一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
128 / 854
日常

第百二十八話 おかゆ

しおりを挟む
 やってしまった。しっかり風邪をひいてしまった。

 金曜日、家に帰ってみればすごく体がしんどくて「飯が食い足りないか」と思ったが、どうも違った。熱を測ってみれば久しぶりに見る数字が体温計には表示されていた。

 一週間は休んでたまるかと気を張っていたが、明日が休みとあって気が抜けたらしい。一週間分の疲労が一気に来た。

 母さんに連絡すると、すぐに帰ってこられる場所ではなかったので夜からばあちゃんが来てくれた。土曜日と日曜日の午前中までばあちゃんには世話をしてもらった。その間に治るかとも思ったが、甘かった。

 金曜日ほどではないが、月曜日になってもまだ熱はあったし何より体がしんどい。まあ、病院に行ったところインフルエンザではないと言われたので、そこだけは安心か。

「のどが痛い……」

 これはしばらく声がかれそうだ。

「お茶飲む? それとも違うの?」

「んー……」

 母さんにそう聞かれ、ベッドに横になったまま考える。

「……リンゴの」

「分かった」

 風邪をひいたら無性にリンゴジュースが飲みたくなるのは俺だけだろうか。

 おなかにやさしいようにと冷たすぎない温度のリンゴジュースが、まるでからっからの大地に水が染み渡るように、俺の体に行き渡っていく。

「しばらく寝てなさい」

 額に張った冷却シートの匂いと氷枕の感触に「風邪ひいてんなあ」と改めて自覚する。いつもは何も気にならないパジャマが皮膚とこすれる感覚が、異様にヒリヒリして気持ち悪い。空気に触れる首元も、勝手に涙が出てきて腫れぼったい目元も嫌な感じだ。

「ごめん」

「なにが?」

「忙しいのに、迷惑かけて」

 そういうと母さんはポンと俺の頭に手を置いた。

「そんなこと考えなくていいの。大丈夫よ、治ったらごちそう作ってもらうつもりでいるから」

 母さんの手は不思議だ。こうやって触れているだけで落ち着くし、痛みも引いていくし、眠くなっていく。

「とにかく今は休みなさい。おやすみ」

「ん……」

 めまいがして眠れそうになかったが、気づけば、意識がふわふわと遠のいていくのを感じた。



 最後に風邪をひいたのはいつだったか。

 ここ最近はちょいちょいきついなあと思うことはあっても、早めに休めばすっかり良くなることが多かった。

 覚えているのは小学校高学年の頃。周りがインフルエンザでダウンしていく中、ぴんぴんしていた俺は学級閉鎖となった数日を悠々自適に過ごしていた。家からは出られなかったので、新作ゲームを延々とやっていた。

 そしたら案の定知恵熱が出て、それが本格的な風邪になって、学級閉鎖が明けてから風邪で数日休んだのだ。

 風邪をひいたらゲームもできないし、食欲もないし、ぐったりしていたなあ。

「体調を崩したらゲームができない」

 それを痛感した俺はその時から体調管理に気を付けたものだ。それに、中学になると内申点がそれはもう大事になってくるので、おちおち休んでいられなかった。授業も遅れるし。

 風邪をひいている間、至れり尽くせりなのはちょっと気分がいいけどな。

 でもやっぱり元気が一番だ。



「んん……」

 じっとりと汗がにじむ気持ち悪さで目を覚ます。しかしなんだかすっと熱が引いた感じがする。

「あら、起きた?」

 ちょうど母さんが着替えを持って部屋に入ってきた。

「着替えときなさい」

「ん」

 タオルで体を拭いて、新しい服に着替えるとさっぱりした。

「食欲はある?」

「ある」

 そう短く答えると、母さんは微笑んだ。

「そう、よかった」

 と、その時チャイムが鳴った。

「あらあら、はいはい」

 ぼんやりとしながら横になり、うっすらと聞こえてくる会話を聞くことにする。

 どうやら学校の話をしているらしい。担任だろうか。いや、たぶん誰か同級生が来てるんだろう。

「……咲良か」

 玄関先に来たらしいその人の声は聞きなれたものだった。一言二言話すと出ていったみたいだ。

 母さんはまた部屋に戻ってくると「咲良君が来てくれたよ」と笑った。ああ、やっぱりそうか。

「プリント、机に置いとくね。アイスとかゼリーも持って来てくれたみたいよ」

「そっか」

 風邪をひいて気分が弱ったか、なんかこみあげてきたけど、すんでのところでこらえた。



 少しして母さんがご飯を持って来てくれた。お椀に盛られているのはシンプルなおかゆと、ばあちゃん特製の梅干しだった。

「いただきます」

 ほわほわと湯気が上がるおかゆをスプーンですくう。トロンとして、粒の形状が崩れたおかゆは久しぶりだ。

 卵が入っているのもいいけど、シンプルなのは風邪をひいた時にはうれしい。

 ほんのりとした塩の風味、じわあっと広がる米の甘味。ほっとする温かさが胃に染みわたる。しその風味が風邪に効きそうだ。

 梅干しは酸っぱいが、それが今はうれしい。

「……おかわり、したいです」

「お、いいよ~」

 なんだか食欲が出てきた。

 今度は最初から梅干しをほぐしていれる。うっすらとピンクに色づいたおかゆは爽やかな酸味が心地よくておいしい。

「おいしい」

「それはよかった」

 この調子なら、もうひと眠りすると元気になれそうだ。

「ありがとう」

 かすれてはっきりと言えなかったが、母さんは満面の笑みを向けた。

「元気になったら、からあげでも作ろうね」

 すっかり調子を取り戻した俺の胃は、その言葉に反応する。

 何なら今でも入りそうだが、ここはぐっとこらえないと。ぶり返してからあげが遠ざかってしまうのは避けたいからなあ。



「ごちそうさまでした」
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから

キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。 「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。 何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。 一話完結の読み切りです。 ご都合主義というか中身はありません。 軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。 誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。 小説家になろうさんにも時差投稿します。

「今日でやめます」

悠里
ライト文芸
ウエブデザイン会社勤務。二十七才。 ある日突然届いた、祖母からのメッセージは。 「もうすぐ死ぬみたい」 ――――幼い頃に過ごした田舎に、戻ることを決めた。

サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜

野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」   「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」 この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。 半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。 別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。 そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。 学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー ⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。 ⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。 ※表紙絵、挿絵はAI作成です。 ※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。

処理中です...