらに少ない。

「う~ん……」

 しかも「有名店のディナー」とか「お店の味をご自宅で」とかで、少なくとも俺には手に余りそうなレシピばかりだ。たぶん、お手軽なやつとかはもう借りられてしまったのだろう。一歩遅かったようだ。

 まあ別に盛大なパーティをやるわけでもないし、そんな前もって準備しなくてもいいのだが、せっかくここまで来たしなあ。

 ちょっと足を延ばしてみるか。



 バスターミナルから路線バスに乗って、三つほど行ったバス停で降りる。

 立体駐車場と広大な平面駐車場を要するそこはショッピングモール。自分が小さいときはちょくちょく行っていた。近くに映画館や結構大きめなゲームセンターがあるからか、そういう施設は内設されていないか、あるいは面積が狭いかだが、食料品店やレストラン、本屋や衣料品店のラインナップは結構いい。

 エレベーターのそばにある二階の本屋には雑貨屋も併設されている。地元では見ないようなちょっとおしゃれな文房具なんかも売っている。たまにアニメコラボ商品もおいてあるので見逃せない。

 最近映像化された漫画や一月はじまりの手帳、話題の小説、実用本が並ぶ本棚を抜け、雑誌コーナーを横目に料理本の棚へ向かう。

 本屋は本棚ごとに客層が違うように思う。若者向け、小学生向け、ビジネスマン向け、男性向け、女性向け――しかし料理コーナーはそこまで固定されていないように見える。料理は懐が広い分、読む人の幅も広いのだろう。

 ささやかな飾りつけのクリスマス特集、図書館よりも数多くの書籍が並んでいた。

 ちょっと贅沢な和食……なるほど、手毬寿司ね。確かに色も鮮やかでいい。クリスマスだからといって洋食にこだわる必要はないもんな。エビチリとか、レトルト調味料は売ってるけど、パッケージに載ってる写真みたいに大ぶりの海老を毎回準備するのは難しいし。

 普段の料理をちょっと豪華に、って感じもいいかもしれない。

 でもせっかくだから何か一つメインにどんと何か作りたい。

「何がいいかなあ……お」

 厚さはそこまでない、シンプルな装丁の本。表紙にはスライスしているローストビーフの写真があった。

 手に取ってぱらぱらとめくり、ローストビーフのページを見つける。複雑なのかなと思ったが、俺にもできそうな作り方だ。肉の塊は案外きれいなのがスーパーにも売ってるし、できるかもしれない。

 他にもパイシチューとかカップケーキとか、素朴な感じのものも多い。これはいいな。

「買うか」

 さて、あとは漫画と小説見ていこうかな。



 図書館で見かけて読んで、ほしいと思っていた本があった。小説なのだが地元の本屋では売っていなかったので思わず買ってしまった。

「昼飯どうしようかな」

 本屋と同じフロアにフードコートがある。とりあえず行ってみよう。

 昼時ともあって、フードコートは人でごった返していた。まあ今日は日曜だし、それも当然か。ということは下のフロアのレストラン街も込み合っているということだよなあ……

 また駅戻るか、でも昼時ってことに変わりはないし。時間ずらすか?

 しかし、腹減ったなあ……

「テイクアウトするか」

 食べるところはまあ、探そう。いざとなれば電車を待つ間に食えばいいし。

 それじゃあ、何にしようか。たこ焼き、うどん、ステーキ……できれば手軽な感じがいいなあ。

 あ、あれいいんじゃないか。サンドイッチ。

 パンから自分で選べるのだが、もともとカスタマイズされた商品もあるのでとっつきやすい。

 しかも冬季限定メニューとかも始まってるみたいだ。うん、ここにしよう。

 他の店よりも並んでいる客は少なめに見える。家族連れらしい四人組の後ろに並んでメニューを吟味する。

 自分で一から選んでもいいが、今はだれかに決めてもらいたい。

「次でお待ちのお客様、どうぞ」

 うん、よし、決めた。

「お持ち帰りですか?」

「はい。ローストチキンのサンドイッチ、Aセットでお願いします」

「お飲み物は何にいたしますか?」

「えーっと、オレンジで」

「かしこまりました。では、横にずれてお待ちください」

 待っている間はサンドイッチを作っている様子を見ることができる。手際の良さは見ていて気持ちがいい。

 でもどこで食べようかなあ。できれば人が少ないところがいいけど……

「あ、そうだ」

 いいとこ、思いついた。



 大きな川の河川敷。そこにはちょっとしたベンチや東屋が設置されている。地元の人たちが掃除とかをしているみたいで、いつもきれいだ。

 ちょっと冷えるが、気持ちがいい。向かいの河川敷には何台かの車とたくさんの自転車が停まっている。どうやら小学生か中学生ぐらいの子どもたちがサッカーをしているらしい。河川敷でサッカー、ちょっとした憧れだ。

 元気のいい掛け声を聞きながらベンチに腰を下ろす。ちょっとした風よけもあるので寒さはしのげる。

「いただきます」

 コルク色の袋からサンドイッチを取り出す。英字新聞みたいな柄の包み紙は、いいとこのサンドイッチって感じがしていい。三角のサンドイッチではなく、フランスパンをいくつかに等分したものでたっぷりの野菜と肉を挟んでいるのもおしゃれだ。

 ゴマがまぶされた少しかためのパンは、香ばしくトーストされている。ローストチキンは柔らかい。特製ソースはレモンの風味がして爽やかだ。粒マスタードの風味がいい。レタスの食感もみずみずしいし、玉ねぎの風味もいい。

 ジュースはちょっと冷たいけど。

 Aセットにはポテトがついてくる。太めにカットされたほくほくのポテトは塩気もちょうどよくておいしい。

 いつかは自分好みにカスタマイズしてみたいものだ。ちょっと勇気がいるんだよな。

 日が差してきて少しだけ暖かくなった。澄み切った風と柔らかな午後の日差しが心地いい。こういうとこをうめずと散歩したら楽しそうだなあ。

 ジュースも残ってるし、ちょっと本読んで帰ろうかな。



「ごちそうさまでした」

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