129 / 854
日常
第百二十九話 豚丼
しおりを挟む
熱もすっかり下がって何とか学校には行けそうだ。しかし風邪をひいた後特有の気だるさが体に居座っている。この感覚って気持ち悪いんだよな。念のためマスクをつけて行こう。
「もう休まなくていいの?」
「んー、大丈夫」
出づらい声で返事をする。母さんは心配しているようだった。
「体調が悪かったらすぐ帰って来なさいね」
「分かった」
「とか言って、結局あなたは最後まで授業受けるんだろうね」
そう言って母さんは苦笑を浮かべた。母さんの言うとおり、俺は早退することが少なかった。気が引けるとか、体調不良が少ないとか、そういうことじゃなくて、体調が悪いけど帰るタイミングを見失ってしまうことが多いからだ。
まだいける、と思うんだよなあ。
「いい? 体調悪かったら絶対、すぐに帰って来なさいよ。いや、連絡して。迎えに来るから」
「分かった、ありがとう」
念を押す母さんの言葉を聞いていると、何となく体が軽くなってきた。いつでも休めるという気持ちは大事だよな。
これも、俺が早退することが少ない理由の一つかもしれない。
ものすごく久しぶりに学校に来た気がするが、土日と月曜日しか休んでいないんだよなあ。いつもより一日休みが長いだけでこうも違うか。あ、昨日が締め切りの提出物とかなかったっけ。
「おはよう、春都」
提出物も、今日、小テストもないことを確認して、朝課外の準備をするために廊下に出たところで咲良に会った。
「ああ、おはよう」
「すっげー声。辛そうだな」
大丈夫か? という問いかけに短く「まあな」と答えておいた。
「あ、そうだ。昨日はありがとな。プリントとか」
「あー、あれな」
咲良は何でもないように笑った。
「朝来たらさあ、春都いないじゃん。休みかなーって思って聞いてみたら、風邪だって聞いてさ。それでなんか配布物とかあったら持って行こうって思っただけ」
「助かった」
「そう? アイスはさ、色々味があったけどバニラがいいかなと思って。ゼリーも、みかんとかミックスとかあって、風邪ならやっぱモモかなーと」
確かに、袋に入っていたのはよく見るバニラのカップアイスと、白桃がゴロゴロ入ったゼリーだった。
「めっちゃうまかった」
「ならよかった。お礼は奮発してくれていいぞ」
「一言余計だ」
と、その時、予鈴が鳴って、咲良はふと「あ~、予習したっけ~」とのんきに言う。
「朝課外は予習いらんだろ」
「五時間目の英語。たぶん、文系が先週終わらせたって言ってたなあ」
にこにこと笑う咲良を見て察し、思わず苦笑がもれる。
「二時間目が英語だ。昼休みでいいか?」
「話が早くて助かるぜ」
「そりゃどうも」
じゃ、またあとでなあ、と咲良は足取り軽く教室へと向かって行ったのだった。
教室で机に突っ伏していたら咲良が来た。
「大丈夫か?」
「あー、ちょっと疲れただけだ」
「治ってからも結構きついよなー、風邪って。やっぱ治すのに体力使うのかね」
今日は弁当を持って来ているらしい。
「いただきまーす」
体力がないからこそ、飯はちゃんと食わなきゃいかん。
「あ、そうだ、これ」
卵味のふりかけがかかったご飯を口に運びながら、咲良に英語のノートを渡す。
「ありがと」
「多分、何も落書きはしてないはずだ」
「じゃあ俺が落書きしといてやる」
「なんでだよ」
甘い卵焼きが身に染みる。ピーマンとささみをシンプルに塩コショウで炒めたものもおいしい。俺的には弁当の定番だ。
「これならあてられても心配ないな」
「ちゃんと自分のノートに写せよ」
朝起きたときは食欲に少し自信がなかったが、杞憂だった。朝飯も昼飯もいつも通り――いや、失った体力分、腹いっぱい食べることができた。
「ごちそうさまでした」
何ならパンでも入りそうだが、あの食堂に行くのはなあ……。でも。
「ちょっと食堂行ってくる」
「えっ」
「パン、買ってくる」
俺のノートの内容をちまちまと自分のノートに写していた咲良を置いて、俺は食堂に向かう。
せっかく食欲があるんだ。食わずにやってられるか。
結局あの後、イチゴジャムとマーガリンが挟まれたコッペパンとクリームたっぷりのロールケーキを食った。ロールケーキのクリームにはじゃりっと砂糖が混ざっているのが特徴で、小さい頃はクリームばかりなめていた。
しかしそれでも晩飯時には腹が減った。
「めっちゃいいにおいする」
「もうすぐできるよ~」
醤油と砂糖の優しい匂い。今日の晩飯は何だろうか。
「はい、おまたせ。豚丼」
牛丼ならず豚丼。いいね、俺、豚肉大好きだ。俺の食欲を見越して、ご飯は山盛りだ。
「いただきます」
なんとなく肉だけで食べてみる。
醤油と砂糖、それにみりんだろう。コクのある甘みが染みた豚肉はジューシーでおいしい。一緒に炊かれた玉ねぎはトロットロでいい。
ご飯と一緒に食べる。つゆだくのご飯は温かくてほっとする。
「あ、そうだ。今週末ぐらいにお父さんも帰ってくるみたい」
「そうなんだ」
「その日にからあげしようか」
「やった」
それは張り合いが出るというものだ。何とか学校も頑張れる。
一味をかけて味変してみる。ほんの少しだけピリッとした風味がおいしい。
ああ、こうやって、飯がおいしいと思えるのは幸せだ。体調が悪いとご飯を食べる行為で体力を失う感じがする。せっかくおいしくても、それはなんか嫌だ。
飯が楽しい。それは何より気力体力を回復するのに必要なことで、健康の証なのだと思うのだ。
「ごちそうさまでした」
「もう休まなくていいの?」
「んー、大丈夫」
出づらい声で返事をする。母さんは心配しているようだった。
「体調が悪かったらすぐ帰って来なさいね」
「分かった」
「とか言って、結局あなたは最後まで授業受けるんだろうね」
そう言って母さんは苦笑を浮かべた。母さんの言うとおり、俺は早退することが少なかった。気が引けるとか、体調不良が少ないとか、そういうことじゃなくて、体調が悪いけど帰るタイミングを見失ってしまうことが多いからだ。
まだいける、と思うんだよなあ。
「いい? 体調悪かったら絶対、すぐに帰って来なさいよ。いや、連絡して。迎えに来るから」
「分かった、ありがとう」
念を押す母さんの言葉を聞いていると、何となく体が軽くなってきた。いつでも休めるという気持ちは大事だよな。
これも、俺が早退することが少ない理由の一つかもしれない。
ものすごく久しぶりに学校に来た気がするが、土日と月曜日しか休んでいないんだよなあ。いつもより一日休みが長いだけでこうも違うか。あ、昨日が締め切りの提出物とかなかったっけ。
「おはよう、春都」
提出物も、今日、小テストもないことを確認して、朝課外の準備をするために廊下に出たところで咲良に会った。
「ああ、おはよう」
「すっげー声。辛そうだな」
大丈夫か? という問いかけに短く「まあな」と答えておいた。
「あ、そうだ。昨日はありがとな。プリントとか」
「あー、あれな」
咲良は何でもないように笑った。
「朝来たらさあ、春都いないじゃん。休みかなーって思って聞いてみたら、風邪だって聞いてさ。それでなんか配布物とかあったら持って行こうって思っただけ」
「助かった」
「そう? アイスはさ、色々味があったけどバニラがいいかなと思って。ゼリーも、みかんとかミックスとかあって、風邪ならやっぱモモかなーと」
確かに、袋に入っていたのはよく見るバニラのカップアイスと、白桃がゴロゴロ入ったゼリーだった。
「めっちゃうまかった」
「ならよかった。お礼は奮発してくれていいぞ」
「一言余計だ」
と、その時、予鈴が鳴って、咲良はふと「あ~、予習したっけ~」とのんきに言う。
「朝課外は予習いらんだろ」
「五時間目の英語。たぶん、文系が先週終わらせたって言ってたなあ」
にこにこと笑う咲良を見て察し、思わず苦笑がもれる。
「二時間目が英語だ。昼休みでいいか?」
「話が早くて助かるぜ」
「そりゃどうも」
じゃ、またあとでなあ、と咲良は足取り軽く教室へと向かって行ったのだった。
教室で机に突っ伏していたら咲良が来た。
「大丈夫か?」
「あー、ちょっと疲れただけだ」
「治ってからも結構きついよなー、風邪って。やっぱ治すのに体力使うのかね」
今日は弁当を持って来ているらしい。
「いただきまーす」
体力がないからこそ、飯はちゃんと食わなきゃいかん。
「あ、そうだ、これ」
卵味のふりかけがかかったご飯を口に運びながら、咲良に英語のノートを渡す。
「ありがと」
「多分、何も落書きはしてないはずだ」
「じゃあ俺が落書きしといてやる」
「なんでだよ」
甘い卵焼きが身に染みる。ピーマンとささみをシンプルに塩コショウで炒めたものもおいしい。俺的には弁当の定番だ。
「これならあてられても心配ないな」
「ちゃんと自分のノートに写せよ」
朝起きたときは食欲に少し自信がなかったが、杞憂だった。朝飯も昼飯もいつも通り――いや、失った体力分、腹いっぱい食べることができた。
「ごちそうさまでした」
何ならパンでも入りそうだが、あの食堂に行くのはなあ……。でも。
「ちょっと食堂行ってくる」
「えっ」
「パン、買ってくる」
俺のノートの内容をちまちまと自分のノートに写していた咲良を置いて、俺は食堂に向かう。
せっかく食欲があるんだ。食わずにやってられるか。
結局あの後、イチゴジャムとマーガリンが挟まれたコッペパンとクリームたっぷりのロールケーキを食った。ロールケーキのクリームにはじゃりっと砂糖が混ざっているのが特徴で、小さい頃はクリームばかりなめていた。
しかしそれでも晩飯時には腹が減った。
「めっちゃいいにおいする」
「もうすぐできるよ~」
醤油と砂糖の優しい匂い。今日の晩飯は何だろうか。
「はい、おまたせ。豚丼」
牛丼ならず豚丼。いいね、俺、豚肉大好きだ。俺の食欲を見越して、ご飯は山盛りだ。
「いただきます」
なんとなく肉だけで食べてみる。
醤油と砂糖、それにみりんだろう。コクのある甘みが染みた豚肉はジューシーでおいしい。一緒に炊かれた玉ねぎはトロットロでいい。
ご飯と一緒に食べる。つゆだくのご飯は温かくてほっとする。
「あ、そうだ。今週末ぐらいにお父さんも帰ってくるみたい」
「そうなんだ」
「その日にからあげしようか」
「やった」
それは張り合いが出るというものだ。何とか学校も頑張れる。
一味をかけて味変してみる。ほんの少しだけピリッとした風味がおいしい。
ああ、こうやって、飯がおいしいと思えるのは幸せだ。体調が悪いとご飯を食べる行為で体力を失う感じがする。せっかくおいしくても、それはなんか嫌だ。
飯が楽しい。それは何より気力体力を回復するのに必要なことで、健康の証なのだと思うのだ。
「ごちそうさまでした」
14
お気に入りに追加
253
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!


妻を蔑ろにしていた結果。
下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。
主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。
小説家になろう様でも投稿しています。
「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから
キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。
「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。
何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。
一話完結の読み切りです。
ご都合主義というか中身はありません。
軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。
誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。
小説家になろうさんにも時差投稿します。
サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜
野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」
「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」
この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。
半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。
別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。
そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。
学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー
⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。
⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。
※表紙絵、挿絵はAI作成です。
※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる