一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第百四十話 ハンバーグ

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 ハンバーグを食べに行こう。

 そう、咲良に提案されたのは金曜の放課後だった。

「何をまた突然」

 聞けば咲良はなぜか少し得意げに言ったものだ。

「先週はお前にいろいろ祭りを案内してもらっただろ? だから、今度は俺がなんか案内したいと思ってな!」

「ほう……?」

 理由になっているような、なっていないような。

 疑問が残ったまま考え込んでいると、咲良は大事な内緒話をするように、にやりと笑って付け加えた。

「熱々の鉄板で焼きたてのハンバーグ、ソースも選び放題だぞ~」

「行く」

 ここまで言われちゃ黙っていられない。

 こうして、土曜の午後の昼食が決まったのだった。



 土曜課外の後、廊下で咲良を待つ。

「お待たせー。じゃ、行きますか」

 目的の店は、咲良の地元にあるらしい。なので今日は家に帰らず、バス停に直行した。

 バスを待つ人数はかなり多い。こういうのには慣れていないので、ここにいていいものかとそわそわする。

「どんな店なんだ」

 そんな気分を紛らわすために咲良に聞く。咲良はにこにこと笑った。

「行ってのお楽しみだ」

「なんだそれ」

「まあ、いいから」

 案の定、バスはぎゅうぎゅう詰めで座れなかった。こんな中で毎日通学してんのか。すげえなあ。

 洗剤か香水か分からない匂いで酔いそうになる。

「大丈夫か?」

「ん、たぶん」

 でも、入り口付近に場所をとっていたので、バス停ごとに新しい空気が入ってきて何とかしのげた。

 目的地付近になって席が空いてきた。もうちょっと早く空けばよかったのになあ、などと思っていたら目的のバス停に停まった。

「はー……新鮮な空気」

 思いっきり深呼吸して体の中の空気を入れ替える。店までは歩いていくとのことで、その間に酔い覚ましはできそうだ。

 見渡す限り田んぼと畑、そしてだだっ広いホームセンターに薬局、ローカルな店が立ち並ぶその光景はいかにも田舎だ。うちのまわりとはまた違ったタイプの田舎。でも、空気が気持ちいい。

「もうちょっと先に行ったら、道の駅とかある。休みの日は車がすごい」

「ああいうとこって観光客が多いよな」

「でも見晴らしいいし、人が少ないときは地元の人も寄るよ」

 五分ほど歩いたところで、その店は見つかった。

 小ぢんまりとした茶色の建物。店先には手入れが行き届いた植物が飾られている。看板を見れば「キッチン守本」と遠くからでも見つけやすい書体で書かれている。

 ん? 守本?

「ここって、守本って」

「そ、菜々世の家」

 なるほど、それでこいつは詳しく語らなかったわけだ。

 さっそく店内へ入る。昼のピークを過ぎたらしく、人は少ない。ほのかに暖かい空気と肉の香りがすごくいい感じだ。

「いらっしゃい……あれ、咲良。一条も」

 カウンターを拭いていた人物が振り返る。この店の制服らしい深緑色のエプロンをはめた守本だ。

「よう」

「来てくれてありがとうなー、テーブル席でいい?」

「おー、いいぞ」

 いわゆるアットホームな感じの木のテーブル。手作りであろうメニューが置かれていたので、向かい合って座った咲良と二人でのぞき込む。

「お、ステーキもある」

「エビフライのセットもいいよなー。ちょっと高いけど」

「ハンバーグダブル……ソースも二種類選べるんだな」

 うん、決めた。値段も手ごろでがっつり食べられそうなハンバーグ二つのサラダセット。

「ソース何にする?」

「俺は和風とオニオン」

「お、いいねー。じゃあ俺はチーズとトマト!」

 厨房にいるのは守本の両親だろうか。微笑ましげな視線を感じる。

 窓から見える風景はずいぶん穏やかなものだ。車の通りは少ないし、ひとけもない。何なら「OPEN」の札がかけられた店にすらひとけがない。

 穏やかというか、静かすぎるというか。調理している音がよく聞こえて良い。

「めっちゃ田舎だろ?」

 咲良が笑ってそう言う。

「まあ、そうだな」

「外灯がないところもあって、夜は真っ暗。しかも静かだし、結構怖いよ」

「だろうなあ」

 真っ暗なのはうちの周辺も変わらない。外灯の一つや二つ、設置してもらいたいものだ。

「お待たせー」

「おっ、きたきた」

 運ばれてきたハンバーグはじゅうじゅうといい音を立てている。付け合わせのポテトもうまそうだ。

「いただきます」

 ナイフとフォークで食べる。まずは、オニオンから。

 ナイフを入れた瞬間に分かる柔らかさ。いや、やわらかいというか、ふわふわだ。たっぷりとソースを絡めて食べる。

 くちどけがいい、というのはハンバーグになかなか使わない表現かもしれないが、そうとしか言いようがない。ほろほろと口の中でほどけ、肉のうま味が舌に広がる。甘めのソースがご飯ともよく合う。若干玉ねぎの食感が残っているのもいい。

「おいしい」

「な、めっちゃうまい」

 サラダを間に挟んで、次は和風。サラダのドレッシングはうちで買わないタイプのミルキーなやつでおいしかった。

 和風ソースは醤油ベースでコクがある。すり下ろされた玉ねぎの口当たりが、とろけるような肉のうま味とよく合っている。

 ポテトは揚げたてだ。ほくっとした食感にほのかな甘さがいい。ソースをつけたらまた違ったおいしさを楽しめる。

「うまそうに食ってくれるな」

 守本が水を持って来て笑う。

「だってこれ、めちゃくちゃうまい」

「そうか? ありがとう。テイクアウトも始めたからよかったらメニュー、持って帰ってな」

 渡されたのは店のメニューの簡易版のようなものだった。これは持ち帰り用に作ったらしい。

 何なら今日、テイクアウトしようか。冷めてもおいしそうだし、違うソースも食べてみたい。

 ご飯と最高に合うハンバーグ。これはいい店を知った。



「ごちそうさまでした」

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