一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第百三十八話 餃子

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 学校の自販機は、知らぬうちに商品の入れ替えが行われている。

「あ、ココア」

 あったか~い、のコーナーに新顔を見つけた。ちなみに、もともとそこに何があったのかは覚えていない。缶ではなくペットボトルなのは親切だな。

「あっつ」

 出てきたばかりのココアは程よく温かいのであろうが、冷えた指先には熱い。右手と左手、交互に移動させながら教室に戻る。ふと思い立って、両手を頬に当ててみる。程よく温められた手のひらが頬に吸い付くようだ。

 ゆらゆらと揺れるココアは淡いブラウン、まだ熱そうなのでそっと一口飲む。

 飲み口が狭いと熱さをより感じるのは何だろう。でも、おいしい。牛乳のコクと、ほろ苦いココアの風味がほっとする。自販機のココアはめちゃくちゃ甘いこともあるけど、これは程よい感じだ。

「はー……」

 さっきまで空気の入れ替えということで開け放たれていた窓が閉ざされ、廊下の喧騒が遮断される代わりに教室のざわめきがこもる。

 ふと視線だけで見上げた空。みぞれでも振り出しそうな重たい雲の隙間に、澄み切った青が見えていた。



「うわ、さっむ!」

 やっぱり来るべきじゃなかったか、とさっそく後悔しかけるが、その考えは打ち消して足を進める。

 青空が見えたとき、なんとなく外の空気に触れたくなったので屋上に来てみた。さっきも自販機までは行ったけど、わざわざ空の下に出たくなったのだ。

 校庭に面した方ではなく、外がよく見渡せる方のフェンスに向かう。

 駐車場に設置された掲揚台では、国旗と市旗と校旗が音を立てて風に吹かれていた。ちぎれてどっかにとんでいってしまいそうだ。

 ここからは学校の裏側がよく見える。学校の裏手には神社があって、大きなご神木の葉のざわめきが聞こえてくる。

 寒い、けど、気持ちがいい。

 教室の中は熱気もあって暖かいが、頭がぼーっとするのも確かだ。かといって廊下は騒がしいし、職員室前はいろんな意味で冷え切った感じがするが先生の目がうるさい。クールダウンするのに、屋上はうってつけだ。

 ココア持ってきといてよかった。

「ん」

 経年劣化で色褪せた足元に光が差す。

 空を見上げれば分厚い雲がずいぶん流され、白くまばゆい太陽が現れていた。同じ太陽のはずなのに、夏場と印象が違うのは何だろう。

 冬に近づくほど空は遠ざかり、生き物の気配がどこか奥深くに潜み始める。

「……いい天気だ」

 そろそろすっきりしたし、教室に戻ろう。

 あ、今度ココア買ってきて、マシュマロ浮かべてみようか。



 スーパーは相変わらず冷える。鮮度を保つのには仕方ないのだろうが、店内に入るときには少々覚悟が必要だ。

 知っている歌が流れていたので思わず鼻歌が出る。今日は俺が小学生の頃ぐらいにはやっていた曲が流れているようだった。流れる歌を聞きながら、思い出すのは持久走大会だ。

 小学生の頃は毎年冬、近くの公園で持久走大会が行われていた。

 運動音痴な俺にとっては当然、心の底から嫌で、許されるのならば逃げ出したいほどの行事だった。

 肺が凍り付く痛み、進まない足、離れていく先頭集団、六年間だれにも譲らなかった最下位の称号。

 一度雪が降ったときは中止かと喜んだが、積もってないからということで決行されたのは今でも忘れない。病み上がりで走って、先生が伴走してくれたこともあったなあ。

 まあ達成感はあったし、やって後悔、ということはないがもう二度とやりたくはない。

 走るなら自分のペースで走りたい。てか、自転車がいい。

「すっかり冬仕様だな」

 いや、冬仕様というよりクリスマス仕様か。

 そこかしこのカラーリングが、赤や緑で統一され始めている。あからさまにクリスマス、という宣伝はないが、でかいブーツに入ったお菓子とか充実し始めたスイーツ類とかを見れば、クリスマスを意識しているのが何となく伝わってくる。それと同時におせちの予約のチラシも掲示されているあたり、日本らしいなあと思う。

 今年のクリスマスは何をしよう。どうせなら豪華なものを準備したいが……

 クリスマスといえば、七面鳥とか? でもあれ、どこで売ってんだろう。山盛りのからあげも魅力的だ。それとちょっと手間をかけたスープや、フランスパンのオープンサンド。

 普段食べないようなものにしたいという気持ちもある。今度図書館で本見てみよう。たぶん、クリスマスに向けたコーナーが設置されるはずだ。

「お、安い」

 今日は冷凍が安いようだ。枝豆とか買っとくと弁当にも入れられるし、コーンはほうれん草と炒めたり皿うどんなんかに使ったりできるから便利だ。

 おかずになるものもある。餃子やシュウマイは特にそうだ。最近は食べ応えのある商品も出始めているんだ。温かいものが食べたいけど、料理する元気ないなあ、ってときにあるとうれしい。

 さて、あとはお菓子でも見て帰ろうか。



 店を出た時には日が傾き始めていたが、家に帰りついたころにはもうすっかり空は紺色に染まり、月が姿を現していた。うめずは出迎えに来た後、そそくさと居間に戻っていった。確かに、玄関は冷たいよな。

 とりあえず体を温めたいので風呂に入る。そういやこないだ、母さんが入浴剤買ってきてたな。好きに使っていいって言ってたし、今度入れてみるか。

 さて、今日の晩飯の準備をしよう。

 冷凍餃子、それも今日はショウガ多めのやつだ。フライパンにきれいに並べて、ふたをして火をつける。一パックでは足りないので、二パック焼く。

 その間にお湯を沸かして、インスタントのチゲスープを準備する。結構大きめの豆腐が入っている。なんだっけ、フリーズドライか。

「よし、いい感じ」

 餃子を皿に移す瞬間はいつも緊張する。うまいこと皿をかぶせて、くるっとフライパンをひっくり返す。

 ……よし、オッケー。

 ご飯は当然大盛りで。たれは酢とポン酢。最近はこの組み合わせにはまっている。

「いただきます」

 パリッとした焼き目とつるんとした部分のコントラストがいい。ちょっとたっぷり目にたれをつけて食べる。ジュワッとあふれ出す肉汁と、香ばしい皮の食感がおいしい。酢がツンと鼻に来るが、ポン酢のさわやかさが追いかけてきていい。ショウガのすっきりとした風味もたまらないな。

 チゲスープは程よく辛く、体がホカホカと温まる。豆腐の舌触りも滑らかで、ご飯を入れてもうまそうだ。

 たれをつけた餃子をご飯に一回のせて食べ、たれがついたご飯で追いかける。肉のうま味とご飯がうまいこと口の中で合わさっておいしい。

 少し冷めた餃子は少ししなっとやわらかくなって、ご飯となじみやすくなる。

 なんか中華めっちゃおいしい。体が温まる。レトルトの調味料も安かったからいくつか買っておいたし、また何か作ろうかな。



「ごちそうさまでした」

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