140 / 854
日常
第百四十話 ハンバーグ
しおりを挟む
ハンバーグを食べに行こう。
そう、咲良に提案されたのは金曜の放課後だった。
「何をまた突然」
聞けば咲良はなぜか少し得意げに言ったものだ。
「先週はお前にいろいろ祭りを案内してもらっただろ? だから、今度は俺がなんか案内したいと思ってな!」
「ほう……?」
理由になっているような、なっていないような。
疑問が残ったまま考え込んでいると、咲良は大事な内緒話をするように、にやりと笑って付け加えた。
「熱々の鉄板で焼きたてのハンバーグ、ソースも選び放題だぞ~」
「行く」
ここまで言われちゃ黙っていられない。
こうして、土曜の午後の昼食が決まったのだった。
土曜課外の後、廊下で咲良を待つ。
「お待たせー。じゃ、行きますか」
目的の店は、咲良の地元にあるらしい。なので今日は家に帰らず、バス停に直行した。
バスを待つ人数はかなり多い。こういうのには慣れていないので、ここにいていいものかとそわそわする。
「どんな店なんだ」
そんな気分を紛らわすために咲良に聞く。咲良はにこにこと笑った。
「行ってのお楽しみだ」
「なんだそれ」
「まあ、いいから」
案の定、バスはぎゅうぎゅう詰めで座れなかった。こんな中で毎日通学してんのか。すげえなあ。
洗剤か香水か分からない匂いで酔いそうになる。
「大丈夫か?」
「ん、たぶん」
でも、入り口付近に場所をとっていたので、バス停ごとに新しい空気が入ってきて何とかしのげた。
目的地付近になって席が空いてきた。もうちょっと早く空けばよかったのになあ、などと思っていたら目的のバス停に停まった。
「はー……新鮮な空気」
思いっきり深呼吸して体の中の空気を入れ替える。店までは歩いていくとのことで、その間に酔い覚ましはできそうだ。
見渡す限り田んぼと畑、そしてだだっ広いホームセンターに薬局、ローカルな店が立ち並ぶその光景はいかにも田舎だ。うちのまわりとはまた違ったタイプの田舎。でも、空気が気持ちいい。
「もうちょっと先に行ったら、道の駅とかある。休みの日は車がすごい」
「ああいうとこって観光客が多いよな」
「でも見晴らしいいし、人が少ないときは地元の人も寄るよ」
五分ほど歩いたところで、その店は見つかった。
小ぢんまりとした茶色の建物。店先には手入れが行き届いた植物が飾られている。看板を見れば「キッチン守本」と遠くからでも見つけやすい書体で書かれている。
ん? 守本?
「ここって、守本って」
「そ、菜々世の家」
なるほど、それでこいつは詳しく語らなかったわけだ。
さっそく店内へ入る。昼のピークを過ぎたらしく、人は少ない。ほのかに暖かい空気と肉の香りがすごくいい感じだ。
「いらっしゃい……あれ、咲良。一条も」
カウンターを拭いていた人物が振り返る。この店の制服らしい深緑色のエプロンをはめた守本だ。
「よう」
「来てくれてありがとうなー、テーブル席でいい?」
「おー、いいぞ」
いわゆるアットホームな感じの木のテーブル。手作りであろうメニューが置かれていたので、向かい合って座った咲良と二人でのぞき込む。
「お、ステーキもある」
「エビフライのセットもいいよなー。ちょっと高いけど」
「ハンバーグダブル……ソースも二種類選べるんだな」
うん、決めた。値段も手ごろでがっつり食べられそうなハンバーグ二つのサラダセット。
「ソース何にする?」
「俺は和風とオニオン」
「お、いいねー。じゃあ俺はチーズとトマト!」
厨房にいるのは守本の両親だろうか。微笑ましげな視線を感じる。
窓から見える風景はずいぶん穏やかなものだ。車の通りは少ないし、ひとけもない。何なら「OPEN」の札がかけられた店にすらひとけがない。
穏やかというか、静かすぎるというか。調理している音がよく聞こえて良い。
「めっちゃ田舎だろ?」
咲良が笑ってそう言う。
「まあ、そうだな」
「外灯がないところもあって、夜は真っ暗。しかも静かだし、結構怖いよ」
「だろうなあ」
真っ暗なのはうちの周辺も変わらない。外灯の一つや二つ、設置してもらいたいものだ。
「お待たせー」
「おっ、きたきた」
運ばれてきたハンバーグはじゅうじゅうといい音を立てている。付け合わせのポテトもうまそうだ。
「いただきます」
ナイフとフォークで食べる。まずは、オニオンから。
ナイフを入れた瞬間に分かる柔らかさ。いや、やわらかいというか、ふわふわだ。たっぷりとソースを絡めて食べる。
くちどけがいい、というのはハンバーグになかなか使わない表現かもしれないが、そうとしか言いようがない。ほろほろと口の中でほどけ、肉のうま味が舌に広がる。甘めのソースがご飯ともよく合う。若干玉ねぎの食感が残っているのもいい。
「おいしい」
「な、めっちゃうまい」
サラダを間に挟んで、次は和風。サラダのドレッシングはうちで買わないタイプのミルキーなやつでおいしかった。
和風ソースは醤油ベースでコクがある。すり下ろされた玉ねぎの口当たりが、とろけるような肉のうま味とよく合っている。
ポテトは揚げたてだ。ほくっとした食感にほのかな甘さがいい。ソースをつけたらまた違ったおいしさを楽しめる。
「うまそうに食ってくれるな」
守本が水を持って来て笑う。
「だってこれ、めちゃくちゃうまい」
「そうか? ありがとう。テイクアウトも始めたからよかったらメニュー、持って帰ってな」
渡されたのは店のメニューの簡易版のようなものだった。これは持ち帰り用に作ったらしい。
何なら今日、テイクアウトしようか。冷めてもおいしそうだし、違うソースも食べてみたい。
ご飯と最高に合うハンバーグ。これはいい店を知った。
「ごちそうさまでした」
そう、咲良に提案されたのは金曜の放課後だった。
「何をまた突然」
聞けば咲良はなぜか少し得意げに言ったものだ。
「先週はお前にいろいろ祭りを案内してもらっただろ? だから、今度は俺がなんか案内したいと思ってな!」
「ほう……?」
理由になっているような、なっていないような。
疑問が残ったまま考え込んでいると、咲良は大事な内緒話をするように、にやりと笑って付け加えた。
「熱々の鉄板で焼きたてのハンバーグ、ソースも選び放題だぞ~」
「行く」
ここまで言われちゃ黙っていられない。
こうして、土曜の午後の昼食が決まったのだった。
土曜課外の後、廊下で咲良を待つ。
「お待たせー。じゃ、行きますか」
目的の店は、咲良の地元にあるらしい。なので今日は家に帰らず、バス停に直行した。
バスを待つ人数はかなり多い。こういうのには慣れていないので、ここにいていいものかとそわそわする。
「どんな店なんだ」
そんな気分を紛らわすために咲良に聞く。咲良はにこにこと笑った。
「行ってのお楽しみだ」
「なんだそれ」
「まあ、いいから」
案の定、バスはぎゅうぎゅう詰めで座れなかった。こんな中で毎日通学してんのか。すげえなあ。
洗剤か香水か分からない匂いで酔いそうになる。
「大丈夫か?」
「ん、たぶん」
でも、入り口付近に場所をとっていたので、バス停ごとに新しい空気が入ってきて何とかしのげた。
目的地付近になって席が空いてきた。もうちょっと早く空けばよかったのになあ、などと思っていたら目的のバス停に停まった。
「はー……新鮮な空気」
思いっきり深呼吸して体の中の空気を入れ替える。店までは歩いていくとのことで、その間に酔い覚ましはできそうだ。
見渡す限り田んぼと畑、そしてだだっ広いホームセンターに薬局、ローカルな店が立ち並ぶその光景はいかにも田舎だ。うちのまわりとはまた違ったタイプの田舎。でも、空気が気持ちいい。
「もうちょっと先に行ったら、道の駅とかある。休みの日は車がすごい」
「ああいうとこって観光客が多いよな」
「でも見晴らしいいし、人が少ないときは地元の人も寄るよ」
五分ほど歩いたところで、その店は見つかった。
小ぢんまりとした茶色の建物。店先には手入れが行き届いた植物が飾られている。看板を見れば「キッチン守本」と遠くからでも見つけやすい書体で書かれている。
ん? 守本?
「ここって、守本って」
「そ、菜々世の家」
なるほど、それでこいつは詳しく語らなかったわけだ。
さっそく店内へ入る。昼のピークを過ぎたらしく、人は少ない。ほのかに暖かい空気と肉の香りがすごくいい感じだ。
「いらっしゃい……あれ、咲良。一条も」
カウンターを拭いていた人物が振り返る。この店の制服らしい深緑色のエプロンをはめた守本だ。
「よう」
「来てくれてありがとうなー、テーブル席でいい?」
「おー、いいぞ」
いわゆるアットホームな感じの木のテーブル。手作りであろうメニューが置かれていたので、向かい合って座った咲良と二人でのぞき込む。
「お、ステーキもある」
「エビフライのセットもいいよなー。ちょっと高いけど」
「ハンバーグダブル……ソースも二種類選べるんだな」
うん、決めた。値段も手ごろでがっつり食べられそうなハンバーグ二つのサラダセット。
「ソース何にする?」
「俺は和風とオニオン」
「お、いいねー。じゃあ俺はチーズとトマト!」
厨房にいるのは守本の両親だろうか。微笑ましげな視線を感じる。
窓から見える風景はずいぶん穏やかなものだ。車の通りは少ないし、ひとけもない。何なら「OPEN」の札がかけられた店にすらひとけがない。
穏やかというか、静かすぎるというか。調理している音がよく聞こえて良い。
「めっちゃ田舎だろ?」
咲良が笑ってそう言う。
「まあ、そうだな」
「外灯がないところもあって、夜は真っ暗。しかも静かだし、結構怖いよ」
「だろうなあ」
真っ暗なのはうちの周辺も変わらない。外灯の一つや二つ、設置してもらいたいものだ。
「お待たせー」
「おっ、きたきた」
運ばれてきたハンバーグはじゅうじゅうといい音を立てている。付け合わせのポテトもうまそうだ。
「いただきます」
ナイフとフォークで食べる。まずは、オニオンから。
ナイフを入れた瞬間に分かる柔らかさ。いや、やわらかいというか、ふわふわだ。たっぷりとソースを絡めて食べる。
くちどけがいい、というのはハンバーグになかなか使わない表現かもしれないが、そうとしか言いようがない。ほろほろと口の中でほどけ、肉のうま味が舌に広がる。甘めのソースがご飯ともよく合う。若干玉ねぎの食感が残っているのもいい。
「おいしい」
「な、めっちゃうまい」
サラダを間に挟んで、次は和風。サラダのドレッシングはうちで買わないタイプのミルキーなやつでおいしかった。
和風ソースは醤油ベースでコクがある。すり下ろされた玉ねぎの口当たりが、とろけるような肉のうま味とよく合っている。
ポテトは揚げたてだ。ほくっとした食感にほのかな甘さがいい。ソースをつけたらまた違ったおいしさを楽しめる。
「うまそうに食ってくれるな」
守本が水を持って来て笑う。
「だってこれ、めちゃくちゃうまい」
「そうか? ありがとう。テイクアウトも始めたからよかったらメニュー、持って帰ってな」
渡されたのは店のメニューの簡易版のようなものだった。これは持ち帰り用に作ったらしい。
何なら今日、テイクアウトしようか。冷めてもおいしそうだし、違うソースも食べてみたい。
ご飯と最高に合うハンバーグ。これはいい店を知った。
「ごちそうさまでした」
14
お気に入りに追加
253
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】お父様に愛されなかった私を叔父様が連れ出してくれました。~お母様からお父様への最後のラブレター~
山葵
恋愛
「エリミヤ。私の所に来るかい?」
母の弟であるバンス子爵の言葉に私は泣きながら頷いた。
愛人宅に住み屋敷に帰らない父。
生前母は、そんな父と結婚出来て幸せだったと言った。
私には母の言葉が理解出来なかった。

王族に婚約破棄させたらそりゃそうなるよね? ……って話
ノ木瀬 優
恋愛
ぽっと出のヒロインが王族に婚約破棄させたらこうなるんじゃないかなって話を書いてみました。
完全に勢いで書いた話ですので、お気軽に読んで頂けたらなと思います。
「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから
キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。
「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。
何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。
一話完結の読み切りです。
ご都合主義というか中身はありません。
軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。
誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。
小説家になろうさんにも時差投稿します。

【完結】留学先から戻って来た婚約者に存在を忘れられていました
山葵
恋愛
国王陛下の命により帝国に留学していた王太子に付いて行っていた婚約者のレイモンド様が帰国された。
王家主催で王太子達の帰国パーティーが執り行われる事が決まる。
レイモンド様の婚約者の私も勿論、従兄にエスコートされ出席させて頂きますわ。
3年ぶりに見るレイモンド様は、幼さもすっかり消え、美丈夫になっておりました。
将来の宰相の座も約束されており、婚約者の私も鼻高々ですわ!
「レイモンド様、お帰りなさいませ。留学中は、1度もお戻りにならず、便りも来ずで心配しておりましたのよ。元気そうで何よりで御座います」
ん?誰だっけ?みたいな顔をレイモンド様がされている?
婚約し顔を合わせでしか会っていませんけれど、まさか私を忘れているとかでは無いですよね!?

だってお義姉様が
砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。
ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると……
他サイトでも掲載中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる