一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第百二十九話 豚丼

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 熱もすっかり下がって何とか学校には行けそうだ。しかし風邪をひいた後特有の気だるさが体に居座っている。この感覚って気持ち悪いんだよな。念のためマスクをつけて行こう。

「もう休まなくていいの?」

「んー、大丈夫」

 出づらい声で返事をする。母さんは心配しているようだった。

「体調が悪かったらすぐ帰って来なさいね」

「分かった」

「とか言って、結局あなたは最後まで授業受けるんだろうね」

 そう言って母さんは苦笑を浮かべた。母さんの言うとおり、俺は早退することが少なかった。気が引けるとか、体調不良が少ないとか、そういうことじゃなくて、体調が悪いけど帰るタイミングを見失ってしまうことが多いからだ。

 まだいける、と思うんだよなあ。

「いい? 体調悪かったら絶対、すぐに帰って来なさいよ。いや、連絡して。迎えに来るから」

「分かった、ありがとう」

 念を押す母さんの言葉を聞いていると、何となく体が軽くなってきた。いつでも休めるという気持ちは大事だよな。

 これも、俺が早退することが少ない理由の一つかもしれない。



 ものすごく久しぶりに学校に来た気がするが、土日と月曜日しか休んでいないんだよなあ。いつもより一日休みが長いだけでこうも違うか。あ、昨日が締め切りの提出物とかなかったっけ。

「おはよう、春都」

 提出物も、今日、小テストもないことを確認して、朝課外の準備をするために廊下に出たところで咲良に会った。

「ああ、おはよう」

「すっげー声。辛そうだな」

 大丈夫か? という問いかけに短く「まあな」と答えておいた。

「あ、そうだ。昨日はありがとな。プリントとか」

「あー、あれな」

 咲良は何でもないように笑った。

「朝来たらさあ、春都いないじゃん。休みかなーって思って聞いてみたら、風邪だって聞いてさ。それでなんか配布物とかあったら持って行こうって思っただけ」

「助かった」

「そう? アイスはさ、色々味があったけどバニラがいいかなと思って。ゼリーも、みかんとかミックスとかあって、風邪ならやっぱモモかなーと」

 確かに、袋に入っていたのはよく見るバニラのカップアイスと、白桃がゴロゴロ入ったゼリーだった。

「めっちゃうまかった」

「ならよかった。お礼は奮発してくれていいぞ」

「一言余計だ」

 と、その時、予鈴が鳴って、咲良はふと「あ~、予習したっけ~」とのんきに言う。

「朝課外は予習いらんだろ」

「五時間目の英語。たぶん、文系が先週終わらせたって言ってたなあ」

 にこにこと笑う咲良を見て察し、思わず苦笑がもれる。

「二時間目が英語だ。昼休みでいいか?」

「話が早くて助かるぜ」

「そりゃどうも」

 じゃ、またあとでなあ、と咲良は足取り軽く教室へと向かって行ったのだった。



 教室で机に突っ伏していたら咲良が来た。

「大丈夫か?」

「あー、ちょっと疲れただけだ」

「治ってからも結構きついよなー、風邪って。やっぱ治すのに体力使うのかね」

 今日は弁当を持って来ているらしい。

「いただきまーす」

 体力がないからこそ、飯はちゃんと食わなきゃいかん。

「あ、そうだ、これ」

 卵味のふりかけがかかったご飯を口に運びながら、咲良に英語のノートを渡す。

「ありがと」

「多分、何も落書きはしてないはずだ」

「じゃあ俺が落書きしといてやる」

「なんでだよ」

 甘い卵焼きが身に染みる。ピーマンとささみをシンプルに塩コショウで炒めたものもおいしい。俺的には弁当の定番だ。

「これならあてられても心配ないな」

「ちゃんと自分のノートに写せよ」

 朝起きたときは食欲に少し自信がなかったが、杞憂だった。朝飯も昼飯もいつも通り――いや、失った体力分、腹いっぱい食べることができた。

「ごちそうさまでした」

 何ならパンでも入りそうだが、あの食堂に行くのはなあ……。でも。

「ちょっと食堂行ってくる」

「えっ」

「パン、買ってくる」

 俺のノートの内容をちまちまと自分のノートに写していた咲良を置いて、俺は食堂に向かう。

 せっかく食欲があるんだ。食わずにやってられるか。



 結局あの後、イチゴジャムとマーガリンが挟まれたコッペパンとクリームたっぷりのロールケーキを食った。ロールケーキのクリームにはじゃりっと砂糖が混ざっているのが特徴で、小さい頃はクリームばかりなめていた。

 しかしそれでも晩飯時には腹が減った。

「めっちゃいいにおいする」

「もうすぐできるよ~」

 醤油と砂糖の優しい匂い。今日の晩飯は何だろうか。

「はい、おまたせ。豚丼」

 牛丼ならず豚丼。いいね、俺、豚肉大好きだ。俺の食欲を見越して、ご飯は山盛りだ。

「いただきます」

 なんとなく肉だけで食べてみる。

 醤油と砂糖、それにみりんだろう。コクのある甘みが染みた豚肉はジューシーでおいしい。一緒に炊かれた玉ねぎはトロットロでいい。

 ご飯と一緒に食べる。つゆだくのご飯は温かくてほっとする。

「あ、そうだ。今週末ぐらいにお父さんも帰ってくるみたい」

「そうなんだ」

「その日にからあげしようか」

「やった」

 それは張り合いが出るというものだ。何とか学校も頑張れる。

 一味をかけて味変してみる。ほんの少しだけピリッとした風味がおいしい。

 ああ、こうやって、飯がおいしいと思えるのは幸せだ。体調が悪いとご飯を食べる行為で体力を失う感じがする。せっかくおいしくても、それはなんか嫌だ。

 飯が楽しい。それは何より気力体力を回復するのに必要なことで、健康の証なのだと思うのだ。



「ごちそうさまでした」

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