一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第百三十三話 カレー&ミートソースおにぎり

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「そういや、お守り売ってたんだって?」

 昼休み早々、教室に来た咲良はまるで面白いものでも見つけた子どものような表情で聞いてきた。

「……なんで知ってる」

 はたから見れば苦々しい表情、と形容されるであろう顔をしていたと思う。いや、知られているだけならいいのだが、そのにやにやとした表情に思わずそんな顔になったのだ。

「俺のばあちゃんの知り合いが行ってたみたいでな、その現場に」

「現場て」

 まあでも、あれだけの人が来ていたら一人や二人、知り合いにつながる人がいてもおかしくはないだろうが、まさかこいつに話がいくとは。



 想定通り、お守りを買いに結構な人数が押し寄せた。

「交通安全のお守りってどれですか?」

「こちらですね。お車用ですか?」

「いや、キーホルダーの方がいいです」

「でしたらこちら、三色あるので……」

 つつがなく相手をする観月に感心するが、そう悠長にはしていられない。

「あのー、お数珠が欲しいんですけど」

「はい。こちらですね」

 木箱やプラスチックケースに入ったものから、袋に入れられたものまで結構種類がある。

「木でできてるやつ……これと同じものが欲しいんですけど」

 と、客が左手首を示す。

「ああ、干支の」

「そうです、そうです」

「それはこっちですね。紫とこげ茶、紐の色が二種類ありますけど……」

 人は案外、その気になればできるものだ。電卓の使い方だけはちょっと戸惑ったが、接客はうまいことやれたと思う。

 参拝客のほとんどが帰った後、日が傾いて薄暗くなり始め、冷たい風が吹く頃。

「そろそろ片付ける?」

「そうだな」

 お守りの棚にビニールをかけ、室内に持って行く。と、ふとお守りにまぎれて、何やら古ぼけた紙切れを見つけた。しわくちゃですぐには分からなかったが、それはどうやら写真らしかった。あとで先生にでも渡しておこうか。そう思って、手に持ったまま外に出た。

 すると何やら小さな影がうごめいているのが視界に入った。

 それはどうやら参拝客のようで、どこか慌てているようにも見えた、

「あの、どうされました」

 観月が声をかけたとき、暗さを感知して自動で点灯する照明が瞬いた。参拝客は、小さなおばあさんだった。

「あらあ、ごめんなさいね。落とし物しちゃって」

 おばあさんは困ったように何度も頭を下げて「古い写真なんだけど」と続けた。

「お財布に入れてたから、お金を払った時に落としちゃったのかしら。だめね、別の所に入れていればよかったわ。見つからないしそろそろ片付けでしょう? 帰るわ」

「あ、あの」

 そそくさと立ち去ろうとするおばあさんに慌てて俺は声をかける。

「もしかして、これですか」

 手に持っていた写真を見せると、おばあさんは「まあまあまあ」とそれを恭しく受け取った。

「ありがとうねえ」

「どこで見つけたの?」

 少し驚く観月に「お守りと一緒に入ってた」と端的に答える。

「そっか。あ、それじゃあ」

 と、観月はお守りの棚の所に戻ると、なにやら透明なものを持ってきた。

「さっきの写真、貸してもらえますか」

 それは、カード型のお守りを入れるケースのようだった。観月は器用に写真をケースに入れると、おばあさんに返した。

「よかったら、どうぞ」

「あらあら、立派だわ。ありがとうねえ」

「いえ、お気をつけて」

 時間も時間だったのでおばあさんは簡単にお礼を言って帰っていった。



「で、その人が俺のばあちゃんの友達で、お寺の人に聞いたら自分のとこの息子の観月と一条さんとこだって言ったらしくてさ。それ聞いてたぶん春都だなって」

 まったく、田舎とは恐ろしいものである。どんなSNSよりも早く、たまに尾びれ背びれついて話は広がっていくのだから。

「確証はなかったんだけど」

「カマかけたのか」

「まあ、十中八九そうかなとは思ってた」

 そう言って咲良はパイプ椅子を引っ張ってきて座った。

「すげー感謝してたよ。あれ、ずっと昔、旅行に行った時に撮った家族写真で、すごく大事なものだったって」

「そうだったのか。まあ、ずいぶん古かったな」

 咲良はパンの気分だったらしい。食堂で買ってきたパンをいくつかと、ヨーグルト風味のパック飲料を持って来ていた。

 そう言えば今日の弁当の中身、見てなかったな。なんか母さんは「開けて見てのお楽しみ」とか言ってたけど。

「いただきます」

 ふたを開けて真っ先に目に入るのは、ごろっとしたおにぎりだ。揚げられているらしく、香ばしい香りがする。おにぎりがでかい分、おかずは卵焼きとたこさんウインナーだ。ウインナーは母さん手ずから形を作ったものだった。

「何それ」

「さあ……」

 まずはおにぎりを割ってみる。なんか出てきた。なじみ深い、食欲を刺激する香り。これは……

「カレーか」

 そういえば、朝なんとなく香りが漂っていたような。

「すげー、カレーパンみてえ」

「まあ、カレーライスだな」

 かりっと揚がった米は香ばしく、カレーはドライカレーらしく、野菜がたっぷり入っている。まさか弁当でカレーが食べられるとは思っておらず、なんだか得した気分だ。若干トマトの風味もして爽やかである。

 ウインナーもうま味が染み出し、卵焼きはしょっぱいご飯とおかずの中でありがたい甘さだ。

 カレーパンもいいけど、こういう形のカレーライスもいいな。おいしい。

「あ、もう一つはまた違うのか」

 もう一つはカレー粉を入れる前のものだった。こっちはミートソースだな。さっきよりもトマトの酸味が程よく鼻に抜け、肉のうま味がよりわかる。こっちもおいしい。

 これ今度、ホットサンドメーカーで作ってもいいかもしれない。おいしい。

 中身を知って食べる弁当もいいけど、こうやってお楽しみって感じの弁当もいいなあ。また作ってもらおうかな。



「ごちそうさまでした」
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